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放浪探偵の呪詛返し  作者: 紫音みけ
第四章 島根県出雲市
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第十二話 再会

 

 声は届かなかったのか、女性は振り向かない。天満は震えそうになる足を一歩一歩踏み出して、ゆっくりとその背中に近づいていく。

 そして、ようやく手を伸ばせば届きそうな距離まで迫ったとき、彼女はこちらの気配に気づいたのか、不意に後ろを振り返った。後頭部から垂れる長い髪が、ふわりと風に揺れる。

 露わになったその美しい顔に、天満は目を見開く。

 永久本家の人間特有の、色素の薄い瞳がこちらを見つめていた。その顔はまぎれもなく、天満が愛してやまない彼女のものだった。


「右京さん……? どうして、ここに」


 目の前の光景が信じられず、何度も目を(しばたた)いていると、


「キミは、私のことを知っているのか?」


 予想外のセリフが飛んできて、天満は戸惑った。彼女の質問の意図がわからず固まっていると、


「すまない。以前どこかで会ったのかもしれないが、キミのことを思い出せない。その瞳の色からすると、本家の血筋だとは思うが」


 懐かしい、凛とした声。しかし目の前にいる彼女は、こちらのことを覚えていないという。


「お、俺だよ。天満だよ。永久天満。忘れちゃったのか?」


「天満?」


 その名を口にした瞬間、彼女は何かに思い当たった様子で、天満の全身に視線を滑らせた後、改めてじっと顔を見つめた。


「私の知る天満は、まだ五歳だったはずだが……。キミは、本当にあの天満なのか?」


 その発言を聞いてやっと、いま彼女が置かれている状況に思い当たる。


「右京さん、もしかして……二十年前からずっと、ここにいたのか?」


 二十年前。獅堂の生み出した呪いに巻き込まれた右京は、黄泉の国へと連れて行かれて、そのまま帰らぬ人となった。現世へ戻ることができなかった彼女の魂は、その長い年月の間、ずっとここに囚われていたのかもしれない。


「二十年? ……そうか。もうそんなに経ってしまったのか」


 彼女はその事実を噛み締めるように呟く。驚いているというよりは、どこか諦めたような雰囲気がその声に表れていた。


「右京さん……。本当に、右京さんなんだよね?」


 天満は恐る恐る、彼女の方へ手を伸ばす。ずっと会いたかった人が、いま目の前にいる。嘘や幻ではないことを、そのぬくもりに触れて確かめたい。

 右京は自分の方へ伸びてくる手を静かに見つめていた。そして、その指先が頬に触れそうになったとき、彼女はおもむろにその手を取って、自らの頬へ優しく押し付けた。


「ああ。私はここにいるぞ、天満」


 そう言って、彼女は優しい微笑を浮かべる。

 触れた手の先から、彼女の確かな温もりが伝わってくる。彼女がここにいる。その事実に、天満は思わず瞳を潤ませる。


「……なんだ。ここにいたんだね、右京さん。やっと会えた。俺、ずっと会いたかったんだ。二十年前のあの日から」


「ずいぶんと長い間、待たせてしまったようだな。そうか、二十年か。なら、天満ももう立派な大人になったんだな」


 立派かどうかはわからないが、この二十年で天満は確かに大人になった。まさか彼女に再会できるとは思ってもいなかったので、彼女の前で胸を張れるような生き方はしてこなかったが。


「右京さん。本当によかった。一緒に帰ろう。黄泉の国から現世へ戻るには、二人で心中すればいいんだろ」


 天満は彼女の頬から手を離すと、今度はその華奢な両肩に手を添える。

 ずっと憧れていた、彼女との心中。それがまさかこんなところで叶うなんてと、思わず胸を高鳴らせる。

 だが、


「そうしたいのは山々だが、あいにく私は帰れそうにない」


「え?」


 予想外の返事に、天満は固まった。どうして、と問う彼に、右京はまるで何でもないことのように言う。


「現世ではもう二十年も経っているのだろう? 私の体は今どうなっている?」


 その質問に、天満はハッとした。

 現世での彼女は二十年前に息を引き取り、すでに体は火葬されてしまった。肉体がなくなってしまったため、いくら魂が無事でも、それを現世で受け入れる場所はない。

 天満が答えられずに黙っていると、それを見た右京は全てを悟ったように言った。


「体が失われてしまったのなら、私は帰れない。……だから天満、お前はどうする?」


 再び質問を投げかけられて、天満は戸惑いの視線を彼女へ送る。


「ここにいれば、私たちはずっと一緒にいられる。誰にも邪魔されず、本家の責務からも解放されて、時間の概念もなく、永遠の時を共に過ごせる。お前が望むなら、私はいつまでもお前のそばにいるぞ」

 

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