表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放浪探偵の呪詛返し  作者: 紫音みけ
第六章 静岡県伊豆市
107/124

第十五話 依存

 

「お、終わった……の?」


 呆然とする妃頼の前で、兼嗣は崩れ落ちるようにしてその場にへたり込んだ。


「……()っ……て……」


 小さく呻き声を漏らす彼の背中に、妃頼は慌てて駆け寄る。


「お、岡部さん。しっかりして! すぐに救急車を呼ぶから……って、あれ?」


 しかし、先ほど大怪我を負ったはずの彼の体には、なぜか傷一つなかった。

 それどころか、あれだけシャツとスーツを赤く染めていた血も今はどこにもない。


「『呪詛返し』を行ったんでね。呪いで受けたダメージを、そのまま相手に打ち返したんです」


 兼嗣が言って、妃頼は呆気に取られる。


「呪いを打ち返した……って、そんなことまでできるの?」


「家島さんが、私の言葉に耳を傾けてくれたおかげです。あなたが呪いに対する気持ちを改めてくれたから、私たちは助かったんです」


 そう言って、兼嗣は微笑む。


 そんな彼の言葉を受けて、妃頼は少しだけ考えてから、どこか照れくさそうに苦笑した。


「そっか。それじゃあ……あたしたちは、二人で一緒に運命を乗り越えたってことだよね?」


 言いながら、彼女は兼嗣の右手をそっと両手で包み込む。


「もしかしたら、あたしの運命の相手って……頼家さまじゃなくて、あなただったのかも」


「え?」


 完全に予想外だった彼女の反応に、兼嗣は固まった。


「岡部さん。いいえ、(かおる)さま。あたし、守備範囲は二歳差までだったんだけど、あなたは見た目も中身もかっこいいし、例外っていうか……。あなたと一緒なら、どんな運命も乗り越えられる気がする。だから、これからもあたしと一緒に……」


 彼女は兼嗣の手を握ったまま、頬を赤らめた顔をゆっくりと近づけてくる。

 それはほとんど愛の告白のようなもので、


「い、家島さん。ごめんなさい。私にはすでに心に決めた人がおりますんで……!」


 兼嗣はたまらず彼女の手を振り解き、勢いよく立ち上がると、その場から逃走を図った。


「ああっ。待って、行かないで。薫さまぁ!」


 寂しげな声が背後から聞こえたが、兼嗣は振り返らなかった。


 自らの呪いから解放された彼女は、きっともう大丈夫だろう。



          ◯



「今回は本当にありがとうございました、兼嗣さま」


 スマホのスピーカー越しに、璃子の声が届く。


 夜の帳が下りた温泉街。

 その中心を流れる桂川沿いの道を、兼嗣はひとりスマホを片手に歩いていた。


「ほんま、一時はどうなることかと思ったわ。あのお嬢ちゃん、途中までずっとツンツンしててまともに会話もできんかったし。父親のことを聞き出せたのも奇跡的やったわ」


「家島妃頼はもともと、父親に依存していたようですね。四年前に父親を亡くしてからは、しばらく不登校にもなっていたようです。……って、今さらお伝えしても遅いですね。もっと早く情報を手に入れられればよかったのですけれど、お力になれず申し訳ありません」


「いやいや。璃子ちゃんが教えてくれた、あのアニメの情報が役に立ったわ。感謝してるで」


 と、兼嗣はそこで一度足を止めた。


 目の前には木造二階建ての古風な店が建っている。

 黒塗りの壁に掲げられた看板には『饅頭総本山 源楽(げんらく)』とあった。


「……そういえば、あのボンクラの三男坊さまはどうなったんや?」


「天満さまは先ほど、こちらに帰還しました。まだお腹は痛むようですが、少しずつ顔色は良くなっていますね」


「ふうん。とりあえずそっちにおるんやな。じゃあ伝言だけ頼むわ。『饅頭屋はもう閉まってるから諦めろ』って」


 店はすでに本日の営業を終え、建物の照明も消された後だった。


 璃子は「わかりました」と快諾し、通話を切る。


 いくら土産をせがまれたところで、店が閉まっているのならば仕方がない。


 まあ、明日の朝にでも気が向けば買ってやらないこともないけど、と兼嗣は再び歩き出す。


「さてと。そろそろ旅館の夕食の時間やな。静岡は生わさびが新鮮で甘いって聞くし、楽しみやわ」


 ようやく一息つけると安堵する彼の声は、川のせせらぎに紛れて、夏の夜風に溶けていった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