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第70話 救済との離反

 ミクセス王国軍とファムニカ王国軍の野営地兼宴会場から南東に五百メートル。

 

 そこに、かつてトリゲート城塞奪還戦の撤退の時に死んだと思われていた少年、槙島まきしま英傑ひでとしは、確かに立っていた。


「……撃て、ヘイヘ」


 槙島は淡々と、傍で狙撃銃を構える白いギリースーツを着た男――シモ・ヘイヘに命じ、男はそれに引き金を引くことで応じた。


 その射線は、先に狙撃されて倒れた逢坂の側で、ひどく狼狽えている石野谷の頭部へ伸びている。


「させない!」


 有原はその凶弾を巧みに一刀で斬り裂き、石野谷の身を守る。


 この時、宴会場のあちこちに散っていた三好や桐本ら、界訪者たちが有原と石野谷の元に集結した。


 そして一同は遠くにいる槙島の姿を確認して、有原や石野谷たちと同じように驚愕する。


「え! あれって槙島さんじゃない!?」


「はい、そのようです……」

 

 有原は、自分と同じく槙島の死を間近で目撃した三好に応えた後、

「槙島さん、槙島さんですよね!? 生きてていたんですね……!?」

 と、槙島に尋ねた。


 しかし槙島はそれに応えず、逆に有原へ問いかけた。

「何故そこをどいてくれないんですか、有原さん……?」


「だってそれは貴方の近くにいる人が、陽星を撃とうとしているから……!」


 槙島は、有原からの言葉を無に返すかのように、食い気味に、激しく心の底から訴える。

「何故石野谷を庇おうとするんだ、有原さん! 何故石野谷を俺に殺させてくれないんだ、有原さん!」


 直後、槙島は虚空から、刃にルーン文字の如き文様が刻まれた槍――【グングニル】を錬成する。

「【神器錬成:グングニル】!」


 グングニルは主の怨嗟に応え、その刃を石野谷に突き立てようと、彼の元へ飛んでいく。


「【五十猛ノ(イソタケル・)斬刀スラッシュ】!」


 有原はそれに風を帯びた渾身の一振りを与え、グングニルのパワーに一瞬、自分が押されそうになりつつも、槙島の元へ弾き返した。


 槍と剣の激突音で石野谷は、逢坂の死で見えなくなっていた現実に引き戻され、立ち上がり、有原たちと同じく槙島の方を見た。


 槙島は弾き返した槍を自分の傍で浮かせて、シモ・ヘイヘと共に慎重に歩き、徐々に有原たちとの距離を詰めながら、

「だから何で邪魔するんですか、有原さん!? 俺はただ、正しいことを成そうとしているだけですのに……!」


「ごめんなさい、僕にはこれが正しいとは思えません。僕の友達の陽星……同じクラスメートの石野谷さんを殺すことのどこが正しいのですか?」


「うがああぁぁぁぁあああッ!」

 槙島は目をかっ開き、獣のような慟哭を一度した後、有原へ言い放つ。

「金輪際正しいに決まってる……復讐して何が悪いんだ!」


 そして、彼の傍らで浮いていたグングニルは、主の怨嗟を汲み取ったかのように突撃する。今度の狙いもやはり石野谷だった。


 自分への殺意を宿して迫り来るグングニルを見て、石野谷はあることを思い出す。


「槍……まさか……!? どけ、祐! お前ばっかにやらせちゃ悪い!」

 石野谷はまたグングニルを弾こうとした有原の前に出て、


「【ダフネ・バースト】!」

 拳に炎を纏わせ、グングニルの柄をアッパーカットで叩き、グングニルを宙へ打ち上げて防いだ。


 石野谷は恐る恐る槙島に尋ねる。

「槙島、さてはお前が、久門さんたちを殺したのか……!?」


 槙島は冷酷に即答する。

「そうだ。けど、貴様が殺したといかにも悪そうに言うんじゃない」


「……何で、何で、何でそんなことをしたんだよ!?」


 槙島は顔に手を当て、まず思いっきり呆れ果てた。

 そして顔に当てた手を離し、憎悪に満ちた双眸を石野谷へ向けて、

「やはり本当の悪人ってのは、自分が悪いと思わないんだな……こんなの幼稚園児でもわかるだろ、俺を人とも思わず、貶して嘲って殴って蹴って騙して虐めた悪人どもに復讐したんだよ俺はぁぁぁッ!」


