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第六話 幻影

 

 スピーカー越しに、カタカタとキーボードを打ち込む音が聞こえてくる。右京に関する情報をパソコンか何かで閲覧しているのだろうか。

 その間も、天満は赤いトンネルを進んでいく。鳥居の上方には高い木々が生い茂り、灼熱の太陽を遮ってくれている。それでも気温と湿度は一向に下がることなく、全身から次々に汗が噴き出てくる。さすがにこの酷暑のせいか、すれ違う観光客はほとんどいない。


 やがて鳥居が途切れ、さらにその先にある竹林を抜けると、今度は一見墓地のような場所に出た。あちこちに墓石のようなものと、ミニサイズの鳥居とがバラバラの向きで並んでいる。それらは『(つか)』と呼ばれるもので、稲荷神を信仰する人々が個別で奉納したものだった。


「なんだかあの世への入口みたいだなぁ」


 辺り一面に並ぶ小さな鳥居。それらの赤を見つめていると、段々と目が回りそうになってくる——と、気を抜いていた天満は本当に目眩を起こして、途端に足のバランスを崩した。


「おっ……と」


 そのまま体勢を立て直すこともできず、無様に地面へと倒れ込む。どうやら暑さにやられたらしい。朦朧とする意識の中で、もっと水分を摂っておくべきだったなと反省する。


「大丈夫か、天満?」


 なんとか上体を起こしたところで、右京の姿をした呪いが声を掛けてくる。こちらを心配しているような言葉とは裏腹に、その顔には微笑が浮かんでいる。

 二十年前と同じ、彼女の優しげな笑み。しかしいま目の前にあるそれは、人間らしい温もりが伝わってこない。これだけの暑さにも関わらず汗一つかいていない彼女の涼しげな姿は、この世の者ではないということを嫌でも感じさせる。


「天満さま? どうかしたんですか!?」


 珍しく焦っている璃子の声が遠くから聞こえた。見ると、いつのまにか取り落としていたスマホが道の脇に転がっている。

 天満は緩慢な動作で体を起こすと、何事もなかったようにスマホを手に取った。


「なんでもない。ちょっとスマホを落としただけだ」


「もう。びっくりさせないでくださいよ。心臓に悪い」


「それで、何か情報は掴めたのか? やけに集中してパソコンをいじっていたようだが」


「そうですねぇ……。いま右京さまの生前のお写真を確認しているところですけど。噂には聞いていましたが、本当にお美しい方だったんですねぇ」


 璃子がしみじみと言う。そうだろう、そうだろうと、天満も心の中で何度も頷く。


「女性としての美しさもありますけど、なんていうか……中性的な魅力っていうんですかね? タカラジェンヌの男役みたいな、女性目線でも憧れるタイプの方だなぁという印象です。『右京』というお名前も、一般的には男性名ですよね」


「右京さんはもともと、男として育てられる予定だったからなぁ」


 由緒正しい家系というのも、堅苦しいことこの上ない。

 彼女の苦労を思うと、天満は無意識のうちに溜息を漏らすのだった。

 

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