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第十二話 灯籠流し

 

 灯籠流しは死者の魂を弔うためのもの。その一つ一つの灯火(ともしび)が、誰かが誰かを悼んでいる証だった。


 ——天満。一つだけ頼みたいことがあるんだが、聞いてくれるか?


 空は夜の色に染まり、多くの人が灯籠流しを見ようと川の周りへ集まってきた頃。右京はぽつりと呟くように言った。


 ——たのみたいこと?


 未だ河川敷に腰を下ろしたままだった天満は、やっと普段の調子を取り戻した声で聞く。


 ——私が死んだら、そのときは……私のために灯籠を流してほしい。


 天満は一度川から目を離して、隣に立つ彼女を見上げた。彼女は川を流れていく灯籠をまっすぐに見つめたままだった。


 ——右京さんが、しぬ? ……そんな先のこと、おれ覚えてられないよ。


 彼女が死ぬ時のことなど、考えたくもなかった。たとえいつかその時が訪れるとしても、それはずっと先の未来のことだと思っていた。


 ——人はいつ死んだっておかしくない。私だって、明日明後日にでも何かの拍子に命を落とす可能性はある。


 ——だめだよ、そんなの。


 天満は勢いよくその場に立ち上がって、背伸びをしながら右京の顔を覗き込んだ。


 ——右京さんはずっとずっと長生きするんだ。おれよりもずっと。


 ——それは無理だな。私は天満よりも二十も年上なんだぞ。


 やっとこちらに視線を下ろした彼女は、困ったように苦笑する。


 ——ムリじゃないよ。おれだっていつ死ぬかわからないじゃないか。


 ——それは困るな。天満にはこれから、永久家の血縁者たちを守ってもらわないといけないからな。


 彼女のあたたかな手が、くしゃりと天満の頭を撫でる。


 ——天満は強い子だ。私がいなくても、必ず私たちの家を守ってくれる。だから天満には、私よりもずっと長生きしてほしいんだ。


 ——なら、右京さんも長生きしてよ。おれ、右京さんと同じだけ長生きするからさ。


 天満がそう言った瞬間、周囲はささやかな歓声に包まれた。

 釣られて顔を上げると、遠くの山で火が燃えているのが見えた。赤々と燃え盛る炎が、大文字の形に浮かび上がっている。


 ——始まったな。五山送り火だ。


 ご先祖様の霊を、あの世へと送り出すための篝火。それを見た右京は急に天満の小さな手を握ったかと思うと、人の波に紛れて歩き出した。


 ——渡月橋の上まで行こう。あそこからの眺めが一番よく見えるんだ。


 彼女の大きな手が、人混みで溺れそうになる天満を力強く導いてくれる。

 夏の匂い。屋台の光。人々の楽しげな笑い声。それらの真ん中に、彼女がいた。

 これが、天満にとって最初で最後の彼女との旅。


 その年の暮れに、彼女は帰らぬ人となった。

 

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