第64話 覚醒
バラバラになり崩れたプロテクト・メサイアへ向けて、海野は警戒しつつも、そこにいる彼へ問いかける。
「まだ生きてるのか、梶……?」
『ああ、生きてるとも……そして!』
と、梶が言い放った直後、崩壊するプロテクト・メサイアのパーツが周囲へ弾け飛ぶ。
そしてミクセス王国軍とファムニカ王国軍の視界に、新たな鋼鉄の戦士――全高約三メートルのロボットが現れる。
『この僕の真の実力の結晶、【プロメテウス・メサイア】と共に、引き続き戦うつもりだ!」
瓦礫の山に立つ、アメコミヒーローのようなマッシブな体型をした、近代的に洗練されたデザインのロボット――プロメテウス・メサイアを見て、三好は言う。
「見た目はかっこよくなったっぽいけど、すっごいサイズが縮んでる……」
だな。と、飯尾は三好を肯定してから、
「さっきのロボットの良さが半減してるアレで戦い続けるつもりか? イタチの最後っ屁みたいなあれで……」
『そうかい……そう思うんだったら確かめてみな!』
プロメテウス・メサイアを操る梶は、足場の鋼鉄の瓦礫が凹むほど強く踏み込み、僅か数秒で飯尾との間合いを詰める。
「なっ、速……ッ!?」
まるで新幹線のような速度に圧倒されつつも、飯尾は格闘家としての脊髄反射で両腕を構えて防御姿勢を取る。
しかしプロメテウス・メサイアは飯尾のガードを自前のパワーのみでたやすくこじ開け、彼のみぞおちを思い切り殴る。
「ごは……ぁぁぁぁぁッ!?」
そして飯尾は、新幹線にはねられたような衝撃とダメージを一瞬味わった後、数百メートル離れたチームバトルを観戦しているミクセス王国軍のいる場所へ殴り飛ばされた。
「ぶ、無事か飯尾殿!」
ハルベルトがいち早く駆けつけたその時、飯尾は息はかろうじてあるものの、満身創痍の体ではっきりと気絶していた。
一歩遅れて駆けつけたゲルカッツは、この飯尾の姿に絶句した。
「まさか、あの真壁の【絶対至敗】を何度も受けても立っていられた飯尾殿が、たった一撃でこうなるとは……」
「少し待っててくれ! 回復部隊を召集する!」
飯尾の介抱は勿論、彼をすみやかに戦線復帰させるため、ハルベルトは軍にいる【祈祷師】たちを速やかに呼び寄せようとした。
最中、遠くから海野は叫ぶ。
「ハルベルトさん! 飯尾はそこで安静に寝かせて、絶対にこちらへ来させないようにしてください!」
「例え全快したとしてもか、海野殿!?」
「ええ、もうアイツはこの戦いについていけないですから!」
「了解した!」
と、ハルベルトが応え、海野が正面へ向き合い直した時、
『よそ見、するなぁ!』
プロメテウス・メサイアが凄まじい速さでこちらに接近していた。
最強奥義【ダコンの祝福】を発動した反動で、ひどい頭痛が海野を襲う。しかし彼はそれをかろうじて耐えながら、
「【ウェーブ・ライド】!」
後方へ流れる波を足元に作り出し、梶との距離を取る。
しかし、案の定、プロメテウス・メサイアの速度は波の速さを軽く超えており、その距離はみるみるうちに縮まっていく。
「【神器錬成:勝利の剣】!」
その時、内梨はこれまで温存していた神器――鎧の剣士【勝利の剣】を呼び出した。
「お願いします、海野さんを守ってください!」
(まかせて、美来さん!)
