第十三話 正体
このままではまずい、と天満は焦る。
『呪詛返し』を行うためには、呪いを生み出した本人に呪いの正体を自覚させなければならない。
しかし当の坂上青年はパニックに陥り、目の前の光景に驚愕するばかりでこちらの言葉に耳を貸そうとしない。
「冷静になれ! バニヤップは未確認生物だ。そう簡単に姿を現したりしない!」
古くから原住民の間で語り継がれてきたというバニヤップだが、この大陸がヨーロッパからの侵略を受けて植民地化されてからというもの、バニヤップの正体を決定的に突き止めた者はいない。
したがって、あくまでも伝説上の生物であるそれは、今ではUMAのような扱いを受けている。
「姿形だって、目撃者によってバラバラで統一性がないんだ。全身が毛に覆われていたとか、ワニみたいなウロコがあったとか、頭が鳥の形をしていたとか、犬みたいな顔だったとか」
これは先ほど天満が独自に調べたものである。過去のバニヤップの目撃情報を調べれば調べるほど、その姿は千差万別で謎に包まれていた。
「実際はどんな姿だったのか誰もわかっていないのに、さっき俺が見せた本とそっくりな獣が今ここに現れたのはおかしいだろ! だからそこにいるバニヤップは、あんたがイメージした怪物の姿であって、本物のバニヤップじゃないんだ!」
目の前で威嚇の姿勢をとる怪物は、牛のような体に太く長い尻尾。尖った耳と鋭い牙。おおよそあの本に描かれていたものと特徴が一致する。
坂上青年はまだ腰が抜けているようで、上半身だけを起き上がらせた状態で怪物を見つめる。
「あれが、本物じゃない……? で、でも。俺は前にも見たんだ。あのホストファミリーの家で。あんな風に、太くて長い尻尾を持ってたんだ。四足歩行で……水のある場所にいて……」
「それが本当にバニヤップだったって言い切れるのか? あんたが見たのは、トカゲか何かじゃないのか? この国の生き物は虫でも鳥でも、やたらサイズの大きなものが多い。そこら辺で見かけるトカゲだって、大きいものだと全長が二メートルくらいある。それがたまたま家の中に入ってきて、あんたはそれをバニヤップだと思い込んだんじゃないのか?」
今となってはもう、三週間前の出来事を検証することはできない。だが、この国に棲息する野生動物のサイズ感を考えると、天満の仮説も頷けるものがあるのではないだろうか。
怪物はまた低い声で唸ると、太い四本足を踏み出してこちらへ迫ってくる。
坂上青年は相変わらず動かないままで、ただ恐怖に染まった悲鳴を上げるばかり。
本当に世話の焼ける奴だな、と天満が苛立ちを隠せないでいると、
「Hey, Goh! What’s wrong!? I heard your scream.(どうしたんだ、豪。悲鳴が聞こえたけど)」
と、そこへまさかの来客があった。
例のソフトモヒカンの青年だった。彼は友人の悲鳴を聞きつけて、わざわざ遠くのバス停からここまで戻ってきたらしい。
そんな彼の姿を見て、坂上青年は慌てて声を上げる。
「あっ……こ、こっちに来ちゃだめだ! ストップ! Don’t come here!(来るな!)」
「What?(え?)」
何も知らない彼は、坂上青年の必死の訴えを目の当たりにして足を止める。しかし運の悪いことに、立ち止まったのはちょうど怪物の目の前だった。
背後から迫り来る怪物が、鋭い牙で彼の首に食らいつかんとする。
「やっ……やめろ————ッ!!」
坂上青年が声を張り上げたのも空しく、怪物の牙が友人の首の皮膚に食い込む。




