第97話 王都凶来・その血の運命
十束貴史の娘、十束十華。それが松永の正体だ。
そう逢坂に聞かされた飯尾は、鳩が豆鉄砲を食ったようになった。
自分の友達の父親を含む、大勢の人に苦しみと悲しみを与えた大犯罪者の娘が、こんな近くにいたなんて。そんな運命のいたずら、例え海野ですらも読めなかっただろうと。
「もう一度言うか? コイツの本当の名字は、漢数字の『十』に『束ねる』と書いて……」
飯尾は都合の悪い事実を押しのけるように、逢坂へ怒鳴る。
「言わんでいい! そんなテメェが大好きな出来の悪い嘘なんかよ!」
「ほう……だとしたらこれはどう『説明』すればいいんだ?」
と、逢坂は松永を指さして言った。
そのうつむいた顔には、犯罪者の娘という重い過去を背負い苦しんでる様がはっきりと表れていた。紛れもなく、逢坂の言葉が真実だという証拠だった。
「つまり、桐本はこんなろくでもない奴を守って死んだ――いやそもそも、お前たちはこんなえげつない罪人を匿ってたってことだ」
「だからどうしたって言うんだ!」
「別にどうしようとも思ってないさ……ただ俺は『教えている』だけだ。
真壁の言われるがままに有原を陥れる火種になって、有原たちの仲間になって、一度はテメーや稲田に守られたのが十束の娘という『出来すぎた』運命をなァ〜〜!」
手を叩いて笑う逢坂へ、飯尾は両拳を震わせながら彼を睨む。
「……何が『教えている』だけだ……松永をダシにして俺たちを小馬鹿にしてるだけだろ……」
「ああああぁぁぁぁっっっ!」
松永は両膝を突きながら絶叫した。
二人が覚えている限り、スキル名の詠唱以外、ろくに声を発したことのない彼女が。
逢坂は松永を指さしたまま。
「おいおい、そんなに騒ぐことじゃあないだろう松永さんよ。俺はただお前の『名前』と『軽い経歴』を説明しただけだぜ?」
「そんくらいじゃ済まねぇだろうが! おい松永! あんまり奴の言うことを間に受け止めすぎるな……!」
「……全部、全部私が悪いんだ……私がお父さんを止められなかったから……あの日……私がお父さんのことをバカにしたところから……私はもうダメだったんだ……」
しかし、激情と後悔にのまれ錯乱状態となっている松永には、その言葉は届かなかった。
逢坂は、錯乱する松永に言っているような体でつぶやく。
「……いいや、ダメじゃあないさ松永さん。アンタの行動が巡り巡って、この逢坂雄斗夜が育ち、こんな素晴らしい『殺戮ショー』が開催できたんだからよ」
すると松永は地面に大粒の涙をいくつも落しながら、無意味に地面を殴り始めた。
これに逢坂は口に手を当て、隠しているようで隠しきれていない笑いを見せた後、
「さて、言いたいことは言い尽くしたし、さぁ、続きをしようじゃね……」
本人が悪いことをしていないとわかっていても、十束貴史の娘という業を背負った松永を、快く受け入れることは今の飯尾ではできなかった。
けれども、古傷をえぐり、それを自分の愉しみとする逢坂に対する義憤によって、そんなことはどうでもよくなった。
故に、
「言わなくったってわかってらぁぁッ!」
飯尾は逢坂を倒すため、松永だけでなく、梶、大関、稲田、桐本……大勢の人を好き勝手陥れた罪を償わせるため、まず逢坂へ跳び蹴りを繰り出す。
「【沢卦裂空脚】!」
(勢いづいてんな……回避は無理だ……)
逢坂は左手の短剣と右手の長剣を交差させて受け止める。
ところが飯尾の攻撃に付随する、遅れてくる音属性の衝撃は受けきれず、のけぞり、数歩後ろへ退く。
「相変わらず、恐ろしい力だな……」
「後悔したってもう遅いぞ!」
すかさず飯尾は逢坂へ接近し、右拳を一気に突き出す。
「【風卦撃砕け……」
「だったら『紐』で縛ってまとめてとっ散らからないようにしねーとなッ! 【災厄を縛るグレイフニル】ッ!」
逢坂に拳が当たる寸前、飯尾の周囲に火、雷、氷の属性エネルギーでよられた紐が現れる。
紐は一気に飯尾へと巻き付く。飯尾は頭を除いて糸巻きのようになった。
飯尾は芋虫のように横になってじたばたしつつ、
「ぐっ……な、なんだこれは……!」
「『どんな理屈でも根性でも切れない紐』……を作る、二十四時間に一回しか発動できない、敵一体を問答無用で拘束するスキルだ。
