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第74話 農村暮らし陰キャ物語~中略、ポップコーンドリーム目指しました~

 かつて、有原たち一年二組は、邪神討伐の要となるトリゲート城塞の奪還を試みた。

 

 しかし、その作戦は邪神獣二体――【破滅のイビルノーザ】と【邪悪のテラフドラ】の襲来によって失敗に終わった。


 一年二組はやむなくトリゲート城塞から撤退した。だが、この争いの真っ只中、あの二体の猛攻によって五人のクラスメートを失った。


 ……と、思われていたが、形こそ喜ばしくないものの、有原たちは槙島の生存を確認し、その人数が四に減ることとなった。


 だがそれでもまだ実際と事実が異なる。

 槙島の他にも、このトリゲート城塞で死んだと思われたが、実は生きているものが一人いる。


 その名前は、畠中はたなかあらた


 今はミクセス王国の西の辺境にある農村【ウェスミクス村】に滞在しており、


「こらーっ! もっとキビキビ動かないと日が暮れるよ!」


「ヒィィィィ!?」


 そこの村娘のネーナの元に居候させて貰う代わりに、彼女の元で働かされていた。


 なお、誤解が無いように言っておくと、さっきのように畠中はヒーヒーと弱音ばかり吐いているが、決してネーナは彼を酷使しているわけではない。


 ネーナが畠中にやらせているのは、平均的な農家の仕事だ。

 しかし、畠中は根っからのインドア派かつ極端な根性無し。平均以下の体力しかない彼にとって、その仕事は地獄の刑務と同じようなものなのだ。


 そして今、畠中はネーナと一緒に、トウモロコシが入った箱を家に併設された商店へ運んでいた。

 

「お、終わりました……!」


「三分の二はアタシが運んだんだけどね」

 と、ネーナは達成感に浸る畠中に小言を言った。


 その後、斜向かいの家の農夫が遠くからネーナを呼ぶ。


「おーいネーナ! ほんのちょっとウチのところに手伝ってくれないかい!」


「はーい! アンタもついてくるよね畠な……」


 畠中は家の側の地面にくの字になって倒れ、小刻みにゼーゼーと言っていた。全身を使って『今は無理です』と訴えていた。


「……今回だけは特別だからね」


 これを連れてったら逆に迷惑になるかもしれない。

 と、ネーナは思い、疲労故に崩壊寸前な畠中を置いて、遠くの農夫の元へ小走りで駆けていった。


「……よし、今のうちだ……」


 ネーナが自分の動向を把握できないくらい遠くに行ってくれた後、畠中は起き上がり、箱に詰ったトウモロコシを三本ほど手に取る。

 それから畠中は家の中に入り、屋根裏部屋――畠中の寝室へ上る。


 そこで畠中は必死にトウモロコシの実をバラバラに外して、部屋にある日の当たる場所に置いた、既にトウモロコシの実が何十粒も敷かれている布の上に、追加で敷く。


 畠中は日に当てっぱなしにしていたトウモロコシの実を一粒手にとって、その感触を確かめて、ニヤリと笑う。

「ようし、乾燥しているぞ……俺の安定した暮らしのための種が!」


 畠中には野望がある。


 百万ゴールド払えば得られる、衣食住の保証付きの隣国ヒデンソル王国の『居住権』。

 これを手に入れ、魔物や戦争や真壁や久門など、何にも怖がることなくのびのび暮らす。


 というのが、畠中の野望である。


 その鍵となるのが、この乾かしているトウモロコシだ。


「さて、二週間前に乾かしてたのは多分いけるだろうから、さっそく調理してみよう……」


 畠中は以前から乾かしていたトウモロコシの実を全て集めてから下の台所に降りる。

 

 トウモロコシの実を全てフライパンに入れて、蓋をした中でそれらを熱する。

 そしてそこから弾ける音が消えた後、畠中は蓋をあけると、白い歪な形をした粒がたんまりと入っていた。

 

 畠中が作ったのは、元の世界におけるポップコーンだ。


(こういう異世界モノによくある、現実世界のすごいモノを周りに売って大儲けする展開――それをこれで起こして、一日でも早く百万ゴールドを稼いでやるんだ!)