勝利の剣は直ちに海野の前へ現れ、梶の拳を剣で受け止める。
プロメテウス・メサイアの動きは一瞬止まった。だがその刹那、勝利の剣は相手の怪力に負け、あっけなく押しどかされた。
直後、三好と武藤が彼らの元へ駆けつける。
「【ターンダヴァ・フューリー】!」
「うおーっ! 【トゥアハ・グローリー】!」
三好は闇属性を帯びた短剣による連撃を、武藤は光の刃を纏うクラウ・ソラスを、梶の左側面めがけ思い切りぶつける。
さしものプロメテウス・メサイアでも側面を猛烈に突かれても平然といられなかった。梶は二人の力に負け、右に突き飛ばされた。
海野の側にやってきた武藤は、彼のほうを向いて、
「大丈夫!? 海野さん!?」
海野は両手両膝を地面に突いて、心配してくれた武藤に目を合わせられないまま答える。
「全然。仕留めそこなった反動がつらい……」
内梨と松永も海野の元に集まる。
やはり彼女たちも海野の無事を心配しての言葉を掛けるが、海野は雑に相槌を打った。
単に『反動』が辛さ過ぎるあまり、それ以外の応対をなおざりにしなければならない。というだけではない。
三好と武藤にあれだけの攻撃を受けてもなお、プロメテウス・メサイアには傷一つ付いていない。
その無情な現実に絶望していたからだ。
「俺はてっきり、プロメテウス・メサイアは前機の装甲の分厚さを捨てて、スピードとパワーに特化させた機体だと思っていた……けど、よくよく考えればそんな安っぽい強化するわけないよな、お前がよ!?」
梶はプロメテウス・メサイアを起こし、体勢を整えてから答える。
『ご名答! 改良とは、前回の課題をすべてクリアして初めて改良という……けどそのために前の利点を切り捨てたら元も子もないからね!』
前機、プロテクト・メサイアが戦闘中の間、その内部では梶はまた別のロボットを製造していた。
神寵【ヘファイストス】の能力で極限まで鍛え上げた鋼鉄で全身を覆うことによる、脅威の硬度を誇ったプロテクト・メサイアを数倍も上回る防御力。
サイズダウンにより無駄な重量をカットしつつ、人工筋肉めいた機構を全身に散りばめ、大幅に向上されたパワーとスピード。
強く、硬く、速く――この戦士として根底に必要な三つの利点を同時に獲得する。
その理念により製造されたのが、この【プロメテウス・メサイア】だ。
「何が改良だ! ただステータスのばしただけだろー!」
「武藤さんの言うとおりだ、昇太。そんな格言じみたこと言うくらい酔ってるんじゃな……」
「普通ロボットを強くするってなったら、ジェットパックとかレーザーブレードとかつけろよー!」
「どういう角度の文句だよ武藤さん!?」
武藤の文句に対し、梶はプロメテウス・メサイアの右人指し指を大げさに振る。
『いらないよそんなの。僕は「必要なものが揃えばどうでもいい」と思ってるからね。
だからレールガンとか、パイルバンカーとか、自爆装置とか、フィクションから飛び出したような大仰な装備はいらない。天下無双とか世界最強とかいうふざけた称号にも興味はない。
どんな敵でもぶち破る攻撃力、どんな攻撃でも耐え抜く防御力、どんな敵でも対処しがたい速度――仲間に有益を齎すのに必要な最低限のそれさえあれば、それでいいんだよ!』
そう言い切った後、梶は、プロメテウス・メサイアの右手のひらを海野たちに向ける。
『けど、やはり「抑止力」として、一つくらい度を越した装備が必要かなと思ってね……それをこれに搭載してるんだよ』
梶は、プロメテウス・メサイアの右手に搭載した極小の穴を解放し、
『名付けて、【パンドラ・バーニア】』
そこからプロメテウス・メサイアの駆動により生じた予熱をスチームとして、レーザービームの如く高圧力で発射する。
