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第87話 凶禍は静かに訪れる

 六人の界訪者が修行場【栄光の遺跡】に挑むため、北の山脈へと向かってから半日後。ミ

クセス王国・王都にて。


 そこで他の五人の界訪者は留守番をしていた。

 万が一、邪神の手勢もしくは槙島が襲来した際、王都を守るためだ。


 しかし、その内二名は、栄光の遺跡に挑むには力が足りない――具体的に言うならば、【神寵】に覚醒できていないため、必然的に王都に残らなければならなかったのだが。

 

 王都内にある訓練場にて。


 神寵未覚醒者の一人、飯尾は大型車ほどの大きさのある岩を何度も殴りつけていた。

 攻撃の威力を高めるれっきとした訓練の一つなのだが、端からすれば、勢いといい動きの乱暴さといい、まるで八つ当たりのようであった。


 その様子を見て、自分の意思で残ったサイドの界訪者、稲田は一言。


「荒れてんなぁ……アイツ」


 隣にいる桐本は稲田にうなづく。

「散々有原さんと一緒に戦って、散々みんなに貢献してきたってのに、未だに神寵に覚醒できなかった。そりゃ荒れるよ」


「しかも今は有原に置いてけぼりにされちまうっていう」


「それは二グループに分かれて別々で栄光の遺跡に挑んでるだけだから、置いてけぼりじゃないよ……多分ね」


 大岩は度重なる殴打によって粉々に砕けた。

 それを見て稲田と桐本は自然に拍手を送る。


 しかし飯尾は到底これに笑えなかった。

「……チッ、一体俺は何すれば覚醒できんだ」


「やっぱり焦ってんな……」

「やっぱり焦ってるね……」


 と、二人が同じタイミングで言った直後、飯尾は彼らの方へかっ開いた目を向ける。

「おいお前ら!」


「な、どうしたんだい飯尾さん?」


「俺たち、何かよくないこと言ったか?」


「お前らが神寵に覚醒した時って、どんな感じのだった?」


 てっきり特訓風景を上から見物していることについてキレられると思った。と、二人はホッとしてから、当時のことを思い出して言う。

「邪神獣と戦ってた時なのはハッキリ覚えてるんだけどな。えっと、どの邪神獣だっけ? コウモリ野郎だっけ?」


「【堕落のジェナフォ】のこと? その時は俺も輝明もとっくに覚醒済みだったでしょ?」


「そうか? じゃあワニ野郎だっけ? ウマ野郎だっけ?」


「ウマ野郎――【蹂躙のボロダルタ】の時だよ。ほら、真壁君臨時のミクセス王国を出てから一番目に戦った邪神獣の……」


「ああ! それだそれ! 確かそん時に俺と光と晴幸が!」


「そうそう、その時だよ!」


 飯尾はさらに尋ねる。

「で、で! どんな状況だったんだ!? ピンチか、チャンスか!?」


「確か、俺は奴の胴体にスッゲーいい感じに蹴りを食らわせた時だな……」


「俺はその邪神獣に一気に迫った時。ちなみに晴幸はそれの蹴りを防御しようとした時。

 ピンチでもなければチャンスとも言い切れない感じの状況でだね。

 あ、陽星と昇太と雄斗夜のも教える?」


「いや、いい。どうせ聞いても意味ないだろうし……」


 それから飯尾は砕けた大岩の一塊をおもむろに取り、そして握力で粉砕する。


「……こんだけ強くなったってのに、一体後何をすれば覚醒できんだよ……」


 桐本は、彼へ助言を送ってみる。

「これは有原さんの師匠の言ってたことを又聞きした話なんだけど、『【神寵】の覚醒が遅いのは、その神が本当にいい神様で、こちらのためを思って限界まで頑張ってくれるまで見守ってくれていから』かもしれないよ?」


「……それ知ってる。『んでもって、もういくら頑張ってもどうにもならん時に、神様は助けてくれる』って話だろ? ……けど、俺のどうにもならん時っていつなんだよ。何度も言うが、真壁か梶の時点で来てただろそれ」