 ミクセス王国にいた時ではこのポップコーンは確認できなかったことから、これはここにない食べ物なはず。

 なので、かろうじて作り方を知っている――大体作り方の察しが付きそうな料理ではあるが――ポップコーンを自分が売りさばけば、きっと莫大な利益を得られる。それが野望を実現する肝なのだ。


「ヒヒヒ……これさえあればちまちま野菜売るよりもポンと稼げる……ヒヒヒ……!」

 と、畠中はヒデンソル王国でのゆったりした暮らしを妄想し、台所で気色悪く笑っているところに、


「ただいまー」

 同じ村民のお手伝いからネーナが帰って来た。


 するとネーナは、普段は決して料理をしないはずの畠中が台所にいることについて驚いて、

「あ! アンタ、さてはお腹空いたからって勝手に食材漁って何か作ってないよね!?」

 彼へ疑いの目をかけ、詰め寄った。


 畠中はそれにドキッとしてから、慌ただしく弁解する。

(確かに勝手にトウモロコシ使ったけど……)

「そ、そんなことしてませんよ! 自分のお小遣いを店に還元して買ったトウモロコシで……これ作ってみただけです!」


 そして畠中はフライパンの中身をネーナに見せてみる。


「えっ、何このヘンな形の穀物?」


「これは僕の世か……生まれ故郷で食べられている『ポップコーン』っていう料理です」


「ポップコーン? へー、変わった料理ね。食べていい?」


「はいはいどうぞ。遠慮なくつまんでしまってどうぞ」


 ネーナは台所からスプーン一本を取り、それでポップコーンを二、三粒すくって口に入れる。


「つまんでしまってどうぞ、って言ったのに……」


「だって熱いもの。しょうがないでしょ」


「……で、お味はどうですか?」


「食感はいいわね。軽くてそれなりに食べごたえがあって……けど、味そのものは薄い、というより、ないわね……?」


「あ、ああ、ごめんなさい。味付けしてませんでした……」


 畠中はフライパンの中へ塩を振り直して、もう一度ネーナに食べてもらう。


「うん、これならちゃんと美味しいね」


「あ、ありがとうございます! それで、一つ提案があるんですけども! これお店で売ってもいいですか!?」


「え、なんでそんな急に……?」



 その後、畠中の頼みの突然さに驚きつつも、ネーナは彼と二つの約束を交わした。

 一つは、ポップコーンを売る許可に加え、売り物にするには小さいトウモロコシをおすそ分けしてくれること。

 もう一つは、アイデアは畠中のものなので、利益は全額そちらに行くことだ。


 それと同時にネーナは、特に深い理由はないが、畠中に『ポップコーンの作り方』を尋ねた。


 しかし畠中はこの利権を独占するため、陰キャ特有の温度管理の甘さで、「駄目だ!」と無駄に血相を変えて断った。


 こうして十日後、畠中は既に仕込んでいた乾燥コーンを調理し、ついにポップコーンを販売し始めた。


「さあさいらっしゃい! ここだけの珍品ポップコーンですよー! お値段たったの六百ゴールドですよー!」


(普段なら暗いし嫌そうな顔して店番してるのに、今日はやたらと威勢がいいわね……)


 この大陸においては今まで存在し得なかった料理、ということで、畠中のポップコーンはここを訪れた傭兵や旅人の目に止まり、販売開始からポンポンと売れた。ポップコーンだけに。


 そして畠中はわずか三日で、普通にネーナが育てた野菜を売らされていた時以上の利益を得られた。


 これならば百万ゴールドの夢も遠くはない。と、期待を膨らませた畠中だったが、ここである問題が生じ始めた。


「ネーナさん、あの、トウモロコシはないですか?」


「そうねぇ……あるにはあるけど、おすそ分けできるくらい小さいのはないね」


 シンプルに材料不足である。


「だったら、その売り物になる基準をもうちょい上げて、それ未満になったのを……」


「ダメよ。うちはポップコーン屋じゃくて八百屋のつもりでやってるんだから。売り物にならないトウモロコシを再利用するためだけにしなさいよ」


「ええ……けど、あれすごい儲かるから……」


「確かに儲かるのは嬉しいけど……今はこういう暗い世の中なんだから、そういう邪な欲ばっか優先しちゃダメ! そんなにトウモロコシが欲しかったまたアンタが儲けた分で店から買ったらどう?」