三好は両手を突き出し、黒紫色のオーラ――闇属性エネルギーを噴出してスチームにぶつける。
「【ルドラ・ブラスト】!」
だが、梶のスチームの威力はそれを上回り、闇属性エネルギーは霧散になる。
海野も頭痛に苦しみながら、スチームめがけ水魔法を放った。
「【アクア・スフィア】……!」
しかし、撃った本人が弱体化していたこともあり、あっけなくかき消された。
「だったらボクが止める! 内梨ちゃん、バフちょうだい!」
「はい! 【ディフェンス・サプライズ】!」
そして、内梨から防御力強化のバフを受け取った武藤は、迫りくるスチームめがけ突撃し、
「くらえっ、【ヴァハ・ガード】!」
クラウ・ソラスの刀身を手前へ突き出し、そこから光のバリアを展開し、スチームを受け止める。
武藤はその威力に気圧されつつも、かろうじて両足を地につけて踏みとどまりながら、
「ど、どうだ……強いだろボク!」
『そういう強がりは防ぎ切ってから言ってくれないかなぁ!?』
その時、バリアはスチームの着弾点からヒビが広がる。そしてバリアは、発源のクラウ・ソラスもろとも粉砕され、
「そんなっ!? ボクのクラウ・ソラスが……うわぁぁ!?」
武藤はスチームを直撃し、大ダメージを受けつつ吹き飛ばされる。
それでもなおスチームは止まず、続いて彼女の後ろにいる四人へ迫る。
「武藤さん……!?」
内梨は後ろで倒れる武藤を心配し、一瞬振り向く。
だがここで、三好と海野の反撃が負け、松永は防御の手立てを持たないことを思い出し、
「ここは私がやるしかない……しょ、勝利さん!」
勝利の剣をスチームへ立ち向かわせた。
『その程度で防がれちゃあ……こちらが困るんだよ!』
そして四人と一騎はスチームに薙ぎ払われ、紙切れのように吹き飛ばされた。
『よし、コソ練の成果が出ているな』
と、壊滅寸前となった海野のチームを見て、梶は誇らしげにつぶやいた。
「く……くそー、ボクの、クラウ・ソラスが……!」
「大丈夫です、武藤さん……神器は、時間を置いて錬成すればまた元通りになりますから……それと、【ライフ・ミラクル】」
内梨は自分の負傷を一切考えず、他の四人に回復魔法を与える。
「ありがとう、内梨ちゃん……さて、アイツどうやって倒せばいいだろ……!?」
海野は武藤の言葉にうなづき、
「マジで、それだ、マジで、わかんないよな……」
と、頭痛に苛まれていることを考慮してもなおいつになく弱々しい声で、海野は言った後、彼は梶の追撃を恐れ、五人の中でいち早く立ち上がった。
しかし、【パンドラ・バーニア】のダメージと魔法の反動はすこぶる重い。海野はすぐに両膝から崩れ落ちた。
「くそっ……もう、駄目かもしれない……」
と、弱音を吐く海野へ、続けてヨロヨロと立ち上がった三好は言う。
「そんなこと言わないでよ、海野さん……! 何か、お得意の策はないの……!?」
海野は心底悔しそうに、首を横に振った。
「もうない……」
「嘘でしょ! さっきのスゴイ技がもう一度使えれば、ワンチャンあるでしょ……!」
「無理の無理だ。それはもう、反動がでかすぎて使えない。それに、さっき、【ダコンの祝福】でプロテクト・メサイアを縦に真っ二つにしたのに、中にいたあれ――プロメテウス・メサイアは無傷で出てきたんだ……だから仮に使えたとしても、もう効かない……」
そして海野は負傷と反動に負けて両手も突いた。
「だからごめん……もう俺は、何もしてやれない……!」
「そんな……!」
『その言葉、敗北宣言として受け取っていいよな、隆景』
絶望の縁に立たされた海野たちの元へ、梶はプロメテウス・メサイアを操り、悠々と歩いて来る。
「ま、まだアタシは負けない!」
