第75話 次なる試練は……
ミクセス王国とファムニカ王国間での戦争勃発未遂。
その和解直後に起こった槙島襲撃事件。
この二つの大事件が起こった後、有原と、飯尾や内梨ら六人の仲間たちは言わずもがな。石野谷一味の生き残った四人はミクセス王国にいた。
数日置いて、ミクセス王国軍は先の二騒動の現場を調査した。
元より荒野であるのは変わりなかったが、鉄片が辺り一面に転がり刺さり、大地全土が焼き焦げている異様で痛々しい現場だった。
そして軍は、残念ながら案の定、逢坂と梶の死を確認した。
同時に、こちらは朗報とも悲報とも言えることだが、槙島の死は確認できなかった。
その行方は当然わからない。しかし、槙島が生きているのならば、彼は生存者の中でも最も憎悪を向けている自分を狙うだろう。
自分のせいでファムニカ王国に迷惑を掛けるわけにはいかない。
仮に居場所もろとも攻撃されたとしても、有原たちと協力して、巻き添えを減らせる可能性があるミクセス王国に残るべきだ。
と、石野谷は考え、ファムニカ王国に残り再興と国防に努めなければならないエストルークにひとまずお別れを告げた後、桐本、大関、稲田と共にミクセス王国に帰還することにしたのだった。
残る敵は厄災の主たる『邪神』と、あと一体の邪神獣【邪悪のテラフドラ】だけ。
そこに現れた新たな脅威、復讐の権化、槙島英傑。
それらの未だ勝機が不鮮明な敵たちに対して、界訪者が行ったことは非常にシンプルだった――特訓だ。
*
槙島襲撃事件から四日後。
ミクセス王国内にある訓練場にて。
そこに設けられた一騎打ち用の丸い広場で、有原は、同じく剣士の桐本と真剣を用いて模擬戦を繰り広げていた。
「【爪津ノ飛刀】、五連!」
有原は七歩先にいる桐本めがけ、五つの風の斬撃を飛ばす。
「俺の戦い方を承知の上でそれを出してるんだよね……【神器錬成:八咫鏡】!」
桐本は幻想的な輝きを湛えた鏡――神器【八咫鏡】を、盾のように右腕に装着し、飛ぶ斬撃へ向かって鏡面を出す。
五つの斬撃はそれに当たるや否や、反射されて逆に有原へ飛んでいく。
有原は【田霧ノ威盾】に頼らず、剣の取り回しのみで斬撃をかき消す。直後、桐本の動向に警戒しつつ斜め右に走り彼との距離を詰める。
すると桐本も斜め左へ駆け、有原との距離を詰めて、
「【天忍穂の穿】!」
左手に持つ神秘的な輝きを持つ刀【天叢雲剣】を、有原めがけ鋭い速さで突き出す。
しかし有原はそれすらも見切り、ごく普通の切り上げを絶妙なタイミングと位置で天叢雲剣に叩きつけ、切先の方向ずらす。
桐本は至急数歩後ろに引きつつ、防御姿勢を取って、
「いやぁ、やっぱり剣のプロとは差が開いちゃうか」
「いえいえ、桐本さんも相応に冴えていると思いますよ」
「いいお世辞だね……今のところ、あんまりスキルを使わず舐めプしてるのに」
「ああ、それはですね……」
有原は天叢雲剣と八咫鏡を順番に見た後、
「あと十分後に、桐本さんが『完成』した時のために力を温存しているんです」
「そっか……それ狙いだったのか。けど、俺はそれに甘えて長々と戦うつもりはないからね!」
そして有原と桐本は再び剣戟を繰り広げる。
「いーなー光、俺だってタイマン形式で特訓したいのに……」
「それがしたければお前はこの特訓を終わらせるんだな」
「はいはい」
二人の模擬戦場所の隣にある訓練場では、石野谷が海野の監督の元、また別の特訓をしていた。
「それじゃあ、あのマトの真ん中を撃ってみな」
と、海野は約五十メートル先を指さして言った。
そこにあるのは、五重丸が描かれたオーソドックスなマトだ。
「は、はい」