「復讐……」


 この槙島の言葉を受け、石野谷は何も言えなくなった。

 あれだけ尊敬していた人物を殺した張本人がここにいるという衝撃のためではない。

 彼の憎悪へ反論する理由が――自分のいじめを正当化する理由が、まるで思いつかないからだ。


 その間、槙島は呪詛めいてブツブツと語る。

「久門は最後の最後まで俺を愚弄した。

 お前ら六人の居場所をさっさと教えれば楽に死ねたというのに、余計なことを企んで俺に一矢報いようとしやがって。

 おかげで俺の願望は数日遠のいた。たかがお前たち社会のゴミを見つけ出すために。

 だが、今日で、今日で全て終わらせる……お前たち五人を殺せば、全ては終わる」


 そして槙島は傍に立つシモ・ヘイヘに命ずる。

「さっきのは奴と逢坂と有原さんが妙な動きをしていたから標準がズレても仕方ないと言えるが、次は必ず仕留めろ……」


 シモ・ヘイヘは無言で頷き、狙撃銃を構え、すぐに石野谷へ銃弾を放つ。


 対する石野谷は、呆然として槙島を見つめていた。彼による裁きを受け入れるように。


 しかしその銃弾による裁きは、またしても有原によって断たれた。


「……何度言えばいいんですか、有原さん。なんで俺の復讐を邪魔するんですか!? そいつらが俺に何をしたかわかってるんですか!」


「わかってますよ。けど、槙島さん……あなたのそれは認められません!」


 何故だ。と、槙島にこの行動の意味を問われた後、有原は後ろで呆然とする石野谷に、

「心配しないで」

 と、優しく声をかけてから、有原は問いに答える。


「石野谷さんたちだって、仲間ですから」


「仲間だから、で済ませて良いんですか。そいつらから俺がどれだけの苦痛を与えられたか、わかってますよね……有原学級委員!」


「わかってますよ……けど僕は、今は信じられなくて当然だと思いますが、みんなは決して根っこまで悪い人間ではないということだってわかってます! きちんと自分がしたことに向き合って、過ちを超えることが出来る立派な人だってわかっているんです!」


「祐、お前……」


「確かに、貴方が受けた苦しみ悲しみはわかります。うんと見ています。

 けど、だからといってそれをただ殺してやり返すだけでは済ましてはいけないと思うんです。

 きちんとお互い納得がいくように、石野谷さんたちに悔い改めてもらう方が、お互いに傷つかず、禍根を残さずに解決できると思いませんか!」


 有原の説得はまだ槙島の言葉には響かなかった。


 むしろ槙島は、逆に有原を説得するようにこう尋ねた。

「何故、何故貴方はそこまで石野谷どもに加担するんです! 対象的に、どうして俺にちっとも応えてくれないんですか!?」


 有原は迷いなく答える。

「僕はみんなを助けたいからです。もちろん、その『みんな』にはあなたも入っています。だから僕は、あなたが戻れなくなってしまう前に、あなたを『過ち』から助けたいんです。今石野谷さんを守っているのは、貴方を助けるためでもあるんです」


 それから有原は空いた左手で槙島を手招きしつつ、彼へ懇願する。

「だから、今ならまだ間に合います。戻ってきてください、槙島さん」

 

 すると槙島は、一瞬、至極空虚な顔を有原たちに見せた後、

「そうか、有原さん……貴様も、そっち側だったんだな……!」

 有原へ見限った意思を伝えるように、鬼の形相と化してこう叫んだ。


 刹那、主の天を衝くほどの義憤を以心伝心したかのように、シモ・ヘイヘが有原に狙いを定めて速射する。


「とうとう言っちまいやがったな、槙島……【旋刈脚】ッ!」

 もはや有原ばかりに任せてはいけないのは周知の事実。飯尾は有原の前に出て、回し蹴りで弾丸を砕く。


「それ以上好き勝手させるか場違いの軍人が……【イソグサの円環】!」

 飯尾に合わせて、海野は音速に等しい速さで水の丸鋸をシモ・ヘイヘに射出し、その身体を光の塵に変えた。

 

