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第73話 日没

 スキル【界樹理啓ユグドラシル・オーダー】。 

 この槙島が誇る大規模魔法により、空中にはグングニルを中心に、大樹の枝葉の如くおびただしい数の氷槍が浮かんでいた。


 その真下にいるミクセス・ファムニカの連合軍は、言うまでもなくそれに怯えていた。


「あれは……絶対まずいよな、隆景」


「んなこた確認すんなよ昇太……」

 と、梶についてぼやいた後、海野は全軍へシンプルな指示を放つ。

「みんな、とにかく逃げろ!」


 そして彼らが大至急逃げ出した刹那、氷槍は復讐に燃える槙島の意思により、無情に降り注いだ。


「急に悪い。力のある奴……っていうより、一年二組は残れ!」

 攻撃範囲と速度からして、兵を全員逃がすことは出来ない。

 海野と同じく悟った梶は、すかさず海野の指示にこう付け足した。


「やっぱそうこなくっちゃだよな、昇太!」


「任せてください、梶さん! ……ハルベルトさん、エストルークさん! 残りの皆さんを頼みます!」


 一般兵たちの避難の指揮はハルベルトとエストルークらに託し、

「【スピード・サプライズ】! 皆様! どうかこれでもっと早くお逃げください!」

 梶は全兵士へ満遍なく速度バフを与え、より魔法から逃がしやすくする。


 その間、梶と、攻撃手段を持たない松永を除く、界訪者たちは、氷槍の雨霰に臆さず、個々のスキルを炸裂させる。

「【櫛名田くしなだ豪砲ごうほう】ッ!」


「【ロクシアース・ノヴァ】!」


「【ゾス=オムモグの饗宴】!」


「【天津日あまつひまもり】!」


「お願いします! 【神器錬成:勝利の剣】!」


「【金竜怒闘こんりゅうどとう】!」


「【アヴァターラ・ブリッツ】!」


「【アドラ裂空脚】ううう!」


「【トゥアハ・グローリー】!」


「【裂空脚】!」


 この彼らの一斉スキル発動により、氷槍の雨霰はすべからく破壊され、今は犠牲を避けられた。


 しかしまだ、本物のグングニルは空中に留まっている。

 そのグングニルは氷を帯び続け、やがて、槍を象った、世界樹の幹の如き極大の氷塊の核となっていた。

 

 そして、連合軍から数百メートルも離れた位置に移っていた槙島は、一言冷酷に告げる。

「これが貴様らの終わりだ」


 刹那、極大の氷塊は十二人めがけ落ちる。


 界訪者たちはそれも防ごうと攻撃した。しかし、氷塊はただ表面が浅く傷付き薄く削れるばかりで、決して止まることはなかった。


 そして一回り小さくなっただけの氷塊は界訪者たちの奮戦虚しく、地面に突き刺さる。

 この結果を薄々察していた海野により、彼らは氷塊に直撃する範囲からはかろうじて逃げていた。


 しかし氷塊は地面に突き刺さった途端砕け散り、氷の礫と冷気を戦場一帯へ炸裂させた。

 それらは界訪者どころか遠くに避難していた兵士たちへ襲いかかり、場が落ち着くと、


「大丈夫ですか……みんな!」


「ああ! 俺たち一年二組は無事っぽい!」


「で、ですが……ミクセスとファムニカの皆様が!」


 界訪者たちと、ハルベルト、ゲルカッツ、エストルーク、エスティナ、ルチザなどの軍内である程度の実力を持つものは重傷こそ負ったものの、梶の尽力でかろうじて生きていた。