迫りくる梶を前に、隣で絶望する海野の隣で、三好はヨロヨロと立ち上がる。
『だったら叩きのめすだけだ』
そんな三好へ向けて、梶は容赦なく蹴りかかる。
三好は咄嗟に一対の短剣を交差し防御する。
プロメテウス・メサイアの足は短剣の刃をあっさりと砕き、三好は蹴り倒された。
「まだだ……まだ、負けない!」
しかし三好はすぐに立ち上がった。
『あのさぁ、こちらも今後の交渉のために、なるべく殺しは控えたいんだよ。だから無茶しないでさっさと降参してくださいよ。それ以上はもうあなた方の自己責任ですよ?』
「しない、絶対にしない!」
梶はプロメテウス・メサイアの右手を、後方で這いつくばる海野に向けて、
『虚勢を張るのはよしなさいよ。見てくださいよアイツの死に体。そちらのブレーンがあんな何ひとつの希望も感じさせない状態だってのに、これ以上あなたたちに勝機があるって言うんですか?』
梶に問いを投げかけられた三好は、凛として梶の眼前で堂々と立ち直し、己の覚悟を即座に返す。
「希望とか勝機だとか関係ない! 海野さんは、何も出来なかったアタシとかを導いてくれたかけがえのない仲間だ! そんな人をかばっていいでしょうが! だってアタシは……もうこれ以上、大事な仲間を、居場所を、踏みにじらせたくないんだから!」
『そうか。だったらやはり叩きのめすしかないな』
そんな彼女へ梶は、無慈悲に、機械的にプロメテウス・メサイアを前進させて蹴りかかる。
「やれるものならやってみてよ! 【ヴェーダ・ジェネレート】!」
三好はそれを交差させた短剣で受け止める。
その短剣は先程折れたものではない。柄から刃に至るまで、全て黒紫色の異様な輝きを放つ異物だった。
『なっ、その短剣は……!?』
「そうだよ、『作った』んだよ!」
と、三好は自信満々に言った。その時、彼女の紫髪の右側が、うっすらと赤みがかっていた。
スキル【ヴェーダ・ジェネレート】――神寵【シヴァ】由来の闇属性エネルギーを素材に、短剣などの構造が簡単な道具に作り上げる。
三好はこのスキルを、この土壇場で神寵【ブラフマー】に覚醒して会得したのである。
(コイツの闇属性エネルギーの強さは異常……それで作った武器となると、例えプロメテウス・メサイアの一撃でも止められるってわけか。けど)
『それがどうした!』
梶はプロメテウス・メサイアの片足をさらに駆動させ、三好を軽く突き飛ばす。そこからプロメテウス・メサイアを一歩踏み込ませ、右拳で彼女へ殴りかかる。
「こうするんだよ! 【ヴェーダ・ジェネレート】!」
三好は両手それぞれに短剣二本を追加で生成し、間髪を入れず投擲する。
その軌道は投げ出した当初は滅茶苦茶だった。
しかし三好の神寵【ヴィシュヌ】由来のスキル、【クリシュナ・ウィル】によりその軌道は梶の方へと制御される。六本の短剣はプロメテウス・メサイアの右拳に真正面からぶつかり、そこにヒビを入れつつ勢いを殺した
『【レムノス・リペア】』
梶はプロメテウス・メサイアの右拳の破損をすぐに修理する。
「だったら直せなくなるくらいまで壊すだけだ! 【ヴェーダ・ジェネレート】! からの、【アヴァターラ・ブリッツ】!」
三好は闇属性で生成した短剣二本を構えてから、両脇に闇属性で構成した自分の分身二人を作り出し、すぐさま一斉に三方向から梶を襲う。
『そんな単純な作戦が僕に通じると思うな!』
梶は両脇から同時に迫り来る分身二人の中心をすばやく拳で穿ち、消滅させる。
正面から来た三好本人の攻撃は、ステップを踏みひらりとかわす。そして三好の背に蹴りを与え、彼女を地に伏せさせる。
そこから梶は三好を踏みつけようと、プロメテウス・メサイアの片足を上げる。
「させないぞー! 梶ー!」
