第76話 挑め、栄光の遺跡へ
対槙島に備え、一年二組の十一人が訓練する中、彼らの実力を一気に底上げする妙案を思いついたハルベルト。
彼はすぐに特訓中の十一人を集め、新たな特訓の要となる【栄光の遺跡】について語った。
ミクセス王国と、その北に存在していたハルベルトの故郷、ヨノゼル王国の間にそびえ立つ名も無き山脈。
そのギリギリヨノゼル王国寄りの僻地に、【栄光の遺跡】という土地がある。
そこはヨノゼル王国の伝承によれば、遥か昔に居た建国の勇者たちが次世代を牽引する戦士を育てるために造られた修行場と言われている。
そして栄光の遺跡は次代から次代へと受け継がれて、現代においても、ヨノゼル王国の兵士がさらなる栄達の道を進むための試練場として活用されて『いた』。
「しかし一年半前にヨノゼル王国が滅んで以来、言わずもがなそこは試練場として活用されていない……だからこの際、我々が使ってしまおうと考えたのだ」
「そんな伝統ある場所を、僕たちなんかが使ってもいいのでしょうか……?」
と、有原はハルベルトに尋ねる。
「構わないだろう。もう滅びた国の伝統に徹底して従う必要も無いし、何よりもこの世界を救うという大義がある。きっと先祖様方も許す……どころかむしろ手を叩いて喜んでくれるだろう」
続いて尋ねたのは飯尾。
「つまり栄光の遺跡ってのは兵士の登竜門ってことなんだな。そんなに凄い試練場なのか、ハルベルトさん?」
「ああ。私はそこを突破して腕を上げた。そしてそこでの経験を踏まえて武功を重ね、ヨノゼル王国の将校となれた。それくらいの成長が見込める場所だ」
「へぇ、そりゃあいいな……そこさえクリアできれば俺も……」
と、期待を露わにする飯尾を横目で見つつ、今度は石野谷が質問する。
「けど、それってきっと難しいんですよね……?」
「いい質問だ石野谷殿。ひとまず結論から言うと『攻略難易度は高いのは確か』だ。手前味噌になってしまうが、当時、私含めて同期百人がそこへ挑んだのだが、突破出来たのは私一人だけだった」
「合格者百分の一!? めちゃくちゃ狭き門じゃんそれ……?」
「そうだ。ヨノゼル王国の慣例として、そこに挑むためには国家に認められるほどの腕前がなければならないので、ここに挑めただけでも十分名誉であるのだがな。
とにかく、こればかりは厳しいがはっきり言っておく。栄光の遺跡は生半可な気持ちでできる試練じゃない。そこの性質上死ぬことは無いが、君たち界訪者ですら、ましては【神寵】使いですら失敗するかもしれない。
そして同時に言っておく。もし栄光の遺跡を突破すればきっと、君たちは飛び抜けて強くなれるだろう」
そしてハルベルトは一年二組の十一人に一番大事なことを尋ねた。
「……どうする、挑んでみるか?」
一年二組の面々は、個々で言葉は違うが、二つ返事で返した――『はい』と。
「そう答えると思っていた。ありがとう、皆様……ではすぐに支度をしよ……」
「「ちょっと待てハルベルト」」
ここでハルベルトと一年二組の話を横から見物していたゲルカッツとレイルが、ハルベルトの元へ寄ってきた。
「どうしましたか、ゲルカッツ殿、レイル殿?」
一度『どちらが先に話すか』を軽く譲り合ってから、まずゲルカッツがハルベルトに問う。
「ハルベルト、一応聞いておくのだが、栄光の遺跡には彼ら十一人全員で行くつもりか? もしそうなれば、国の守りがだいぶ疎かになるのだが?」
「……すみません、言い忘れておりました。皆様、出発前にまず、二班に分かれていただけませんか? 今ゲルカッツ様が仰った通り、全員で行けばこの国の防御力が落ちる。なので今回は前半後半に分かれて交代制で挑むことにします」
「わかりました、ハルベルトさん」
一年二組が二班の分け方を話し合っている間、続いてレイルがハルベルトに問う。
「ここから話すことについて、決して貶す意図はないのですが、貴方、『【神寵】使いですら失敗するかもしれない』と言いましたよね?」
「はい。言いました……あ」
ハルベルトはここであることを思い出し、思わず二人の方を一瞥してしまった。
レイルは『察した通りだ』と、言うように、首を縦に振った。
ハルベルトは話し合う十一人の内の二人に近づく。
これに松永と飯尾はすぐに気付き振り向く。
「あれ、どうしたんですか? ハルベルトさん……」
そしてハルベルトは、期待故に目を輝かせる二人へ、申し訳なさそうに伝える。
「すまない、飯尾殿、松永殿……あなたたちはまだそちらには行けない」
「ああ、そうですか、わかりました……」
