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第89話 王都凶来・猛り狂う正義

 混迷を極めるミクセス王国・王都にて。


 栄光の遺跡に有原たち六人が挑んでいる間、王都の守護を担っている飯尾たち五人は、混迷の原因の一つ、邪神獣――厳密には、邪神獣のようでそうでない強力な魔物――の退治のため、王都内を駆けまわっていた。


 今彼らが狙いを定めているのは、深緑の体色を持つほどほどに大きな蜘蛛――邪神獣【恐怖のロスティーノ】。

 ロスティーノは口と八本の足で刺激した地点からしなやかなツタを伸ばし、五人の攻撃と束縛を同時に行った。


 しかし、この五人の中には、桐本、大関、稲田と、火属性の使い手が三人もいる。

 彼らはロスティーノのツタをことごとく焼いて防御した。


 真壁一派に退治された個体ならばもっと善戦できたのだろう。

 しかしこのロスティーノは自分の個性を生かし切れないまま、十分もかからず五人に討伐された。


「よおおおし! この調子で残り十体ぶちのめしてやるぜええ!」


「あんまり気張り過ぎるなよ輝明。この状況なら言えてると言えばそうだが」


「はいはい、わかってるっての」


 前に倒した邪神獣と同様、ロスティーノの遺骸は黒い粒子となってたちまち消えた。

 五人はそれを確認した後、すぐに別の邪神獣がいると思しき喧騒とした場所へと行く。


 その道中、五人のいる王都西部から遠い場所で、はっきりと形が見えるほどの極大の水流が、数多の兵士の悲鳴を奏でつつ噴き上がった。


 まず桐本は言う。

「な、何だろうねあの水流は?」


 続いて稲田。

「邪神獣の攻撃じゃねえの、あれ?」


「だろうな。あちらも助けたいのは山々だが……まずは手近な邪神獣を倒し、段取り良く大勢の人を救出していかないと……」と、大関は言った。


「いや、あれは邪神獣なんかじゃない……」


 突如打ち上がった水流を見て、飯尾はある確信を得た。


 途端、彼は他の四人へ向かって、

「悪いお前ら! ちょっとアイツのとこに行ってくる!」

 とだけ言って、水流が現れた東へと駆けて行った。


「こら待ちなよ飯尾さん!?」

「勝手なことをするな、飯尾さん!」


 当然、桐本や大関は彼を呼び止めた。

 飯尾はそれを完全に無視して、仲間たちから離れて行く。


「……飯尾さん、急にどうしたんだろうね?」


「全く、輝明以上に無軌道なことをする……」

 

 大関と桐本は、飯尾の協調性のない行動に呆れた。

 

「……あれは、無鉄砲じゃないとは思うぜ、俺は」

 対照的に、稲田は彼に同調した。


 早速桐本は「何で?」と、その訳を尋ねる。


「あれは絶対意味のある行動だと思ったからだ」


「意味のある行動?」


「ああ、見たかあの決意に満ちた、まるで宿敵に会いに行くような後姿をよ。あれは絶対、何かしてくれる奴のオーラだった」


「輝明……本当に君らしいデタラメな理由だね」


「光の言う通りだ輝明、とにかく今は奴を咎めなければ……」


 まだ神寵未覚醒の飯尾を、この危険極まりない王都内で単独行動させるわけにはいかない。

 余計な手間を増やしてくれたな。と、大関は飯尾のことを恨みつつも、【金竜昇進こんりゅうしょうしん】で高速移動し、彼を連れ戻そうとする。


 その時、大関たち四人へ上方向から水流のレーザーが飛ぶ。


 すかさず反応した桐本は右手に装備した【八咫鏡】をレーザーの射線へ向け、

「【天津日あまつひまもり】!」

 炎のバリアで反射し、軌道をへし曲げて防ぐ。


 直後、浅葱色の体色を持つサメ――邪神獣【叛逆のディアジンギ】が、自らが放った水流レーザーを伝って桐本へ突撃する。


「【金竜急襲こんりゅうきゅうしゅう】!」

「【アドラ撃砕拳】!」


 大関は突っ張りを、稲田は正拳を食らわせ、ディアジンギを逆に押し飛ばした。


 ディアジンギは着地と同時に尾びれを叩きつけ、受け身のように衝撃をいなす。


 それからディアジンギは同じ地点で跳ねながら四人を睨みつけた。


「あのサメ、水無くても生きていられるのかよ!?」


「言うことそれじゃないだろ輝明」


「嫌なタイミングで来たねこのサメ……これじゃあ飯尾さんを追えないよ」


「そうだな光。仕方ないが、やはり俺たちは邪神獣の相手を続けるしかないようだ……」


 四人は飯尾の無事を祈りながら、ディアジンギの相手をすることにした。



 都築つづき正義まさよし

 数日前まで、ミクセス王国を恐怖と武力と権威で支配していた真壁一派の一人にして、真壁の右腕とも言うべき実力のある少年だった。


 ミクセス王国が一派の支配から解放される際、当目の真壁まかべ理津子りつこ含む、多くの真壁一派の面々が死亡した。

 

