第61話 峻烈、有原チーム!
稲田の攻撃の対象になり負傷した松永へ、内梨はすぐに駆けつける。
「ま、松永さぁん! 今私が回復しますっ!」
「おう、頼んだぞ美来ちゃん……」
内梨が松永の介抱を始めたのを確認してから、飯尾は稲田へ向き直して尋ねる。
「テメェ、どうして俺じゃなくてアイツを狙った!?」
「ムカついたからだ!」
きっと稲田は自分の素早さを落とされたことにシンプルに腹が立っているのだろう。と、飯尾は思いつつ彼へ怒鳴る。
「しょうがねぇだろ、アイツはお前を弱らせるの仕事なんだから!」
しかし、稲田の怒りの原因は、飯尾の想定を悪い意味で超えてくる。
「それだけじゃねえよ! アイツは存在全てがムカつくんだよ! あんな湿気た感じで、ガリガリで、ブッサイクで俺と同じ空間にいやがって! あんのゴミクソが!」
松永は自分の親友を殺しかけた発端――その過去を忘れて、飯尾は反射的に稲田へ怒鳴る。
「お前……それは流石に言いすぎだろ!」
「うるせええ! ムカつく奴をぶん殴って何が悪い! 俺はああいうのが一番嫌いなんだよおお! ああやって俺をとにかく不愉快にさせる奴がよおおお! お前だって思わねえのかああああ! アイツと一緒にいると息が詰まるとかなあああああ!」
飯尾は堂々と即答した。
「少なからず嫌だと思うことはあるけどよ……どっちかっていうと『ねぇ』よ! アイツだって有原の仲間だ! 有原の仲間は俺の仲間! 仲間を心の底から嫌える訳ないだろうがぁ!」
「うるせえええ! だったら仲良く死にやがれえええ!」
稲田は足元の結界が消えてくれたことを確認してから、飯尾に接近し、大槍を地面に突き立てて、
「【アドラ破砕脚】!」
それを支えにしつつ飯尾に蹴りを繰り出す。
「【破砕脚】!」
稲田に合わせて飯尾も蹴りを放つ。しかし、神寵に覚醒しているか否かの差が相変わらず響き、飯尾は力負けしてまた後ろへふっ飛ばされる。
これを後方で見ていた海野は彼へこう助言する。
「おい飯尾! お前もう退け! そろそろ内梨さんの勝利の剣と交代できるだろ!」
刹那、飯尾はこの助言を一蹴する。
「断る! そしてこっち見るな!」
飯尾は構えを正しつつ、後ろに言う。
「美来ちゃん、勝利の剣はお前と松永の防御に使え! またアイツが癇癪起こしても大丈夫なようにな!」
「で、ですけど……」
さらに飯尾は自分の側で浮いている妖精たちを見て、
「あと、このちっこいのももういらん。松永の回復に回せ」
「で、ですけど……」
「安心しろ! 俺は直にコイツに勝つからよ!」
傍からこの状況を見れば、飯尾の自信には根拠がなく、この後彼が負けるのは当然の帰結だ。
だが、内梨は友達の飯尾を信じて、
「わかりました! 頑張ってください!」
妖精三体を飯尾から松永へ移した。
「何をしようたってどうにもならんぞテメエエ……! 神寵も無ければ賢さもないお前に、俺は倒せないんだぜええええ!」
稲田は再び槍を地面に突き立てて、
「食らえええ、【アドラ裂空脚】!」
槍をしならせ、棒高跳びの要領で勢いづけて、飯尾めがけ飛び蹴りを繰り出す。
「……そうだ、熱くなりすぎて言うのもするのも忘れてた……テメェ! そんなチンピラみたいな喧嘩技で、本職の警官仕込みの技に勝てると思うなよぉぉッ!」
飯尾はわずかにステップを踏み、稲田の飛び蹴りの軌道のすぐ横に逃れる。
そして稲田が自分の右脇をよぎる瞬間、彼の片腕と胸ぐらを掴み、その勢いをそのまま奪い、背負い投げを決める。
突然の投げ技を繰り出された柔道未経験の稲田は受け身を取れず、思い切り頭から地面に叩きつけられてしまう。
「こんくらいで勝ったと思うなぁぁ!」
しかし彼はすぐさま反撃に移る、右拳に高熱を蓄積し、
「【アドラ撃砕拳】!」
起き上がりつつ、飯尾めがけ殴りかかる。
「【撃砕拳】!」
対する飯尾も稲田へ拳を突き出した。これにて二人の拳は激突した。
