第57話 対峙する二国
ミクセス王国との会談を終えた後、エストルークたちは限界の限り全速力で王都に戻った。
そこからエストルークは民や兵たちを結果突き飛ばすようにして、街の道を、王城の廊下を強引に駆けた。
「おお、もう来たかエストルーク、エスティナは今……」
「すまん石野谷! どけ!」
そしてエストルークは石野谷を肩でどついて退かし、ある一室に入る。
直後、エストルークはベッドに横たわり、石野谷一味の五人や重臣に囲まれているエスティナの側に寄る。
「無事か、エスティナ!」
そしてエストルークは愕然とした。エスティナの右目を覆うように幾重に巻かれた包帯を見て。
「ごめん、兄貴……全然無事じゃない……」
と、残った左目から涙をにじませて、エスティナは答えた。
するとエストルークは自分と同じく、エスティナのベッドの側にいる梶に掴みかかる。
「テメェ! どうして治してないんだよ! お前【祈祷師】だろ!」
梶は力強く揺らされながらも、いたって落ち着いて、
「僕だって、やれるだけのことはやりました。けど、駄目でした。言い訳になりますけど、僕はバフ魔法が得意なタイプの【祈祷師】。回復とか状態異常の解除はそこまでじゃないんですよ」
「だったら、【神寵】っていうのを使って、治せないのか!?」
「僕の【神寵】は『金属を操作・加工し、道具や機械を作る』能力なので、人の怪我を治すのは無理です。残念ですが」
これ以上梶を揺さぶってもエスティナの右目が回復する訳じゃない。当たり前のことだが、これを悟ったエストルークは梶を解放し、
「……犯人は誰なんだ……?」
全部昇太に話させるのも良くないから。と言って、大関は言う。
「ミクセス王国の兵士五人とのことです」
「ミクセス王国の兵士……!? そいつらは今どうしてる!?」
「もう死んでいます。事件現場で倒れていました」
「だよな、エスティナに襲いかかって並の兵士が生きていられるわけないよな……」
「それはそうかもしれないですけど、彼らの死因はどうも撲殺ではない、何らかの魔法により息の根を止められた、とのことです」
ここでルチザが遅れてこの部屋にやってきて、大関へ聞く。
「それは口止めのためでしょうか?」
「はい、捜査班曰くその通りです」
「なるほど……」
この事件に対し、ルチザは激しい違和感を覚えずにはいられなかった。
ミクセス王国はついさっき、邪神討伐に向けての協力を誓ったばかり。
それが何故、相手の王族を襲うという不義理な真似をしたのか。
少なくとも、互いに邪神たちに苦しめられている時に敵対行為をしなければならない理由が、ルチザには解せなかった。
だからルチザは一同に言ってみる。
「もしかして、この事件には『黒幕』がいるのでしょうか?」
梶が答える。
「その可能性は大きいです。あの兵士五人に魔法を使えそうな者はいませんでしたから、魔法で自決は不可能ですので。ただ、それが誰かは今調査中です」
逢坂は続ける。
「最初の方は、俺がフラジュとその兵たちが一緒にいたのを見たから、『フラジュが怪しい』んじゃあないか、と、推理してた。だが、細かい部分を調べていくと、その可能性は低いとわかった」
その五人の兵たちは全員、あからさまに報酬と思しき宝石を持っていた。
それも、とても一般の兵士では手に入らない相当な額の宝石。国を追われて無一文になったフラジュなら尚更手に入るはずもないものだ。
こうして今、フラジュは容疑から外れた。
そして今、捜査班は『黒幕は相当な資産家』と範囲を絞っている。
だが、
「うるせぇ、そんなこと言ってる場合か!」
大切な妹に消えない傷を刻まれ、怒髪天を衝く体のエストルークにとって、これらの推理は回りくどいものでしかなかった。
「単純にミクセス王国の上の連中がやったんだろ! 俺たちを、ファムニカ王国を蹴落とすためになぁ! それでいいだろそれで!」
当然、梶はこの冷静さを欠いた決めつけを否定する。
「いい訳ないですよ。確かにミクセス王国がやったという線も無くはないですが、まだ証拠が出揃っていないので……」
「じゃあどうしろと言うんだ! エスティナを隻眼にされたまま黙っていられるか! 妹がやられたんだったら、やり返すのが兄貴の務めだろうが!」
エストルークはエスティナの耳元に口を寄せて、こうささやく。
「待ってろエスティナ、お前の仇はもうじき俺が取ってやるから」
「兄貴……」
悪いのは油断したオレだから。と、エスティナは言いかけた。
