第72話 尋常ならざる贖罪
絶対零度の氷バリアを前にして、石野谷との合体奥義を止められ驚き、硬直する有原。
氷バリアを挟んで二人を眺める槙島は、これを好機と捉え、自分の傍で浮いているグングニルを操り、彼へ切り払いにかかる。
「【湍津ノ疾槍】ッ!」
有原は足裏から突風を噴出し、後方へと素早く移動する。グングニルを避け、速やかに石野谷の傍に戻った。
「槙島さん、あれから相当成長しているみたいだ……」
「っぽいな。しかもただ【神寵】を得て強くなったんじゃなくて、ある程度は修行もしてる感じがする」
と、槙島の成長具合について話し合う有原と石野谷。
槙島は氷バリアをあえて解除してから、その二人へ語。る
「そんな簡単で都合のいい理由にするんじゃない……貴様は報復を与えられるべきだからだ。この力はこの世の悪を罰するために、持って当然の力だ。久門、真壁、石野谷、それから……!」
槙島は有原を睨みつけて、
「有原、貴様もだ。貴様は学級委員という立場にいながら、あれだけ散々と『助ける』と言いながら、俺が久門たちにいじめられてた時から、トリゲート城塞から逃げてたときまで、まるで助けてくれなかったじゃないか」
トリゲート城塞の件については、有原の力不足という部分も大いにある。
しかし、久門たちにいじめられていた件については、木曽先生が受けた圧力によってできなかったという事情がある。
「それは、本当にごめんなさい、槙島さん……」
しかし有原は反論を口にしなかった。
槙島を責めるようなことはしなかった。
なにせ有原は、このように危害を加えられようとも、槙島をクラスメートと思っている。
「ですが、今なら、真壁さんと久門さんはもういませんし、今ならきっと僕はあなたにひどい目に合わないように出来ます。だから、ここはまず僕を信じて……一度僕たちのところへ戻ってきてください!」
だから有原は、必死に槙島へ訴えかけた。
槙島はここで多少の躊躇いを見せた。
「反省するのが遅いんだよ、もう何もかも……!」
しかし、槙島はそれを断固拒否した。
「お前ら二人には、俺の呼べる英雄の中でも特に優れた『コイツ』を寄越してやる……【英霊顕現】」
グングニルを虚空に突きたて黄金のゲートを開き、そこから剣と盾と鎧を装備した無骨な武人――【英霊】アキレウスを呼び出す。
アキレウスは召喚されるや否、主の憎悪に応え、俊足をもって有原と石野谷に接近する。
「は、速えぇっ!? 【金竜昇進】使ったときの晴幸とどっこいどっこいだぞ!?」
「だったら……ここは一旦飛ぼう、陽星! 【須勢理ノ翔矛】!」
「おう、その手があったな! 【イカロス・ライジング】!」
二人はお互いのスキルを発動し、空を飛びアキレウスの一太刀を避ける。
アキレウスは足元から木の槍を次々と育成し、矢継早にそれを石野谷に投擲する。
一方の槙島は、
「【双烏舞刃】」
二体の氷のカラスを作り出し、グングニルと共に有原へ飛ばす。
「【ミダス・ラピッド】ッ!」
石野谷は黄金の炎を両手に纏わせ、次々と投げつけられる槍を燃やして防ぐ。
「【田霧ノ威盾】ッ!」
有原は周囲に竜巻を作り出し、二体のカラスとグングニルを飲み込む。
しかしグングニルは竜巻をもろともせず有原一直線へ突き進み、二体のカラスも巧みに風に乗り、不規則な軌道を取りつつ有原へ迫る。
これで有原は槙島の技と【田霧ノ威盾】の相性の悪さを悟った。
だから彼はシンプルに剣をふるい、グングニルと弾き、カラスを砕く。そしてすかさず、
「陽星! 槙島さんは【魔術師】として空中にいる敵も難なく攻撃できる! だから空中に居続けるのも危険だきっと!」
「そうかもな! じゃあさっさと降りるついでに……だな!?」
「うん、そうだ!」
有原と石野谷は多くは語らないものの意思を合わせ、共に地上へ落ちる。
それと同時に、
「【ピュートーン・ブレイカー】!」
「【五十猛ノ斬刀】ッ!」
二人はアキレウスへ、重力を味方につけた攻撃を繰り出し、それに重傷を負わせ槙島の方へ退かせた。
しかしアキレウスはものの数秒で全快し、再度二人に襲いかかる。
有原は石野谷より数歩前に出て、アキレウスの一太刀を受け止めて、
「この人、どうやら不死身のようだ……!」
「なるほど、だったらアイツがとっておき扱いするのもうなづけるか……」
「感心する暇があるのなら、早く報いを受けろ……! 【凍裁擲槍】!」
槙島は自分の周囲にグングニルを模した無数の槍を生成し、一斉に有原たちへ射出した。
「安心しろ有原、俺がついてる! 【ミダス・ラピット】!」
有原の後ろにいる石野谷は黄金の炎の矢を連射し、氷の槍を次々と落とす。
だが、氷の槍の数は、石野谷が撃ち落とせるだろう数を倍越えていた。
しかし、
「助太刀するぞ有原殿! 【ライトニング・ソード】!」
