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第7話 任命式と残虐

「ハルベルトめ、何だこのみすぼらしい催しは。こんなところに陛下を招くとは、つくづくどうかしているぞ」

 と、国王の右横にいる、額から左下へ走る創傷が目立つむさ苦しい男――ゲルカッツ・フィデスは宴会場の謙虚さを非難し、


「その通りでございます。もっとも、これは神々への不敬者とその一派にとっては、贅沢すぎるとも思いますが」

 と、国王の左横にいる、騎士というよりも聖職者のような格好をした、清廉な風貌の男――レイル・プレケスは、自分の信心と界訪者への皮肉を同時にこなした。


「……」

 肝心のミクセス王は何も言わず、歳の割には早い歩みで、宴会場に備えられた舞台に向かう。そしてその中央にある椅子にゆっくりと腰掛ける。


 ハルベルト、クローツオ、フラジュら騎士団長は、既にそこにいるゲルカッツ、レイルと同様に、


「これハルベルト、クローツオ、吾輩が陛下の真左隣でありますぞ」


「「はっ、失礼しました」」


 王の左隣にずらりと並び立つ。


 会場が落ち着いたところで、ミクセス王は口を開く。

「【界訪者】諸君、先日の邪神の軍勢との防衛戦、実に見事であった。

 特に邪神獣の一体をついに屠ったという報を受けた時、私は涙せずにはいられなかった。篠宮殿、ここにおられるか?」


 ミクセス王に名指しで呼ばれたことで、篠宮は幾秒ほど目を点にした後、

「はい! ここにいます!」

 大慌てで返事した。


 王は立ち上がり、篠宮へ頭を下げる。

「臣下、兵士、国民、全てを代表して、私は貴方へ最大級の感謝をお送りする。本当にありがとう」


「ど、どういたしまして……!」

 もちろん篠宮も礼をし、敬意と感謝を示した。


 この時、有原たち四人、彼を囲む三好のグループ、それから真壁たちクラスメートも、篠宮へ万雷の拍手を送った。


 拍手がが落ち着いた時、王は次の言葉を紡ぐ。

「それから……有原殿」


 有原はさっきの篠宮以上にキョトンとする。

「え、僕ですか?」


「そうだ、有原殿。貴方だ……先の篠宮殿が邪神獣を倒すまでの間、自らの知恵と武勇、それから篠宮ら仲間とともに力を合わせて戦ったと聞いている。

 邪神獣を直接倒すことはできなかったが、この勇気ある行動は、決して無視することはできない。今後の邪神討伐戦の希望を予感させる、素晴らしい功績だった」


 そして王は高らかに宣言する。

「よって私は、この時、ハルベルトの騎士団に『副団長』の役職を新設することを宣言し、その初代に、知勇に優れた勇者、有原祐を推薦する!」


「!? ……僕が……副団長……」


 この時を待っていた、と、言わんばかりにハルベルトは口角を上げて、

「そうだ。貴方は我が軍の内の、【界訪者】のまとめ役になり、より一層邪神討伐に協力してもらいたい。どうだ、私と陛下の願いを聞き届けてくれるか?」


 邪神を倒すために、クラスみんなをまとめ上げる責務はとても重い。けれども、有原は、

(『みんなを助ける人になってくれ』――そう父さんと『約束』したんだ。だから僕は、みんなをまとめて導ける学級委員にもなった。だったらもう……)

 今の自分に至った軌跡を追想し、そしてこう返事した。


「はい、是非ともお願いします!」


 自分の願いを受け入れてくれた有原へ、ハルベルトは感謝を礼で示し、

「承知した、有原殿……とのことです、陛下」


「ああ、どうかご武運を、有原副団長」

 ミクセス王も、同じようにした。


 そして再び宴会場は万雷の拍手で満たされる。

 