 だがその他はこの大技の被害を避けきれず、数え切れないほど兵士が息絶えていた。

 こうして、連合軍は半壊してしまった。


「そんな……たったこの一瞬で、こんな大勢の人たちが……!」


「みんな死んでいく……俺たちが巻き込んだばっかりに……!」


 絶望しつつある連合軍へ、敗北と抵抗の無意味さを知らしめるように、槙島は氷の馬に乗って悠然とやってきた。


「わかったか貴様ら、これがこの世の正義だ。これが弱者を虐げた者たちへの報いだ!」


『こんなのわかってたまるかよ!』


 そんな彼へ三十メートルの巨体を誇る鋼鉄の巨人――【プロテクト・メサイア】は鉄拳を放った。


 この巨体と鋼鉄の防御力によって、クラスメートたちと背後にいた大陸の住民たちをかばった張本人へ、槙島は舌を打った後、

「【極氷神楯アースガルズ・シールド】」

 自分の周囲に氷バリアを張り巡らせ、それを受け止めた。


 しかしプロテクト・メサイアが持つパワーと、そのものが持つ重量によって、氷バリアは十数秒で打ち砕かれた。

 が、槙島は冷静に馬を走らせ、鉄拳の直撃から容易く逃れた。


「忌々しいロボットだ……」


『へぇ、これならこのバリアを壊せたのか。だったら回復とバフと指示出しに専念しないで、最初っからこれを使えばよかったかもね』

 と、梶はぼやいた後、槙島を牽制しながら、周りにいる仲間たちへ、操縦席の中から言う。


『おいお前ら、こんな状態じゃあ槙島には勝てない……ここは僕に任せて逃げろ!』


「おう、わかった……と、言うと思ったか昇太ァッ!」

 

 真っ先に返事したのは、彼の親友である石野谷だった。


「お前それ、どう聞いても犠牲になって死ぬ奴のセリフじゃないかよ! やめろ、お前みたいな頭良いやつがそんな雑に命を張るな!」


『雑になんか張ってないっての。こっちだって考えて言ってるんだよ。僕のロボットなら、「僕たち全員」が逃げるくらいの時間は絶対稼げるってね』


 石野谷は首を横に振ってから、無駄に飛び跳ねて見せる。

「そもそも俺たちはまだいける! 確かに見ての通りボロボロだが、戦えるには戦えるだろ!」


 石野谷に続いて、内梨も必死に訴えた。

「そうです! まだ生きていらっしゃる人たちを回復させれば……!」


『違いますよ内梨さん。こんな状態ってのは負傷のことだけじゃない、僕たちの強さのこともですよ。例えコンディションが万全だとしても、今の槙島と無限に呼び出せる兵士と偉人軍団には勝てませんよ』