「……」
すると二人は、特に反論することもなく、ただ残念がった。
感情の起伏がない松永はもちろん。あの自己主張の激しい飯尾もだ。
あれだけの死線を越えながらも未だに神寵に覚醒できず、最近になっては満足に活躍できていない。そんな取り残された弱者が、高難度の試練になんざ挑めるはずがない。
飯尾はそれを痛いほど理解し、はつらつとした彼らしく無く暗い面持ちでうつむく。
「……だよな、やっぱ……」
「……護」
「……飯尾さん」
「……飯尾」
しかし、有原と内梨と海野など、周りが心配しているのに気づくと、すぐ顔を上げて、
「ま、てなわけで! 頑張ってこいよお前ら! 俺はすぐ後にいくからよ! ハハハ……」
空元気を発揮し、笑ってみせた。
有原は長い付き合いの親友として、彼の気持ちを心配する。
「……護、これは僕の師匠が言ってたことだけど、本当に優しい神様は、こっちが自力で頑張れるとこまで見守ってくれていて、それでも駄目だった時に……」
「いいんだよ祐! お前は気にしないで班決めに専念しろってんだ!」
「……そう……わかったよ、護」
それから有原は飯尾の言う通り、彼(と、自然に話の輪から外れた松永)を放っておいて、神寵覚醒者九人で班分けを相談する。
石野谷は率先してこう提案した。
「ここは無難にさ、前の有原チームと石野谷一味で分けちまえばいいんじゃないか?」
「そうかもね! それなら五人(有原、内梨、海野、三好、武藤)と四人(石野谷、桐本、大関、稲田)で、人数もいい感じになるし!」
と、三好は石野谷の意見に賛成した。
(本当は桐本様と一緒にいたいんだけど……)
どうせ欲が込もった意見は通らないとわかっているので。
しかし、内梨はそれに納得できずにいた。
「うーん、それだと石野谷さんのチームにサポートできる人がいないので、バランスが悪い気がします……」
「ま、遺跡に行ける人でサポートタイプの人は内梨さんしかいないんだけどね」
と、海野はつぶやいてから、ハルベルトへ尋ねる。
「ちなみになんですけど、同じ人が二回行くのって可能ですか?」
「さぁ……? ヨノゼル王国の掟では『二度行くな』とあるが、それを実際にすればどうなるかはわからない」
「そうですか、わかりました。じゃあまず俺たち有原チームが行って、その後のコンディションが良ければ、石野谷一味に内梨さんが再参加する……ってのはどうですか、内梨さん?」
「は、はい! 頑張ります!」
「ありがとうございます。で今、しれっと有原チームと石野谷一味の分け方で確定したみたいに言っちゃったけど、みんなはどう?」
「僕はこれでいいと思うよ。サポート役の有り無しを除いて、ジョブの振り分けも丁度いいと思うし」と、有原は賛成した。
続いて武藤も、
「ボクは異議なしだよ! これなら級長の側で技盗めるし!」
「そうか。じゃあ有原チームはこの分け方で賛成ってことで……石野谷一味はどう?」
一味のリーダー、石野谷は真っ先に答える。
「ああ、それでいい……」
その時、石野谷の答えを上書きするように、大関は言い放つ。
「陽星はお前たちと共に行くことにした!」
「え?」
これに石野谷は、『さっきまでしてた話と違う』。と、ポカーンとなり、
「なんだよ晴幸! 俺たちは絶対四人一緒の方がいいに決まってるだろ!」
稲田はすぐに彼へ怒鳴った。
「……光、代わりにいけ」
「はいよ」
大関が稲田の怒りの矛先を引き付けている間、桐本は有原たちへ、ことの真意を説明する。
「この前の邪神獣との戦いの時、俺たちの陽星と有原さんが協力した時の爆発力を覚えているかな。俺と大関は、この試練でその爆発力を伸ばして貰いたいと思っててね……だから、俺たちのリーダーをそちらのチームに加えてもらいたいんだ」
「すまんな輝明、よっこらせ!」
「うわーっ!?」
大関は稲田を横へ優しめに投げてから、石野谷へ真剣な眼差しを向けて言った。
「さらに言うと陽星、お前は今俺たちの中で一番強くて勢いがある。そういったところはなるべく早く伸ばしておいた方がいいと思ってな……」
「なるほど……けど、そしたらお前ら、もし『二度入り禁止ルール』があったら三人で挑むことになるぞ? それでいいのか?」
「その辺は心配しなくていい。俺たちは陽星と有原たちが試練に挑んでる間、ここでやれるだけ鍛えておけばいい」
「それと、ひょっとしたら『三人』じゃなくなるかもしれないから、ね?」
と、桐本は松永の肩をポンと手を置きつつ言った。
そのタラシ臭い桐本の挙動と、その相手そのものに対して稲田は舌打ちした。
