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第二十話 罪

 

「何……?」


 悪魔の囁きのごとき言葉が、老人の口から紡がれる。


「お前にとって、右京の存在は大きかっただろう。あやつは本家の人間の中でも特に人望があった。そんな娘を、あの倅は死に至らしめたのだ。これが重罪でなくて何になる」


 兼嗣のせいで右京が死んだ。兼嗣さえいなければ、彼女は死なずに済んだのかもしれない。でも……。


「でも……、でも! あんたの言っていることが本当だって証拠はどこにあるんだよ。右京さんも獅堂も、もう二十年前に死んでいるんだ。今さら確かめようがないじゃないか!」


「お前が儂の言うことを信じたくないというのであれば、それでいい。右京は獅堂の呪いに巻き込まれて無駄死にした。本家の人間たちも皆それで納得しているだろう。もう過ぎたことだ。わざわざ過去を掘り返す必要もない」


 時治は杖を突きながらこちらへと近寄ってくる。そのまま天満の隣を通り過ぎたかと思うと、互いに顔の見えない位置で止まった。


「だがな、儂は違う。儂だけは、あの倅を生涯許すことはなかった。右京の命を奪い、何も知らずにのうのうと生きてきたあの男を、このまま見逃すつもりはない。儂が死ぬ時は、あやつも共に連れて行く。その時が今、やっと訪れたのだ」


 並々ならぬ憎しみが込められた声。彼が右京をどう思っていたのかはわからないが、少なくとも兼嗣に対するそれよりは余程の執着があったと見える。


「あんたは、兼嗣に復讐するつもりなのか? それであいつを黄泉の国(ここ)へ誘き寄せるために、血縁者たちにも呪いをかけて——」


 血縁者たちが次々に倒れた理由。そして、時治が呪いを生み出したきっかけ。それに気づいた天満が改めて時治の方へ顔を向けようとしたとき、不意に後ろから、時治が腕を伸ばしてきた。

 ぐんっ、と首の辺りに圧迫感を覚えた。何か細長い紐のようなものが、そこに巻き付けられている。そのまま後ろから時治に引っ張られ、首を締め上げられる。


「っか……!」


 ギリギリと紐が首の肉に食い込んでいく。天満はなんとかそれを振り解こうとするが、体を揺らしてもびくともしない。

 時治はまるで見た目からは想像もつかないほどの力で天満の首を後ろから締め上げる。ここが現実ではないからか、彼の腕力は何倍にも増強されているようだった。


「武藤家の倅の魂さえ手に入れば、他の者にはもう用はない。儂はあの男を地獄まで連れて行く。お前は右京の死の真相だけを持ち帰り、死ぬまで生き地獄を味わえ」


 言い終えるが早いか、時治は先ほど見せた白い玉——血縁者たちの魂を封じ込めていたモノを地面に叩きつけて破壊した。

 直後、天満の首に巻き付かせている紐を、今度はまっすぐ上へと引き上げていく。見ると、天満の背後にはいつのまにか桜の木があった。満開の花を見事に咲かせた大木。その枝の一つを支柱にして、天満の首を吊った紐がずるずると引っ張り上げられていく。


「ぐっ、あ……!」


 言葉を発することもできず、反論もできないまま、天満の足はついに地面を離れた。全体重が首に圧し掛かり、もはや呻き声すらも上げられない。

 殺される。

 ここで死ねば、現実へと引き戻されてしまう。

 体の限界が近いのか、視界がチカチカと白く明滅する。意識が遠のいていく。


(右京さん……)


 最期の瞬間に思い浮かべるのは、やはり彼女の顔だった。

 兼嗣の命を守るため、獅堂と共に黄泉の国へと渡った彼女。

 その事実だけを胸に抱えながら、天満はやがて自分の首の骨が折れる音を聞いた。

 

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