 今度は有原が懇願する。

「だとしても、いくらロボットがあると言えども、梶さんだけが殿を務める必要は無いと思いますが……!」


 梶は操縦席の外壁をコンコン叩いて言った。

『僕一人のほうがなおさら都合がいいんですよ、有原さん。コイツを思う存分縦横無尽に動かせますからね……』


「ですが……」

「けど……」


 いくら理由を並べられようとも、逢坂に次いで仲間を失いたくないという思いは決して揺るがない。有原と石野谷たちは何としてでも梶の無謀を止めようとした。


「いいから逃げるんだ、お前ら!」

 それを海野は全力で拒絶した。


「そんな……どうしたんですか、隆景!」


「さてはテメェ、昇太を嫌ってるからってここで槙島に殺させようとして……!」


「そんなひどいことしてたまるか。あんだけ賢いアイツがアレだけ真剣に言ってるんだったら、それに従った方が都合がいいに決まってるだろうが!」


 その海野の言葉を聞いた梶は、

「一見互角に見えても、やっぱ最後の最後は奴に一ミリ先を行かれる……将棋クラブの時からこの差は変わらない、か……」

 と、操縦席の中で誰にも聞こえないようにつぶやいた。


 周りの誰かが「けど……」と言う前に、海野は先手を打って梶へ尋ねる。


「本当に帰ってこれるんだよな。確証があるんだろうな。なぁ、昇太!?」


『……ああ、帰ってくるさ! この一年二組随一の秀才を信じろ!』


「だってよ……ほら、グズグズしないでさっさと決断しろよリーダー共ッ!」


 有原と石野谷、二人のリーダーは共に葛藤した末に、梶へ告げる。


「……わかりました、必ず帰ってきてください、梶さん!」


「昇太、その命、マジのマジで無駄にするんじゃないぞッ!」


 有原と石野谷は、一年二組と、二大騎士団長と王族、連合軍の生き残りをかき集める。

 そして彼らは、梶の健闘を祈りながら、ここから最も近い位置にある要塞――トリゲート城塞へ撤退して行く。


「逃がすかこの卑怯者どもがぁッ! 【凍裁擲槍ミーミル・ジャベリン】!」


 槙島は離れゆく彼らの背へめがけて無数の氷の槍を放った。

 その射線にプロテクト・メサイアが遮り、氷の槍は全て鋼鉄の装甲に当たって砕けた。


「まだだ……! 殺れ、グングニルッ!」


 せめて誰か一人は殺す。槙島は執念深く、グングニルをプロテクト・メサイアに届かないような軌道で飛ばす。


 その狙いは連合軍から大きく離れて逃げていた、軍の中でもとりわけ体力のない者――松永へ向いた。


 その松永の危機に、真っ先に飯尾が気づく。

「まずいぞ祐! 槙島の槍が松永へ……」


「ああっ、しまった……!」


 しかし全軍にそれが知れ渡った時には既に遅く、グングニルは疲労困憊の松永の背中に突き刺さる……


「ぬおおおお! 【アドラ裂空脚】うううッ!」


 ……寸前、稲田が火事場の馬鹿力で彼女へ駆けつけ、グングニルを飛び蹴りで弾き返した。


「おお、まさか俺が【金竜昇進】を使うよりも早く……よくやった輝明!」


「稲田さん、マジでナイス!」


 などなど、遠くで大関や三好が感謝しているのを無視して、稲田はキョトンとする松永と目を合わせる。


「おいお前、何か言うことないのか?」

 稲田は彼女に礼を求めた。


 しかし彼女は稲田から目を反らして、沈黙を貫いた。


 すると稲田は相変わらずの朴念仁っぷりに苛立ちながら、松永を強引に持ち上げて担いで、

「ビビるほど軽いな……おら! さっさと行くぞ!」

 そのまま本体へ戻っていった。


 槙島は、氷の馬に騎乗したまま、それを見て舌を打つ。

「この悪運の良い奴らめ……グングニル、引き続き奴らを追撃し……」

 

『よそ見するなぁ!』

 その時、梶は槙島をプロテクト・メサイアで横から殴る。


 鋼鉄の拳は氷の馬を飴細工のように容易く砕いた。だが肝心の本体は既のところで反対方向へ転がり避けた。


 プロテクト・メサイアとの距離を確保した槙島は、虚空にグングニルを突き立て暗黒のゲートを開く。

「【兵霊詔令ミズガルズ・サモン】!」


 そして暗黒のゲートから四百もの暗黒兵が現れ、一気呵成にプロテクト・メサイアへ襲いかかる。


 だがプロテクト・メサイアの鋼鉄の装甲にそれらの攻撃は通じない。暗黒兵は鉄拳の雨という反撃を食らい、いとも簡単にまとめて潰される。


「【英霊顕現ヴァルハラ・アドヴェント】!」

 暗黒兵で駄目ならば。と、槙島は黄金のゲートから、四体の【英霊エインヘリャル】――土方歳三、ナポレオン、ベオウルフ、アキレウス――を呼び出す。


 彼らは暗黒兵と比べれば遥かに優れた立ち回りをした。だが、これでもせいぜいプロテクト・メサイアの装甲に浅い傷をつけることしか出来ない。

 そして、不死性により何度でも回復するアキレウスを除く、三体の【英霊】はプロテクト・メサイアの巨大な鉄拳により消滅した。


「使えない奴らだ……」

 槙島は消えていった三体の【英霊】を罵ってから、梶が乗るプロテクト・メサイアを睨みつけ、そこへ罵声を浴びせた。

「この卑怯者がッ! 自分は表に出ずロボットに乗って戦うなんて……」


『お前が言うな。戦いのほとんどは兵士だの偉人だのに任せて、自分は神寵でたまたま得られた強い魔法を放つだけの他力本願野郎が。

 おっと、だからといって僕と同類にするなよお前。僕のこれはきちんとスキルを理解して、自分で研究し、自分で応用して作った、紛れもなく自分の叡智の結晶なんだからな』


「そんな屁理屈言ったところで、貴様が卑怯者なのには変わりないだろうが……お前は俺と同じ卑屈でオタク趣味のある陰キャの癖に、上手く久門や式部や石野谷の下に取り入って、都合よく立ち回りやがって……!」


『そういうのも立派な学校内の生存戦略だと僕は思うけどね。だいたい、俺はただ身を匿われたからって久門さんに取り入ったわけじゃないんだけど。

 というか自分で卑屈でオタク趣味のある陰キャってのを理解してるんだったらよ、せめてそれを踏まえて上手いこと立ち回ればああならずに済んだんじゃあないのか?