 その中で有原は踵を返し、即座に友達の様子を伺った。


「ははっ、やったな祐! 流石は俺の友達だぜ!」

「お、おめでとうございます! 祐さん!」

「おめでとう、祐くん。僕も君の名前を汚さないように頑張るよ」

「昨日からの縁でしかないかもだけど……おめでとさん、副団長」


 言うまでもなく、自分自身の栄光の道を喜んでいた。

 これを受け、有原はじんわりと嬉し涙を滲ませて、


「ありがとう、護、美来、勝利、海……」


 しかし、その涙はすぐ引っ込んでしまった。

 無意識に見てしまったのだ。機械めいた感情のない拍手をする、とても心から祝っているとは思えない真壁たちの姿を。


「ん? どうしたんだよ有原さん。俺の名前も呼んでくれよ」


 有原はそれを見なかったことにして、


「あ、ごめんごめん、ありがとう、海野くん」


「んー、どうせなら前三人と同じく下の名前で呼んでほしかったって希望はあったんだけどね。あ、ごめん、贅沢言って」


「それも本当ごめん。やっぱ昨日から親しくなったばかりだったから、急にそれも……って思っちゃって」


 そう有原が謝った後、飯尾は海野の肩に手をポンとおいて、

「そうだぞ海野。自分でも『昨日からの縁』って言ってるんだから、謙虚になれよ」


 海野は少し横に動いて飯尾の手から離れて、

「冗談だっての。なんでお前に謙虚になれって言われなきゃいけないんだよ。一番礼節ないお前がよ」


「最低限はあるっての。少なくともさっき追い出された五十嵐と塚地と、今ここに来てない久門ら三人よりはマシだって……」


 そう飯尾が言った途端、宴会場の出入口から、まず何者かの叫び声、次にガシャンと金属が壁に叩きつけられた音、そして、ぶっきらぼうに開かれた扉の音がなり、続いて、


「わりぃ、待たせちまった!」

 晴天と焦土めいた青と黒の二色のメッシュが不規則に入った、陽光を彷彿させる金髪を伸ばす、背負った大剣と大差ない図体を誇る少年――久門の叫びが轟く。


 突然の久門の到着に、一年二組も、ミクセス王と騎士団長らは、何だ何だと騒ぎ始める。


「なんちゅうタイミングで来てるんだアイツ。噂をすれば影とやらって奴かこれ」


「あ、あれ、久門さんっていつの間に髪を染めたんでしょうか?」


 その内梨の疑問に、篠宮は『同類』として、一つの仮説を言う。

「染めたんじゃない。多分あれは……」


 しかし、それは後方からのゲルカッツの怒号にかき消される。

「こら貴様! 陛下の御前であるぞ! 敬意を払え敬意を!」


 久門は舞台上にミクセス王がいることをやや遅れて確認する。そして彼はニヤリとして、


「ああそうだな。おい王様。俺はちょうどアンタに見せたい物があるんだ」

 