 しかし都築はかろうじて生存し、有原たちに『反省してもらうため』という理由で捕縛され、投獄された。


 有原たちは何度も『心を入れ替えて僕たちの仲間になってくれるのであれば、すぐに釈放します』と訴えた。が、彼は決して首を縦に振らなかった。


 故に彼は事件以来、永遠に牢獄に閉じ込められていた。

 だが今日、都築は『ある理由』から牢獄の外に引っ張り出されることとなった。


 そして現在、彼は真壁への忠義故に積もった怒りと悲しみのままに槍を振り回し、大海の大渦の如く、この場で暴れまわっていた。


 その様子を一人の少女が、狭い路地に隠れて見ていた。


 彼女の名前は鳥飼とりかいかえで。都築と同じく真壁一派の生存者で、彼と同じくさっきまで投獄されていた少女だ。


 都築が無差別に辺りへ被害を巻き散らす中、鳥飼は、

(そんなことして何にもならないですのに……)

 他人事のように、その暴走様に引いていた。


 最中、都築は物陰にいた鳥飼の手を掴み、彼女を影から表へ引っ張り出した。


「いだだ!? 都築! わたくしの手を引きちぎるつも……」


「鳥飼……! 早く辺りの動物を魔物に変え尽くせ……!」


「な、何故……!?」


 鳥飼が尋ねた途端、都築は問答無用で彼女の顔面へ拳を入れる。


 都築は倒れた鳥飼の髪を乱暴に掴んで無理やり起こし、

「口答えするな! 早くしろ!」


「……で、ですけど、理由を言ってくださらないと私も……!」


「ガタガタのたまうな鳥飼!」

 都築は再び、鳥飼を殴り倒した。


 鳥飼は片手で腫れつつある顔を押さえて、都築を見上げて怒鳴る。

「……どうして殴るのです都築! 私と貴方は同じ真壁様の部下でございますわよね!?」


 すると都築は倒れる鳥飼の足近くの地面を槍先で打ち砕いて見せて、

「であればさっさと魔物を作れ! それでこの国を破壊し尽くせェ……そして理津子さんへの忠義を示せェェェ!」


 鳥飼の真壁への忠誠心は、都築のものと比べて遥かに低い。

 数日前の真壁が敗死した決戦の中で、真壁が部下を文字通り使い捨てていたのを見て、当人を見限っていた。


 だから、鳥飼は投獄して間もなく有原たちに何度も頭を低くして、反省の意を示した。

 しかし、鳥飼のしでかした所業は陰湿さと卑劣さにおいては主犯真壁を上回り、被害の大きさに関してもそう簡単に許せる代物でもないため、『いずれまた裏切るだろう』と判断され、釈放は見送られていた。


 なので、彼女は都築と同様に『ある理由』から脱獄して貰えたという千載一遇のチャンスをものにすべく、直ちに適当な場所に逃げたい。というのが今の鳥飼の腹づもりである。


 故に、鳥飼は都築をうまいこと説得して、この窮地を脱そうとする。

「つ、都築! 貴方の気持ちはわかりますわ! ですが、そ、そんな野蛮な方法ではなくもう少し合理的な方法で……」


「口答えする暇があるのなら忠義を示せェェェェ!」

 都築は鳥飼へ思い切り蹴りを入れ、石畳の道を二十メートルほど転がした。


「早くしろ鳥飼、早くしろ鳥飼、早く魔物を呼べ鳥飼ィィィィ!」


「ヒィィィィ!」


 真壁を蔑ろにする慮外者は直ちに誅されなければならない。その一心で都築は槍を握りしめ、地に倒れる鳥飼へ駆ける。


 だが、その途中、

「【裂空脚】!」

 都築の左側頭部に飛び蹴りが命中し、彼は右へ二、三歩多少よろめいた。


「貴様はァァ……!」

「あ、貴方は……!」


「……ったく、これじゃあなんか祐と武藤を苦しめた挙げ句、祐の師匠を殺したクソ野郎を守ったみたいじゃんか。全く、ついてねぇの」

 飛び蹴りの主、飯尾は不本意にも成り行きで、鳥飼をかばうように彼女と都築の間に立つ。


 都築はその双眸にさらなる憤怒と憎悪を滲ませてながら、

飯尾いいおまもるゥ……!」


「ああそうだ、飯尾いいおまもるだ! こないだの有原vs真壁の時はだいぶお世話になったなぁぁぁぁ!」


 この時、都築の脳裏に浮かんでいたのは、屈辱的な出来事以外の何物でもない。

 

