表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/129

第81話 悲しき楽園の槙島

 豪華絢爛なヒデンソル王国王都の地下。

 そこには地中を掘って作られた貧民街が広がっている。


 傭兵の剣を盗んだ少女はここに潜伏している――彼女を追ってここにきた槙島はそう確信し、より街の深部へと歩く。


(……これだけの困窮具合なら寄ってたかって襲ってきてもおかしくはないが……流石に相手は選んでいるのか?)


 槙島の装備は、この貧民街の雰囲気から浮くほど立派であり、彼を見た周りの民たちは大抵、戸惑い、怯え、ざわめいた。

 彼の装備は各所で拾い集めた素材を装備加工に長けた【英霊エインヘリャル】に作らせたありあわせのもののため、決して良質なものではないのだが。


 槙島はこの、広く複雑に、簡素な家屋が立ち並ぶ貧民街を見渡す。当然、その程度ではあの少女を見つけることはできなかった。

 なので槙島はたまたまそばに居た男に声を掛ける。


「おい」


「ヒィィィ!? お、俺が何か、したのでしょうか!?」


 槙島としては、ただ話しかけただけのつもりだったが、場違いな様相のせいか、【神寵】を得た彼から発される得体のしれない超越した雰囲気がそうさせたのか、男は土下座するようにうずくまった。


「……ここに、それなりに立派な剣を持った少女が来なかったか?」


「ヒィィィ! 見てません、見てません!」


「見てません。か……」


 この貧民街の広さならば、人の目につかないように歩くことも可能だし、あるいは……と、槙島はひとまず男の言い分を信じ、彼に『ありがとう』と短く言ってから、また別な人へ聞き込もうとする。


