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第十一話 出雲大社

 

          ◯



 川のせせらぎが聞こえて、天満は目を覚ました。

 冷たい土の感触。深い霧のかかった、見覚えのある薄暗い世界。


(またここか……)


 むくりと上半身を起こし、辺りを見回す。その場所は間違いなく、以前にも来たことがある黄泉の入口だった。相変わらず視界は悪く、かろうじて見えるのは川の岸辺のみ。


「おい、金ヅル。いないのか?」


 どこへともなく声を掛けるが返事はない。どうやらはぐれてしまったようだ。

 まずいな、と思う。黄泉の国から現世へ戻るためには、この世界で誰かに殺されるか、複数人で心中するしかない。もしも兼嗣と再会できなければ、このまま二度と帰れなくなる可能性もある。


「なあ、時治の爺さん。聞こえてるんだろ。いるなら返事しろ!」


 天満はその場に立ち上がり、声を張り上げる。


「あんたの娘が俺たちに言ってたぞ。あんたと会って、ちゃんと話をしろって。あんたも何か言いたいことがあるんじゃないのか? こそこそと隠れてないで姿を見せろよ!」


 声は何度か木霊した後、虚空へと吸い込まれていった。やはり返事はない。

 しかし代わりと言わんばかりに、目の前の空間が突如としてぐにゃりと歪む。そうしてどこからともなく、鋼製の黒い鳥居が姿を現した。


「これは……」


 依然として霧は濃いものの、正面の景色は明らかに変わった。鳥居の斜め手前には石碑が立ち、その表面には『出雲大社』と彫られている。

 それは天満にとってひどく見覚えのあるものだった。ちょうど今日の昼間、この景色を目に焼き付けたばかりである。


「出雲大社か。確かに姿形は同じだけど……」


 何もない空間から現れた、神社への入口。足元はいつのまにか石畳に変わっている。

 これも永久時治が故意に見せているものなのだろうか。完全に相手のペースに飲まれているな、と天満は唇を噛む。

 しかし、このままここで立ち止まっているわけにもいかない。罠かもしれないとは思いつつ、彼は慎重に足を進ませて鳥居の下を潜った。

 両脇を高い木々に囲まれた参道はまっすぐに伸び、しばらく行くと下り坂になっていく。そこからさらに橋を渡り、もう一つ鳥居を潜って砂利道を進むと、右手にある広場には大きな銅像が見えてきた。

 腰に刀を提げ、頭髪を角髪(みずら)に結った男性の像だった。日本神話に登場し、縁結びの神として出雲大社に祀られている大国主命(おおくにぬしのみこと)である。


大国(だいこく)さま、か」


 先ほど御琴が口にした言葉を思い出し、天満は呟く。


 ——お爺ちゃんは、だいこくさまなの。


 『だいこくさま』といえば、七福神の大黒天、そしてこの大国主命を指す愛称である。彼女がどちらを指してそう言ったのかはわからないが、きっと何か理由があってイメージを重ねているのだろう。


「まあ、それは後回しだな」


 今は何より先に、まずはあの老人を捜し出さねばならない。

 さらに道を進んでいくと、参道の終わりにまた一つ鳥居が見えてきた。そこを潜れば拝殿があり、巨大な注連縄(しめなわ)が目に入る。

 いつもなら観光気分で大いに盛り上がるところだが、このとき天満の気を引いたのは、拝殿の注連縄でもなければ、奥にある本殿でもなかった。

 拝殿の手前に、一人の人物が立っていた。こちらに背を向けているその姿に、天満の瞳は釘付けになる。

 拝殿に向かって手を合わせ、神に祈りを捧げる一人の女性。身に纏うのは白地の着物に、男物の黒い羽織。長い髪は後頭部で一つに縛っている。

 一瞬、見間違いかと思った。

 ひどく見覚えのあるその後ろ姿に、天満は思わずその名を口にする。


「右京さん……?」

 

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