第9話 トリゲート城塞奪還戦・開戦寸前
ミクセス王国の定期評定が終わってから一週間後のこと。
ハルベルトとクローツオ、ミクセス王国の騎士団長二人が率いる計一万の軍勢が、ミクセス王国の領土内で、南へ南へと進軍していた。
ミクセス王国の土地は、北面の外周を名もなき山脈に囲まれ、残りは他二国との国境となっている。
トリゲート城塞――その三国の国境が面する地点に建てられた要塞である。
元来は城塞ではなく、三国の貿易のために使われていた共同自治都市だったのだが、邪神が顕現して以降は、情報交換など、三国の軍事的連携を取るための要塞として改造された。
が、今から数年前、そこは邪神獣に襲撃され、三国の兵は尽く霧散。今は魔物たちの巣窟と化してしまっていた。
今この軍が向かっているのはそこ。その目的は言うまでもなく、そこを奪還し、三国との関係を再接続し、邪神の軍勢との戦いを有利にすることである。
「と、理由はさぞかし立派なんだがな……提案者がよりによってフラジュなんだよな」
「ああ、しかもまるで俺たちのこと試しているみたいなのがな、なんかモヤる」
この行軍の発端である騎士団長フラジュへの不満を吐露する飯尾と海野を始めとした、一年二組の三十六人もこの軍に参戦している。
「けれども、少しだけ優しいところはあると思いませんか? 例えばこの装備とか……」
と、新品の剣と鎧を装備した篠宮は言う。
今回の要塞奪還戦に備えてと、フラジュは三十六人全員の能力にあった装備を用意してくれた。
「ま、そこんとこは認めざるを得ないな。アイツのことだから安物かと思ったけど、普通にしっかりした品だからな」
「お財布的にはやっぱ優秀なんだな。あのおっさん」
それでもなお懐疑的な姿勢を改めず、二人はフラジュの皮肉を言い続けた。
そんな二人の様子を見て、内梨は一言。
「お、お二人さんとも、やっぱり意見が合うと息も合いますね……」
「「そうかもだけど、それはそうじゃない!!」」
そんな具合でしょうもないやり取りを繰り広げる四人の前で、有原はハルベルトとクローツオの一歩後ろを堂々と歩いていた。
(『この世界の人たちの信頼』、『邪神討伐への希望』……この戦いに勝てば、この二つが手に入る。絶対に頑張らないと……)
副団長として、界訪者代表として、みんなを守って導きたい。
だから、この戦いは決して負けられない。
その気概を抱き、有原は皆とともに要塞を目指す。
そして、
「!? ……アレですか、ハルベルトさん、クローツオさん」
「ああ、きっとアレだ」
「数年前と比べますと、大分様変わりしてしまっていますが……はい、アレです」
堀は大河のように幅広く、漆黒の石壁は幾多の年月を経てもなお目立った破損はなく、威圧感のある高さを保ったまま。
この二重の設備に囲まれた三角の防衛拠点――これがトリゲート城塞である。
ミクセス王国軍は安全性を考えながら、極力掘の側へ寄り、トリゲート城塞の様子を伺う。
「これがトリゲート城塞ですか……僕が感じる限り、今のところ魔物の気配はあまり感じませんね」
「……」
ハルベルトはその辺りに落ちていた、錆びついた剣を堀へと投げる。
堀の水に使った剣は数秒落下して着水し、ジュワジュワと泡を立て続け、やがて跡形もなくなった。
「堀の水が毒性を帯びている、それも人為的には調合しがたい強さの毒だ。事前調査の通り、邪神獣などの魔物は未だにここをねぐらにしているようだ」
「やはりそう簡単には行きませんか。となるとこれは大変ですね」
「そうだ。魔物たちの撲滅と城塞の攻略、その両方をしなければならない……以前の慣れた土地での防衛戦とは勝手が違いすぎるのだからな……」
ひとまず、王都からの長旅の疲れを癒やすことも考えて、ミクセス王国軍は堀の近辺に野営地を仮設し、そこで暫しの休息をとる。
ただし、一部の人間はまだ休まずにはいられない。
陣幕の一つで、有原とハルベルトとクローツオ、それから一年二組の有力者である久門と真壁ら五人は、城塞奪還に向けての作戦会議を始めていた。
まず、クローツオは全員の前に城塞の構造図を机に広げる。
その特徴は主に三つ。
一つ、上から見た形が北東、北西、真南に角が向いた三角形であること。
