第2章 初めての一歩 2
ケンタロウは1分30秒の未来が見える異能馬券師だ。
特殊な能力を持つ仲間と助け合いいがみ合い、今日も馬券道を究めてゆく。
(2)
酷く寒い朝だった。
ケンタロウは迎えのクルマが来るまではと、ずっと布団の中で闇にくるまっていた。
「これから……俺の生活はいったいどうなるんだ」
絶望の淵に追い込まれていた。それでもケンタロウはなぜか朝5時には目が覚めた。いやがおうにも起き上がると、食パンを生のままで齧り、紙コップにお湯を注いでインスタントの味噌汁を啜った。
そそくさと身支度を始めた。着換えて顔を洗い、残り最後の歯磨き粉をチューブをつぶして捻り出した。歯磨きだけはどんなに忙しくてもきっちり3分を心掛けていた。
「ああ辛い……」
身支度を終えるとドアを開け、階段を降り、凍えるような冷え込む外へと出た。すぐに近くの電信柱に思わずしがみついた。
「未練たらたらなのかなあ……まだ。それにしても……あり得ないし、くだらない」
それから5分ほどでアカケンカー(明るく健全な未来作りの会の社用車)がやって来た。どこでも目立つピンクのカラーリングだ。だがピンクカーは、ケンタロウがしがみつく電信柱を素通りした。運転しているのは明らかにユウジだった。こちらを見る気配はまるでなかった。
「おおーい、お~い、なんでだよ~~!!」訳もわからずにケンタロウはピンクカーに手を振った。そうするしかなかった。
₎ 50メートルほど過ぎたところで止まった。少し停止した後、今度は思いっ切りバックで急発進してきた。バックファイヤーのパアンという、なつかしい爆裂音がこだました。
「ああ、すまん。エネルギッシュだろう?」窓を開けてユウジが言った。
「その演出要らねー」ケンタロウはユウジをにらみつけた。
「とにかく乗れ。社長は時間にうるさい」
「だったらなおさらッ」
「ものごとってのはアヤが必要なんだよ!」
ユウジはレイ以上に運転狂だった。
「今日の現場はここね」
4人がたどり着いたのは大きな老人ホームだった。
「さあ、徳を積むわよ!!」
「ふあ~~い」
次の日は障碍者施設、その次の日は病院の清掃、そしてまた次の日はビニールハウスの中で農作業……などが来る日も来る日も続いた。
14日目のある日だった。
「これって、ほんとにボランティアなのかな~~?」
「裏でお金が動いている気もする」
「大丈夫だよ。徳を積みながら、さらに君たちの給料も稼がせてもらっているのだから」
「やっぱり! さすが~~社長」レイはいつも素直だ。
「いいのかなこのままで。だんだんとモチベーションが……」
漏らすレイジをサエコは睨んだ。
「仕方ないだろう。会社の資金も風前の灯火なんだから。おかげでなんとか今月も倒産しないで済みそうだ。そして明日からは違うぞ。いよいよ初めての一歩、ここからが大事なんだからね!!」
「え、これまでと何がどう違うの?」
「鬼の錬成道場、アルデバ・蘭が率いるアラバデルンに出向くからね。覚悟しといで!!」
「何それ、その言いにくさ……」
「とにかく明日からは朝5時集合! 覚悟しておくように」
「えええ~~~?」
ケンタロウはなんだかもうどうでも良くなってきた。とても疲れていた。
訳の分からない事態になってきたと強く感じるが、もう運命だと思い込むしかなかった。
「こうなったらどこまでも付き合ってやるぜ……」といって泣いた。
翌朝、2時間ほどかけてたどり着いたのはうっそうとした山奥にそびえたつ古民家だった、 例えるならそれは、地獄の入り口で閻魔様が立ちふさがるかのような異様さだった。
『錬成場アラバデルン』
太いおどろおどろしい字体の立て看板が見えた。
「ここがあたしたちの能力を際限なく引き上げてくれるであろう、修業の場所だよ」
「なんていうか……あのう生きて帰れるんでしょうか?」
「うん……たぶん」
建物の周辺を真っ黒で重い雲が、ずっしりと取り囲んでいた。
続く