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第二十一話 タイムリミット

 

          ◯



 ハッと目を開けると、視線の先には見覚えのある天井があった。淡い暖色の照明が灯る、薄暗い部屋。体がやわらかなシーツに包まれているのを感じて、自分はいま布団に寝かされているのだと天満は悟る。


(ここは、現世か?)


 時治の部屋へ戻ってきたのか。

 天満はそろそろと頭を動かして、まずは右側を見た。すると、こちらの布団と少し間を空けて、隣にはもう一組の布団が敷かれていた。仰向けに横たわって目を閉じているのは兼嗣だった。


「兼嗣。おい、兼嗣!」


 天満は上半身を起こすと、腕の力だけで彼の方へ体を寄せた。しかし何度呼びかけても兼嗣は返事をしない。

 まさか、と最悪の予感が頭を過り、すかさず彼の口元へ耳を当ててみると、まだ息はあった。

 死んではいない。けれど、これからどうなるのかは予測できない。


「お爺ちゃん……」


 と、今度は背後から声が聞こえた。まだ幼さの残る、鈴を転がすような声。

 振り返って見ると、部屋の奥で眠る時治の周りには十数人の血縁者たちが集まっていた。御琴を含んだ女性陣の他にも、先ほどは見えなかった若い男性の姿もある。彼らは静かに嗚咽を漏らし、布団に横たわる老人を見つめていた。

 天満が立ち上がり、後ろから近づいていっても、誰一人としてこちらを気にする者はなかった。皆一様に、時治だけを視界におさめている。


「時治の爺さん、まさか」


 老人は危篤だといっていた。そして今、家の者たちが集まって泣いている。天満は全身から血の気が引いていくのを感じた。

 御琴はやっと天満の存在に気づくと、涙に濡れた目元を拭おうともせず、悲痛な面持ちで言った。


「お爺ちゃん、死んじゃった」


 時治の死。

 それは天満にとってタイムリミットを意味していた。

 今回の呪いを生み出した張本人である彼が死んでしまったということは、呪いに巻き込まれた血縁者たちを助ける方法はもうない。兼嗣も、璃子も、本家の者たちも、おそらくはその他にも大勢、時治とともにあの世へと連れていかれてしまったのだ。


「う、嘘だろ」


 天満は半ば放心したまま、その場に膝をつく。

 誰も助けられなかった。そして、自分だけはこちら側へおめおめと戻ってきてしまった。


「もう、だめなのか? 他に方法はないのか? これじゃあ、まるで……」


 まるで二十年前と同じだった。呪いに巻き込まれた者を救い出すこともできず、彼らが息を引き取るのを黙って見ているしかない。


(また、繰り返すのか?)


 結局あの時から、何も変わっていない。二十年前に右京を失ったあの日も、彼女が死んでいくのを天満はただ見ていることしかできなかった。

 いや、それどころか。永久家の呪いはもう三百年も前から続いている。いくら呪詛返しをしたところでその場凌ぎにしかならず、血縁者たちは次々に呪いを生み出していく。そして時には今回のように、救えなかった命もある。


(これからもずっと、こんなことを繰り返していくのか?)


 永遠に続いていく一族の呪い。三百年前に祟られたご先祖様のツケを、未だに払い続けながら天満たちは生きる。

 一体何のために——と、仄暗(ほのぐら)い後ろ向きな考えが浮かぶ。なぜこんな目に遭ってまで、自分たちは生きているのだろうか。

 この世に留まり続ける限り、彼らは一族の呪いから逃げられない。たとえどんな道を歩もうとも、こうして悲しみが繰り返されていく。


(こんなことなら、いっそ……ここで終わらせてしまった方がいいんじゃないのか?)


 どうせ逃げられないのなら、呪詛返しなんてものはもうやめて、一族は滅んでしまった方がいいのかもしれない。今回のことで、おそらく血縁者の大半が失われてしまった。なら、このまま永久家の血を絶やしてしまってもいいのではないか。

 悲しみや苦しみを抱えながら、その場凌ぎて生きていく人生なんて……。


「無意味だと思ってる?」


 その声で、天満は我に返った。

 見ると、時治の枕元に正座していた御琴が、こちらへ体を向けて涙目のまま見上げてくる。


「お爺ちゃんが一体どういう思いで、何のために呪いを生み出したのか……その本当の答えを、あんたはちゃんと見つけたの?」


「え……?」


 彼女の咎めるような視線が、天満の心を見透かしたように射抜く。

 直後、羽織の袂に入れていたスマホが振動した。誰かからの着信。天満はすかさずそれを手に取って確認する。

 画面には『璃子』の文字があった。

 

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