第56話 二国の分岐点
エストルークが先代国王の最後の勅命を翻すことを堂々宣言した日から三日後。
彼はエスティナと石野谷一味に王都の留守を任せ、ルチザなどの臣下数名を連れて、国の北西部――ミクセス王国に自国の悲惨な現状を伝えさせないため、門前払いのために建設した前哨基地に行っていた。
その基地内にある一室で、エストルークたちはミクセス王国の者たちと向き合う。
互いに礼を交わした後、まずミクセス王国側の使者の一人――ゲルカッツは謝る。
「いやはや、まさか次期国王の王子が自らいらっしゃるとは……なのにこちらは単なる一臣下しか来れず、申し訳ございません」
「いいよ別に。なるべく早く会おうぜってなったら、王様呼ぶのはきっと無理だろ」
この時、エストルークの隣に立つルチザは、主君のふくらはぎを爪先でつついた。
するとエストルークはぎこちない様子で、かなり言葉を選びつつ言い始めた。
「あ……み、ミクセス王様を、お呼びするのは……難しかったのでしょうね……」
「は、はい……申し訳ございません。ですが本日の会談は、我々のみでも十二分に意味のあるように致します」
「あ、はい……あんがと、ございます」
その後、エストルークはファムニカ王国の現状を語り、それを伝えられなかったことを詫びた。慣れない丁寧語でぎこちないのだが。
ミクセス王国の将兵たちは、ファムニカ王国の不運と、先代陛下の国を賭しての配慮をしみじみと聞いた。その語り口のぎこちなさは、話の内容の強さであまり気に留まらなかった。
そして一通り話を終えた後、エストルークは臣下一同と深々と頭を下げて、懇願する。
「というわけで、これからはもう一度二国で協力して、邪神を倒しましょう!」
ミクセス王国側はこれにすぐ続いて、
「「「はい、こちらからもよろしくお願いします!!!」」」
と、エストルークの要求を受け入れてくれた。
それから二国それぞれの使者の代表、エストルークとゲルカッツは契約書にサインし、国交再開の一歩を踏み出した。
その直後、
「すみませんエストルークさん、一つ質問してもいいでしょうか?」
ミクセス王国側の使者の一人、青いくせ毛の少年――有原祐は、エストルークに尋ねた。
「おう、いい……ゲフン、え、え、いいぜよ?」
「僕みたいに不思議な髪色をした方、周りと比べて飛び抜けた力を持った方……より具体的に言いますと、久門、式部、石野谷、っていう名前の人がいる十人くらいの人たちが、ファムニカ王国に来ていたりしませんか?」
石野谷――その名前はエストルークにとって、心当たりがありすぎる。
「さ、さぁ……来てないなぁ?」
「わかりました、でしたら、ほんの些細な噂話でもいいのでなにかそれらしい情報はないでしょうか?」
「い、い、いやぁ……全く、ないなぁ?」
「そうですか。わかりました。すみません、急に変な質問をしてしまいまして」
ここに来る前に、エストルークは石野谷からあるお願いをされていた。
「頼む、エストルーク。もしミクセス王国の連中が俺たちのことを尋ねてきたら、知らんぷりしてくれ」
「そうか、お前ら確かミクセス王国から来たんだってな。で、どうしてそこを抜け出したんだっけ?」
「ああ、そう言えば話してなかったスね。ま、まぁ……色々よくないことがあったんだよ」
「そうか、よくないこと、か……」
「というわけで、俺たちはファムニカ王国にいない扱いで頼む。もし『誰がファムニカ王国の邪神獣を倒したんだ?』とか聞かれても、それっぽい理由つくってごまかしてくれ!」
「ああ、わかった。お前がそう言うならなんとかしてやるぜ!」
と、エストルークは二つ返事で了承し、今に至るのである。
「なるほど、つまり久門さんたちはファムニカ王国にはいないということですね……」
こちらで控えている邪結晶からの反応によると、数日前にヒデンソル王国で一体の邪神獣が倒された。
ヒデンソル王国から入国の正式な許可を貰うことができず、その現場に行って邪結晶を回収することができていない。
そしてその邪結晶の反応は、ミクセス王国側が『久門一味がヒデンソル王国にいる』という数少ない証拠であり、今はもう古い情報であった。
だから有原はさらなる情報を得るべく、エストルークにさっきの問いを投げかけたのだ。
一方で、エストルークも気になることがあったので尋ねる。
「なぁ、有原さん。その……あん、なたと久門さんたちとの関係はどういうものなんですか?」
「界訪者として、一緒に大陸に来た僕たちの仲間です。今では僕の不明のせいで別れてしまっていますが、やはり仲間なので、せめて最後は一緒に帰りたいと思っています。だから何としてでも消息を掴んで、色々謝りたいんです」
その有原の優しさと、清い意思がこもった双眸に摘発されて、
「そっか……いつか六人ともう一度一緒にいられるといいな」