しかしそれ以降の言葉が繋げられそうになく、エスティナは兄の激情の勢いに流され、否定も肯定もできなかった。
そしてエストルークは、ルチザに命じた。
「ルチザ、今集められるだけの兵を集めて、軍を作り上げろ」
「……殿下、あなたはそれで何をする……」
「決まってるだろ。ミクセス王国へ報復する」
「ですが、先程梶様がおっしゃった通り、それをするのは早いかと……」
と、主を諌めようとしたルチザに対し、エストルークは鬼の形相で返す。
「口答えするなよルチザ。さもなくばお前をボコボコにしてこの怒りを多少なりと収めてやってもいいんだぞ……!」
「は、はい……」
そしてエストルークは自らも戦の支度をすべく、エスティナの療養部屋から出ていこうとする。
しかしそのドアの前に、桐本と大関が立ち塞がる。
「王子、エスティナ姫が傷つけられてご立腹なのは俺にもよくわかります。ですけど……」
「いくらなんでも国を動かすのは時期尚早かと……」
「うるせぇッ! どけえッ!」
そんな二人をエストルークは殴り倒して強引に部屋から出て行ってしまった。
エストルークが早足でとっくに遠くへ行った後、二人は起き上がって言う。
「いてて……まさかこんなことするまでご立腹だとはね」
「内容が内容だから仕方ないとも言えなくもないんだが、国の長としては短気だからな……」
大関は、石野谷と稲田の方を向いて尋ねた。
「ところで、どうしてお前らは何も言わなかったんだ? お前らは特に王子と仲良かっただろうに」
稲田は部屋の大きさに合わない声量で答える。
「王子に言うことは何もないからだ! どんな理由であれミクセス王国の兵士がやったんだから、ミクセス王国は一発殴られるべき義務があるだろ!」
稲田からそれなりの間を空けてから、石野谷は答える。
「あれだけ大切にしてた妹が傷つけられたらそりゃあ怒るに決まってるさ、エストルーク王子なら。だから俺は今のアイツを阻むわけには……」
「だよなあ! やっぱそう言ってくれると思ったぜ陽星! お前も級長たちのミクセス王国に……」
「それは早とちりだ輝明。俺は、ここじゃ何もしてやれないから黙ってたんだ。
俺は止めたいんだよ。エストルークが取り返しの付かない間違いをするのな。だって、せっかく国の復興の道筋が立ってきたんだし、何より、仲間だし、それに……」
これから長くなりそうな雰囲気を感じ取った逢坂は、石野谷に食い気味に問う。
「つまりオメーは何をしたいんだ?」
「……とにかく今は真犯人を探し出すんだ! そうすればきっと、無駄になるかもしれない争いをしなくて済む。だからお前ら! 今日から全力で捜査するぞ! いいな!」
個々人、細々と考えは異なるが、五人はリーダーの意志にすんなりと飲み込み、
「「「「「おう!!!!!」」」」」
と、威勢よく返事した。
「私からも。どうか殿下をお止めください……」
「わかってますよルチザさん! 仲間として、何としても止めてみせますから!」
*
それから石野谷一味はミクセス王国との戦争を回避すべく、現場検証と聞き込みを重ねに重ねて、エスティナ姫襲撃事件の真相を探った。
しかし、いくら六人があがこうとも手がかりは何一つ掴めなかった。
その間、エストルークは強引かつ迅速に、ミクセス王国侵攻の準備を進め続けた。
そして、事件発生から一週間後。
ミクセス王国とファムニカ王国との国境近辺の荒野にて。
有原たち界訪者七人、ハルベルトとゲルカッツ、それと五千人の兵が物々しい雰囲気で布陣していた。
言うまでもなく、ファムニカ王国の侵攻に備えてである。
「すまない、皆様。我の外交手腕が至らず、我々の無罪を晴らすことはできなかった」
と、ファムニカ王国との交渉の窓口となっていたゲルカッツは全軍に深々と謝る。
これに飯尾はまぁまぁと言って、
「こればかりは仕方ないって。こちらは『うちの兵隊が勝手に馬鹿しでかした』と、何度も弁解したってのに、まるで聞く耳を貸さないんだから」
内梨もゲルカッツをフォローした。
「戦争は止められなかったですけど、ゲルカッツさんは頑張ったと思いますよ。ほら、こちらへの到着位置はわかりましたから……」
続いて三好もゲルカッツを慰める。
「そうだって! ほら、もう、戦う前からムード暗くするのやめよ、ね!」
「そうですか、すまない……」
「ま、せっかく結んだ友好関係を一週間足らずで切られたとなれば、どうあがいても喜べないけど……」
と、海野は誰にも聞こえないくらいの小声でつぶやいた後、
(さてさて、この戦いに久門一味は来てくれるだろうか……?)