 少なくともオタク趣味なんて社会で必ず罰されるべきステータスじゃない。ゴリゴリのアニメファンなイケメンアイドルだっているにはいるんだから』


「だからどうした……!」


『この世の中、誰でも仲良くするとか、いい権力手にするとかが全てじゃあないんだよ。社会に迷惑をかけない範疇で、最低限で自分の居場所を見つけてそこでのびのび暮らせるかどうかが価値があるんだよ。

 けどお前は自分の居場所を確保するよりも、他人の居場所と自分の居場所を比べて「ずるいずるい」とひどく恨んで、その割には特に本質を見直すこともしないで……極端な話、そんな居ても空気が悪くなる人間、いじめられても当然だと僕は思うけどね!』


 梶は槙島の本質を酷くも的確に解いてみせた。 

 刹那、槙島は血が滴るほど強く両手を握りしめ、鬼の形相と化していた。


「俺を、俺を……罵倒するな、愚弄するな、侮辱するなァァァ!」


 槙島は再びグングニルを虚空に突き刺し、黄金のゲートを解放し、


「とっておきをくれてやる……【英霊顕現】ッッ!」


 全員揃って高貴な鎧姿をした、強靭な肉体と神秘的な覇気を持つ男三人――【英霊】ペルセウス、ヘラクレス、オリオンを召喚する。


『ほう、アキレウスと合わせて半神で揃えてきたか』


「直に殺される身分のくせに達観ぶるんじゃないッ!」


 槙島は暗黒兵と共に四人の半神を梶へ出撃させる。

 梶は引き続きプロテクト・メサイアを操縦し、槙島の軍勢を蹴散らす。


 相変わらず暗黒兵は鎧袖一触に潰せる。しかし【英霊】四体は、今回は半神ということもあって、練度が凄まじく、プロテクト・メサイアの重く大きく散漫な動きでは有効打を与えることはできない。


 そうしている内に槙島は狙いを定め終え、

「やれ……!」

 グングニルをプロテクト・メサイアの胸部の中央に突き立てる。


 やはり装甲の頑丈さが段違い故に、その刺さりは浅く、貫通までには至らなかった。


 だが、これで目印は付いた。四人の半神は槙島の意思に合わせ、寸分の狂いなく同じタイミングでその地点へ衝撃を打ち込む。


 それにより、プロテクト・メサイアの中央部が激しくひび割れ、崩れ始める。


「なんの、【リムノス・リペ……」


「そこだ、【双狼猛弾ゲリフレキ・クラッシュ】!」


 槙島は両脇に二体の氷の狼を生成し、プロテクト・メサイアの損壊部分に叩き込む。

 着弾と同時に二体の狼は爆散し、修復の間に合わなかったプロテクト・メサイアはバラバラになって崩壊した。


『ベタなロボットみたいにやられたらボーンと火柱あげて爆発してくれると思ったか? 残念。僕はそういう大仰な演出はしない性分なんでな……そもそも僕は負けちゃいない!』


 刹那、四人の半神は思い切り殴打され、不死性をも上回るダメージにより消滅した。


 槙島は消えゆく半神たちの光の粒子の隙間から、三メートルほどの鋼鉄の戦士――梶の真の愛機【プロメテウス・メサイア】を刮目する。


「余計なあがきはやめてさっさと消えちまえ……!」


『断る。僕はなんとしても帰るし、お前のような半可通にこの命は決して簡単には殺せはしない……陽星のために、絶対にね』


 小学一年生だった頃の十二月のある日、梶は帰宅中、脇見運転されていたトラックにはねられた。


 助かるかどうかは十に一つ。梶の両親は集中治療室の近くで息子の生存を絶望視していた。


 その時、

「がんばれしょうたー! しぬなしょうたー!」

 友達の事故を聞きつけ、全速力で自転車をこいでやってきた石野谷が、集中治療室の扉に向かって梶を応援した。


 あんな小さい子でも希望を持っているのに。と、梶の両親は自分たちの不甲斐なさを恥じて、流石に病院内で叫ぶのは良くないことを伝えた上で、彼らは石野谷と共に梶が助かることを強く祈った。

