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放浪探偵の呪詛返し  作者: 紫音みけ
第二章 兵庫県神戸市
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第十七話 ハーバーランド

 

 二人が建物の外に出ると、辺りは相変わらず深い霧に包まれていた。


「で、どうやって帰るんだよ? 方法は知ってるんだよな?」


 再び河原へ戻ってきたところで天満が尋ねた。兼嗣はやっと足を止めたかと思うと、


「天満」


 と、珍しく正しい名前で呼ぶ。おや、と思った天満の方へ、彼はやけに真面目な顔をして振り向いた。そして、


「ここでお前を殺す」


「…………は?」


 予想外のセリフが飛んできて、天満は思わず間抜けな声を漏らした。


「俺を殺す? なに言ってんだよ、お前。冗談も大概に……」


 兼嗣は冷めた目でこちらを睨みつけたまま、じりじりと詰め寄ってくる。その様子に、どうやら冗談ではないらしいと理解する。


「お、おいおいおい。本気で言ってるのか? ちょっと待てって。今までお前のことを心の底から馬鹿にしてたのは謝る。だから落ち着けって!」


「アホ。本気で殺すつもりとちゃうわ」


「は?」


 心底呆れた様子で溜息を吐く兼嗣。天満は意味がわからず、逃げ腰で両拳を構えたまま固まっている。


「現世に帰るための儀式や。陽翔は呪詛の力で黄泉の国(こっち)に来たから、呪詛返しをしたことで現世(あっち)に帰れたけど、俺らは違う。元の世界へ帰るためには、この世界で一度死ななあかんねや」


「一度、死ぬ?」


 なんて野蛮な方法だ、と天満は耳を疑った。


「ただ死ぬだけじゃあかんで。一人きりでの自殺は無効や。一人で自殺したら、それこそ元の世界には二度と帰られん。自殺は大罪やからな。無事に生還するためには、自分以外の誰かに殺してもらうか、あるいは二人以上で心中するしかないんや」


「なんだよそれ。どういうルールだよ。ていうか心中って……もしかしてお前と二人でか? なんか嫌だなぁ」


 せめて綺麗なお姉さんとがいい、と拗ねる天満に、「俺かて嫌やわ」と吐き捨てる兼嗣。


「二人でここに来たんはそのためや。わかったらさっさとやるで」


「うへぇ」


 未だ納得していない天満には構わず、兼嗣は一度目を閉じて何かを念じ始める。それから数秒もしないうちに、辺りの景色はぐにゃりと歪み、目の前には見覚えのある場所が広がった。

 夜の波止場だった。コの字型に海へ突き出た突堤のあちこちに、電飾が煌々と輝く建造物が目立つ。神戸のシンボルであるポートタワー、青い光を放つ海洋博物館、七色に輝く大観覧車。それらを見て、天満はここが神戸の港にある『ハーバーランド』だと理解する。


「うまく死なれへんかったら、生きて帰られんからな。誤って片方だけが生き残ったりせんように、一緒にここから海に飛び込むで。底まで沈めば、どうあがいても窒息死できる」


 物騒なワードばかり口走る兼嗣の隣で、天満は諦めたように溜息を吐いた。


「わかったよ。やればいいんだろ。でも窒息死って苦しいから、できれば別の方法がいいんだけど」


「そんなのんびりしてる場合とちゃうやろ。俺はこの方法で何度も帰ってきたんや。お前もそのうち慣れるわ。できるだけ短く済ませたいんやったら、海の中でお互いの首を絞め合えばええ」


 俺は右京さんともやったことあるんや、と自慢げに言った彼に、天満はムッとした。なんだか負けたような気がして、張り合うようにして一歩海の方へ出る。


「時間がないんだろ。さっさとやるぞ」


「だからさっきからそう言うとるやろが」


 二人は隣り合って波止場の淵に立ち、互いの体が離れないように肩を組む。


「しっかり腹くくれよ。中途半端になったら、長いこと苦しむからな」


「そっちこそ」


 静かに揺れる黒い水面。その先にある暗闇へと、彼らはどちらともなく身を投げた。

 

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