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第二十三話 黄泉比良坂

 

          ◯



 夜半過ぎ。天満と御琴を乗せた車は東へと向かっていた。


「『黄泉比良坂(よもつひらさか)』はね、黄泉の国への入口なの。あの世とこの世を繋ぐ場所なんだって、お爺ちゃんが言ってた」


 窓の外を流れていく黒い景色を見つめながら、御琴が言った。


「黄泉比良坂ねえ。一応観光スポットとしても紹介されてたけど、俺も実際に行くのは初めてだな」


 天満はそう言って、以前読んだ観光案内の記事を思い出す。

 島根の東部に存在するという黄泉比良坂。古くは日本神話にも登場するその場所は、 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が亡き妻に会いにいくために通った道として伝えられている。


「時治の爺さんは最初からわかっていたのか? 俺がこうして、黄泉の国へ向かおうとすることも」


「お爺ちゃんの予言は、いつも当たるの。だから全部わかってたと思う。あんたがこれからどうするかってことも」


 時治と御琴の言葉を信じるなら、時治には『未来視』の力が備わっていたことになる。彼も右京と同じで、未来を予測した上で目的のために動いていたのだ。


「最初から全部わかった上で、俺たちを思い通りに動かすために一芝居打ったってことか。爺さんも、あんたも、周りの取り巻きたちも」


 出雲のあの家を訪れたときから、ずっと違和感を覚えていた。あの家にいる者たちは皆、何かを隠すような挙動不審な点が多かった。


「御琴さまだけは、予定外の言動が見られましたけどね」


 と、それまで黙っていた運転手の女性が言った。棘を含んだその指摘に、御琴は気まずそうに目を伏せる。


「それは、……ごめんなさい。でも黙ってられなかったの。みんながお爺ちゃんだけを悪者にして、あの兼嗣って人もそれを鵜呑みにしてたから」


 天満たちがあの家を訪れたとき、御琴は周りの者を『嘘つき』だと言っていた。あの言動は、周りの者からすれば全くの想定外だったらしい。

 御琴は隣に座る天満へ顔を向けると、縋るように言った。


「お願い。お爺ちゃんのことを恨まないで」


 まだ幼さの残る少女の、切実な願いだった。しかし今はまだ、天満はそれを了承するわけにはいかない。時治の本当の狙いは未だわかっておらず、さらには兼嗣を人質に取られているのだ。

 と、そこへスマホの着信音が鳴り響いた。天満は羽織の袂からそれを取り出すと、画面の確認もせずに耳に当てる。


「璃子か?」


「ええ、璃子ですよ。言われた通り、『だいこくさま』について調べましたので報告しますね」


 普段通りの少女の声が、スピーカー越しに聞こえてくる。


「縁結びの神として出雲大社に祀られている大国主命(おおくにぬしのみこと)と、七福神の一人であり福を授ける大黒天(だいこくてん)。どちらも『だいこくさま』という呼び名がありますが、それぞれ別の神様ですね。でも、昔は同一視されていた時期もあったようです。この辺りは、受け取り手によっても解釈が変わってくるようですね」


「確か、大国主命は日本神話の神。そして大黒天は、もともとはインドから伝わった神様だったな」


「そうです、そうです。大黒天はインドのヒンドゥー教の最高神・シヴァ神の化身といわれていて、サンスクリット語では『マハーカーラ』。シヴァ神が世界を破壊するときの姿だといわれています」


「世界を破壊する……」


 なんとも物騒な響きだった。現代の日本に伝わる大黒天の姿とは似ても似つかぬイメージである。


「一口に『大黒天』といっても、受け取り手によって解釈が変わるのはこのためですね。ヒンドゥー教では破壊と再生を司る戦闘神。仏教では豊穣と財福を司る守護神です。多面性があるという点では、人間と似通った部分もあるのかもしれませんね」


 ——お爺ちゃんは、だいこくさまなの。


 御琴の言葉が思い出される。

 人には優しい面と恐ろしい面とがあり、時治もまたそうであると、彼女は言いたかったのだろうか。

 

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