石野谷が落としきれなかった槍の三分の一は、二人の元に駆けつけたハルベルトが、
「待たせたな石野谷! 【裂空脚】!」
もう三分の一は、同じく二人の元に駆けつけたエストルークが打ち砕き、
「……【市杵ノ崩槌】ッ!」
残る三分の一は、有原が突風を引き起こし、アキレウスを吹き飛ばすとともに押し返した。
「ハルベルトさん、エストルークさん! ありがとうございます!」
「すまん、みんな! ここは俺が全部落とすべきところだったのに!」
「こちらこそすまない。自軍を纏めるのに時間がかかり、助太刀が遅れてしまってな……」
「いいんだよ二人とも! こんな時はお互い様ってとこだろ!」
四人は一通り言葉を交わした後、槙島へ向き直し、彼の動向を警戒する。
「……どうしてだ、どうして俺は除け者になるんだ」
と、槙島は両拳を強く握りしめて、四人を睨みつけて言った。
対して有原は優しく言う。
「槙島さん、僕たちは今でもあなたの帰りを待っています。ですから、まずこの戦いをやめましょう……」
しかし槙島は変わらずそれを突き放す。
「嘘をつくな。待っているんだったらさっさと横の社会のゴミ(石野谷)を殺せ。そして貴様もこれまで俺を無視した罪を償うために首を斬れ」
「槙島殿、尋常ならぬ恨みを抱えているな……」
「にしては自分勝手な雰囲気が凄……!?」
有原はエストルークへ、それだけは黙ってくれ。と、言わんばかりの威圧的な目をして訴える。
エストルークがそれに気圧され、
「すまん……」
と、小声で謝ってくれた後、有原は再度槙島の目を合わせて、これまでとかわらず優しく諭すように言う。
「槙島さん、本当にそれでいいんですか? この復讐よりも、もっとみんなが傷つかずに済む方法があるかもしれない……」
「うるさいッ! そう『どっちもどっち』だの『お互い様』だの『人間の和』だの、都合のいい理由を取り繕って問題をなかったことにするな。それの濁され尽くした道理がある限り、俺の復讐は金輪際終わらない!」
槙島はグングニルを虚空に突き刺し、暗黒のゲートを開き、
「【兵霊詔令】」
さらなる暗黒兵を呼び出し、アキレウスを陣頭にし、有原たちに差し向ける。
「槙島さん……どうすれば、僕たちはどうすれば、槙島さんを救えるんだ……」
「ごめん祐。やっぱり俺たちが悪いんだ。アイツを復讐鬼に変えちまったのは紛れもなく、俺たちだ……」
槙島の怨嗟を止めるための希望が見えず、迫りくる暗黒兵団を前に、二人は絶望しつつあった。
そんな二人へ、ハルベルトとエストルークはこう告げる。
「有原殿、石野谷殿、お二方の気持ちは私も痛いほどわかる。だが、せめてこの一瞬は、我々のためにも心を無にしてくれないだろうか……」
「そうだぜ有原、石野谷。まだ諦めるな、あともうひと踏ん張りして、奴にギャフンと言わせれば、きっと解決の糸口はあるはずだ!」
このハルベルトとエストルークの言葉で、二人は思い出す――まだ、諦めるわけにはいけないと。
「そうだ、僕たちは、まだ僕たちを信じてくれる仲間がいるんだ。だから、このまま安易に槙島さんのことを悔やんで去るなんて、ワガママにも程がある……!」
「マジで考えるのは後だ。今は、周りで真剣に戦っているみんなのためにも、先に逝っちまった雄斗夜のためにも……この戦いを無駄にしちゃあいけない!」
そして絶望から立ち上がった二人は、側にいるハルベルトとエストルークと、周りにいるクラスメートと、両国の兵のために、暗黒兵へ再び立ち向かう。
槙島に手を差し伸べる。その一心で彼らは暗黒兵を倒していった。
だが、暗黒兵は槙島により無尽蔵に召喚され、怨敵を主から永遠に遠ざける。
既に召喚されたアキレウスは、四人の力を結集させてもなお敗れず、何度でも全快し彼らを阻む。
さらに四人以外の方へ焦点を移せば、既に呼ばれた【英霊】三体――土方歳三、ナポレオン、ベオウルフ――の強さは尋常ではなく、界訪者が束を成してもなお追随を許さない。
槙島の復讐心より湧き出た力は、単なる正義感では勝てない次元にたどり着いていた。
それを噛み締めながら、ミクセス・ファムニカ連合軍は全体として苦戦した。
だが槙島はそれで満足しない。するはずがない。なんせ彼の最大の目的は、有原と石野谷、それからそれに与する者たちの『絶滅』なのだから。
「……もういい」
槙島は待ちくたびれた。
故に、彼は黄金のゲートを作り、四体の【英霊】を光の粒子に変えて収納した。
そして虚空に刺さっていたグングニルを引き抜き、魂を注ぐように強く握りしめ、
「これで一瞬で贖罪させる……【界樹理啓】!」
天高くへ放ち、ミクセス・ファムニカ連合軍の中央を示すような位置で、刃を下に向け固定する。
刹那、連合軍の上空に、大樹の枝葉の如くおびただしい数の氷槍が現れる。
【完】
今回の話末解説はございません




