第四話 ホストファミリー
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「で、どうですか。そちらの進捗は」
スマホのスピーカー越しに璃子が尋ねてくる。
「とりあえず問題児と接触した。けど、かなり警戒されてるな。探偵っていう設定が裏目に出たかもしれない」
言いながら、天満はちらりと目の前の校舎を見上げた。
二階にある教室の窓越しに、坂上青年の姿が見える。今は授業中らしく、おとなしく席に着いているが、たまにこちらを見下ろしては睨むような視線を天満に向けてくる。
「他人に詮索されたくないって感じかね。この調子だと、話し合いの場を設けるのは難しいかもしれないな」
「坂上豪……でしたっけ。確かに気難しそうな雰囲気がありますね。過去に一度、ホームステイ先を変更したこともあるようですし」
「ああ、それそれ。俺も気になってたんだ」
ホームステイというのは、留学生が現地の一般家庭に宿泊させてもらう滞在方法のことだ。ホームステイ先の家族はホストファミリーと呼ばれ、坂上青年も先ほど、その家族のことについて何か言及しようとしていた。
「坂上豪がオーストラリアに来たのは今から一ヶ月ほど前のことですが、ホームステイを始めてから二週間ほどでトラブルがあったようですね。なので、いま滞在している家は二軒目のホストファミリーになります」
「トラブルねぇ。いかにも重要そうな情報だけど、なんでそれを先に教えてくれなかったんだ?」
「今しがた入ってきた情報なんですから仕方がないでしょう。私は速報でお伝えしているんですよ」
「へいへい。で、そのトラブルの詳細は?」
「まだ調査中なのでわかりません」
「なんじゃそりゃ」
期待外れの声を漏らすと、スピーカーの向こうからは璃子のムッとした空気が伝わってくる。
「言っておきますけど、こちらは真面目にやってるんですよ。あなたのような本家の人間と違って、『呪詛返し』の力を持たない分家の我々は、常に危険を冒しながら問題児の調査に当たっているんです。そもそも、私たちが呪いを生み出す体質となった原因は本家の——」
「あーはいはい。うちのご先祖様が悪うございましたね。一族もろとも祟られたツケは、この直系の子孫様が払わせていただきますよ」
もはや耳にタコができるほど聞かされた愚痴である。永久家の先祖は今から三百年前に祟られ、その血縁者はすべて呪いを生み出す体質となってしまった。その問題を解決するためには、本家の血筋の人間だけが持つ『呪詛返し』の力が必要不可欠なのである。
「だいたい、いま目の前に問題児本人がいるんですから、天満さまがご自分で聞き出せばいいじゃないですか」
「だからそれは難しいって言ってるだろ」
「難しくても不可能じゃないなら何とかしてください。……って、またお菓子を食べてるんですか? 真面目に仕事してくださいよ」
指摘されて、天満は咀嚼していた口の動きをぴたりと止める。さすがにスマホのスピーカー越しに聞こえる音ではないと思っていたが、とんだ地獄耳だ。
オーストラリアの国民的お菓子、ティムタム。濃厚なチョコクリームを二枚のビスケットで挟み、さらにその上からチョコを塗り固めた、強烈な甘さがクセになる逸品だ。
「ちょっとぐらいならいいだろ。俺、まだ昼も食べてないんだからな」
「私だって食べてません」
璃子はまだ何か文句を言っていたが、天満はもはや聞くつもりもなく上の空だった。口の中のとろけるような甘味を噛み締めながら、手持ち無沙汰に辺りを見渡してみると、校舎の反対側には青々と茂る木々が並んでいる。
「あ、コアラ発見」
背の高い木の枝部分には、野生の灰色毛玉がしがみついてじっとしていた。その愛くるしい姿を写真に収めるため、天満はためらいもなく通話の終了ボタンを押した。




