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放浪探偵の呪詛返し  作者: 紫音みけ
第四章 島根県出雲市
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第十話 永久時治

 

 態度だけ見れば偉そうではあるものの、言っている内容は切実だった。血の繋がりこそないが、彼女がこの老人を大事に思っていることは伝わってくる。


「まあ、爺さんと会って話をしようっていうのは、最初からそのつもりだけどねぇ」


 天満は少女から目を離し、改めて布団の上の老人を見る。


「そうは言うても、黄泉の国から無事に帰って来れる保証はあらへんで。簡単に言ってくれるけど、こっちも命がけなんや。これで、もし爺さんがしょーもない理由で呪いを生み出したんやったら、さすがに俺も納得いかんで」


 心底面倒くさそうに言う兼嗣に、御琴はキッと鋭い視線を向ける。


「しょーもなくなんかないよ。……特に、あんたにとっては」


「あ? どういう意味や、それ」


 御琴は再び黙り込む。やはり彼女の口からは話せないらしい。兼嗣は周りの女性たちにも目をやるが、誰一人としてこちらと視線を合わせようとする者はいない。


「何を企んでるんやろなぁ、ほんま。気味の悪い連中やで」


「やっぱり罠か? どうする、金ヅル」


「兼嗣や。どうするも何も、迷ってる時間はないやろ。爺さんが死んだ時点で終わりなんや。なら、今すぐ行くしかない」


 兼嗣は老人のそばをぐるりと回りこみ、布団を挟んで天満の正面に立つ。


「今回もあれをやるのか? 行きはよいよいってやつ」


「せやな。爺さんの耳がどこまで聞こえてるかはわからんけど、とりあえずやってみるしか……」


 そこまで言いかけたとき、足元から呻き声のようなものが上がった。二人が同時に見ると、布団に横たわったままの時治がわずかに口元を動かしている。


「爺さん、気がついたのか?」


 二人はその場に膝と手をつき、老人の顔を覗き込んだ。


「おいジジイ。よくも俺らのこと巻き込んでくれたなぁ。連れてった全員の魂、早よ返してもらうで」


 しかし時治は苦しげに呻くばかりで、とてもこちらの声が聞こえているようには見えない。


「お爺ちゃん……」


 背後から、御琴の心配そうな声が届く。他の女性たちも、それぞれ不安げな眼差しをこちらに向けている。

 と、それまで苦しげな吐息ばかり漏らしていた老人の口から、やっと言葉らしいものが転がり出た。


「武藤家の……(せがれ)


 しわがれた声。手負いの獣が喉から搾り出したようなその低音は、はっきりと兼嗣を指名した。

 そして、次の瞬間。それまで布団の下に隠れていた老人の左手が、目の前にあった兼嗣の胸ぐらを引っ掴んだ。


「なっ……」


 兼嗣が驚く暇もなく、老人は見た目に似合わぬ怪力で、彼の胸ぐらを手元へ引き寄せる。たまらず至近距離まで顔を近づけさせられた兼嗣は、ゆっくりと開かれていく老人の目を見つめていた。

 シワだらけの(まぶた)の隙間から、色素の薄い瞳がぎょろりと現れる。それと視線を合わせた瞬間、兼嗣は全身の力がふっと抜けていくのを感じた。


「兼嗣!」


 危険を察した天満が、慌てて彼の両肩を後ろから掴む。すると、肩越しに見えた老人の目が、天満の瞳をも射抜く。

 途端、意識が急激に遠のいていくのを感じた。

 強い眠気。これは以前にも経験したことがある、黄泉の国へと誘われる感覚。


(まずい、のか?)


 薄れゆく思考で、確かな恐怖心を覚える。

 連れて行かれる。

 どのみち黄泉の国へ向かう予定ではあったが、先手を取られたという焦りは拭えなかった。

 こんな形で連れて行かれて、無事で済むのかどうか。

 わからないことだらけのまま、天満は深い眠りの底へと落ちていった。

 

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