今の飯尾の拳は重力が味方している。だが、神寵の力はその優位性をも覆していく――稲田の拳がじりじりと飯尾の方へと迫っていた。
「うおおおお! 諦めやがれえええ、こんの【神寵】無しがああああ!」
しかし、
「諦めないのが俺の【神寵】だぁぁぁッ!」
飯尾の底しれない根性が、気合が、仲間を思う心を超えることは決して出来なかった。
稲田の拳は押し返され、直後、飯尾は稲田の顔面に義憤を込めた拳を叩きつけた。
「どうだ……参ったか!」
稲田は飯尾の右腕を掴み、高熱を当てて無理やり退かし、
「参るわけねえだろうがあああ!」
起き上がると同時に飯尾を頭突きする。
同時に、飯尾も稲田へ頭突きした。
「そう言ってくれて助かるぜ、こちとらまだテメェを殴り足りねぇからなぁッ!」
*
武藤と大関、三好と桐本、飯尾たちと稲田、この三組が地上で戦っている間、有原と逢坂はその頭上を飛び回り戦っていた。
「オラオラオラオラオラーッ!」
逢坂は有原へ向いて手のひらを何度も押し出し、そこから火の玉の弾幕を展開する。
有原は火の玉の間を縫うように巧みに飛んで避ける。避けきれない火の玉は剣で払った。
普通ならば、【田霧ノ威盾】で楽々防御できる。
だが、空中では、それを発動するための予備動作――地面を強く踏むことができないため、それは使えない。
だから有原はこのように純粋なテクニックを活用し、そして逢坂へ接近した。
「貴様ッ! まさかもう俺の元へ到達するとは……」
「ごめんなさい、逢坂さん。後で美来に回復してもらってください!」
そして有原は、近距離での防御手段を持ち合わせていないだろう逢坂へ、ある程度の手加減をして斬りかかる。
途中、有原の剣は止まった。
「『回復』って何のことかね?」
と、逢坂は逆手に持った短剣で、有原の剣を受け止めながら言った。
「そういうこともできるのですか、だったら……!」
逢坂が剣も使えるとわかった途端、有原は胸を借りるような思いで多少ギアを上げて、逢坂へ幾度と斬りかかる。
しかし逢坂は左手の短剣を素早く的確に操り、有原の攻撃全てを防ぐ。
その最中、
「そんでもってこうだッ!」
逢坂は右手で背負った長剣を引き抜き、有原の虚を突くように振りかざす。
有原は左手を長剣へ向けて、
「【市杵ノ崩槌】ッ!」
そこから突風を起こし、逢坂の長剣を押し返した。
この時、下にいる海野は申し訳なさそうに有原へ伝える。
「すまない、言い遅れた! そいつのジョブは【暗殺者】だ! だから剣も使えなくはないんだ!」
「そうだぜ有原。俺は『暗殺者』だからな……こうやって剣もフツーに使えちまうんだッ!」
「わかりました、じゃあこちらも気兼ねなく参ります!」
ここから有原は逢坂へ本気の剣技を披露する。
逢坂は、それなりに無理をしながらではあるが、その太刀筋全てを逆手持ちした左の短剣で防御する。さらに隙あらば、順手で構えた右の長剣で、突然と有原へ一撃を繰り出す。
――という奇妙な戦闘スタイルで、逢坂は有原を翻弄した。
有原は逢坂の長剣と鍔迫り合いをしながら、
「どういう剣術なんだこれ……まるで二人の剣士を同時に相手しているみたいだ……!」
「へへん、スゴイだろォ〜ッ! 俺はまさかまさかの『両手利き』なんだぜェ〜ッ! 左利き用の雑貨を買うのがメンドーだから、普段は右メインだけどよーーッ! さらになー……」
逢坂は『な』の音を発した時のまま、口を開けっ放しにする。と、そこに徐々に冷気が収縮し、やがて氷柱の形を成し、
「キョオオオン!」
逢坂がこの奇声を発したのをトリガーとし、有原の頭めがけ射出される。
「【市杵ノ崩槌】ッ!」
有原は自分の剣の鍔から突風を引き起こし、鍔迫り合いを強引に中断し、そこから右へ飛行する。
氷柱の弾丸は有原の左頬をかすめて、遠くへ飛んでいった。
有原は体勢を整えるべく、右へだけでなく後ろへも飛行して移動してから、こう一言。
「あなたの使える属性は火だけじゃないんですか……」