二つ、上記の三つの角から橋がそれぞれ一本ずつ伸びており、そこが城塞内への侵入経路であること。
三つ、元は貿易都市だった関係上、内部はさほど入り組んでおらず、橋を渡り切るとそのまま真っすぐ大通り(全長約三キロメートル)が見え、中心の大広場へと通じることである。
この構造図を一通り見て、真壁は語る。
「だがしかし、魔物の巣窟となっている以上、建造物の倒壊などで一部道が塞がっている可能性は大きいだろう。となると、内部が複雑化し、下手をすれば数年前よりも城塞らしくなっているかもしれない」
建設会社の令嬢らしい知識自慢にも聞こえる真壁の雑感を、久門は鼻で嘲笑う。
「ま、俺ならそんなのお構いなしに全部焼き尽くすつもりだけどな」
「久門さん、あなたはこの戦いで得たい戦果が何なのかを覚えているのか?」
「真壁さん、そういうことは言わないでください。話の腰が折れてしまいます……」
有原は真壁に注意した後、ハルベルトへ尋ねる。
「今のところ、城塞内にどれだけの敵がいるのかわからないんですよね?」
「申し訳ないが、そうだ。あの高い壁が裏目に出て内側の様子を見れないのだ。斥候を放つにも、危険が未知数なあそこに送り込むのは気が引ける」
「そうですか……じゃあ、やっぱり『ぶっつけ本番』で城内に突撃するしかないのですね」
ハルベルトは無念そうに、ゆっくりと首を縦に振った。
直後、クローツオは有原にこう提言する。
「ですが、部隊の編成や突入方法を工夫すればかなり危険を回避できるかと思います。
このトリゲート要塞は新入箇所が三つございますので、それなりの選択肢があるかと」
「なるほど。でしたら、あくまで素人目線の作戦にはなりますが、こういうのはどうでしょうか?」
有原は机に広げられた城塞の構造図にコマを置き、自分が考えた作戦を、こわばった表情のまま説明する。
その詳細は以下の通り。
まず、篠宮や飯尾などの前衛系ジョブ中心としたそれなりの防御力がある部隊が、一つの入口から侵入し、様子を伺う。
次に、海野や内梨のような後衛系ジョブの部隊が続いて侵入し、先に入った者たちを援護。その入口近辺を制圧する。
続いて、制圧した入口近辺で、戦力が均等になるように軍を三つに分ける。
そして、一部隊はその入口で戦局を伺いつつ待機して、残り二部隊は左右に別れ、外周を通ってほか二つの入口を制圧しに行く。
最後に、三方向から中心へ進軍し、中央で敵を囲み潰し、城塞を制圧する。
「というのが僕の考えた作戦です。ど、どう思いますか? 戦争のプロのお二方は……」
まず口を開いたのはクローツオ。
「そうですね、内部がどうなっているかわからない城塞を攻める手段としては、とても慎重で良いと思います」
続いて、ハルベルトも、
「私も、経験が浅いながらもよく考えられた作戦だと思う。部隊の編成などなど、細かいところを我々が修正すれば、大まかな形を残したまま採用することもできるだろう」
クローツオと同様、有原の作戦をある程度評価してくれた。
「そ、そうですか……ありがとうござい……」
「待て、となれば、私をここに座らせているのは何のためですか?」
真壁は物申した。
有原は自分の言葉を遮られたことに、若干の怒りを覚えつつも、真壁へ話を振る。
「ああ、すみません真壁さん。あなたの意見も聞かなければなりませんね。では、どうですか僕の作戦は?」
真壁は即答する。
「もし先発隊が入口の侵入から間もなく壊滅すれば、後続はどうなると思う?」
「うわ始まった。真壁の降参狙いの質問攻めだ」
久門がこれから起こりうる有原の苦難を想像してニヤつく中、有原は毅然として答える。
「後続は、先発隊が危機に陥る前に援護するようにします」
「貴方の言う後衛ジョブとは【魔術師】や【祈祷師】、それから【狙撃手】、【呪術師】のことだろう? 【狙撃手】はまだしも、他三ジョブは足が遅いものが多いため、とても迅速な対応はできないと思いますが?」
「でしたらそれを考慮した上である程度近くで待機するように……」
「もし以前のグエルトリソーのように、巨体で攻撃範囲の大きい魔物が現れたらどうする? 入口近辺という狭い場所で、すし詰め状態で全滅するとは想定できないのですか?」