と、エストルークは無意識に彼を応援した。
「はい、いつかそう出来るように頑張ります!」
「そうだ、頑張れよ、有原さアダッ!」
この時、エストルークの左足の上に、ルチザの右足が強く乗っていた。
「殿下、緊張感がほぐれてきたところでございますが、相手が相手ですので、まだ言葉遣いは崩してはいけませんよ」
「は、す、すいませーん……」
それからミクセス・ファムニカの両使者は、せっかく久々に会えたのでということで、軽く世間話を交わした。
その間、会場の前哨基地の周囲では、両国の兵士がこの場所の護衛をしていた。
その内の基地の周囲を巡回しているミクセス王国の一人の兵士に、ある男が声をかける。
「やあ、久しぶりでございますな」
元・ミクセス王国の騎士団長、現・ファムニカ王国の役職なしの男、フラジュだ。
かつて、兵士はフラジュの配下であったが、今は無関係だ。
なので適当な返事をして追い返そうともできる。が、ただの一兵卒であるとはいえ、ミクセス王国の看板を背負っている。そんな人間の礼儀が欠けた様を誰かに見られたら困るので、
「ああ、お疲れ様です、フラジュ様」
兵士は多少慌てつつも、礼儀正しく挨拶した。
「急に話しかけてすみませんな。それも国を追われた身分である吾輩なんかがな……」
「い、いえ、今はもう過ぎた話ですので……ところで、フラジュ様は何故ここに?」
「エストルーク様の臣下だからですよ。吾輩は世渡り上手でありますからね。既にこのような重要な場にも同行できるまでになったのです」
「は、はぁ……」
なお、実際はエストルークたちの荷物に紛れて無許可で同行した。
「さて、貴方も忙しいだろうし、さっそく本題に入るとしようか。お主に頼みごとがあるのですよ」
「は、それはどのようなことでしょうか?」
「簡潔に言うと、『ファムニカ王国の姫の訓練相手』です。訓練といっても、向かい合っての試合ではありません。いわゆる『暗殺を受けた際の訓練』ですよ」
「暗殺を受けた際の訓練……?」
「はい、ファムニカ王国の姫、エスティナ様は武勇は非常に優れておりますが、気がとても強く、無用心なお方です。その王族らしからぬ性格を矯正したいというのが、吾輩たちの思惑でございます」
「なるほど……ですが」
「ですがぁ?」
「何故それをわざわざ他国の兵である私に頼むのでしょうか? 自国の人材でどうにかできないのでしょうか?」
兵士に至極当然な疑問を投げかけられたフラジュは、無言で彼の手に宝石を一つ握らせる。
「つべこべ言わないで従ってくださいよ。報酬は山程ありますので……」
しかし兵士はそれをすぐに彼に返した。
「報酬の問題ではないです。色々と不自然なんですよ。フラジュ様、あなた、訓練にかこつけてファムニカ王国の姫に何か別な企みを……」
するとフラジュは、返された宝石を見つめながら、不気味なくらい思い切り笑って言う。
「であればこの報酬を、貴方とその家族を殺す刺客にあてがうとしますか」
「……!?」
「吾輩はミクセス王国の騎士団長の筆頭だったのです。故に吾輩はその務めとして、直属の兵士の素性はだいたい把握しているのですよ? ですから、たとえ『元は』と言えど上司に従わない部下は、今後の憂いを払うためにも始末できるのですよ?」
これまでミクセス王国の兵士として、業務的にフラジュと接していた彼だったが、妻子を人質にされたのならば、それを改めざるを得なかった。
兵士は地面に頭と両膝をつけて、フラジュへ必死に頼む。
「お願いします! それだけは、それだけはやめてください!」
「でしたら吾輩の言う通りにしなさい! なあに、怖がる必要はありませんよ、単なる報酬が良くて楽な仕事なのですから……」
*
その後、フラジュはさっきと同様の手段で、騎士団長時代に元配下だった兵士をさらに四人味方につけ、エストルークたちよりも早く王都に戻った。
そこからフラジュは兵士五人を連れ、王城内をなるべく目立たないように歩き周り、姫の居場所を探る。
「よぉ、フラジュさん」
「わーッ!?」
最中、フラジュたちは逢坂に遭遇した。
「な、なんだ……逢坂さんでしたか、お、おはようございます」
逢坂は挨拶を返した後、フラジュの周りにいる兵士たちを見て、
「ところで何かね、この『取り巻き』は? 服装がミクセス王国の『それ』に見えるが?」
「ああ……この方たちはですね、ミクセス王国にいた頃、吾輩を慕っていたものですよ。色々あってようやく今、吾輩の元に来たのです」
「ふーむ、俺はてっきりフラジュを慕ってる人なんて『いないんじゃあないか』と思っていたよ……」
普通ならば『失礼なことを言うな!』とキレるところだった。
だが、今優先すべきなのはなるべく早く、自然な成り行きで逢坂から逃れることであるため、
「それがいるんですよ。アハハ……」
フラジュは愛想笑いしてごまかした。
