第95話 王都凶来・照らされる真実
逢坂が放った強力な雷魔法、【轟雷を退かすヨルムンガンド】。
それを直撃した直後、飯尾は何事もなかったように逢坂へ突撃する。
逢坂は目を点にして叫んだ。
「馬鹿なッ! さっきのアレは一体どこへ行っちまいやがったんだッ!」
さっきの技は間違いなく飯尾に直撃していた。相応のダメージもキチンと受けた。
だが彼は自慢の耐久力で持ちこたえ、実質なかったことにしたのだ。
「しまっ、そういやコイツ、真壁の【絶対至敗】を何度もまともに食らっても生きてた奴だ……!」
「思い出すのが遅えぞ!」
飯尾は逢坂との距離を詰めるや否や、右拳を相手の顎に当てて、強烈に突き上げる。
「【天卦咆穿拳】!」
「【海空を踏むロプト】……ッ!」
しかし逢坂はアッパーを食らった直後、自らの力で浮き、その衝撃を半減させた。
このまま空中から一方的に魔法を撒き散らして絨毯爆撃するのも悪くはないが、突き抜けた根性野郎の飯尾にそんなありきたりな戦術が通用するとは思えない。
逢坂は撃墜の際のリスクも恐れ、空中では何もせず、飯尾から適度に離れた場所へ素直に着陸した。
「上で何もしてこないか……ご自慢の魔法も耐えられ、剣術も見切られた……して、いよいよ打つ手なしってところか?」
「……俺はこの王都に災いを齎すため、二つの手札を用意していた。
一つは、【邪神珠】から取れたエネルギーと、邪神獣の『D.N.A.』的な情報を元に、【虚実を装うヨトゥン】で形作って生み出した『廉価版邪神獣』。
もう一つは、今あっちこっちで狂乱している『国民ども』だ」
「……都築はカウントしないのか」
「あれは騒動を引き起こしてからふと思い出して、急遽追加ドローしたカードだからな。
事前準備が足りなかったから、期待したほどの成果が得られなかったのも一因にある。
で、今俺が集中して話したいのは後者――狂乱する国民どもだ。
おい飯尾、お前、かつて真壁が国民全員に『念じれば一瞬で処刑出来る術式』を組み込んだのを覚えているか?」
真壁と対峙した時、救援に来たゲルカッツとレイルの兵士全員を瞬く間に壊滅させられるという大惨事。これを思い出して飯尾は首を縦に振る。
「あのシステムはヒジョ〜に真壁の性格が如実に現れた人道を考慮しない合理的なものだが、意外なことにあれは真壁がたった一人で考えたものではない。別の『黒幕』の提案を受けて実装したものだ」
「まさか、それもお前ってことじゃないだろうな!」
「YES! YES! YES! 俺は王都を抜けた久門一味に属しながら、あの『偽装』能力を用いてちょくちょく王都に帰っていた。
定期的に真壁に一味の情報を伝えるためにな。
それでいくらか真壁も俺のことを『有用だと』思ってくれたんだ。
それを利用し、俺は真壁に与する『黒幕』として、あのシステムについて提案をし、採用して貰って、共同で国民全員に仕掛けたってゆーわけだ。俺の目論見通りになッ!」
「そこでも目論見通り、だと……!?」
「……さっき言った通り、あのシステムは『真壁が念じた途端、莫大な電撃を流して殺す』という機能がある。
それに加えて、俺はもう一つの隠れ機能をこっそり実装した」
と、逢坂が言うと、頃合い良く、彼の左右から数十人の兵士が入り混じって、傀儡のような歩き方をしてやってきた。
逢坂が念じた途端、対象の人物の脳内に幻覚が映り、自我を失い暴れ出すなど、逢坂の都合がいいように動き出す――これが真壁のシステムの裏の機能の詳細だ。
「クソ野郎……あの残酷な魔法は真壁が死んで消え失せたと思ってたのに、まだこんな問題を残してやがったのか!?」
「そーゆーワケだ……どうせなら俺一人で勝ちたかったんだが、やむをえないんでなぁ〜〜! 次の『アプローチ』はこれだッ!」
逢坂は術式を操り、周囲の兵士を飯尾に差し向ける。
「気をつけろよ飯尾ォ〜〜! いくら一大事とはいえど、仲間を殺すのは『良心』がズキズキ痛むんだろうからよォーーッ!」
「全く、下衆な割に良質な策を使いやがって……だが、俺は殺しはしない!」
