第五話 修禅寺
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璃子からの返答を待つ間、兼嗣はこっそりと問題児を尾行する。
一際目立つ格好をした彼女は周囲の視線を集めながら、今度は温泉街の中心にある寺の方へとやってきた。
二十段ほどの石段を登った先に山門が見えるその寺は『修禅寺』といった。
ここら一帯の地名と同じ『しゅぜんじ』の名を冠しているが、漢字は異なる。
元々はどちらも同じ『修善寺』だったそうだが、寺の宗派の変遷とともに『ぜん』の字が改められたのだとか。
「ほぉー。立派なお寺やなぁ。どっかの暴食野郎が見たら大はしゃぎするんやろな」
手入れの行き届いた広い境内を見渡しながら、脳裏ではあのいけ好かない顔が浮かぶ。
今ごろは腹痛で悶絶しているだろう彼とは違い、家島妃頼はひとり静かに手水舎で手を清めていた。
と、不意にポケットのスマホが震えた。
さっそく璃子からの電話か、と兼嗣が期待して見ると、
「…………あ?」
画面に表示されていたのは、まさかの暴食野郎の名前だった。
永久本家の三男坊、永久天満。
もともとはこの男が腹を壊したせいで、代わりに自分が駆り出されたという事実を思うと腹立たしい。
苛立ちで思わずタバコを吸いたくなる衝動をぐっと堪えながら、兼嗣は不機嫌さを隠そうともせずに応答した。
「今さら何や、天パ。こっちは忙しいねん」
「天パじゃなくて天満だ。……ぅぐっ」
スピーカーの向こうから聞こえてきたのは、いつになく弱々しい男の声だった。
よほど腹が痛いのか、時折うめき声のようなものを漏らす。
「で、用件は何や?」
正直声を聞くのも煩わしいが、しかし体調不良の中わざわざこちらに電話をかけてきたということは、何か有力な情報でも掴んだのかもしれない。
そう思って仕方なく耳を傾けてみると、
「ぐ……。お前、いま修善寺にいるんだろ」
「ああ。そうやけど」
「なら、土産は胡麻饅頭を買ってこい。温泉街の中心にある饅頭専門店で売ってる。胡麻を練り込んだ餡がぎっしり詰まってて、見た目は真っ黒。店の看板商品でもあるからすぐにわかるはずだ」
「は? なめとんか、お前」
まさかの土産物の要求だった。
しかも商品の指定までしてくるとはいい度胸である。
「どうせ帰りは本家に寄るんだろ。報告書の提出もあるし。だったらついでに土産の一つくらい買ってくるのが筋ってもんだろ。……ぅぐっ」
「ほんま、ええ加減にしとけよ、お前。誰がお前ら永久家のために土産なんか買って帰るか。渡すなら璃子ちゃんにだけや。今回の問題児の件も、俺はお前らのためじゃなくて璃子ちゃんのためにやっとんやからな」
意地でも買ってやらないつもりの兼嗣だが、しかし土産物に目がない天満はしぶとく食い下がってくる。
その執念深さに思わず根負けしそうになっていると、ふと名案が浮かんだ。
「なら交換条件や。この修善寺について知ってることを全部教えろ。もし今回の呪いの解決に結びつく情報を提供してくれるんやったら、土産を考えたってもええわ」