「三好さん、今助けます!」
そこへ光属性を放出して無理くり剣の体裁にした、ほぼ柄しかないクラウ・ソラスを携えた武藤と、勝利の剣が突撃し、プロメテウス・メサイアに思い切りぶつかる。
片足を上げた不安定な体勢であったことが災いして、プロメテウス・メサイアはだいぶ遠くまで転がっていった。
三好はその隙に急ぎ起き上がり、武藤と内梨と勝利の剣と立ち並ぶ。
「せっかく三つも神寵に目覚めたってのに、まだ歯が立たないってどういうことなのアイツ……!」
「だったら、五はどう!? 三好ちゃん!」
「五、ってどういうこと? 武藤ちゃん?」
武藤は三好と内梨に向けて、こう答える。
「五つの【神寵】のパワーを一つにするんだよ! そうすれば今度こそアイツに勝てるかもよ!」
「なるほど! そういうことね、ごめんそんな簡単なことわかんなくて……!」
「ですけど、一つにするって、どうするのでしょうか……?」
『作戦会議の時間を与えるほど僕は甘くないぞ!』
梶は素早くプロメテウス・メサイアを立ち上がらせ、武藤たち四人の元へ一気に駆け出した。
「もう時間がない! 内梨さん! とにかくボクにバフをちょうだい!」
「は、はい、わかりました! 【アタック・サプライズ】!」
武藤は内梨のバフを受け取り、物理攻撃力が増加する。
「あと二人とも! これもちょうだい!」
さらに武藤は勝利の剣と三好から、それぞれ直剣と短剣を半ば強引気味に拝借する。
「ちょいちょい待って、武藤さん何する気!?」
「内梨さんのバフと剣! 三好さんの闇の剣! この二つを使って、ボクが知ってる限りの最強奥義をアイツにぶつけるんだよ!」
「え、あなたも最強奥義があるの? なんか今まで見ててそんな気がしなかったけど……行けるの、武藤さん!?」
「大丈夫だよ! ボクはまだパワーと勇気がありあってるから! それに……」
「それに……?」
武藤は横を向き、三好と目を合わせて、
「ボクだって、級長の仲間を、みんなを守りたいんだからさ!」
三好は武藤から放たれる純真さと、底しれない自信を感じ取る。
「……わかった、けど、どっちかってたらこっちを持ってった方がいいんじゃない?」
そして三好は、武藤にクラウ・ソラスを返した。
先ほど梶に刀身を打ち砕かれたままでなく、破損した刃を闇属性エネルギーで仮に付け加えた状態で。
「ありがと三好さん! やっぱ何だかんだいってもこれじゃないと落ち着かないからね〜! ……じゃあ、時間ないからもう行くね!」
梶と三人の距離が五メートルもないほど詰まっていた時だった。
武藤は二本の剣を翼の如く横に広げるように構えてしゃがみ、両足に力を込めて、全力で相手へ飛び込む。
最中、武藤は右手に握ったクラウ・ソラスの鍔の下部から光属性エネルギーを噴出し、勢いを加増させる。と、同時に自身をドリルのように高速回転させる。
『そんな直線的な攻撃を僕が真っ向から受けると思っていたか!』
梶はプロメテウス・メサイアを横へと跳ばす……寸前、三好と勝利の剣が両脇から襲いかかる。
「流石にわかるよアタシでも。だから、意地でも受けさせてやる!」
「武藤さんの渾身の一撃、無駄にはさせません!」
『だったらどかすまでだ!』
梶はプロメテウス・メサイアで、両脇を水平チョップで薙ぎ、二人を容易く押して、退かす。そして今度こそ武藤の突撃を回避しようとしたその時、
「……【遅鈍の結界】……」
足元に松永の結界が展開され、速度が落ちる。
その効果はプロメテウス・メサイアのスペックからすれば微々たるもの。だが、それが武藤が梶に切っ先をあてがえるか否かの天王山となった。
梶はこの速度減少によって、僅か一秒回避が遅れたた。