ファムニカ王国で微かに感知された邪結晶の反応。
そこから海野は、自分たちを除く、邪神獣を倒せる可能性のある者たち――久門一味が、ファムニカ王国にいると予想した。
(有原曰く、エストルーク王子は『知らない』と言ったが、こうして俺たちに強気に軍を動かすってことは、きっとそれ相応の『戦力がある』とは思うが、果たして嘘か真か。
もし本当だとしたら、俺たちは、久門一味にどう勝とうか……)
と、思考を巡らせつつ、海野は全軍を見渡す。騎士団長と、飯尾、内梨、三好、松永、それから……
「ねー! 教えてよ級長ー!」
「このタイミングでも言うんですか武藤さん!」
……武藤にしがみつかれて困っている有原がここにいた。
(本当に有原さんの言う通りだよ。このタイミングで何をどう教えてくれって聞いてるんだアイツ)
ここ最近、武藤は有原に憧れて、彼がグレドより受け継いだ【威盾】、【疾槍】、【崩槌】の三スキルを教わろうと執拗に彼に頼み込んでいた。
グレドから受け継いだ三つのスキルは自分は愚か、開発者ですら会得するのに相当した苦労したスキルだ。
きっと武藤に教えようとしても、可愛そうだが彼女では会得できないだろう。
なので有原は優しさを込めて『別の方法で強くなったら?』と、言葉を添えて教授するのを拒否し続けた。
しかし武藤はそれでも諦めようとせず、今に至る。
「ボクもっと強くなりたいんだよー! それであのときのお詫びがしたいんだよー! だから、お願い級長ー! スキル教えてよー!」
「何度も言って申し訳ないけど、本当に無理だから! しかも今はファムニカ王国の軍が来る……ていうか、来てるから!」
有原は武藤のために正面を指さす。
ファムニカ王国の旗を掲げた五千人の軍が、こちらへと進軍していた。
「ほら! ね!」
「ああっ、ホントだ!? じゃあまた今度ね、級長!」
「ま、また今度も……?」
気を改めて、有原たちミクセス王国軍はファムニカ王国軍へ向き合う。
ファムニカ王国軍は敵軍からおおよそ五百メートルほどの間隔を空けて停止する。
そこから、佇まいだけからでも業火の如き怒りがにじみ出ているエストルークと、六人の仲間――石野谷一味が十数歩前に出る。
「やはりいたか、久門一味」
と、つぶやいた海野を除いて、ミクセス王国軍は沈黙し、エストルークたちの出方を警戒する。
その時、エストルークはミクセス王国へとめどない怒りを叫ぶ。
「お前ら! よくも俺の妹を傷つけたなあぁぁぁッ!」
しかし、この怒号は、一歩後ろに控えていた石野谷の、より大きな声にかき消される。
「おい有原ッ! 俺たちとチームバトルしようぜぇぇッ!」
【完】
今回の話末解説はございません。
次回はきっとあります。