石野谷は、さっき海野が指さしたマトへ狙いを定める、勇気を持って矢を放つ。
そして矢はマトの中央に突き刺さる。ただし、一メートル右隣にある別のマトにだ。
「うっしゃ、当たったよな! 今の当たったよな海野!?」
「当たったけど当たってないだろこれ。しっかり俺が指定したマトに当てろよ」
「そんなー……てか、五十メートル先を狙うのって難しくないか?」
すると海野は石野谷の矢が刺さったマトめがけ、水の球を放つ。
「【アクア・スフィア】」
水の玉は刺さった矢を矢筈から砕きつつ、見事にマトの中心に命中した。
「……どこが?」
「いやいやいや。それは魔法だからだろ? 弓矢って物理的なもんだから、風とか結構色々条件に煽られまくって結果思い通りに当たらないもんだぞ」
「それはわからなくもないんだけどさ……」
石野谷と海野が話し合っていたその時、三好もここで武器の投擲練習をしていた。
彼女は【ヴェーダ・ジェネレート】を使い、闇属性エネルギーでナイフ三本を生成する。
そこから彼女は、二人と同じく約五十メートル離れたマト――もちろん二人が使っていたのと別物――めがけナイフをいっぺん投げる。
それらはど真ん中に刺さることはなかったが、全てそこに近い位置に突き刺さった。
「んー、ニアピン!」
それをふと横目で見ていた海野は、これを利用して石野谷に問いかける。
「……あれも物理的な飛び道具だけど、それはどう思う?」
「いやぁ、あれは素材がファンタジックだから……」
「てか、理由がどうであれ五十メートルくらいの狙撃を安定して出来ないとか、【狙撃手】として失格って自覚はないの?」
「いや……けど、これだったら!」
石野谷はまた別のマトへ手のひらをかざして、
「【ピュートーン・ブレイカー】!」
スキル【ヘリオス・アーツ】の応用で、炎の矢を生成し、弓を介さず手のひらから矢を放つ。
こちらは中心からは離れているものの、無事狙ったマトに命中して破壊した。
「ど、どうだ海野! これはどう見たって当たってるだろ!」
「まぁ、当たってるけど……それ、確か普通に弓を使って撃つより力の消耗が激しいんだよね?」
「……うん」
「だったらやっぱりアンタは弓の練習をもっとした方がいい。いくら【ヘリオス・アーツ】を使っての格闘戦が出来るとはいえ、実戦で何があるかわからないからな」
「は、はーい……なんか、思ってたより辛辣なこと言うんだなお前」
「まぁね。少なくとも昇太以上にはキツイこというから俺」
「昇太以上に、ねぇ……肝に銘じておきます」
そして石野谷は、きっとどこかで見守ってくれるだろう梶の姿を思い浮かべながら、黙々と弓の修練に励んだ。
それを見て海野は思う。
(どこかの格闘馬鹿とは違って無駄な抵抗しないから扱いやすいな)
さらに、石野谷と海野と三好がいる射撃訓練場の隣にある、多目的な広場にて。
「それでは腕立て伏せ十回!」
大関指導の元、内梨、武藤、松永、稲田らはトレーニングに励んでいた。
「うおおおお!」
サッカー部に属し、それなりの体力と筋力のある稲田は腕立て伏せ十回を全速力で終わらせる。
そうしてすぐ稲田は大関に詰め寄る。
「おい晴幸! かれこれずっと前から思ってたんだけでよお、何で今更こんな基礎トレーニングしなきゃならねえんだ!?」
「何事も基礎からだからだ」
「そんなの……は当たり前にすべきだよなあやっぱ。けど! 何でその対象が俺とこの三人なんだよ!」
女子三人は、ゼーゼー息を切らして、両腕をガクガク震わせながら、ゆっくりと腕立て伏せの回数を増やしている。
これを稲田は一瞥して、続ける。