この松永が作った一秒の瞬間、双剣を突き出しドリルのように回転しながら、武藤はプロメテウス・メサイアの胸部に激突する。
「これがボクと内梨さんと三好さんの合体奥義! 【虚剣・オブ・ザ・ダナーン】だーッ!」
「技名にアタシと内梨さん要素無ぁっ!?」
二人の武器と武藤の力が一点に集まったことによる効果は凄絶なものだった。
武藤はあれだけ無敵を誇ったプロメテウス・メサイアの装甲を傷つけ、ヒビを広げ、穴を開けようとしていた。
「食らえー! この有原さんリスペクトの奥義をー! そして壊れろ、梶!」
『壊れるのは僕じゃなくてプロメテウス・メサイアだ! いやそもそも、壊させるものか!』
梶はプロメテウス・メサイアを操り、ドリルと化した武藤を押し返すように両手を添えた。
やはりプロメテウス・メサイアの怪力は凄まじく、目に見えて武藤の突撃の威力は衰えていく。
しかしそれでも武藤は一切諦めず、攻撃をやめず、プロメテウス・メサイアを攻撃し続ける。
「ぐおーー! ボクはみんなから色々と託されているんだ、だから負けろ、梶ぃーーっ!」
『だったら僕も仲間がいるんだ……そのために、僕だって、負けられないんだよぉぉぉ!』
一人と機械の力と、三人の思いが合わさった力が激しくぶつかりあった。
その果てに、クラウ・ソラスが今度こそ全壊し、武藤の回転が止まった。
半壊したプロメテウス・メサイアの中で、梶は胸をなでおろして言った。
『やった……やっと止まった、ぞ……』
「そんな、これだけやっても届かないなんて……ぐわっ!」
梶はプロメテウス・メサイアの組んだ両手で武藤を地面に叩き落とす。
『【レムノス・リペア】』
そして梶は、プロメテウス・メサイアをじわじわ修理しつつ、その中で笑った。
『勝ったぞ、追い詰められながらの最低限の勝ちだが、勝ちに変わりはない……ヒヒヒヒ!』
「そうだな、『四人』に勝ててよかったな、昇太」
と、海野は、左手に持ったシュークリームを食べつつ、全身から魔力のオーラを漏らしつつ、梶へ言った。
『え……た、た、隆景!?』
梶はひどく狼狽えた。
さっき、海野は【ダコンの祝福】の反動で見ていられないくらい弱っていた。決して演技でもなかった。
だから梶は、平然としてなおかつ、二発目の奥義を使おうとする海野の姿にひどく狼狽えた。
『な、何で回復してるんだ隆景!? まだそれほどの時間は経っていないだろうに!?』
「俺だって改良してんだよ。こうしてな」
と、海野は食べかけのシュークリームを梶へ向けて、言った。
海野は以前、真壁配下の酒井と戦った際、あえて彼の攻撃を食らって【酩酊】状態となり、それで反動を誤魔化したことがあった。
海野はそれを自発的に再現して、反動を緩和しようと色々研究していた。しかし、やはり未成年が飲酒に値するような行為をするのはご法度であり、思うように進まなかった。
その時、海野はあの時、酒井を煽る目的で三好が持ってきたモンブランを食べていたことを思い出した。それに海野は一か八かをかけた。
「そしたらな、それなりの糖分を摂取することでも反動を抑えらえるとわかってなぁ……三好さんにそのケーキを売ってた店を教えてもらって、そこに砂糖マシマシのこれを作って貰ったんだよ!」
三好はその海野のカミングアウトに目をパチクリさせて、
「え!? あれって単にケーキ食べたかったからじゃなかったの!? てか、なんでそれあることアタシたちに教えてくれなかったの!?」
「これも前の通り……『敵を騙すにはまた味方から』って言葉があるからだぁぁぁ!」
海野は左手で持ったシュークリームを片手で天へ掲げ……
「おっと間違えた」
海野は右手で持った魔導書を天に掲げ、頭上に一切の淀みしかない水の球を創り出す。