 後ろへ振り向き、

「おい、式部、石野谷! 例のブツ持って来い!」


「えーっ、マジでかよ!? 王様いるってのに!?」

「正気スか久門さん!?」


「アホンダラ! 俺は二十四時間三六六日正気だ! はよ持って来いお前ら!」


「「は、はーい!」」


 式部と石野谷は、荷車を押して宴会場に入ってくる。


「な、な……何だそれは!?」

「ああ、神々よ……これは何たる仕打ちであろうか」

「き、貴様ら、なんという物を持ち込んでるでありますか!?」


「そりゃ見りゃわかる通りのモンだよ、な」

 と、久門は言いながら、荷車に乗せられたものに寄りかかる。

 ――自分の背丈よりも一回り大きい、焼き斬られたグロテスクな熊の首に。


 宴会場、それも副団長の任命があった格式のあるこの場において、あまりにも残虐な異物を持ち込まれ、界訪者の面々は騒然とし、


「うっ……」


「あーっ! 陛下のご様子が危ういであります! ゲルカッツ、レイル! 陛下を安全な場所へ避難させましょう!」


「言われなくてもわかっておるわフラジュ!」


「ああ、どうか邪神の呪いが陛下を蝕まんことを……」


 気分を害したミクセス王を中心に、大陸の面々も大混乱に陥っていた。


「ハルベルト、クローツオ! 貴様らはここに残って異人どもの躾をせい! ああそれと、この件で陛下に大事があった際は、その首は胴から離れると思え!」


「はっ、フラジュ様」

「はい、重々承知しております」


 そしてフラジュは、ゲルカッツとレイルにミクセス王の身体を支えさせつつ、王と共に宴会場を去った。


 フラジュに面倒事を押し付けられたハルベルトとクローツオ。彼らは他三人の騎士団長とは真逆に、熊の首を見ても一切動転しないでいた。

 むしろ、あの首を興味深く思っていた。


「あの毛並みと、首の大きさから想定される巨大さ、さては……邪神獣だな。そうだろう、クローツオ様」


「はい、あれは【略奪のリヴリ】、数々の王国を磨り潰した恐るべき邪神獣です。それがまさか、首だけになって会えるとは驚きですよ」


「そうだな。だが、私はそれよりもむしろ、彼に驚いている……」


 そう言ってハルベルトが指さしたのは、騒動の渦中のど真ん中で横柄にもドッと笑い続ける久門。


「あの歪な髪色、強靭な肉体、形容しがたい覇気、そして邪神獣を倒した力、あれはまさしく【神寵】に覚醒した者だ」


「へー、この形態って【シンチョー】って言うんだな、おっさん」


「「!?」」


 久門はハルベルトへ指差し返すのをやめて、彼へ問いかける。


「で、どうよ。この首を見た気分はよ? 嬉しいか、喜ばしいか、それともハッピーか?」


「……よくぞ邪神獣を倒してくれた。そこだけは評価する」


「そうか、そこだけか……ハハハハハ! 弱えくせに素直じゃねぇなあ、テメェ! ハハハハハ!」


 久門はしばらくドカ笑いした後、宴会場を見渡して、


「お、いたいた。やっぱテメェだけには挨拶しとかねーとな」


 自分と同じ経歴を辿った人物――篠宮へ歩み寄り、彼を見下して、

「よう、どうだ、篠宮? 【シンチョー】とやらの体現と邪神獣の討伐――テメェだけの特権を奪われた気分はよ?」


 対する篠宮は一切顔色を変えず、

「……別になんともありませんよ。僕は特別扱いされたくてこうしたわけじゃない、みんなの役に立ちたくてこうなったわけですから」


「あっそ。それはさぞ優等生だこと。ま、とりま同じランクに来たってことでよ。これからお互い頑張ろうぜって感じで」

 と、言いながら、久門は篠宮へ、開いた手を差し出した。


 篠宮は久門の性格からして、どうも引っかかると思いながらも、礼儀として自分も右手を出す。


 その時、久門の手は、脇から振られた平手により、無理くり下げられた。


「ちっ、何すんだよ……真壁!?」


 真壁は軽く火傷を負った右手を、都築が持ってきた冷水で冷やしながら、


「久門さん。貴方の罪状は羅列するにはあまりにも数が多すぎる。だからそこのところも『好き勝手』自分で懺悔したらどうだ?」


 久門はさっき篠宮にしてみせたように、真壁を見下し睨みつけて、

「はぁ!? まだそんな一つ上の次元にいるみてーなこと言うのかテメェ!? 俺が今いったいどうなってるのか承知でそんなことほざけるのか、ああ!?」


 しかし真壁もまるで臆さない。それどころか、

「国々が束となっても勝てなかった災厄に単騎で打ち勝つ力――【神寵】に目覚めたのだろう? それは承知だ。その上で、私は貴方の乱暴狼藉をねじ伏せるつもりだ」

 と、彼からの圧力をはねのけて、言ってみせた。


 その時、久門の周りには真壁の仲間たちが、いつでも手が出せる状態で立っていた。


「……チッ、つくづく冗談の通じない連中だ」


 久門は両手をピンと天井へ向けて伸ばし、一切戦わない意思を示して、真壁の包囲網から脱出する。


「帰るぞ、式部、石野谷、あとその他大勢」


「はぁい、将郷さん!」

「うっス、久門さん!」


 そして久門は手を挙げたまま、式部と石野谷、それから前々から宴会に参加していた彼の取り巻きを連れて、宴会場からいなくなった。


 ……と、思いきや、一分も立たないうちに、肩にガッツリ掛かるくらいのロングヘアーを、右側頭部のところだけ結んだ独特な髪型をした少年――『石野谷いしのや 陽星ようせい』が扉から顔を覗かせる。