「『ホルス神』は太陽神であり天空神! 雪や雹は天空から降ってくるんだから、使っても不自然じゃあないだろーがよーッ!」
「そうですか、天空神でもあるから二属性……いや、まさか!?」
天空神。その三文字を自分で言った途端、有原は気づき、電気が流れたようにハッと驚く。
「そうだぜ有原! アンタが今『ビリっと』きたとおりだぜッ!」
逢坂は左手の短剣と右手の長剣に電撃を蓄積し、
「オラオラオラオラオラオラーッ!」
二対の剣を目の前の空間へ向かってがむしゃらに振り回し、無数の雷の斬撃を有原へ飛ばす。
「やっぱり、空にまつわる三属性を使えるんですか!」
何度も言うが、空中では予備動作ができない関係で【田霧ノ威盾】を使えない。
さらに電撃は剣を伝って流れる恐れがあるため、それで受けることは危険が生じる。
「【湍津ノ疾槍】ッ!」
なので有原は、両足から風を噴出して加速しつつ、空中を縦横無尽に飛び回り、逢坂の雷の斬撃を避ける。
しかし、逢坂もまた両足から火を噴出して加速しつつ、雷を斬撃を放ち続ける。
そして有原は、逢坂の攻撃を数の多さゆえに避けきれなくなり、徐々にダメージを受けていく。
「【スコール・ガトリング】!」
その最中、海野は空中めがけ、水の弾丸の雨を放つ。
このチームバトルの監督役として海野は、逢坂の飛行する軌道を先読みしている。
彼の目は剣を振るうのに夢中になり防御がおろそかになっていた逢坂を捉えている。弾丸の雨は、半分は真水に近い故に雷を打ち消し、半分は彼へ直撃した。
「いだだだだッ」
ダメージを受け、逢坂が攻撃を止めた間、海野は十数メートル上にいる有原へ声を張り上げる。
「おいどうした有原!? 見た感じ真壁よりも苦戦してないか!?」
「そうかもしれない! 空を飛び回る逢坂さんに対応して、僕も空中で戦わざるを得ないから、【威盾】と【虚剣】が使えないからね!」
「そうか、その二つのスキルは地団駄が必要だからか……だったら」
海野は右の手のひらを上へ向け、何かを押し上げるような動作をして、
「これに合わせてくれ! 頃合いは俺が計るから!」
「わかった! それまでどうにかしのぎ切るよ!」
「『それまで』っていつまでだーッ!?」
体勢を立て直した逢坂は、今度は地上の海野めがけ、双剣を構えて突撃する。
「させないッ! 【湍津ノ疾槍】ッ!」
有原は二人の間へ高速移動し、
「【市杵ノ崩槌】ッ!」
得物の剣の柄頭を逢坂へ突き出し、突風を引き起こし、逢坂を海野から遠ざける。
「さっきの話はバッチリ聞いてたぜ。お前、空中じゃあ竜巻バリアを使えないらしいなァ〜〜? だったら、撃つっきゃ無いよな遠距離攻撃ッ!」
逢坂は双剣を納刀し、両手を空けてから、
「これなら水じゃ打ち消しづらいだろ……オラオラオラオラオラーッ!」
両手の押し引きを繰り返し、氷柱の雨霰を繰り出す。
有原は剣を目前で振り回し、全体の八割の氷柱を斬り落とす。
「どうやらもうチャンスが巡ってきたようだな……今助けるよ有原さん! 【アクア・スフィア】!」
有原が防御に奮闘する中、海野は空へ手をかざし、水の球を放つ。
その勢いは通常のものと比べてあからさまに弱く、ヘロヘロに飛ばされていた。
だが、この弱さが二人の目論見を果たす上で重要なのだ。
「ありがとう海野さん!」
と、有原は海野へ礼を言ってから、飛んできた水の球へ足を向けて、それを蹴る。
「【田霧ノ威盾】ッ!」
刹那、地上で発動した物よりかは遥かに勢いが劣るものの、有原の周囲に竜巻が生じる。
「なにィィィ!? 地面の代わりに海野の魔法を踏んで……ッ!?」
逢坂はこれから起こる出来事を察し、氷柱を撃つ手を止めた。
しかし竜巻は連射済みの大量の氷柱を飲み込み、有原の周りを何度か旋回した後、外へと放出される。
それらは不運にも、有原の仲間たちとの戦いに集中していた、大関、桐本、稲田に被弾した。
「あ……ごめん、みんな……」
直後、三人は一斉に宙へ――逢坂へ氷柱並に冷たい視線を送る。