「武藤はジョブ【戦士】でデカめの剣を振る必要あるから必要かもしれんけど、内梨と松永は体鍛える必要あるか!? 【祈祷師】と【呪術師】だぞ!? サポート役だぞ!?」
「必要ある。もし長期戦になった際は持続して戦える体力が必要だし、自衛するための格闘能力も必要だからな」
「そうかい……え? 格闘能力も!?」
稲田の驚く声に連鎖して、腕立て伏せ中の内梨と武藤は驚きのあまり体勢を崩し、うつ伏せな倒れる。
「わ、私にパンチとかキックとか教えてくれるんですか……!?」
「ボクまで!? ボクはクラウ・ソラスがあるから格闘技いらないと思うんだけど……」
「これ以上キツい練習はしたくないという気持ちはわかりますが、こちらも必要なのですよ。なんせ今警戒すべきなのは槙島ですから」
槙島は【兵霊詔令】や【英霊顕現】で暗黒兵や英霊など、味方を大量に召喚して攻めることを得意とする。
それを相手するとならば乱戦は必須となる。だから最低限、自分の身は自分で守れる術は身につけなければならない。
と、思い、大関はさっきのような指導方針を立てているのだ。
「は、はぁいわかりました……」
「じゃあ頑張りまーす……」
「その意気です。ではまずその腕立て伏せを終わらせてください」
それから内梨と武藤は自分たちのペースで腕立て伏せを再開した。
「はー、とうとうサポート役ですら格闘できるようにならないと行けないとか、世知辛いなあ……」
「……雄斗夜と昇太を失い、敵対した槙島を除けば残る一年二組のメンバーは『十一人』。一人の役割が大きくなるのは仕方のないことだ……」
「だな……ってあれ? おい晴幸? 確か今、真壁の手下の都築と鳥飼が牢屋にいただろ? それはカウントしないのか?」
「有原さんから、『あの二人は未だに反省する気がなく、到底仲間になる気配がない』と聞いた、だから省略した……」
「そっか。つくづく質悪いなあアイツら……」
ここで、稲田と話しつつも三人の腕立て伏せの様子を監視していた大関は、あることに気づく。
「……松永さん、俺の言ったこと無視して、もう十七回も腕立て伏せしているな」
「え、マジで!?」
松永は、被さった長髪の奥で目を思い切り開き、いかにも辛そうな顔をしながら腕立て伏せを続けている。
そこに大関は稲田と一緒に近寄って、
「松永さん、もう止めていいですよ。この後別なトレーニングをするので」
「だぞお前。髪長いのと必死さが相まってビシュアルがホラーだしやめろ」
しかし松永は首をブンブン振ってそれを拒否し、腕立て伏せを続ける。
「必死だなコイツ」
「どうやら松永さんも松永さんなりに協調性を持っているのだろうな」
「てか、何でお前が指導者みたいになってんの? 体術教えるならジョブ【格闘家】の俺じゃダメなのか?」
「もう少しタイミングを考えて質問しろ輝明」
とは言いつつも大関は自分が四人の指導者になっている理由を答える。
「それは無難にまともに格闘技を教えられるのが俺しかいないからだ」
「はぁ!? 出来るわ俺だって!」
試しに稲田は誰もいない空間に相手がいるということにして、そこへ殴る蹴るをして見せる。
「こうボーンと殴ったり、バーンと蹴ったり、ドカーンと倒したり……って教えればいいんだろ!?」
「いいわけない。擬音と勢いに頼らず、もっとわかりやすい説明をしろ。さもないとここにいる詳しくない皆さんには伝わらないぞ」
「そうかよ……けど、晴幸以外にも格闘技できる奴いるだろ? 陽星とか飯尾とか?」
まず大関は隣の射撃訓練場を指さして、
「陽星はあの通り別件があるから無理だ。それに陽星の技はアニメチックに見栄え重視過ぎて参考にならない」