 真壁と有原がお互いの最強スキルを放ち、長く続いた一騎打ちに終止符を打とうとしていた。

 都築は主の身に万が一がないよう、非礼を承知で、真壁に助力しようと駆けた。

 

 だがそれは叶わなかった。数々の攻撃を庇い満身創痍になっていたはずの飯尾が、死力を尽くして足止めしたことによって、足止めされたのだ。


 こうして都築は、真壁が有原の覚悟の一撃に敗れる様を見せつけられたのだった。


 真壁の直接的死因となったのは紛れもなく有原。

 だが、それへ導いた遠因の中で最も大きい男は、飯尾だ。


 そいつを目の前にして、都築は己の内にほとばしる憎悪を押し止めることは出来なかった。


「飯尾ォォ……! 貴様さえ居なければ俺は理津子さんを守れた……貴様さえ居なければァァァ!」


 都築は怒りにより強く握りしめた槍に水を纏わせつつ、飯尾へ迫り、

「【トリトーン・バスター】ァッ!」

 怪力を込めて思い切り振りかぶった。


 飯尾は両手を出し、それを気合で受け止める。


「都築……こないだ会った時は、真壁一派にしては敵に対して礼儀とか品格とかあったはずなのに、今はどうしたんだよ!?」


「貴様のせいだ貴様のせいだ貴様のせいだァァァァ!!」


「しかも、百歩譲って味方ならまだしも、無関係な人まで大勢殺しやがって! お前は何をそんなに怒ってやがるんだ!」


「貴様らが理津子さんを殺したからだァァ! それが万民の万死に、値する行為だからだァァァ!」


 都築は槍を持つ手に力を込め、それに掴まっていた飯尾を後方へ投げ飛ばした。


 飯尾は巧みに受け身を取り、すぐに立ち上がる。

 偶然にも、着地点の付近には、腰が抜けて動けずにいた鳥飼がいた。


「都築と似たようなことして悪いが、あいにく俺もお前には散々恨みがあるんでなぁ!」


「ぎゃうぅっ!」


 飯尾は鳥飼を遥か後ろへ、そこそこ加減して放り投げる。そして彼女は家屋の壁に頭をぶつけて気絶した。


 それから飯尾は、改めて都築を見据える。


「そうかい、お前の俺たちへの恨みは、こんなとこまでキテるってことか……」


「そうだ、飯尾……貴様も死んで償えェェェッ!」


 鬼気迫る都築の様子に慄きつつ、飯尾は言う。


「ああ、そうかい。わかったよ、俺が償えばいいんだろ俺が……」


 直後、飯尾は両拳を握り、構えを取り、

「償ってやるよ。あの時、俺がお前をきっちりと痛めつけて反省させなかったことをなァ!」

 と、虚勢を張った。


 正直、頭が優れている方ではない飯尾でも、都築に勝てるとは思っていなかった。

 相手は真壁の右腕を担う豪傑。

 自分は未だに神寵に覚醒していない.、伸びしろをほとんど使ったそこそこ強い奴。


 けれども彼は都築に挑むことについて、決して後悔はしていない。


 有原たちが帰ってくる場所であるこの王都を守り抜く。 

 過去に全くして歯が立たず敗北したという雪辱を晴らす。


 この二つの使命に向き合えるのなら、彼にとっては勝敗関係なく、ここにいられて充分だから。


「死で償えと言っているのだ俺はァァァ!」


「そんなのやれるもんならやってみやがれッ! 一派の総攻撃にも、真壁本人の【絶対至敗】にも屈しなかった俺が倒せるのならなぁッ!」


 かつて王都を揺るがした有原と真壁の激戦。

 その延長戦とも言える戦いが――飯尾と都築の決闘のゴングが、ここに鳴る。


【完】

話末解説


■魔物

【恐怖のロスティーノ】

 レベル:46

 主な攻撃:ツタ伸ばしによる拘束、八本の足による刺突

 

 クモ型の邪神獣。

 口と八本の足で刺激した地面からツタを伸ばし、相手の自由を奪いながら攻撃するという恐怖の戦術を用いる。

 ミクセス王国を実質支配していた頃の真壁一派によって倒された。はずだったのだが……

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