第67話 下劣な真犯人
ミクセス王国軍とファムニカ王国軍が向かい合い、両国の界訪者――有原チームと石野谷一味が対峙する戦場。
そのど真ん中で『戦いは終わりだ』と石野谷が叫んだ。
するとすかさずファムニカ王国の王子、エストルークは彼へ怒鳴った。
「冗談言うな石野谷! お前、エスティナが何されたのか忘れたっていうのか!? ミクセス王国の連中に仕返ししなくていいのかよ!」
「覚えてる。けど、仕返ししなくていいんだよ!」
石野谷は一拍置いて、傍に居る有原を一瞥してから、
「だって、やっぱりこいつらは悪くないんだからよ!」
と、エストルークに真剣に訴えた。
あれだけファムニカ王国の危機を救ってきた石野谷が、あれだけ真剣になっている。
この事実から、エストルークは、
(まさか、さっきの戦いで何かに気づいてくれたのか……!?)
と、期待感を覚えた。
その確信を得るため、エストルークは尋ねる。
「どうしてそう言い切れるんだ、石野谷!」
「それはだな、俺と有原は同じ漫画が好きだからだ!」
この石野谷が真剣に答えた後、ミクセス側もファムニカ側も、全員ポカーンとした。
石野谷は薄っすらと不安を感じ、辺りをキョロキョロ見渡す。
「ど、どうした? 俺おかしいこと言ったか?」
有原は多少言葉を選びながら言う。
「そうとは言い切れないですけど、ただ、もっと他に良い理由を言ったほうが……」
これを遮って、稲田は石野谷に詰め寄りながら怒鳴る。
「何で戦いやめんだよ陽星! このままアイツらぶっ潰させろよおお!」
石野谷は稲田をそっと手で押す。
「しなくていいっつーの! おい晴幸! 輝明を止めてくれ!」
一方の有原はポカーンとする味方に、
「みんなも! これからはひとまず戦わないようにしてくださいね!」
「「「「は、はい……」」」」
「……」
そして、自軍と共にポカーンとしていたエストルークは我に返り、自軍へ命ずる。
「もういい! お前ら! 今から石野谷へどうしてこんなアホな真似したのか問い詰めに行くぞ!」
直後、ルチザは彼を諫める。
「お待ち下さい殿下! 石野谷様方の勝負が明らかに終わりそうになるまで、そちらへ手を出すような真似はするなと言われていまし……」
「だったら今は終わりそうになっちまってるからいいよなッ! おら、すべこべ言わず全員来い!」
「うい、兄貴!」
ルチザの諫言も虚しく、エストルークはエスティナたちファムニカ王国軍を連れて、遠くで戦っていた石野谷一味の元へ行く。
「ハルベルト、我らも進んだほうがよろしいか?」
「そうでしょうゲルカッツ殿。私も石野谷殿と有原殿の真意が知りたい」
これに合わせてハルベルトとゲルカッツらミクセス王国軍も有原チームへと近づく。
エストルークは石野谷と有原に迫るや否や、前者をきつく問い詰めた。
「おい石野谷! 自分で始めといた試合をわけわからん理由で降りるな!」
さらに同じく詰め寄ってきたエスティナは、包帯で押さえられた右目を指さして、
「そうだぞ石野谷! オレの目もかかってるんだぞ!」
「はい、すいません、ですけど……俺的に、有原は絶対真犯人じゃないと思うんですよ。優しいし、俺と同じ……」
絶対信用して貰えないことは承知の上で、有原は石野谷のフォローをする。
「そうですよエストルーク王子、エスティナ姫。僕たちは貴方がたと争うつもりはなく、手を取り合って邪神討伐をしたい一心……」
しかし、とにかく怒りの収まらないエストルークは二人のリーダーへ怒鳴る。
「うるさぁい! いいからさっさと、石野谷は勝て、テメェは負けろ!」
その時、四人が言い争う中、ずっとエスティナの怪我の具合を見ていた内梨は、恐る恐る声をかける。
「あ、あの、お姫様、私でしたらその傷を治せるかもしれないの……」
「うるさーい! ミクセス王国からの回復なんて信用できるか! オレはお前らボコボコにして真犯人見つけるまで、このままでもいいんだぞ!」
「でしたら、もうそろそろ治させて貰いますよ」
と、内梨に続いて来た海野は言う。
「何だよ急に、この腹黒そうな眼鏡野郎がよ!?」
「もうそろそろオレの目を治すって、どういうことだ!?」
つくづく王族らしからぬ血の気の多さだな。と、言わんばかりに顔をしかめてから、海野は王子と姫へ答える。
「その真犯人と思しき奴が見つかったかもしれないんですよ」
「「し、真犯人が見つかっただと!?」」
この王族二人の驚きから連鎖し、両軍の者たちも一気に騒然とする。
ある人物については驚くだけでなく、焦ってもいた。
(そ、そんな……なぜ!? バレたのです!?)