飯尾は操られた兵士を次々と殴打し、気絶させて無力化する。
警官の父親から習った柔道を始めとする格闘技の含蓄が飯尾にはある。
これに基づいて立ち回れば、相手を加減して倒すことは十分に可能である。
勿論、彼には神寵があるため、大人数を相手にしようとも、足元をすくわれて大事に至るということはそうそうない。
「俺はてっきり、これだけの相手をさせればボロが出ると思ったんだがな……」
「ふん、お前は俺を見くびりすぎなんだよ!」
「かもな。それに関してはここで謝罪しよう……だが、これで『カモフラージュ』していた本命の策に対してはどうなんだ」
彼らのいる場所に、さらなる兵士が集結する。こちらも逢坂によって操られている兵士だ。
兵士たちの視線は全て、片膝をついて身を起こすのがやっと、というほど傷ついていた桐本へと集中した。
「テメェ、さては俺をコイツらで足止めして桐本を!」
「コイツらじゃない……俺たちでだ!」
飯尾を襲う兵士たちの中に逢坂も混ざり、彼らと協力して飯尾を攻め立てる。
至近距離であれば誰が何人来ようとも、飯尾には対処できる自信がある。
ただ、逢坂と兵士の攻撃を両方とも安全に切り上げて、桐本への救援を行うのはいくらなんでも無理があった。
飯尾は自分を囲む兵を気絶させつつ、逢坂の剣閃を防御しつつ、桐本へ詫びる。
「ごめん桐本……俺がさっさとコイツを倒せなかったばっかりに!」
「謝らなくていいよ、飯尾さん!」
と、桐本は手前にいる兵士を、予備の剣で峰打ちしながら言った。
あれだけ頑張っている飯尾に迷惑はかけられない。桐本はその責任感から来る火事場の馬鹿力で、満身創痍の身を無理矢理突き動かし、自分に襲いかかる兵士に対処していた。
「桐本! お前……!」
「俺の心配なんてしなくていい……! 押し付けて悪いけど、早く逢坂の凶行を終わらせてください……飯尾さん!」
「そうだな……今、逢坂と互角に張り合えるのは俺しかいないんだ……じゃあ、待ってろ! 今すぐに終わらせる!」
飯尾はより一層気概を強めて、周りの兵士を安全に倒しつつ、逢坂を破ろうと打撃を矢継ぎ早に繰り出す。
逢坂は兵士と、立ち位置と、長剣と短剣を巧みに操り、飯尾の攻撃を防御し続ける。
最中、逢坂は相変わらず飄々として飯尾に言う。
「よかったな、桐本の護衛『は』する必要がなくなってな……」
「んなこた喜べるか。それはアイツが無茶してくれたおかげなんだからよ!」
「そうかい。ところで、俺さっき『桐本の護衛は』と言ったの気づいたか?」
「あ?」
「気づいてないのなら、後ろを見るべきだぜ……」
飯尾は最大限の警戒をしつつ、背後を一瞥する。
と、三十人ほどの次なる逢坂が操る兵士が来ているのが見えた。
その兵士たちが見ていたのは、激戦地帯から離れた、これまでの騒乱のせいで一階部分の壁を残して損壊した家屋。
そこには、松永が怯えて隠れていた。
大関が簡単に討たれたのを見て、逢坂との戦いに自分は着いて行けないと悟り、これ以上仲間の足を引っ張らないようにと、そちらへ逃げていたのだ。
「本当に優れた策士ってのはな……何があってもいいように『サブプラン』は山程用意しておくんだぜェェェッ!」
「こんのテメェェェッ!」
逢坂が義憤に燃える飯尾を徹底的に足止めしている間、三十人の兵士たちは松永を仕留めるべく、駆ける。
「……【遅鈍の結界】……!」
突撃の最中、兵士たちは松永の結界を踏み、動きが遅くなる。
しかしそれは、ほんの十秒弱の時間稼ぎにしかならない。
兵士の脅威は根本から無くならず、身体能力の乏しい松永はまともに逃げることも出来なかった。
そして、標的に難なく接近した兵士たちは、何の感情も持てないまま松永へ武器を向ける。
「やめ、るんだッ!」
その時、桐本は自分に襲いかかる兵士をはね退け、松永の前に立ち塞がった。
彼は松永を守るため、兵士へ剣を幾度と叩きつけた。
