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放浪探偵の呪詛返し  作者: 紫音みけ
第二章 兵庫県神戸市
25/124

第十話 狭間の河原

 

          ◯



 川のせせらぎが聞こえて、天満は目を覚ました。うつ伏せに倒れていた体の下には冷たい土の感触がある。


「やっと起きたか、寝坊助野郎」


 聞き慣れた声が上から降ってくる。ぼんやりとしたまま顔を上げてみると、視線の先には優雅にタバコを吸う兼嗣の姿があった。


「気がついたんならさっさと出発するで。あんまりモタモタしてたら面会時間が終わってまうからな」


 彼は手頃な岩に腰掛けて紫煙をくゆらせている。辺りは霧が立ち込めていて視界が悪い。ギリギリ見える範囲に川が流れているのがわかり、ここが河原であることを理解する。


「ここが、黄泉の国なのか?」


「厳密には黄泉の入口やな。あの世とこの世の狭間みたいなもんや」


「もしかして、そこに流れてるのが三途の川?」


「知らん。でも不用意に渡らん方がええやろな」


 天満はのっそりと体を起こして頭上を仰ぐ。霧の向こうに見える空は薄暗く、現在の時間帯はわからない。そもそもこの空間に太陽が存在するのかどうかもわからない。


「先に確認しておきたいんだが。ここが黄泉の入口で、俺たちは意識だけがここに来てる状態なんだよな? なら、現実の俺たちの体は今どうなってるんだ?」


「俺らの体は病室から動いてへんで。意識を失って、今ごろはベッドの上に上半身から倒れ込んでるやろ。事前に椅子に座らせたんはそのためや。床に倒れて打ち所が悪かったら困るからな」


 さすがに準備が良い。天満は内心舌を巻いたが、口に出して褒めるようなことは意地でもしなかった。


「病院の面会時間は午後八時までや。あんまり遅くなると医者に見つかって面倒なことになるかもしれん。早めにケリつけて帰るで」


 言うなり彼はさっさと腰を上げて歩き出す。慌てて天満もその後に続く。霧の立ち込める河原を、二人は肩を並べて進んでいった。


「ところでお前、今は禁煙中じゃなかったのかよ。昼間はあれだけガムで我慢してたくせに、もう限界がきたのか?」


「何言うてんねん。ここは現実ちゃうやろ。生身の体とちゃうねんから、ここでいくら吸ったところでノーカンや」


 兼嗣は心底うまそうに煙を吸う。タバコの良さがわからない天満は隣でわざとらしく咳き込む。


「で、今はどこに向かってるんだよ」


「渡陽翔のおる場所に決まっとるやろ。どこにおるかは知らんけど」


「知らんのかい」


 無意識のうちに口調が移る天満。


「まあ、こっちから呼び寄せればすぐ会えるやろ」


 兼嗣はそう言って一度足を止めると、大きく息を吸って腹を膨らませる。そして、


「陽翔くん、どこやー!」


 霧を晴らさんばかりの大声で叫ぶ。果ての見えないその空間に、彼の声は何度もこだました。隣の天満は「うっせ」と耳を塞ぐ。

 と、二人の前に広がる景色が突如ぐにゃりと歪んだ。時空がねじれたかのような動きを見せたそこに、どこからともなく一つの建物が現れる。

 黒い柵に囲まれた、立派な洋館だった。大きな窓に高い煙突、玄関はアーチ状になっている。


「やっぱりここなんやな。山手八番館」


 兼嗣はニヤリと笑って懐から携帯灰皿を取り出すと、タバコの火を押し付けた。

 

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