「そうだよね……そもそもこの理屈が正しいとも言い切れないしね」


 稲田はふと疑問に思う。

「つうかよ、そもそもな話、仮にお前が覚醒したところで強くなれる見込みあんのか?」


「いやあるでしょ。だいたい強くなってるんだから」


 二人と話しているうちにある程度落ち着いてきたのか、飯尾は多少なりといつもの明るさを取り戻しつつ言った。

「そういえば海野がこんなこと言ってた。『【神寵】ってのはその人によく似たイメージの神のものになりがち』って。つまり」


「「つまり……?」」


「俺の【神寵】の元ネタは俺みたいに強い神様だと思うぜ! だから【神寵】に覚醒すれば、今の不遇を過去のものに出来るくらい強くなれると思うんだけど……はぁ、マジで誰なんだよ俺の神……」


 そして飯尾はまたうなだれた。

 

 一方、稲田と桐本は飯尾の【神寵】についての考察をなんとなく始めた。


「……マジで誰なんだろうな、こいつの神? こんだけ引き伸ばすとかスゲー意地悪そうだけど」


「ひょっとしたら飯尾さんとよく似て適当な性格の神様だったりして……」


「最悪、あっち側が『お前は元から強いんだからいらんだろ』とか思われてたり……」


「確かにそれはあるかも。この前輝明に一本取れていたし……」

 と、桐本が言った瞬間、稲田は目を三角にして憤る。


「あああッ!? あんなの負けにカウントされてたまるか! あれはまぐれだろ!?」


 それに続いて飯尾は顔を上げて、

「そうだ、あれは勝敗の内に入らんだろ!?」


「えっ、君も否定するのそれ!?」


「ああ、だってあれは美来ちゃんと松永の手助けもあったし、そもそもあんとき投げが決まったくらいで、これこその決着はついてなかった! やっぱどっちかがしっかりはっきりきっぱり『参った』と言ってから勝敗つけなきゃダメだろ!」


 そうかよ。と、稲田はうなづいた後、近くに立てかけていた大槍を取りに行く。

「そうかよ! じゃあ今ここで決着つけようか!?」


 やる気のスイッチが入った飯尾は腕をぶんぶん回して、

「面白れぇ! 死ぬ気でやろうじゃないか!」


 そして桐本は二人の間に入って、

「やめてよ二人とも! 今死ぬ気でやりあったらめんどくさいことになるんだからさ!」


「「何でだァ!?」」


「多分、二人の性格的に文字通り死ぬ気でやりあうからだよ! それでもって怪我をしてみなよ、内梨さんが出かけてる今、誰が二人を治してくれるんだよ!?」


「私が治す」

 と、いつの間にか三人の側にいたレイルは、手を挙げて言った。


「何で乗っかってきちゃうんですかレイルさん。というより、何でここにいるんですかレイルさん?」


 レイルは大岩の破片を掃除する兵士たちを指さして、

「あの片付けをするためです」


「あー、なるほど……」


「表向きはな」


「え、じゃあやっぱり自分が回復してあげるからってことで、二人に戦って貰いたいんですか?」


「いや、それは悪い冗談でした……」


 レイルは飯尾の方へ向いて、彼に尋ねる。

「飯尾殿、あなたは貴方の神に力を与えられないことで苛立っているとのことでしたね」


「苛立ってる……っていうほどでもないですが、まぁ、悩んでるっていうならそうです」


「なるほど……私と同じですか……」


「へ……同じ?」


「本当に神は我々を助けてくださるのか。とですね」


 騎士団長レイルは、大陸を作り反映させた存在『神々』へ高い信仰心を持っていた人物であった。


 故に、彼は界訪者――元の世界の神の力を用いる一年二組の面々を『異端者』として軽蔑していた。


 しかし、邪神の軍勢への対処や、暴君と化した真壁の征伐などという恩を受けて、彼は徐々に界訪者への対応を軟化させていった。


 それと同時に、彼の心中には疑問が生じた。『何故この大陸の神々よりも、外界の者たちの方が我々を救済してくれるのか』と。


「……その疑問の果てに、私はこんな懐疑の念を抱いてしまったのです。『本当に神々はいたのか』と」


「……そ、それは大変そうに」

 飯尾はこのような無難な答えしかできなかった。

 何せ彼は真剣に神とかに向き合ったことはなく、せいぜい盆正月と大事な勝負時によく知らない神社に行くぐらいの関係しかない。こればっかりは仕方ないのだ。


 レイルはそれに特に怒ることはなく、懺悔めいた独白を続ける。

「神々の説話は教訓として、啓蒙として、とても素晴らしいものだった。その教えを守ってこそ、私はいまここにいれるのだ。が、それの根源が嘘となれば、私は何を信じればいいのか……と」