しかし、彼のダメージと疲労の蓄積は、いよいよ根性や正義感では誤魔化しきれないほどとなり、彼の太刀筋はひどく散漫なものになってしまった。
それを突かれ、さっきまでなら対処できていただろう兵士の攻撃をもらって、桐本はますます弱る。
三番目に来た兵士と、さっきまで桐本が引き受けた兵士が合流し、より束になって桐本を攻める。彼の身は無惨なほど傷だらけになっていく。
その真後ろにいる松永は、この凄惨な光景に耐えられなかった。
しかし、彼女には勇気がなかった。
だから彼女は、せめてもの償いのため、その場にへたり込み、桐本の奮闘を見つめるしかできなかった。
一方、逢坂は飯尾と応戦しながら、その桐本の壮絶な行動を一瞥して、
「どんだけ粘るんだよ。ったく!」
逢坂は瞬発的に斜め後ろに飛翔し、飯尾の猛攻から逃れる。
刹那、逢坂は桐本と松永たちの方を睨み、左手の短剣に猛焔を纏わせて、
「【怪焔を喰らうフェンリル】!」
桐本と松永たちめがけ、神狼を模した猛焔を豪快に放ち、そこ一帯で家屋の土台より一回り大きい爆炎を巻き起こした。
爆炎が霧散した直後、黒煙に紛れていたのは、大の字になって立ち、全身に火傷と切り傷を負った桐本。彼の背後で腰を抜かしている、ほとんど傷を負っていない松永だった。
「き、桐本ォォォォ!」
飯尾の絶叫が轟く中、松永は桐本の背に、何も言わずそっと手を触れた。
それが、様々な意味で力の無い松永に出来る、唯一の反省の意思表示だった。
桐本は首を回してそれをかろうじて見て、言い方を悪くすれば不親切な松永のメッセージへ、多少自分の解釈を加えつつ、
「……いいんだよ……君は悪くないんだよ……むしろ君は俺を救ったんだよ……ただ、友達に殺されるだけの俺に意味を……」
と、返事を残して、前のめりに倒れた。
逢坂は飯尾とも松永ともやや離れた場所に着地した後、最期を遂げた桐本へ拍手を送った。
飯尾は八つ当たりするように周りの兵士を殴り飛ばして気絶させてから、逢坂へ怒鳴る。
「どういうつもりそんなことしてんだお前ェッ!」
逢坂は言った。
「『松永さんを守ってくれてありがとう』という意味でだ」
「そんな単純な称賛の意味で言っちゃいねぇだろッ! 『目論見通りになったから』とか言うつもりなんだろ!
ただでさえしんどい時に松永をかばわせてより酷ったらしく殺したかったから、その誘導をしてくれてありがとう! みてぇな感じでよ!」
「それもあるにはあるが。今回はそれだけではない……俺は純粋に桐本が松永さんを守ってくれたことに感謝しているのだよ」
「嘘つくんじゃねえッ! これまで自分の友だちを四人も容赦なく殺した外道にとって、そいつらと松永に何の差もないだろうが!」
「いや、ある。なぜなら松永さんには……ううん、やはりしっくりこないな」
「何がしっくりこないんだ」
「『松永充』という呼び名が、な。なんせこの呼び方は『正しく』ないからな」
「正しくない、だと? 人殺した後にそんな冗談言ってもちっとも面白くねぇし、ツッコむのも嫌だけどよ、お前学校の名簿見たことあんのか? がっつり『松永充』って書いてあっただろ」
「それに『矛盾』はない。なんせ『松永充』というのは、彼女が社会で生きていくためには『必要不可欠な名前』だからだ。なんせ、『本当の名前』は社会では厄介なものだからな……」
逢坂は、飯尾から松永へと目線を移した。
普通なら見つめられると目を反らしがちな松永であるが、今回は何故か、逢坂を見つめていた――まるで神に赦しを求めるかのように。
そして逢坂は松永に尋ねる。
「なぁ、そうだろ? 『十束十華』さんよ?」
松永は返事をせず、ただ目を点にしていた。
一方の飯尾は、『十束』の二文字を聞くや否や、ある忌々しい人物の名前を連想していた。
「十束、十束……それってまさか……!」
「コイツの本当の名字は、漢数字の『十』に『束ねる』と書いて『十束』。
そうだ、お前のご想像の通りだ……こいつは俺たちの町史上最大の犯罪者にして、俺の憧れの人、『十束貴史』の実の娘だ」
【完】
今回の話末解説もございません。