「そいつ、飯尾以上に神寵に覚醒する見込みないやつだけどいいのかよ?」
「いいんだよ輝明。誰だってきっと希望はあるんだから……で、どうするの陽星?」
「今更ながら言っておくが、こちらは強制はしない。やっぱり石野谷一味として頑張りたいっていうなら、俺たちはその気持ちを尊重する」
「そうか、ありがとよ晴幸……」
そして石野谷はしゃがみ込み、頭を抱えて思い切り悩みだす。
そうして数十秒後、勢いよく立ち上がると同時に飛び上がり、軽やかに有原の隣に着地し、
「ずっと同じメンツで固まって動くのもよくないからな! お言葉に甘えるぜ晴幸、光!」
有原と肩を組んで見せた。
「なあに、いいってことだ、陽星!」と、大関。
「じゃあ俺たちは後で行くから。栄光の遺跡の効果が嘘じゃないか見せておくれよ」と、桐本。
そして稲田は、石野谷と一緒に行きたかったと残念がりつつも、
「……絶対クリアしてこいよお! 陽星ええッ!」
その残念さを吐き出すように大声で彼を激励した。
「おう、任せとけみんな! じゃあ、また共闘と行こうか、祐!」
「ああ、一緒に頑張ろう、陽星!」
こうして、栄光の遺跡へはまず、有原、内梨、海野、三好、武藤、そして石野谷の六人で行くことが確定したのだった。
*
翌朝、旅支度を済ませた六人はハルベルトに案内されて山脈を上り、遺跡を目指した。
「ひぇー、この山登るのでもわりかし辛いな……!」
「これも試練の一貫ってことだといいけど……?」
その山道は、試練が始まる前に六人をひどく苦しめた。一年二組の二大実力者である有原と石野谷がぼやいてしまうのも無理はないほどに険しかった。
(律儀だなぁ。あの二人、スキル使って飛べるはずなのに……)
と、三好はその二人のぼやきを聞いて思った。
道中、海野はハルベルトへ尋ねた。
「あの、始める前にこんなこと聞くのもアレなんですけど……栄光の遺跡にある試練ってどんなのなんですか?」
「……すまない、それは答えられない」
「ですよね、事前に内容を教えられたら試練の意味が半減しますからね……」
「いや、そういうことではない。教えても意味がないから、答えられないのだ……」
「……へぇ、そうなんですか」
そして出発から六時間後、荒々しい山道に悪戦苦闘した果てに、山脈の奥へとたどり着き、
「よかった、まだ残っていた……これが、栄光の遺跡だ」
岩肌に造られた、普遍的な大きさの、簡素で古めかしい門の前に立つ。
「へー、これが栄光の遺跡なんだ……ただのドアじゃないの?」
「こらこら、失礼なこと言わないの武藤ちゃん」
「き、きっとこの中に凄いものがいっぱいあるんですよ……」
「さて、では皆様ここで休憩していてくれ。準備が出来たら突入しよう」
「あ、ありがとうございまーっス、ハルベルトさーん……」
疲労困憊の六人が門前の、石畳で覆われた広場でぐったりとしている間、ハルベルトは開門にとりかかる。
「えーっと、どう開ければいいんだろうか……?」
何年も前にここに来た時、この門を開けたのは、当時師事していたヨノゼル王国の教官だった。
ハルベルトは教官がここでカチャカチャと門を操作する後ろ姿を見ていただけ。なので、開け方が分からず、門の手前で棒立ちして考え込んだ。
最中、突然、門の前の広場の地面が二つに別れて開いた。
「え? うわぁぁぁぁぁ!」
そしてハルベルトと、休憩中だった六人は開いた地面の下にある暗闇へと落ちていった。
ハルベルトは落ちながら六人へと詫びる。
「すまない皆様ぁぁぁ! 私が正しい開け方を知らなかったばっかりにぃぃぃ……! あれ?」
しかしハルベルトの落下は途中で止まった。いつのまにか自分の胴を、上から伸びた謎の鉱石のアームが掴んでいたのだ。
六人がただ落ちていく中、ハルベルトは上へと引っ張られ、ついには元いた地上に戻ってきた。
そして開いた地面が閉じると同時に、ハルベルトはアームから解放され、門の前に着地した。
「……え?」
この突然の事態に数秒ほど呆然とした後、ハルベルトは地面に向かって、
「み、皆様ぁぁぁぁ!」
と、有原たち六人へ呼びかけた。
しかし返事はなく、己の叫びがただ山々でこだまするばかりだった。
【完】
話末解説
■用語
【栄光の遺跡】
ミクセス王国とヨノゼル王国の間にそびえる山脈にある遺跡。
ヨノゼル王国の建国者が作った修行場と伝えられ、現代でもヨノゼル王国の兵士の登竜門的試験場として使われていた。
ハルベルト曰く『突破できれば大きく成長できる』『内容を事前に伝えても難易度は変わらない』とのこと。