「ありがとよ武藤さん、このチャージ時間を作ってくれて、奴のロボットを半壊させてくれて……」
「ど、どうも……!」
武藤はうつ伏せに倒れたままグッドサインを上げる。そして勝利の剣によって運ばれ、梶の側から避難する。
海野は水の球の生成の仕上げをしつつ、梶へ語る。
(この破損具合ではあれから逃れることもできない。直すことも間に合わない。だったら……)
プロメテウス・メサイアはその場に仁王立ちし、両手のひらを海野へ向ける。
『隆景……一度は追い詰められながらもこうしてめくり返していくなんて……余裕のない戦い方しやがって』
「俺はただ、一回一回の勝ち全てにこだわってないだけだ。あの小学生の時の一回の敗北で学んだよ俺は。
それに、余裕のない戦い方をしているのはお前もだろ、昇太」
『はぁ、僕が余裕のない戦い方だと!? 今は半壊してて説得力がないが、このプロメテウス・メサイアが見えないのか』
「アンタは仲間と戦い抜く方針を捨てて、その半壊したロボットだけで戦おうとした。だから、余裕がないのはお互い様、だろ?」
そう海野が尋ねると、梶は操縦席で手を叩いて笑った。
『ヒヒヒ、無愛想なお前にしては優しいこと言うじゃないか。
ヒヒヒ、そっちの言い分は認めてやるよ……だが、さもこの戦いの流れが決まりきったように物を言うのはやめろ!』
梶は稼働が制限されてしまったプロメテウス・メサイアを強引に動かし、海野一点に狙いを定めて、そこに両手をかざす。
「こちらだってこれで終わったつもりはない。久々の対決、きっちり完璧にリベンジ果たさないと気がすまないんだよ!」
『そう言ってくれて嬉しいよ、ヒヒヒ……そんじゃあ、ここは一発撃ち合って決着をつけようじゃないか、隆景ぇぇぇ!』
「願ったり叶ったりだよ、昇太ぁぁぁ!」
『【パンドラ・バーニア】、二連!』
「【ダコンの祝福】!」
レーザービームの如く高圧放射された二本のスチーム。
大地をも切り裂くほどの勢力を持つ水流。
互いに王国を、仲間を、そしてプライドを背負って放たれた二つの全身全霊の奥義は、宿敵同士の眼前で激突する。
刹那、水流はスチームをかき消し、プロメテウス・メサイアの中央を縦一文字になぞった。
プロメテウス・メサイアは左右に開き、バラバラになって崩れ、
『そん……なぁぁぁ!?」
胴体内部の操縦席でそれを操縦していた梶は、遥か遠くへ吹っ飛んだ。
「残念だが、今回は俺の勝ちだ……リベンジ、成功だな」
と、言った後、海野はまた片膝を突く。そこから海野は食べかけのシュークリームに口をつけ始める。
「ええ、よくできましたね……海野さん!」
「おめでとう、海野さん!」
「「や、やったぞおおお!」」
そしてミクセス王国軍は一斉に大歓声を上げるのだった……
「勝手に終わらせんじゃねええええ!」
しかしその大歓声は、稲田一人の怒号で止んだ。
内梨たちは素早く、海野を匿うように彼の周りに集まった。
それから五人は正面からやってくる、梶たち石野谷一味の五人に警戒する。
「まだ終わってないよ、俺たちはね」
「そうだ、俺たちがいることを忘れるなああ!」
「忘れちゃあこまるぜ、この『存在感』の塊である俺様をなッ!」
「【ライフ・サプライズ】……」
自分に回復魔法をかけながら、梶は大関の背中の上から海野たちを睨む。
「大丈夫か、昇太……?」
「大丈夫さ、晴幸……おい海野、さっきの負けは認めるさ……だが、僕たち全体としての敗北はまだまだ先だ……」
「じゃあ、お前ら全員倒せば負けを認めるか?」
「かもな。だが簡単にそうなると思うな……待ってろ隆景! なるべく早く体力を取り戻して、二機目を作ってやるからなぁぁぁ!」
