第六話 サニーバンク
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放課後になると、坂上青年は教室を出てまっすぐバス停の方へと向かった。例によってソフトモヒカンの青年も一緒である。二人で街の方へ繰り出すつもりだろうか。
天満はそのあとを一定の距離を保ちながら追う。物陰に身を潜めながら尾行する様はあきらかに不審者だったが、当の問題児にさえ気づかれなければ他人の視線はどうだっていい。
と、青年らの向かう先にちょうど一台のバスがやってきた。彼らはそれに乗り遅れまいと小走りになる。
(まずい……!)
二人がバスに乗り込んだのを見て、天満は焦った。これに乗り遅れたら二人を見失ってしまう。
慌てて自らも駆け出した天満だったが、しかしバスは無情にもあと少しというところで発車してしまった。
「あーっ、くそ! もう。何なんだよ今日は!」
その場に一人取り残され、地団駄を踏む。なかなか思うように調査が進まない。
せめて二人の行き先だけでも確認しておかなければ、とバスの電光掲示板を見ると、向かう先は市の中心部とは反対の方向だった。
「南行きのバス……ってことは、もしかしてサニーバンクに向かったのか?」
キャンパスから見て南の方角には、アジアンタウンとして有名なサニーバンクという街がある。中国や日本、ベトナムなどの東洋系の店が揃っており、現地に住むアジア人の多くが集う場所である。
あの二人がどちらも東洋系であることを考えると、そこへ向かった可能性は高い。
近くにタクシーは見当たらなかったので、なんとか次のバスで追いかけなければ、と時刻表を見ると、次の発車は二十分後だった。
しかし、ここオーストラリアでは日本と違ってバスは時間通りに来ない。五分や十分遅れるのは当たり前で、下手をすればかなり長い時間をここで待たされることになる。
もしかしたら歩いた方が早いんじゃないか……? と不安になる天満だったが、しかし次のバスは思いのほか早く到着した。時間にして五分もかからなかったかもしれない。
時間通りに来ない、というのが逆に良かったのかもしれない。良くも悪くも大らかなお国柄に振り回されながら、天満は南行きのバスに飛び乗った。
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目的のサニーバンクの停留所で降りると、なるほど周りはアジア人だらけだった。
メインストリートの脇には大型ショッピングモールが三つあり、あちこちに漢字で書かれた看板も見える。
ショッピングモールはなかなかの広さがあり、この中であの二人を捜すとなるとまた骨が折れるな、と天満はげんなりした。だが嘆いていても仕方がない。
とりあえず片っ端から見て回るか、と腹を括った直後、
「Goh! Hey, Goh! Is that Japanese food!?(豪! おい豪! あれは日本の食べ物か!?)」
聞き覚えのある陽気な声が届いて、天満はハッと顔を向けた。
見ると、特徴的なソフトモヒカンとマッシュヘアが二人揃って店のショーウィンドウを覗いていた。
(いた!)
昼間の初遭遇の時と同じく、思いのほかすぐに見つかった。それもこれも隣のソフトモヒカンが安易に大声を出してくれるおかげである。
二人が見つめているのは魚の形をした小麦色のスイーツで、どう見てもたい焼きだった。テンションの上がっているソフトモヒカンがそれを購入すると、隣のマッシュヘアも同じように一つ注文する。
いや、せっかくオーストラリアに来たのなら現地の食べ物を楽しめよ、と天満は内心不満に思うが、しかし祖国の味が恋しくなるというのもわかる。アツアツのたい焼きを二人が頬張っているのを見ると、つい自分も一つ購入しようかな、なんて考えが過ぎる。
と、そこへ羽織の袂からスマホが着信を知らせた。
すぐに取り出して見ると、画面には『璃子』の文字が表示されていた。