「じゃあ飯尾は?」
続いて大関はまた別の隣にある多目的広場を指さして、
「飯尾さんもあの通り取り込み中だ」
飯尾は、騎士団長ゲルカッツ配下の兵士百人――殺傷能力低めの特訓用武器を装備している――とたった一人で戦うという特訓をしていた。
その中で飯尾は、やはり数の利によりダメージを負いながらも、彼の長所たるタフネスと多種に渡る技の数々で、兵士たちをことこどく打ちのめしていた。
それを広場の隅で見学していたゲルカッツはただただ驚くばかりであった。
「やはり凄まじい腕前であるな、飯尾殿……」
しかし飯尾はちっとも満足せず、すかさず倒れた兵士を次々と立ち直させ、とことん自分を追い込もうとする。
「おらおらぁ! とっとと次から次へとかかってきやがれ!」
「……アイツもアイツで必死だな」
「先日の一連の闘争の中で、昇太にワンパンKOを貰うわ、槙島の兵たちに手こずるわ、未だに【神寵】に覚醒できていない、などなど……いいとこ無しだからな」
「そっか、アイツもまだ【神寵】無しだったか……ま、知らんけど」
「アイツに一本取られたくせにお前……」
そして、この訓練場全体が見える高台に、ハルベルトとレイルの二人は立ち、彼らの特訓模様を眺めていた。
「真壁に荒らされた国の復興に勤しんでいたため、直接見ることは叶いませんでしたが……槙島という者の力は、異界の神々に認められた彼らでさえ打ち勝てないものだったのですか、ハルベルト?」
ハルベルトは傾げていた首を正し、レイルへ向き直して、
「は、その通りでございますレイル様。無限に現れる強靭な兵士、彼らに迫る力を持つ英雄、そして極大たる魔法……その力は強大で、我々はもちろん、彼ら界訪者ですら束になっても太刀打ちできませんでした」
「そうですか。であれば、神々に認められた彼らでさえも、このように修行し直すのもやむをを得なくなってしまいますな」
その時ハルベルトはまた首を傾げ、何かをじっと考える。
レイルはそれが気になって尋ねる。
「何をお考えですか、ハルベルト?」
「『これで足りるのか』、と考えていました」
「これで足りるのか……もしや、あの超越した力を持っている皆様にとって、ごく普通の訓練では足りるのか。ということでしょうか?」
「その通りです。あくまでこちらの感想ですが、彼らにとって、あの槙島を超えるための力を得るには、より優れた訓練をさせるべきでは、と、私は考えておりまして……」
「そうですな。あの超越した力をさらに突き抜けさせる難易度のある特訓……」
この時、ハルベルトは、祖国ヨノゼル王国にいた頃の記憶にある、かの場所を思い出す。
「そうだ、【栄光の遺跡】へ挑めば……!」
【完】
話末解説
■詳細説明
【この時点での一年二組の生存者リスト】
○ミクセス王国・有原の仲間たち
・有原 祐 神寵【スサノオ】
・飯尾 護 神寵未覚醒
・内梨 美来 神寵【フレイ】
・海野 隆景 神寵【クトゥルフ】
・三好 縁 神寵【シヴァ/ヴィシュヌ/ブラフマー】
・武藤 永真 神寵【ヌアザ】
・松永 充 神寵未覚醒
○ミクセス王国・石野谷一味
・石野谷 陽星 神寵【アポロン】
・桐本 光 神寵【アマテラス】
・大関 晴幸 神寵【ケツァルコアトル】
・稲田 輝明 神寵【アドラメレク】
○ミクセス王国・真壁一派(※投獄中)
・都築 正義 神寵【ポセイドン】
・鳥飼 楓 神寵【ヘラ】
○ミクセス王国・ウェスミクス村(※周りからは死亡扱い)
・畠中 新 神寵未覚醒
○所在地不明
・槙島 英傑 神寵【オーディン】
――以上、計16人