 

 この三人の祈りが届いたのか梶は無事一命を取り留めた。


 それから梶は、石野谷と会ってまずこう尋ねた。


「おまえ、いもうとのむかえはどうしたんだ?」


 すると石野谷はにっこり笑って応えた。

「わすれた!」


 それから石野谷と梶の絆は、鋼鉄のようにより強く、太陽のようにより熱くなったのだった。


 ……という昔話を脳裏に浮かべてから、

『なんならいっそ、僕一人でお前をぶっ倒して改心させてやろうかなぁッ!』

 梶はプロメテウス・メサイアを駆り、目にも止まらぬ速さで槙島の腹部に拳を叩き込んだ。


 槙島はみぞおちから伝わる、まるでそこを貫かれたような激痛に絶叫しながら、百数メートルも突き飛ばされる。


 しかし槙島は遠く離れた地で、執念をバネにし素早く立ち上がる。

「そんなことさせるものかぁぁッ!」

 そして槙島は内に宿る怨嗟の炎を滾らせて、さらなる暗黒兵と英霊を呼び出し、グングニルと共に梶へ突撃する。



 日没間際の夕暮れ時。


 梶が槙島を引き付けてくれたことにより、ミクセス・ファムニカ連合軍の生存者は何事もなく鳥ゲート城塞に到着した。


 するとすぐに石野谷一味の四人は城壁へ昇り、青色の狼煙――久門らと【堕落のジェナフォ】を倒す時に使っていた余りのもの――を焚いた。


 四人に続いて、六人の仲間と一緒に城壁に上がってきた有原は聞く。


「この狼煙はやっぱり、『無事に辿りついた』って意味でしょうか」


「ああ、そうだぜ祐。時間なくて打ち合わせできなかったからしっかり意味は決まってないけど、青色だから『無事だ』って風に解釈してくれよ、昇太……」


 そう石野谷がつぶやいたその時だった。

 まるで狼煙の返事かのように、南東から、特大の爆炎が立ち上った。


「すごい爆発……はっ、ままさか……!?」

「そんな、馬鹿な! そんなことがありえるなんて……!」

 この爆炎を見て、桐本と大関……だけでなく、ここにいる全員が、すぐに梶と槙島の戦いの結末を察した。


 稲田はそれを信じきれず、海野を揺さぶってこう尋ねる。

「おい海野! 槙島って火属性のスキルって使えてなかったか!?」


 海野は至極悲しそうな目をしながら、首を横に振って、

「【ルルイエの掌握】で見れた限りだと、アイツは氷属性の魔法しか持ち合わせていない……」


「いやでも! アイツの偉人が火属性使える可能性もなくないだろ!? ほら、あのコロンブス(※ナポレオンのことを言っている)だって火の砲弾を使ってたし……」


 周りの面々も、その線を信じたかった。だが、未だに立ち上る炎の規模は、どう見ても槙島の【英霊】にも起こせそうにない――まさしく【神寵】覚醒者由来の炎であった。


 そして、現実を疑い尽くしたものの、それを認めざるを得なくなった石野谷は、崩れ落ちるように両膝を付いて、南東へ向かって、


「昇太ぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 慟哭半分、呼びかけ半分で、魂の底から叫んだ。


 けれども梶からの返事は、決して返ってくることはなかった。


 石野谷は両手も床に付き、大粒の涙を何十とそこに落とした後、それをごまかすように床を何度も殴りつけた。


「やっぱり俺のせいだ……俺が何も考えず、俺個人としての意志も持たず、久門さんの過ちを止められず、槙島のこともどうとも思わなかったから……久門さんも、式部さんも、塚地さんも、五十嵐さんも、雄斗夜も……昇太も……死ななくていい奴が次々と……!」


