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第十二話 願い事

 

 まさか、と兼嗣は再び椅子を仰ぎ見る。椅子の山はまるで生き物のように一定のリズムで脈打っている。


「『サターンの椅子』って名前、悪魔のサタンと勘違いする奴が多いんだろ。社会科見学で訪れた子どもたちも、悪魔の椅子だって騒いだ可能性がある。この幻だって、そういうイメージから来てるんじゃないか? 渡陽翔がサターンの椅子に対して恐ろしい印象を抱いていたのなら、この光景がまさに答え合わせだ」


「じゃあ陽翔は、この悪魔の椅子に殺されるとでも思ったんか? それでどこかへ逃げようとして、この黄泉の国に迷い込んで……」


「いや。それだけじゃないと思う。この椅子は『願いが叶う椅子』だからな。願い事をして、それを叶えてくれるのが悪魔だという点にも恐怖心を抱いたんじゃないか? そう、たとえば……『悪魔に頼んだ願い事は、どんな恐ろしいことでも叶えてくれる』とか」


「どういうことや?」


 怪訝な顔をする兼嗣を余所に、天満は椅子の山へと近寄って、その奥に見える少年へと呼びかける。


「陽翔くん。聞こえてるんだろ。返事はしなくていいから聞いてくれ。これから話すことは俺の想像だから、間違っている部分もあるかもしれないけど」


 そう前置きしてから、彼は自分なりの考えを口にした。


「キミは学校で、あまり居心地の良い思いはしていなかったんだろう。一緒に遊ぶ友達はいるけれど、それを心から楽しむことはできていなかった。なんとなく嫌な思いをしていた。そしてそれを家族に相談することもできなかった。家には自分よりも小さな妹がいる。妹の前で、お兄ちゃんらしくない振る舞いはできなかったからだ」


 陽翔少年からの反応はない。しかしこちらの声は届いていると信じて、天満は続ける。


「そして社会科見学の日、キミはこの山手八番館でサターンの椅子を見た。悪魔の名前が付けられた椅子だ。印象は最悪だっただろう。けれど願い事をすれば叶えてくれる。だからキミは、()()を願った。今の生活を変えてくれる何かを。人生がより良くなるように、自分にとってプラスになるような願い事をしたんだ」


 そんな天満の想像に、隣から兼嗣が異を唱える。


「なら別に問題はないやんけ。いくら悪魔の椅子や言うても、願い事は叶えてくれるんやろ。何を怖がることがあるねん」


「この椅子は誰の願いでも叶えてくれる。ということは、陽翔くんだけじゃなく、他のクラスメイトたちの願いも叶えてくれるってことだ。だからもし、誰か一人でも、陽翔くんの願いを否定するような子がいたらどうなる?」


「否定する、やと?」


「陽翔くんが願い事をした後に、誰かがこう願ったんだ。『陽翔の願いが叶いませんように』って」


「……なんやそれ」


 想像とはいえ、幼い子どもによる残虐な仕打ちに、兼嗣は嫌悪感を露わにする。


「悪魔に頼んだ願い事だ。きっとどんな恐ろしい願いでも叶えてくれる。もしも陽翔くんが『幸せに生きたい』と願ったのなら、その反対は、『不幸になって死ぬ』だ」

 

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