この戦争を引き起こした原因、エスティナ姫襲撃事件の真犯人、フラジュである。
彼はファムニカ王国の兵士に扮し、二国の争いを眺めていた。
そして今、彼は自軍の中で一人、自分の悪事が明るみになることを恐れ、ガタガタと震えていた。
隣にいる占い師、ルヴィタは、怪しまれないように彼を落ち着かせようとする。
「大丈夫ですよ、フラジュ様。あの海野という方はかの事件の詳細を知りません。あれは犯人を焦らせてあぶり出すためのハッタリですよ」
「そ、そうでありますか……では何としても落ち着かねばなりませんな……」
この一瞬さえ乗り切れば、疑いの矛先はミクセス王国へ向いたままになる。そしてエストルークが再び怒りに駆られて、ファムニカ王国はミクセス王国と争い始める。
それを切望して、フラジュは深呼吸をし、落ち着きを取り戻す。
その直後、海野はフラジュの方へ向かって言った。
「おい、お前」
「ひぃぃぃ!? な、何のようですかぁ!?」
「ファムニカ王国の中にいるとことか、色々聞きたいことはあるけど……フラジュ、隣にいる人は誰だ?」
「え、あ、この人は……吾輩の知り合いの……」
「ルヴィタと申します。占い師をしております」
「へー、占い師のルヴィタさんねー……」
フラジュとルヴィタは海野に見つめられ、嫌な汗を滝のように流す。
そして海野はフッと鼻で笑って告げる。
「【能力示板】には、【下劣のゲルビタ】って書いてあるけど」
下劣のゲルビタ――それを聞いた途端、一同はますます騒然とした。
何故ならその名前は……
「【下劣のゲルビタ】……この名前ってまさか!」
「そのまさかだぜ有原。それは俺たちが、ファムニカ王国で戦った邪神獣の名前だ!」
腰を抜かしたフラジュ含む、彼女の周りにいた者たちが続々と逃げていく中、ルヴィタは訴える。
「き、急に何のことを仰っているのでしょうか!? 私は邪神獣などではなく、ただの占い師の……」
しかし海野はそれに耳を貸さず、
「俺はスキル【ルルイエの掌握】で、半径五十メートル以内の人や魔物の能力示板を無許可で閲覧できる(距離とか力量差とかでそう上手く行かない時あるけど)。
ゲルビタ、お前はラッキーだな。このスキルの範囲に入りさえすればあっさりとバレたってのに、なかなかその機会が巡ってこなくてよ……」
「ま、待ってください! 仮に私が邪神獣だったとしても、まだ犯人であると……!」
「邪神獣が人の姿をして、二国の潰し合いを見物してる時点でシロな訳あるか! さぁ、白状しろゲルビタ! ま、どっちみちお前を倒すことには変わり無いけどな」
こうして素性をバラされたルヴィタは、二国の者たち双方に懐疑の眼差しを向けられる中、
「バレてしまっては仕方ありませんねぇぇぇ!」
ルヴィタは周囲一体に黒紫色の煙を放つ。その中から黒紫色の羽を持つ巨大なカラスが飛び上がる。
こいつこそがフラジュをそそのかし、エスティナを襲わせた、この事件の全ての黒幕――邪神獣【下劣のゲルビタ】である。
「そこの姫さえ来なければ、妾はあの火山の中で、何事もなく平穏に暮らせたというのに!
そこの六人組さえ来なければ、何も知らずに火山の警備をしていた【絶望のシシリュエオス】が敗れることはなかったのに!
そして貴様らが妾の策略通りに、私の復讐は果たせたというのに……! 許さん、許さん、許さぁぁぁん!」
ゲルビダは一同への憎悪を叫び放った後、自分の分身を千体生み出す。
「あんないっぺんにたくさんの分身を……」と、ゲルビタに初めて相対した有原は驚いた。
「相当怒ってんなアイツ……」と、ゲルビタに会うのは二度目の石野谷は呆れた。
そして有原と石野谷は一度お互いの顔を見合って、無言でうなづき、
「ですけど、これで二国を助けられるのなら……」
「だとしても、俺たちは……」
「「奴を倒すだけだ!」」
真っ先にゲルビタの分身たちへ戦いを挑む。
同じ頃、晴れて真犯人が見つかったため、エスティナは内梨から目の回復を受けていた。
「ど、どうですか、お姫様。な、治りましたか?」
「ああ、見える見える! むしろ怪我するより前よりよく見えるかも! ありがとよ、内梨!」
「よっし、エスティナの怪我も治ったことだし、じゃあ俺たちも石野谷に続くぞ!」
「ボクたちも! 有原さんに続くぞー!」
そして二国の兵たちはさっきまでの対立を水に流し、二人に続いて団結して、一気呵成にゲルビタの分身へ立ち向かった。
ゲルビタの数はあまりにも多かった。
「【アドラ裂空脚】!」
「【トゥアハ・グローリー】!」
「【金竜強襲】」
「【ガルーダ・ストライク】!」
「【活津日の昇】!」
