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第十四話 呪詛返し

 

「しっ、東雲さん」


 弥生の声が裏返る。


 ごふっ、と天満が勢いよく血を吐き、足元の床がびちゃびちゃと音を立てる。


「い、いや……、ああ……っ」


 目を見開き、肩を震わせる弥生。

 天満は口元を赤く染めたまま、ゆっくりと首を動かして彼女の方を見る。


「……弥生さん。あなたは、これでもまだ……この人を、母親だと言うのですか?」


「ち、違う。違う! お母さんは、こんな酷いことせん!」


 頭を振り、涙を散らしながら彼女は叫ぶ。


「こんなのお母さんやない! こんな、こんな!」


 母の姿をした女性もまた、首だけを動かして弥生を見る。

 青白い、生気のない顔。


 天満は息も絶え絶えに、さらに質問を重ねる。


「なら、弥生さん。この人は誰ですか。……あなたを殺そうとする、この人物は」


 弥生はやっとのことで上体を起こし、無様に尻餅をつくと、小刻みに揺れる右手を持ち上げて、女の顔をまっすぐに指差す。


「こいつは……このバケモンは、私や!」


 瞬間。


 母の姿をした化け物は、ぐにゃりと顔の部分を歪ませて、たちまち別人へと変化した。

 真っ黒な喪服や乱れた髪はそのままに、顔だけはひどく見覚えのあるものへと変貌を遂げる。


 泣き腫らした目。

 だらしなく開かれたままの口元からは断続的に嗚咽(おえつ)が漏れる。

 なんともおぞましい風貌のその姿は、弥生そのものだった。

 喪服に身を包み、涙を流す彼女は、十二年前に母を失った哀れな一人娘だった。


「……よく出来ました」


 ぽつりと天満が呟いた直後。

 刃の刺さった彼の胸元が、青い光を放つ。

 それは炎のように大きく燃え上がり、目の前に立つ化け物を包み込む。


「ぎゃあああ……あああ!」


 化け物は雄叫びを上げ、苦しげに暴れ出した。

 天満は自らの胸に左手を添え、もう一方の手を前へと伸ばす。


「これで終わりだ。永久(ながひさ)流・呪詛返し!」


 叫ぶのと同時に、光が爆発を起こす。

 ドッ、と腹の底に響く衝撃が辺りに広がった。

 一陣の風が廊下を吹き抜け、弥生は固く目を閉ざす。


 やがて風がおさまってくると、彼女は恐る恐る(まぶた)を上げた。

 暗い廊下には、すでにあの化け物の姿はなかった。


「終わった……んですか?」


 そんな彼女の声に応えるように、廊下や部屋の照明が一斉に光を取り戻した。


 一拍遅れて、天満は盛大な溜息を吐き、その場に尻をつく。


「はあぁー……無事に片付いてよかったー」


 心底疲れた顔をする彼は、胸の辺りをしきりに摩っている。

 その様子に弥生はハッとして、すかさず彼の側に膝をついた。


「東雲さん、大丈夫ですか!? 胸の傷は……って、あれ?」


 しかし、先ほど大怪我を負ったはずのその胸には、なぜか傷一つなかった。

 それどころか、あれだけ床を赤く染めていた血も今はどこにもない。


「『呪詛返し』を行いましたからね。あなたの呪いで受けたダメージを、そのまま相手に打ち返したのです」


「打ち返した、って、そんなことまでできるんですか?」


 探偵さんなのに? と不可解そうにこちらを見つめてくる彼女に、天満はどう言い訳したものかと悩む。


「近頃は不景気ですからねえ。探偵も探偵業だけでやっていくのは難しいので、こういったスピリチュアルな仕事も兼任していたりするのですよ」


「そういうものなんです?」


 未だ納得のいっていない彼女から目を逸らし、天満はその場に立ち上がる。


「何はともあれ、弥生さんが無事で良かったです。今回のことで、あなたも勉強になったでしょう。人の心というのは、知らず知らずのうちに自分自身を追い詰めてしまうこともあるのです。だからこれからは、自分に負けないでください。呪いというものはいつだって、私たちの心の中にあるのですから」

 

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