「……は、はい。それは、ごめんなさい。僕はまだ軍略に対する知識がないので、そこまで考えていませんでした。この辺りはハルベルトさんとクローツオさんとさらに相談して、煮詰めていきます」
執拗な質問攻めにより、自分の不明さを痛いほどわかった有原はやむなく、真壁へ深々と頭を下げた。
彼が頭を上げた時、真壁は未だ何か言いたげな目をしていたが、
「そんな芯のない作戦を出すくらいなら、最初から何も言うな」
と、実直な意見を短く述べて、この詰問を締めた。
「……はい」
それから真壁は、誰彼に頼まれたというわけでもないが、さっき有原がやってみせたように、コマと構造図を用い、自分の考案した作戦を説明する。
彼女の作戦は以下の通り。
まず、部隊を三つに分け、三つの橋の前それぞれに配置する。
次に、三部隊は同時刻に橋を渡って城内に突入し、各入口を制圧する。
そして、三部隊はそれぞれ入口付近より制圧区域を広げていく。
最後に、三部隊は中心部で合流し、これにて城塞奪還とする。
「なお、この部隊配属は私が決めるつもりです。異論はございますか、ハルベルト氏、クローツオ氏」
クローツオはかなり言葉を選んで、
「んー、これは、性急なきらいがある作戦かもしれないです」
ハルベルトも神妙な面持ちで、
「これは先程の有原殿の作戦と比べると、小回りが利き、入口の制圧がより確実になるだろう。だが、軍全体の連携が崩れがちになってしまうかと」
二人とも、手放しで評価することはなかった。
有原も決して口には出せないが、真壁の作戦を批評する。
(お二人の言う通り、慎重さと連携感が足りない気がする。特に、もし一つの部隊めがけて魔物が集中したりしたら、三分の二の兵力で戦わないといけなくなるのが危ないと思う)
そして久門はただ四人のやり取りを見てニタニタするばかりで、特に何も言わなかった。 自信過剰な一面もある彼のだから、『最前線で戦えればどちらでもいい』ということなのだろう。
真壁は騎士団長に告げる。
「連携など知らない。ただ三部隊が勝ち進めばそれでいい。仮に三部隊間で力の差があったとしても、強く、勢いのある部隊がひたすら制圧を進め、弱く、意気地の無い部隊は敵の注意を引ければそれでいい」
流石にこの非情さを有原は見過ごせなかった。
「そ、そんな……まるで誰かを囮にするような作戦、使えるわけないじゃない……」
「であれば有原さんはどうする。出だしが狂った途端に全てが台無しになる作戦をもう一度提出するのですか?」
「そ、それは……」
「まともに対案が出せないのに反発しないでいただきたい。そういうのは子供の駄々こねと大差ないのですから」
真壁は強引に有原を黙らせた後、再度ハルベルトとクローツオへ向かい、こう正式にお願いした。
「では今回の城塞攻略はこの作戦でお願いします」
しかし、ハルベルトとクローツオはそう簡単に「はい」とは言わない。
「わかりました。では後ほど、この軍の最終決定権を持つ私とハルベルトさんと、前向きに考えます」
「貴重なご意見をありがとう。後は我々に任せてくれ、真壁殿」
「……失礼かもしれないが、予め言っておきます。数年間自力でこの城を攻略できなかった貴方たちの意見を、私は信頼しておりません」
ここですべきことを冷徹にもやり遂げ、一息つく真壁。
痛いところを突かれて押し黙るハルベルトとクローツオ。
副団長としての役目を果たしきれず頭を抱える有原。
「ククク、ハナからこんなんじゃあ、ケツはもっとヤベえことになりそうだな……」
一連のやり取りを見てクスクス笑う久門。
トリゲート城塞奪還戦は、まだ一切の合戦が行われていない頃より、不穏な空気が漂っていた。
【完】
■用語
【トリゲート城塞】
ミクセス王国最南端にある、隣接する二国の貿易拠点を改造して造られた城塞。
上空から見ると三角形をしている。
■詳細説明
【装備について】
大陸において装備は、兜、鎧、篭手、といったようにカテゴライズされ、一枠ずつ装備する……訳では無い。好きな装備を自由に装備できる(もちろん重量などを考慮しなければならないが)。
また、装備ごとに『攻撃力10%アップ』というような補助効果があるわけでもない。
この世界の装備はシンプルに、物理的な機能を持つものなのだ。