「雄斗夜……お前、俺たちがどれほど気合を入れて戦っているのかわかってるのか?」
「せめて八咫鏡があるときにしてくれないかな? こっちも忙しいんだからさ?」
「おい雄斗夜! テメエエ、まさか面白半分でわざと撃ったんじゃないだろうなあああ!」
そして三人は、戦いそっちのけで逢坂に怒り始めた。
しかし、彼ら以上に怒っている者が、石野谷と梶の後ろに居た。
ファムニカ王国の兵たちに囲まれつつ、石野谷一味と有原チームの戦いを見ていたエストルークである。
「……おい石野谷、梶、ちょっとこっち来い」
エストルークはあからさまに不機嫌な様子で、二人を呼び出して、
「はい、今来たっス……」
「なんでしょうか王子……」
「お前ら、何なんだこの戦いぶりは。どう考えても時間かかりすぎだろ……」
と、説教を始めた。
すると他の四人は特に相談もせず、一斉に各自戦いを切り上げ、二人の後ろに集合した。そして四人は彼らを守りつつ、エストルークの説教を噛みしめるように聞いた。
この時、海野は得物の本をめくりつつ、六人を見つめる。
その側に有原は降り立って制す。
「海野さん、気持ちは分からなくもないですけど、ここでそれをやったら後々非難されます」
「そうですか。じゃあ、俺らも一度休もうか……」
有原と海野も、仲間五人を呼び寄せ、石野谷と梶が説教を食らっている間に体勢を整えた。
そして五分後。
「そんじゃあ、こっからはマジで頼んだぞ」
「「はい……!」」
エストルークから解放された石野谷一味は、有原チームへ再び歩いて近づく。
最中、石野谷と梶は他の四人に何かを伝えた後、四人をその場に待機させ、二人だけで有原たちへ迫る。
「あれ、今度は二人で来ましたね」と、内梨。
「急にどうしたんだろ? もしかして降参?」と、三好。
「それにしては目が死んでないような気がしますけれども……」と、有原。
そして、ただ考察するだけではじれったい。と思った飯尾は、二人へ尋ねる。
「おいお前ら、二人だけでどうした!? まだやるのか!? それとも、降参するのか!?」
すると石野谷は飯尾を鼻で笑って、煽るように手を開いて見せる。
「はぁ!? 降参なんてするわけないだろ!?」
一方の梶は不敵な笑みを浮かべて言う。
「変わりなく、お前らを倒すつもりだ……ただし今度は、僕たち二人でね!」
【完】
話末解説
■登場人物
【稲田 輝明】
レベル:56
ジョブ:【格闘家】
神寵:【アドラメレク】
スキル:【アドラ破砕脚】、【アドラ撃砕拳】
一年二組の男子生徒。石野谷一味の一人。眼力が凄まじい。
簡単に言うとバカ。非常に単純な思考回路を持つ人物。何事も感情だけで動きがちな性格。そして声がうるさい。
ジョブは【格闘家】。三メートルもある大槍を活用しての蹴りが得意。
神寵【アドラメレク】により、全体的に平均以上のステータスを獲得した。また、各種格闘攻撃に高熱を帯びさせる。これによりますます単純明快な力押し中心の戦闘が可能になり、『石野谷一味の特攻隊長』にふさわしくなった。
サッカー部に属しており、勢い任せの超攻撃型のプレーばかりしている。
アドラメレクとは、セファルワイム、サマリアなどで信仰されていたとされる太陽神。現在では悪魔として扱われている。
【松永 充】
レベル:25
ジョブ:【呪術師】
神寵:未覚醒
スキル:【遅鈍の結界】、【落防の結界】
一年二組の女子生徒。体格は非常に痩せ型。
他人とのコミュニケーションも滅多に取らない、とても暗い性格。
真壁の作戦のために自害を行ったり、ミクセス王の世話と口止めの務めも担っていたりしていたが、一部の人に怪しまれつつも、今のところは有原の仲間になっている。
一定範囲に居させないと効果は発揮しないが、その分ステータスの減少量が多い【結界】を多用するタイプの【呪術師】で、ひとまずは有原たちのデバッファーとして貢献している。
休み時間は図書館で借りた様々なジャンルの本を読んでいる。これしか彼女の素性は知られていない。