 その直後男は見知らぬ物々しい雰囲気の少年が遠ざかってくれたことに安堵し、立ち上がる。そして家屋に吊るされていたベコベコのフライパンを思い切り叩く。


 この音の大きさに槙島は振り向く。


「あ、ごめんなさい! これはただのおっちょこちょいでございます!」


 しかし槙島は男の言い分を聞かず、周囲への警戒をめぐらす。


 刹那、彼めがけ四方八方からいくつもの矢が放たれる。

 この矢は、槙島が既に錬成していたグングニルによっていともたやすく斬り落とされた。


「やっぱり、そういうことか……」


 この貧民街にいる者は全員グル。槙島はこの瞬間に確信した。


 続いて、周りからフライパンを叩いた男を含む貧民たちが、各々凶器を手にして槙島に大挙して襲いかかる。


 槙島は物怖じせず、淡々とグングニルを虚空に突き刺し、暗黒のゲートを作って、 

「【兵霊詔令ミズガルズ・サモン】……話を聞かねばならないから、可能な限り殺しはするな」

 百体の暗黒で構成された兵士を召喚し、彼らの相手をさせる。


 暗黒兵たちは総じて並の兵士を超える実力を持つ。

 槙島の『無闇な殺しはするな』という宣言がなければ非常に危うかった。ただ凶器を手にしただけの暴徒では刃が立たず、彼らは次々とあしらわれ、戦意喪失した。


 しかし、ごく一部の貧民は周りが逃げおおせようとも暗黒兵たちに立ち向かい、それに打ち勝っていた。

 一人は二本の短剣を素早く操っている赤髪の少女。

 一人は柄の長い斧を豪快に振っている大柄な茶髪の少年。

 一人は弓矢で的確に暗黒兵の急所を射抜く銀髪の少年。

 そして、一人はここにいるにしては異様に綺麗な剣さばきを見せつけてくる金髪の少女――先程槙島が追っていたのと同一人物の少女だ。


 彼女たち、貧民の中でも秀でた実力を持つ四人は暗黒兵の護衛を各々の技量で突破し、一斉に槙島に襲いかかる。

 だがここでも槙島は冷静であり続け、

「【双烏舞刃フギンムニン・エッジ】」

 氷で二体の烏を作り出し、それを操り彼らを次々と切りつけ、自分から遠ざけた。


 しかし四人は槙島を睨みつけたまま、深い傷を負いながらも立ち上がろうとする。


 そんな四人へ槙島は尋ねる。

「貴様ら、俺に何の用だ?」


 赤髪の少女が返す。

「そっちこそ……こんなところに来てアタイらをどうするつもりだ!?」


 槙島は近くで片膝を突く金髪の剣士の少女を指さして、

「俺は、ただ、そこの彼女を追ってきただけだ。そいつが集会場で泥棒を働いたの見て、な」


 すると金髪の少女以外の三人は、一斉に彼女を睨んで、


「オリヴィエ! アンタ、つい最近『もっと目立たない場所でやれ』と言わなかったかい!?」

「テメェの気持ちは分からなくもないが、ここはイスラの言うことを聞いておけよ!」

「やれやれ、こんなことでこうなっちまうなんて……ついてないですね」


「も、申し訳ございません。皆様……」

 

 オリヴィエ……そう呼ばれた金髪の少女は、三人へ向けて深々と謝った。


 しかしそれで三人の怒りは収まらず、

「「「けどもう遅いんだよ!!!」」」

 と、怒鳴る始末だった。


 その時、槙島は全ての暗黒兵と二体の氷の烏を消し、ただ自分の傍にグングニルを浮かせた……臨戦状態を粗方解いた。


 槙島は四人へ尋ねる。

「もう一度聞く、貴様ら、俺に一体何の用だ?」


 この問いもまた、赤髪の少女が返す。

「まどろっこしい質問はするな! 殺すならさっさと殺せ、欲しい物があるならさっさと持ってい……」


 刹那、槙島は四人へ怒鳴りつける。

「もう一度聞く! 貴様ら、俺に一体何の用だ!? 答える気のないなら貴様らが想像している以上の最悪の結果を齎す!」


 すると茶髪の少年は赤髪の少女に寄って『ここは落ち着いてくださいイスラさん』と言って、彼女を落ち着かせようとする。


 それと同時に、銀髪の少年は槙島へまず一礼した後、

「すみません、イスラさんは頭に血が上るとああいう風に横柄な態度をしてしまいますので、俺が代わって答えます。失礼なのを承知で言いますが、俺たちは貴方を襲って奪うものを奪い尽くすつもりでありました……」


「やはり、か。大体そんなことだと思っていた。所詮こんなところに巣食う貧民なんてそんな無節操なことして当然だな……」

 と、槙島が言った瞬間、赤髪の少女は茶髪の少年を肩肘でどついてどかし、

 