プロメテウス・メサイアの撃破という一区切りを越えたのもつかの間。
海野たち有原チームの五人と、梶たち石野谷一味の五人の、次なる激闘がここに始まろうとしていた。
「うっしゃああああ! 今度こそ倒してやるぞ飯尾おおお!」
「今、護さんはいませんよ稲田さん!?」
例のごとく一番槍を目指し先走る稲田に、内梨がツッコミを入れたその時、二チームの間で砂煙が舞い上がる。
それが晴れた時、十人の視界のど真ん中で、有原と石野谷は背中合わせで立っていた。
【完】
話末解説
■登場人物
【三好 縁】
レベル:53
ジョブ:【暗殺者】
神寵:【シヴァ/ヴィシュヌ/ブラフマー】
スキル:【ルドラ・ブラスト】、【クリシュナ・ウィル】、【ヴェーダ・ジェネレート】など
一年二組の女子陽キャのリーダー格。
楽観的でその場のノリで行動するタイプだが、根は義理深いタイプ。
今では有原たちの仲間として、ムードメーカーの役割を果たしたいと思っているが、どっちかというとツッコミ役に回されている。
戦闘では短剣を二刀流で扱い、ジョブ特有の素早さで相手を迅速に、勢いで圧倒する。
珍しく【神寵】に三つ覚醒している。
神寵【シヴァ】の効果により、通常の数倍の破壊力を持つが、制御が不安定な『高濃度闇属性エネルギー』を生み出し、神寵【ヴィシュヌ】の効果でそれを制御して戦う。
さらに神寵【ブラフマー】で闇属性エネルギーを素材に簡単な道具を作り、変幻自在に動くこともできる。
実家はカレー屋。メインはオシャレな欧風カレーであり、ナンは売ってない。
シヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマーとは、それぞれインド神話の破壊神、維持神、創造神。この三柱でトリムルティを成す。
【梶 昇太】
レベル:65
ジョブ:【祈祷師】
神寵:【ヘファイストス】
スキル:【エトナ・クリエイション】、【レムノス・リペア】
一年二組の男子生徒。石野谷一味の一人。小柄な体と眼鏡が特徴。
新入生テストで一年二組内で成績一位を収めるなど、賢さにおいてはクラス内のトップ。
それなりに卑屈な性格の陰キャなのだが、協調性もあり、それと持ち前の賢さで首尾よく立ち回り、久門一味でも平気で存在できていた。
ジョブは【祈祷師】。回復よりどちらかというとバフを得意とするタイプ。
着目すべきなのは、神寵【ヘファイストス】。これにより会得したスキル【エトナ・クリエイション】により鉄鋼資源を用い、様々な武器や機械を作り、【祈祷師】の枠に納まらないことができる。
石野谷一味の中では唯一サッカー部ではなく、文芸部に属している。
機械作りキャラなので、似ないようにするのが大変でした。
ヘファイストスとは、ギリシャ神話の鍛冶の神。オリュンポス十二神の一柱。
■用語
【プロメテウス・メサイア】
全高:約3メートル
重量:約10トン
主要材質:極限まで鍛えられた神の鋼鉄
主な武装:両手に備わった排熱機構
パイロット:梶昇太
梶が神寵【ヘファイストス】の能力で作り上げる巨大人型ロボット兵器【プロテクト・メサイア】の内部で作り上げる人型ロボット兵器。
前機よりも大幅にサイズダウンしているものの、鍛冶の神の力で極限まで鍛えた鋼鉄で装甲を作ることにより、前機よりも遥かに高い防御力を持つ。
さらに内部機構を人工筋肉のように瞬発性と機動性に優れたものにすることで、軽量化も相まって、パワーとスピードでも前機を超える。
もちろん仮に傷つけられたとしても、梶が自身のスキルですぐに修復可能。
こちらでも普通の徒手空拳をメインとする。それに加えて、排熱も兼ねて両手のひらからスチームを高圧噴射する奥義【パンドラ・バーニア】も使用可能。




