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第十話 二人旅

 

          ◯



 生まれて初めて呪詛返しの旅に出た日。幼い天満はこれから始まる大冒険に胸を躍らせていた。

 右京と二人で東京駅から新幹線に乗り、二時間半ほどかけて京都駅へと向かう。行きがけに買った駅弁を車内で食べ、窓の外を流れていく景色に目を輝かせる。


 ——右京さんは、いつもこんなふうに旅をしてるんだね。


 いいなぁ、と心底羨ましがる彼の様子に、右京はどこか安堵したような微笑を浮かべた。


 ——天満もあと数年もすれば、嫌でも旅漬けの生活になるさ。だから旅を楽しめるのは良いことだな。人生に彩りを添えられる。


 ——いろどり?


 その言葉はおそらく、天満の生涯を見据えての発言だった。この家に生まれ落ちたその瞬間から定められた、彼の運命。人生の大半を旅に投じることになる、彼の未来への慰めの言葉だった。


 ——天満。手を出してみろ。


 右京に言われて、天満は小さな手のひらを彼女の前に広げてみせる。すると彼女は羽織の袂から小瓶を取り出して、それを天満の手の上へと傾ける。瓶の中からはコロコロと星型の菓子が何粒も転がり出る。


 ——わっ。金平糖(こんぺいとう)だ!


 手のひらに乗ったカラフルなそれを見て、天満は声を弾ませた。一粒つまんで口へ放り込むと、ほのかな甘さが舌の上に広がる。おいしい、と笑みを溢すと、それを見た右京は満足げに頷いて、自らも一粒口へ放り込んだ。

 旅好きな彼女はいつだって、羽織の袂に土産物を入れて持ち歩いていた。見た目からは想像がつかないほど沢山の食べ物がそこから出てくるので、彼女は実はマジシャンなのではないか、と天満は考えたことがあった。


 やがて二人は京都駅に着くと、目的の嵐山へはすぐには向かわず、ぶらぶらと京都の街を散策した。四条河原町周辺を練り歩き、清水寺の舞台から景色を眺め、伏見稲荷大社の千本鳥居を潜る。

 それらを存分に堪能してからやっと、阪急電鉄に乗って嵐山へと向かった。


 ——今夜は宿を取ってあるから、そこでゆっくり休もう。『問題児』の家を訪ねるのは明日だ。


 事前に本家の者が手配していた宿へ向かい、二人でチェックインする。老舗の旅館で、観光名所である嵐山の中心地という立地から考えても、かなりランクの高い宿であることが窺えた。

 各部屋には半露天の(ひのき)風呂が付いており、二人は荷物を置くなり、一日かいた汗を流すべく一緒に風呂へ入った。


 ——どうだ、天満。旅は楽しいか?


 本日の締めくくりとばかりに、右京はともに檜風呂に浸かる天満に尋ねた。昼間は一つに結っていた長い髪は、今はお団子にして後頭部に纏めている。


 ——うん。すごく楽しいよ。ずっと右京さんといっしょにいられるし!


 ——そうか。それはよかった。


 そう言いつつも、彼女の顔にわずかに陰がかかったのを、天満は見逃さなかった。


 ——右京さん、どうかしたの? 右京さんは、おれといっしょにいて楽しくなかった?


 不安になって、天満は尋ねた。幼い彼の純粋な問いに、右京はハッと我に返ったような顔をして、しかしすぐに元の優しい微笑を浮かべる。


 ——楽しいよ。とても。天満と一緒にここに来られて、本当に良かった。


 その言葉を噛み締めるように言いながら、彼女は天満の方へ手を伸ばすと、いつものように優しく頭を撫でる。

 湯船で温められた彼女の熱を感じながら、天満の心は幸せな気持ちでいっぱいだった。

 どうかこの時間がいつまでも続きますように。また次の旅でも、彼女と二人きりの時間が過ごせますようにと、次から次へと溢れる願いが、彼の小さな胸をいっぱいに満たしていた。

 

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