しかしこちらには神寵覚醒者が十一人もいる。彼らはその数を物ともせず、分身を連続撃破していく。
「みんな、あの大きさと数に怯えないでくださいね。アイツの分身は冷静に連携して戦えば、そんな強くないですから」
その中で、梶は一般兵たちへ細かな指示を送り、的確にゲルビタの分身を倒させる。
「【スコール・ガトリング】」
彼の近くで水魔法を放っていた海野は、その様子を見て一言。
「今度はあのスーパーロボットに乗らないのか」
「当たり前だろ、今は仲間のサポートが最優先なんだから。かく言うお前も最優先すべきことがあるだろ、隆景」
「はいはい。わかってるよ、昇太」
海野は近づいてきた分身を魔法で撃退しつつ、【ルルイエの掌握】を利用……
「いや、これ使わなくてもわかるわ」
……せず、ゲルビタの本体を一瞥して、引き続き味方の後援の水魔法を撃ち続けた。
「死ね、死ね、死ねーっ!」
ゲルビタはもはや分身を単なる数合わせとしか試用していなかった。
本体はこれまでに募った憎悪に駆られ、がむしゃらに空中を飛び回り、ひたすら周囲に宝石を作り出し、弾丸として連射していた。
「オラオラオラオラーッ!」
同じく空を飛べる逢坂は、ゲルビタの真下を飛び、火や氷や雷を宝石の数と同数放ち、宝石の弾丸を相殺する。
「おい、無敵の大軍師の海野さんよォーッ! 早くこいつを倒すためのあっと驚く『策』を考えてくれよォ―ッ!」
海野はゲルビタと逢坂を見上げて、
「傘役ご苦労、逢坂さん。けどね、生憎だが策を考える必要はない」
「……何故だ?」
「理由は二つ。こんな卑怯な真似をしないと満足に戦えない奴なんかに俺の策を使うのはもったいないから。ってのと、もう一つは……」
この時、有原はゲルビタを見据え、地面を全身全霊の力で踏みしめ、その足裏から突風を放ち、竜巻を纏い、それめがけ突撃する。
その背後では石野谷が弓矢を携え、普段と比べて遥かに真剣な眼差しでゲルビタを捉え、弓に七本の矢をまとめて掛ける。
「あの二人がもうじき奴を仕留めるからだ」
「なるほど。そりゃあ心強いこと」
「ぐぬぬ、妾はこんな下賤な輩に負けるわけがない! この妾という崇高な存在こそが勝つのよぉぉぉ!」
ゲルビタは宝石の弾丸数百発を有原めがけ乱射し、彼を足止めしようとする。
だが、彼を包む竜巻がそれを吸い込み、数秒置いて外へと散らす。
その一部はゲルビタの羽に命中し、動きが鈍りだす。
飛び道具が駄目ならば。と、ゲルビタは手段を変えた。百体の分身を作り出し、一斉に有原へと突撃させた。
流石の有原でも百体の分身を同時に対処するのは不可能だろう。というのがゲルビタの腹積もりだった。
そしてゲルビタはそれに慢心するあまり、有原の背後に現れた七本の風の剣と、さらに後ろで石野谷が七本の矢を引き絞っていたのに気付かなかった。
「行くぞ、有原!」
石野谷が同時に放った七本の矢は、炎を纏いながら宙を切り、やがて一本ずつ有原の風の剣に命中し、烈火を灯す。
烈火を帯びた七本の風の剣は、有原の周囲を舞い、迫るゲルビタの分身をことごとく斬り払う。
「そ、そんな……妾の分身が、こんな簡単に……」
今のゲルビタには、自分の無力さを嘆く暇も権利もなかった。
二国の禍根を断つ――その義憤に燃える有原が、もう目前まで迫っていた。
「ひぃぃぃぃ! く、来るなぁぁぁ!」
ゲルビタは最後の意地で、有原と自分の間に分厚い宝石の盾を作り出す。
対する有原は自分が纏っている風を全て、両手で握った剣に集中させ、
「さぁ行けぇぇぇ、祐!」
「ああ、任せて陽星!」
石野谷が合わせた両手から放った火炎を、瓢風を帯びる剣で巻き込み纏わせて、
「食らえ邪神獣! これが僕と陽星と」
「お前に騙されたファムニカとミクセスの怒りだ!」
「「合体奥義、【光明神ノ虚剣】!!」」
宝石の盾を物ともせず、ゲルビタをあっさりと一閃する。
「そんな……妾は平穏に暮らしたかっただけなのにぃーッ!」
そしてゲルニカは最後まで傲慢なまま断末魔を放った直後、ゲルニカは空で爆散し、
「「へっ!! きたねぇ花火だ!!」」
と、二人が声を揃えて言った直後、ゲルニカの邪結晶がドシンと地上に落下する。
この瞬間、両国の者たちは過去の因縁を忘れて、他国関係なく入り混じり、肩を組んで歓喜した。
【完】
詳細説明
■魔物
【下劣のゲルビタ】
レベル:30
主な攻撃:人への変身、分身、宝石生成
カラス型の邪神獣。メス。
宝石の弾丸など、攻撃手段はあるにはあるが、それでも邪神獣の中では最も非力。しかし人語も話せるなど、賢さは高い。
狡猾で傲慢といういかにも下劣な性格で、頭脳を用いて自分は前に出ず、卑怯な策をめぐらすことを好む。