 続けざまに海野は槙島の実力を測るべく、水の球を打ち出す。

「【アクア・スフィア】!」


 槙島はその射線を断つようにグングニルを回転させて、それを打ち消す。

 そこからグングニルは虚空に突き刺さり、暗黒のゲートを開ける。


「【兵霊詔令ミズガルズ・サモン】」


 そのゲートより、四百人の暗黒のオーラを纏う兵士たちが有原たちへ大挙する。


 その不気味な軍勢を見ながらも梶は落ち着き払ったままつぶやく。

「やっぱ、たった数人ばかりで挑んでくるとは限らないか。でなきゃ塚地さんを攻略できないもんな……」


 そして梶は周囲――宴会の最中に槙島から奇襲を受けたため、統制どころか臨戦態勢すらなっていない自軍を見渡して、

「ひとまず、一旦この辺の人たちの指揮は僕と……」

 海野をじっと見つめる。


「お前に託された感じがなんか嫌だな……はいはい、俺の二人体制で暫定的に指揮を取ります」


「ということだ。ま、この人員でやれる作戦といったら、『前のめりになりすぎず、手当たり次第兵士を蹴散らし、頃合いを見て槙島を捕らえる』くらいしかないだろうけ……」


「うおっしゃあああ! 久門さんの仇いいいいい!」

 と、恒例の大声を放ちながら、事前説明をまるで聞かないまま、稲田は暗黒兵に突撃した。


「前のめりになるなって言ったばっかりだろうが輝明。まぁ、あの復讐に固執した頑固者にはこれくらいの荒療治も必要かもしれないかもだけど……じゃあ、頼んだよみんな!」


「やっぱお前に託された感が癪だが……おう!」


 梶の周辺にいるミクセス・ファムニカ軍の兵たちは、彼の号令に応じ、槙島の暗黒兵団へ突撃する。


 その時、石野谷は無言を貫き通したまま、その場に立ち止まっていた。

 贖罪できる力がある。そう有原に励まされたものの、未だにこの戦いの火種を産んだ一人であるという罪悪感は枷であり続けており、彼は今それで『自分は槙島と戦うべきなのか』と迷っていた。


 そうしている最中、石野谷は背中を蹴られて、ヨロヨロと数歩押し歩かされた。


 その蹴りを入れた張本人は、彼の親友の一人、エストルークだった。


「王子、何ですか急に!?」


「話はうっすらと聞こえてたぜ……そっちこそ急に何してんだよ? お前と初めてあった日の、魔物の群れを倒しに行った時の勢いの良さはどこいったんだよ?」


「だって、それとこれとは事情が違うから……」


「そうかい。だとしても、友達のために戦うべきだってことは一緒だろ?」


 仲間。その二文字をファムニカ王国の友達から聞いた途端、石野谷は胸の内で罪悪感と罪悪感を照らし合わせて、そして両手で自分の両頬をバシンと叩いて、


「だな……とにかく今は大事な友達と戦うしかない。謝るのも裁かれんのもそっからだ!」


「その意気だ! やっぱ石野谷陽星はそうでなくちゃ困る!」


 数秒遅れて、エスティナも石野谷の側にやって来て、エストルークを急かした。

「早くいこうよ兄貴! さもないと桐本様が危ない!」


「おう、わかってるよエスティナ……危ないのは桐本だけじゃないと思うけどな……」


「じゃあ王子、姫! 俺たちも早く行きましょう! 俺だって、今日できた友達全員、たった一日で失うわけにはいかないからなぁッ!」


 そして石野谷は王族兄妹とともに、今日新たに出来た友達の背を追って、槙島との戦いへ向かっていく。


【完】

話末解説


■詳細説明

【攻撃スキル発動中の副次効果】


 攻撃スキルのうち、発動中、当たり負けしないように少量防御力が上がるものが多々ある。

 特にジョブ【格闘家】のそれは恩恵を受けやすく、徒手空拳で刃物や矢弾に対処することが可能。

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