「うう、そんな……」


「そんなじゃない。ポップコーン屋に専念することもいいけど、貴方のメインの仕事は畑の手伝いと、八百屋の店番なんだからね!」


 畠中はトウモロコシを得られなかったどころか、ネーナに釘を刺される羽目になった。


 しかし畠中はポップコーンドリー厶を諦めはしなかった。


「おーいネーナ! ほんのちょっとウチのところに手伝ってくれないかい!」


 斜向かいの農夫の呼ぶ声を聞いて、ネーナはそちらへ返事する。

「はーい! 今行きまーす! あ、畠中、アンタも……」


 この時、畠中は改心したかのように、やたらと綺麗なフォームで畑を耕していた。


「……いいや、邪魔しないでおこう」


 居候させて以来初めて見る畠中の真剣な農作業を邪魔するわけにはいかない。ネーナは畠中をここに残して、お手伝いの方へ行った。


「よし、うまく騙せたぞ……」


 畠中はネーナが自分の動向を把握できないところまで行ってくれたのを確認し、店にあるトウモロコシを自然な減り具合に見える限界まで、屋根裏部屋へ持っていく。

 そして畠中は両手で抱えて持たないといけないくらいの量のトウモロコシの実をバラバラにして、日の当たる場所で乾かし始めた。


「ふざけるんじゃないぞネーナ……俺はこのポップコーンで夢を叶えるんだ! 俺はこのポップコーンでこんなチンケな農村から抜け出して、都会で自由気ままに暮らすんだ! 俺の夢は終わらねェ!」


 そして数日後の朝。


「あれ? もう材料のストックができたの?」


「え、え、ええ……言われた通りお店にお金置いて……」


 畠中は再びポップコーンを作り始めた。

 しかもただ作るのではない、数日前に山程手に入れたトウモロコシ全てをまとめてポップコーンに調理した。


 前回は旅人たちに飛ぶように売れた。だからいくら沢山作っても、きっと溶けるように売れてくれるはず。

 それでより早く百万ゴールドに近づけるというのが、畠中の目的である。


「ああそう、じゃあ今日も頑張ってね」


「へ、へーい」

(全く、無用心な人だな……)


 調理を終えて、畠中は店に、映画館のレジ横にあるマシンの内包量くらいの、山盛りのポップコーンを出す。


「さあさいらっしゃーい! おいしい珍しいポップコーンですよー!」

 そして例の如く、普通なら出せないくらいの大声を張り上げて、ポップコーンを売り始めた。


 相変わらず、この世界にとっては珍しい料理に興味を持って貰い、畠中のポップコーンはどんどん売れた。


 だが、昼に休憩していた時、畠中はある危機に気づいた。


「あれ……? まだこんなにあったっけ……?」


 今日作った分のポップコーンが、まだまだ――今朝と比べて六割くらい――残っていたのである。


「まずい、この世界には冷蔵庫もありゃしないから、アレを今日中に売りつくさないと衛生問題になりそう……」


 午後。休憩を終えた畠中は在庫の消化速度を上げることを試みた。


 気持ち多めに袋に詰める。

 一つで六百ゴールドのところ、二つで一千一百ゴールドで売る……などしてだ。


 しかし、顧客――旅人の来る数があまり変わらないため、彼の作戦はあまり効果はなかっただった。


 そして、恐らく午後三時頃。


 畠中は未だ残り続ける在庫を横目で見て、ひどく焦っていた。

「まずいまずいまずい、なんとかしないとこれが全部オシャカになっちゃうよ……」

 

