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放浪探偵の呪詛返し  作者: 紫音みけ@「京都先斗町のあやかし案内人」発売中!
第五章 オーストラリア QLD ブリスベン
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第三話 問題児

 

 その後も彼らは他愛もない会話を続けながら、持参した昼食のサンドイッチを口へ運んでいた。途中、クラスメイトらしき知り合いが近くを通りがかると、互いに軽い挨拶を交わす。

 そんな様子を見る限り、坂上青年はこれといって深刻な問題を抱えているようには到底思えなかった。


(こんな普通の大学生が、本当に『問題児』なのか……? 璃子の奴、まさか俺に嫌がらせをするために適当な情報を寄越したわけじゃないだろうな)


 基本的に、永久家が『問題児』と認定する人間は精神的に不安定になっていることが多い。

 しかしこの坂上豪という青年は、側から見ている分にはごくごく普通の学生で、この国での留学生活を素直に満喫しているように見える。


 一見して精神的に危ういところはない。

 となると、この青年の一体どこに()()()()()要素があるというのだろうか。


 と、それまで楽しげに談笑していた坂上青年が、不意にこちらへ視線を向けた。

 あ、と天満が気づいたときにはもう遅かった。青年はあきらかに不信感を持った眼差しをこちらに向け、天満と視線を合わせていた。なに見てんだよ、とでも言いたげな、敵意をむき出しにした目。


(しまった)


 さりげなく観察していたつもりが、つい視線を注ぎすぎてしまった。璃子への疑心もあって無意識のうちに(しか)めっ(つら)になってしまっていたのもある。

 坂上青年はこちらを威嚇するようにしばらく睨みつけた後、再び隣の友人との会話に戻っていった。


(これはファーストコンタクト失敗かねぇ)


 おそらくは最悪の第一印象を植え付けてしまった。ここから関係性を挽回するのはかなり難しいかもしれない。


 さてどうしたものかと頭を抱えていると、サンドイッチを食べ終えたソフトモヒカンの青年が席を立つ気配があった。どうやら誰かと電話をするらしい。

 彼がベンチを離れると、必然的に坂上青年がその場に一人取り残される。


「……で、さっきから何なんだよあんた。こっちのことじろじろ見やがって」


 二人きりになるや否や、坂上青年は苛立ちを含んだ声で天満にそう問いかけた。何か文句があるなら言ってみろ、という言外の気迫がそこに込められている。


「いや失敬。けして悪意はなかったのですが」


 こうなってしまったからには、さっさとこちらの素性を明かした方がいい。

 といっても、本名を名乗るつもりは毛頭ないのだが。


「私こういう者でして」


 天満は腰を上げて坂上青年の前まで移動すると、恭しく名刺を差し出す。それを受け取った彼は、訝しげに天満の顔と名刺とを交互に睨み、印字された名前を読み上げる。


東雲(しののめ)探偵事務所……。東雲(しののめ)悠人(はると)?」


 無論、偽名である。『問題児』と接触する際には、けしてこちらの正体を悟られてはならない。


「探偵がオレに何の用だよ。あんた日本人みたいだけど、まさか日本からわざわざここまでオレを追って来たのか?」


「わざわざ追って来たかどうかはさておき、あなたに用があるのは間違いないです。実は、とある方から依頼されたのですよ。最近のあなたの行動には不審な点があるので、調査をしてほしいと」


「不審な点? って、何だよそれ。それに依頼されたって……まさか、前のホストファミリーか?」


「前の?」


 何やら意味深な言葉が発せられ、天満は目を細める。どうやらこの青年は、己の不審な点について何か心当たりがあるらしい。


「Hey, Goh. What’s wrong?(どうしたんだ、豪)」


 と、そこへ先ほどのソフトモヒカンの青年が戻ってきた。彼は自分の友人と見知らぬ男とが神妙な面持ちで話し合っているのを見て、恐る恐る間に入ってくる。


「Ah…… Nothing. (いや、何でもない)」


 坂上青年はそう言うと、半ば逃げるようにして席を立ち、友人を連れてその場を去っていく。こちらとの会話を聞かせたくなかったのだろうか。


 さすがに今追いかけるのは得策ではないと判断し、天満はその場に留まった。

 遠くなる背中を見つめながら、これは少々やりにくい相手かもしれないなと肩をすくめた。

 

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