 それから石野谷は腰の矢筒から矢を一本取り出し、自分の首元に……


「やめろ陽星!」

「やめてくれ陽星!」


 その前に桐本と大関は石野谷を背後から掴み、身動きを封じる。


 放せ放せ。と、泣き叫ぶ石野谷の片頬に、稲田は一発ビンタを食らわす。


「そんなつまんない死に方したって久門さんも雄斗夜も昇太も喜ばねえぞ! 度肝を抜くくらい馬鹿な俺でさえしないことをするなテメェ!」


「けど、けど……!?」


 さらに有原はもう片方の頬に平手を食らわす。


 稲田はそれにキョトンとして、

「お前もそういう時代齟齬なことすんのかよ、有原」


 ええ。と、有原は稲田に答えてから、石野谷の方へ向き直して言った。

「……陽星、気持ちはわかるよ、自分のせいで仲間を失う罪の重さが耐え難いのもよくわかる。けど、今いる仲間のことだけは、決して忘れないでくれないかな!」


「そうだぜ石野谷! 俺たちがいるってのも忘れるな!」

「だぞ、石野谷!」

 さらに、エストルークとエスティナはやってきて、二人して石野谷にビンタを食らわす。


「図々しくったっていい、まだまだ生きててくれよ石野谷! 俺たちファムニカの英雄がこれ以上欠けてもらっちゃあこっちも困るんだよ!」


「そうだ! 兄貴の言う通りだ、石野谷! オレたちと桐本様のためにも生きてろよ……!」


 さらに桐本と大関もこぞって石野谷に、気持ち弱めにビンタをかます。

「俺だって困るんだよ。一人でも辛いのに、友達三人がたった一日で死んじゃったらさ」

「頼む、陽星。俺たちを置いてけぼりにしないでくれ……」


 エストルーク、エスティナ、桐本、大関。続けざまに説得されてもなお、石野谷はうなだれていた。

「……けど、やっぱり俺は、大勢の人たちを傷つけた原因……ゴハァッ!?」


 ごめん。と、言いつつ有原は石野谷の腹から拳を離した後、彼へ微笑みを見せながら言った。

「大丈夫、それに気づけたのなら、後はそれを改善さえすればすぐ終わる話。だから、今の貴方は立派なんだよ、陽星」


「た、すく……」

 微かな声で有原の名前を呼んだ後、石野谷は周りにこう呼びかけた。 

「おい誰か、矢筒を一回預かってくれ」


「お、おう!」


 稲田に矢筒を預かって貰った後、石野谷は桐本と大関から解放してもらう。刹那、

「……すまん、みんな!」

 石野谷は、自分の存在の大切さにすら気づけないくらいの馬鹿さについて、床にヒビとヘコみが生まれるほど勢いよく土下座して詫びた。


「俺絶対、アイツらの分も背負ってお前たちと戦い抜いてやる! そして槙島に今度こそ誠心誠意謝って、アイツと一緒に完璧に改心する! それで、それで……いいんだよな!?」


「「「「「「ああ、それでいいんだよ!」」」」」」


 有原、王族兄妹、それと桐本と大関と稲田が答えた瞬間、石野谷は頭を上げて、六人を束ねるように大きく抱きついた。


「いやお前とこれはごめんだ!」

 エスティナは紙一重で回避したが。


「本当にすまん……俺こっからマジで頑張るから……なぁ、こっからもよろしくな……!」


「うん、これからも仲間でいよう、陽星!」


「ああ、絶対アイツにも邪神にも負けるなよ、石野谷!」


 有原の仲間たちと、残る石野谷一味と、この世界の住民たちは一丸となって、石野谷を激励した。


 その間、海野は程々に周りと合わせて拍手を送ったりしながら、南東で未だ煌めき続ける爆炎と、絶えず昇り続ける黒煙を見つめていた。


「あの梶ですら敗れる、か……今後は二倍奮闘しないといけなくなっちまったじゃないかよ、アイツめ」


 邪神に加えて現れたもう一つの宿敵、槙島。

 先程体験したその脅威を記憶に刻みつつ、海野はさらなる激闘に思いを馳せるのだった。


【完】

今回の話末解説はございません。

なお、第三章は次のアイツ主役の一話で終了です。

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