「あ、すんません、ハルベルトのおっさん。この熊の首はオレたちが回収したほうがいいスかね?」


「これはそのままでいい。後々我々が適切に片付ける」


「あい、あざーっス」

 と、石野谷は雑に挨拶して、今度こそ撤退した。


 続いて、ハルベルトは真壁に尋ねられる。

「ハルベルト氏。この会場の後片付けは、我々も手伝う必要があるか?」


「それも大丈夫だ、真壁殿。この後始末は我々に全てやらせてほしい」


「そうか。では邪魔にならないよう、ここは失礼する」


 真壁も自分の仲間を連れて退出する。

 それに倣うように、三好のグループなども次々と宴会場を後にした。

 そして、有原たち五人も同様に、

 

「じゃあ、僕たちも帰ろうか。ね、祐く……ん?」

 そう篠宮が呼びかけた時、有原は一つのテーブルに突っ伏していた。


「せっかく副団長になれたのに、結局、結局……」


 有原は罪悪感に苛まれていた。


 横暴でありながらも、実力は手の届かないところにある久門。


 冷徹でありつつも、確信を以て物事を持論で突き動かしてしまう真壁。


 さっきの槙島の件といい、久門の暴走といい、学級委員かつ副団長――みんなをまとめ上げる立場でありながら、一年二組の舵を他人に取られっぱなしのこの現状に、有原は自身の非力さを至極恨んでいた。


「た、祐さん……そんなに落ち込まなくてもいいと思いますよ」


「そんなクヨクヨすんなって、祐。いずれアンタも偉くなれるって。あの王様は決して、アンタをお飾りにしたくて副団長に任命したんじゃない。これから活躍するって信じて任命したんだ。それが良い証拠だぜ」


「そうだよ。祐くん。今は仕方ない時期なんだよ。まだあの二人は祐くんの良いところがわかりきってないから、あんな風になってるんだ。これから、もっと活躍して認めてもらおうよ」


「そっそ。お前もなんかしらの【神寵】に目覚めたりとかすれば、きっと副団長らしくなるって」


「うう……ありがとう、そしてごめんな……こんな情けないところ見せちゃって……美来さん、護、勝利、海野さん」


「やっぱ下の名前で呼んでくれないのかよ……」


「わがまま言うな海野」


 この五人の友情劇を間近で見たハルベルトとクローツオは、有原たちに多大なる拍手を送った。

 当然ながら、さっきの任命式とは比べ物にならないくらい、こじんまりとしていた。


 けれども、その気持ちの重さにおいてはさっきよりも、遥かに遥かに上だった。


「貴方なら邪神を討伐できると信じているぞ、有原副団長!」


「僕も信じています。勇気と優しさと才能ある貴方なら、絶対に誰にも負けないと!」


 有原は顔を上げ、右手で思い切り涙を払い取って、

「はい……! ありがとうございます、ハルベルトさん、クローツオさん、そしてもちろん、みんな!」

 と、感謝の言葉を乱雑とした宴会場に響かせた。


 この日より、有原はハルベルトの騎士団の副団長として、邪神討伐へと才を捧げることとなった。


【完】

■登場人物


【ゲルカッツ・フィデス】

 レベル:43

 ジョブ:【狙撃手】


 大陸の住民。ミクセス五大騎士団長の一人。

 国王への忠誠心が飛び抜けて高い。

 国王の座を揺るがし得ないとして、有原たち界訪者を嫌っている。


【レイル・レケス】

 レベル:34

 ジョブ:【祈祷師】

 

 大陸の住民。ミクセス五大騎士団長の一人。

 熱心な神々の信徒。

 異教の神を崇めているとして、有原たち界訪者を嫌っている。


久門くもん 将郷まささと

 レベル:30

 ジョブ:【勇者】

 神寵:???

 スキル:???


 一年二組の実質的支配者の一人。市内屈指の不良。

 自分に楯突くもの、権力者、弱者など、嫌いな者への嫌がらせを平気で行う悪党。

 その巨体と怪力を有効活用した大剣による戦闘と、爆発的破壊力を誇る火魔法で戦場をかき乱す。


■魔物

【略奪のリヴリ】

 レベル:35

 主な攻撃:巨体を生かした体当たり、吸い込み・吐き出し


 熊型の邪神獣。興味を持ったものをなんでも破壊し強奪してしまう貪欲な魔物。

 強靭な毛皮による耐久力で相手を疲労させ、驚異的な肺活量で攻撃する。

 しかし、神寵に覚醒し、まさしく鬼に金棒となった久門により倒された。

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