「バカにするんじゃないよ! アタイたちの事情も不幸も何も知らないくせに!」


 槙島は適当に作った氷のつぶてを、赤髪の少女の付近に軽く投げつけて牽制し、

「事情、不幸……何だそれは?」


 しかし赤髪の少女は反抗的な態度を崩さない。

「はぁ、アンタなんかに言うわけ無いでしょ! 好き勝手アタイらの仲間をおっつけ回してたまたまやって来た奴なんかにアタイらの気持ちがわかってたま……」


「お願いです……ここは見逃してください! ここは私たちの楽園なんです!」


 槙島は、突然そう懇願したオリヴィエへ視線を移した。


 楽園――その言葉が気になった槙島は、赤髪の少女を筆頭に反抗的な目をした貧民を一通り睨みつけてから、

「ここから俺がする質問には全て答えろ。話はそれからだ……安心しろ、余程俺の気分が悪くならない限り、乱暴なことはしない。」


「お、おう……あんがとよ」

「信じますよ、その言葉を……ね、イスラさん」

「ちっ、もう好きにしやがれ」

「ありがとうございます、旅人様……」


 この四人の言葉をしかと耳にした後、槙島は改めて、気になることを全て彼女たちへ尋ねた。

 まず尋ねたのは、彼らの素性についてだ。



 大陸で最も美しい国はどこか? その問いに対する答えは、もはや慣用句とも言えるほど、数千年前から決まっていた。

 ヒデンソル王国、豪華絢爛な王都を代表として、豊かな自然と整然と区画された街の数々がその所以だ。


 しかし、この土地の美麗さは、人々の醜悪によって成り立っていることは、大陸中には知れ渡っていない。否、知れ渡らせていない。


 王族は臣下を統べ、臣下は兵士を率い、兵士は市民を守る。そして市民は王が治める国への奉仕をする。この循環はどの国でも当たり前にあることだろう。


 だが、ヒデンソル王国にはもう一つ、王のために尽くす存在がある――奴隷だ。

 それは建国以来から存在するため、何がどうしてそうとなったのか様々な理由があるが、国内の各所で秘密裏に、酷使されて死ぬことが運命づけられた一族がごまんと存在し、国のために『使い回されて』いる。


 その酷悪な制度は決して明るみになることはない。国の高官たちによる周到な情報操作と隠蔽、それから国民の無関心さがあるからだ。


 もちろん、奴隷たちが自ら反抗しようというのならば、すかさず『清掃』された……はずだった。


「ここにいるのは全員、その虐殺から逃れたものです……」


 オリヴィエを始めとする奴隷は生き延び、この王都の地下に作られた街――自称『楽園』で密かに暮らしていた。


「なるほど、だったらこんなしょうもない盗みをするのも仕方ないか。そんな身分の連中が表で働けるはずがないからな」


「……悔しいけど、アンタの言うとおりだよ」

 と、赤髪の姉御肌な少女――イスラは言う。


「それで、この大所帯を養えるのか?」


 茶髪の大柄な少年――ニックは答える。

「まぁな。この村のまとめ役の俺たちが頑張って、そしてみんなで我慢していけばな」


「……ここがバレることはないのか?」


 今度は銀髪の細身の少年――デイビスが答える。

「稀にはあります。ですが、さっき貴方にしたようにここで袋叩きにして、後の死体は表の道に、そこで襲われたようにして捨てます。ただの盗賊ごときに負けるのは不名誉、ということで、ろくな捜査はされませんからこれで安心です」


「そうか、じゃあひとまずこれで最後の質問にする……お前たちはこんな暮らしをどれだけ続けるつもりか?」


 そう槙島に問われた四人は、お互いの顔を伺ってから、黙り込んだ。全員、これぞという答えを言い切れないのだ。

 そして、このまま沈黙していると槙島に失礼ということで、恐る恐るオリヴィエが声を絞って言う。


「わかりません……ですが、できるだけ長くこのままで……」


 刹那、槙島はオリヴィエと面と面向かって、ハッキリと答える。


「ふざけるな」


【完】

話末解説(※いつも『ないです』というのもあれなので、タイミングと必要性を考慮せず記載しました)


英霊エインヘリャル

【呂布】 

 黄金の鎧を纏い、方天画戟(槍の刃の横に三日月型の刃が水平についた、ハルバードのような武器)を豪快に振りかざす英霊。

 元ネタは中国・後漢末期の武将、武勇に優れた人物と伝えられている。史実を元にした創作物『三国志演義』の中で、劉備、関羽、張飛の三兄弟をたった一人で相手取った場面が有名。


【安倍晴明】

 木火土金水の五行の妖術を用い、遠距離から敵を攻撃する英霊。

 元ネタは日本・平安時代の実在した陰陽師。陰陽道に精通した優れた陰陽師であったとされる。その神秘性もあって様々な伝承が付随している。


【ロビンフット】

 弓矢に長け、後方から正確に敵を射抜く英霊。

 元ネタは中世イングランドの伝承の人物。多くの吟遊詩人たちに語り継がれ、その人物像は時代によって異なる。弓の名手の義賊というイメージも最近のものとされる。

 なお、混合されがちだが、息子の頭の上に乗せられたリンゴを射抜いたのは別の土地の別の人物ウィリアム・テル


【ローラン】

 聖剣デュランダルを振るい、主の敵を斬り払う英霊。

 元ネタはフランスの叙事詩『ローランの歌』などに登場する架空の聖騎士。聖剣デュランダルはその代名詞的存在。一応史実にもその名前を持つ人物が存在するが、ほとんど情報がない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