 だが、彼にとって今恐れるべきなのは、それではなかった。


 店番をする畠中の前に、ネーナが現れ、堂々と立つ。

 その様子は誰がどう見ても怒っているようだった。


「い、いらっしゃいませ……どうしましたか、ネーナさん……?」


「実はさ、アタシ、作物の収穫数とか販売数とか毎回キチンと数えてたんだよね……」


「はい、それが、いかがしました……?」


「そして今さっき、家の中でそれの計算をしていたらさ、明らかに収穫数と販売数が合わないんだよね……」


「け、計算ミスじゃないですか……?」

 

 畠中は自分の悪事を隠そうとする中、ネーナは店先にあるポップコーンの在庫を一瞥する。

 刹那、彼女は瞬く間に鬼の形相と化して、畠中へ詰め寄った。


「アンタ、トウモロコシくすねたでしょ!」



「ヒィィィィッ!」

 畠中はその迫力にあっさり慄き、凄まじいスピードで農村近くの何気ない林に逃げていった。


「全く、逃げ足だけは速いんだからアイツ……」

 と、ネーナはぼやいた後、店に戻って、山盛りのポップコーンを見つめる。


「はぁ、これはアタシが何とかしないとね……」


 それからネーナは本来やりたかった農作業を泣く泣く明日にすることにして、畠中に代わって店先に立ち、ポップコーンの在庫消化に努めた。


「ほう、この世界には『ポップコーン』があったのか?」


 ある時、隼の羽のような色の髪をした少年が訪ねてきた。


「はい、なんかウチの居候が勝手に作物くすねて、こんなわけわかんないものつくりましてね……」


「そうかい。ではすまない、六人分くれ」


「毎度あり……えっと、値段いくらだったっけ……じゃあ、六個で千二百ゴールドです」


「千二百……カッカッカッカ! バカにしちゃあイカンよ君ィー! 高い高いィ〜〜っ!」


 と、少年は大声で笑った。


(なんか関わりにくいなぁ)

 と、ネーナは少年に内心引いていた。

 しかし、さっさとこれを売りつくして仕事に戻りたいので、彼女は投げやりに値下げする。


「じゃあ六個で六百ゴールドでいいですよ」


「六百!? 買ったッ!」

(やったーっ、半額以下までまけてやったぞ。ざまーみろ、モーケタモーケタ!)


 そして少年は六人分のポップコーンを持って、村の外で待っているという仲間五人の元へ戻っていった。


 この後、ネーナは畠中との商売経験の違いを見せつけるように、ポップコーンを利益に拘泥せずバンバン売りさばき、日暮れ時には無事ポップコーンを完売させた。


「あ、あのー……すみませんでした! ネーナさん!」


 畠中が林の中で底知れぬ恐怖に怯えまくって戻ってきたのも、その時であった。


「全く、これからはセコいことしないで、真面目に働きなさいよ」


「はい! これから心を入れ替えて真人間になります!」


「はいはい、そんな大袈裟なこといっても信憑性ないから、明日から行動で示しなさい」


「はい! あ、ちなみに、今回のポップコーンの利益は、やっぱり俺が……」


「いや流石に半分はよこしなさいよ。別に大金が欲しいとかじゃないけど」


「はひー」


 その翌日から、畠中は相変わらず効率に問題はあるものの、体裁は真面目に働くようになったという。


【チャンチャン】












 あのポップコーン事件から数日後。


(今日はあんまり人が来ないなぁ……)


 目玉商品がなくなり、お客さんも平均的な数に戻ったため、畠中は退屈そうに店先に立っていた。


 最中、漆黒のローブを被った少年が、彼の店を訪れた。


「すまない君、ここに『ポップコーン』は売っていたかね?」


 ポップコーン――この六文字で畠中はトラウマを思い出し、嫌な気分になりつつ、少年に答える。

「今日は売ってないです」


「そうかね……オメーには二重に失望させられたよ、畠中……」

 と、一言残して、少年は店から去った。


「……一重目は何だよ?」


【完】

今回の話末解説はございません。

なお、次回からは今度こそ第4章に入ります。

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