本当は有原さんとか陽星とか、この国が滅ぶまでの光景を見させるために使おうと『取っておいた』。
が……攻撃力も防御力も厄介過ぎるんだよテメー。まさかこんなタイミングで使うとはこっちも思ってなかったぞ」
「こ、こんの卑怯者が……!」
地面に転がる飯尾を道の隅に蹴飛ばしてから、逢坂は双剣を納刀する。
逢坂は地面に伏せて泣き続ける松永へと歩み寄り、彼女の無造作に伸びた後ろ髪を左手で引っ張り、彼女の顔を無理くり上げさせる。
「見ろよ十束……俺は王都に残ったまともな戦力をほぼほぼ一掃してやりましたよ……」
そして松永は、手足の自由を封じられてのたうち回る飯尾、動かなくなった桐本、大関が跡形もなくなった場所をまとめて眺めさせた。
「ああ……! ああ……!」
「……けどやっぱアンタには敵わねーよ。お前の近しい人々に害を与える『引き付ける力』の強さはな。
ほんとお前は『幸福』だな。十束貴史、真壁、そして有原、その運命の強さを遺憾なく居場所へと転がり込めて……」
「……違う……有原、さんは……私は、有原さんを不幸にさせたくて仲間になったんじゃない……」
真壁の従属関係から開放された後、松永は、有原たちの仲間になった。
当初は有原たちの中にいないジョブ【呪術師】として、デバフで貢献しようとした。
周りが【神寵】覚醒者だらけとなると、もはやデバフだけでは役に立たないと思い、大関からザコ敵をあしらうだけの格闘術を学ぶことにした。
これは決して成り行きに従っただけではなかった。
自分から戦いで活躍して、罪を償うつもりだった。
そして有原たちにいずれ真実を話して、許してもらうつもりだった。
「けど結局、お前のせいで周りの皆は不幸になりつつあるじゃねーかよ」
「違う……」
松永は頭ごなしにこう言うしかなかった。
この何も成し得ていない自分の現状ではそれしかできなかった。
「結局、お前は十束貴史の娘という『運命』を変えることはできないのだ……弱者のまま他人を不幸にし続ける……それが貴様の中で廃油のようにドス黒く流れている『その血の運命』なんだッ! さっさと理解しろこのスットコドッコイめッ!」
松永はすすり泣き、眼前の絶望的な状況を眺めた。
そして松永は悟った。
「……はい、ごめんなさい……みんな……」
逢坂の言うことは間違いない。自分は、父親と一緒で周りに何も貢献できず、逆に迷惑をかけることしかできない人間なのだと。
さっきまでは壊れかけのレディオのように『違う』と言い続けていたのに――この気の変わり様を逢坂はシュールに思いつつ、
「物分りがいいじゃねーか。これは父親とはまた違った利点だな……だが」
逢坂は右手にレーヴァティンを握り、その刀身を空へと掲げて、
「お、おいまさか逢坂! テメー、尊敬してた人の娘を……!」
「悪いがなぁ〜〜、俺はお前が泣きわめいて抵抗してくれるのを望んでたんだぜ……十束貴史の竣工式の時の大立ち回りみてーによ。
だからよ、もうすっかり反省しやがって何もする気のないお前には興味がないんだよ。だからよ……もうここで『断っちまって』いいよなァ〜〜〜ッ!」
「……はい……」
もう痛いほど思い知った。
自分は、十束貴史の運命を超えて、他の誰かを幸せにすることはできない。
なので、自分はこれ以上生きていても意味のない人間だと、もう痛いほど思い知った。
だから、松永はもう逢坂に殺して貰おうとしているのだ。
「や、やめろ松永! まだ、諦め……!」
「それでいいッ! 最高にイイッ! 安心しろ……仮にお前が死んでも、十束の血族のことは決して忘れはしないッ!」
「やめろぉぉぉぉ!」
拘束された飯尾の渾身の叫びを気にもとめず、松永は全てを終わらせる覚悟をし、逢坂はレーヴァティンを振り落と……
「やめろってつってんだろ雄斗夜ああああ!」
「うわぁッ!?」
……す、寸前、突如発された爆音量の叫びに驚き、思わず振るのを止める。
そして逢坂と飯尾と松永はその轟音の源に目を向けると……揃いに揃って目を点にした。
「飯尾、止めるときはこうやって叫ぶんだぞ……わかったかあッ!」
と、稲田は三人の注目を集めながら、飯尾へ怒鳴った。
【完】
今回の話末解説もございません。
次回をお楽しみに。