「……そのまま単純に、信じたいものを信じればいいんじゃないんですか?」


「え?」


「いるかいないか関係なく、すごく良い、大事にしたいってものは正直に信じ抜いてけばいいと思いますよ。そうすればきっと何かしらの恩恵が帰ってくるんでしょうし」


「……そうかもしれない。実際、今私が騎士団長となれたのもそのおかげかも知れませんからな」


「そうそう、そうですよ」


 この時、飯尾は内心むちゃくちゃ安心していた。

(適当にそれっぽいこと言ったけど、うまいこと響いてくれてよかったぜ……)


 そして飯尾は照れをごまかすため、明後日の方向を向く。

 すると、レイルと話している間に稲田と桐本がいなくなったことに気づいた。



 同じく訓練場の別場所にて。


 大関は軽く構えを取って、相手の拳を受け止めていた。


 相手とは、もう片方の神寵未覚醒者、松永まつながみつる


 最低限の抵抗が出来るようにと、大関は松永に格闘術を教えているのである。


「もう少し体重を込めて打つと威力が重くなりますよ」


「……」


 松永は多少体重を込めて強く殴る。

 自分のアドバイスを聞いてくれたことはいいのだが、大関は、いまいち喜べてはいない。


「松永さん。できれば『はい』とか返事してくれるとありがたいのですが?」


「……」


 松永は、激しい運動故に、多少辛そうな顔はしているものの、言葉は一切発さず、大関の手に拳を打ち込み続けた。


「ところで松永さん。こう熱心に特訓していますけど、何か具体的な理由はありますか?」


「……」

 松永は答えなかった。


「……松永さん。言いたいことがあるなら何でも言っていいですよ。俺は怒らないですから」


「……」


「そっちも大変そうだね、晴幸」

 と、桐本は、二人の側にやって来てすぐ言った。


 大関は松永に少し待て、と、告げてから、

「大変、というほどではないんだがな」


 同じく大関のところに来た稲田は言う。

「いや大変だろ、そんな陰気臭い奴の修行に付き合わされるなんてよ」


「こらこら、本人の前でそんなこと言うんじゃない。しかもよりによって輝明、お前が言うな?」


「よりによって……って何だよ?」


「この間、松永のこと助けたお前がな」


 先日、槙島から逃げだした時、退却する軍の最後尾にいた松永は槙島に狙われ、グングニルを飛ばされた。

 しかし稲田が松永の元に駆けつけ、それを弾いて彼女を助けた。というのが今大関が言いたい過去の話だ。


 それを言われるや否や、稲田はわかりやすく赤面する。

「そ、それは……助けなかったら有原とかお前とかに怒られるのが嫌だったからだよ! 決して好きになったとか、そんな気持ちは……ねえからな!」

 

 稲田が彼らしからぬしどろもどろな言い訳を、桐本はクスクスと笑う。

「本当かなそれ? 好きな人だから逆にちょっかいかけちゃうってよくあるよね?」


「そんなんじゃねえよ! ガチで嫌いだからなコイツ!」


 さらに遅れてやってきた飯尾も彼をおちょくる。

「気をつけろよ〜? あんまりにも機嫌損ねると包丁出すタイプだからな〜?」


「そのいじり方は女の子相手にはよくないよ飯尾さん」

「そういう嫌な過去をほじくるようないじり方は失礼だぞ飯尾」


「す、すまん……」


 この時、稲田は大関と桐本のちょっかいの標的から一瞬逃れられてホッとしていた。

 また、この時、松永は相変わらず無言・無表情で、男子四人を見つめていた。


 ここで、五人の元に大慌てで一人の兵士がやってきた。


「み、皆様! 伝令です!」


 すぐさま飯尾は応じて、

「どうした? 何があったんだ?」


「王都内で邪神獣と思しき魔物の姿が……ああっ!?」

 伝令の最中、兵士は松永の方を指さした。


 邪神獣――その三文字で他三人がざわめく中、稲田はそれはさておいて兵士に尋ねる。

「ああっ!? 今度はどうしたんだよテメェ!?」


「そこの貴方、後ろ!?」


 すかさず男子四人は松永の方を見る。

 その時、彼女のすぐ後ろで、レイルの兵士が鬼の形相で剣を振り上げていた。


【完】

今回の話末解説はございません

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