「じゃあ、せめて大切にしてくださいよ。『信頼』とはかけがえのない資産ですからね……」
と、一言送った後、逢坂はフラジュたちの脇を通る。
(よし、無事切り抜けられましたね……)
フラジュはホッと一安心し、兵士五人と共に、逢坂とすれ違った。
刹那、逢坂は突然踵を返して、
「フラジュさん、そんな大人数を連れて『どこへ行かれるのですか(ドミネ・クオ・ヴァディス)?』」
ここで無言を貫いてはかえって怪しまれる。
なのでフラジュはこの状況を逆に利用しようとする。彼の方へ振り返り、こう答える。
「それは……エスティナ姫に、彼らと挨拶に行こうと思いまして……」
すると逢坂はフラジュとの間合いを詰め、彼の瞳を覗くようにじっと見つめる。時間が凍りついたかのように、長時間にわたって。
(ま、まさかコイツ、吾輩の企みを推理して……)
謀略がバレるかもしれない……その不安と緊張感故に、フラジュはあちこちから嫌な冷たい汗を何粒も流した。
そして逢坂は、数歩後ろに下がった後、
「姫なら厨房にいるぞ。桐本を喜ばせたいと、手塩にかけてスイーツを作っている。言うまでもなく手塩にかけても甘いスイーツをだ。ただ、何を作っているかは『知らない』、『わからない』、『予測できない』」
「わ、わかりました……ありがとうございます!」
こうして逢坂をやり過ごすついでにエスティナの居場所を聞き出せたフラジュたちは、スタスタと厨房に向かった。
エスティナは厨房でウキウキとして料理に勤しんでいた。
いつもなら王族として護衛兵数人がいるが、思いを寄せている人のプレゼントを作るのに他の人間の気配すらも不純物となりうる考えて今は誰一人側にいなかった。
フラジュはその様子を扉の隙間からうかがい、小さくガッツポーズした後、後ろに控える兵士たちに小声言う。
「ほら、言っていた通り、あんなに無用心なんですよ。だから吾輩はすみやかに矯正したいと考えているのですよ。というわけで皆様、よろしくお願いします」
すると一人の兵士が、あらかじめフラジュに渡された、殺傷性のある本物の短剣を見せて、
「あの、何度も聞いて申し訳ないのですが……対刺客用の訓練なのに、真剣を使っていいのですか?」
「ええ、いいのです。こちらも何度も言ってます通り、姫は凄腕の【格闘家】であります。きっと模擬刀などを見せれば、すぐに訓練だと見くびって、手を抜いてしまいます。ですから我々は本気で当たらなければいけないのです。
あなたたちも、これはただの訓練だと思わず、本気で刺客になったつもりで、姫を殺すつもりでぶつかりなさい」
「しかし、それでもし姫に怪我をさせてしまったら……」
「それも気にしなくていいのです。この国には梶という界訪者にして凄腕の【祈祷師】がいますから! 死ぬこと以外はなんとかなりますよ!」
「ですが……」
「御託はいいから行け! さもなくば報酬も減らしますし、最悪あなたたちの肉親を……」
「「「「「は、はいっ!」」」」」
そして兵士五人はドタドタと厨房に突入し、一斉にエスティナへ襲いかかった。
「な、急になんだよ誰だお前ら!?」
エスティナは頭の中が喜ぶ桐本の妄想でいっぱいになっていたため、兵士たちの存在に気づいたのは、彼らに囲まれ充分に近寄られた時だった。
故にエスティナは、一人の兵士に先手を許し、顔面を斬りつけられてしまう。
しかしそこからのエスティナの巻き返しは早かった。
まず、自分の顔を斬りつけた兵士の首に回し蹴りを食らわせ、せっかく作っていたホールケーキと思しき青い物体に顔面を叩き込む。
続けて、前後から襲ってくる二人の兵士に対し、視界の右半分が何も見えないながら、的確かつ高速に鉄拳を繰り出し、双方一撃でノックアウトさせる。
今度は弓を持った兵士が厨房の隅から四本の矢をいっぺんに射る。
エスティナは顔面をケーキに埋めていた兵士の頭を掴み、それを引っ張り起こして盾にする。
さらにエスティナは盾として使い終えた兵士を、弓を持った兵士に投げつけ、壁に叩きつけた。
瞬く間に四人の兵士が倒されたのを見て、残った一人の兵士は逃げ出そうとする。
「逃がすかッ!」
エスティナはそれを左目を見開いて確認し、調理台を飛び越えて、兵の後頭部に蹴りを食らわせて、その逃げ足を止めた。
そこからエスティナは厨房の出入口の扉を開けて、廊下へ向かって怒鳴る。
「誰だ! オレを殺そうとした奴は!」
しかし、これ以上の刺客は周辺にはいなかった。
「ヒヒヒ、これで火付けは終わりましたね」
フラジュも、兵士たちが突入した時点で、厨房の周辺から早歩きで逃げ出していた。
ならばエスティナは直接実行者から聞いてやろうと、逃げそこねた兵士の胸ぐらを掴んで、乱暴に尋ねる。
「おい、よくもオレを襲ってくれたな! 一体何のつもりだ!」
しかし返事はない。
五人の兵士に渡されていた宝石の魔法が作動し、役目を終えた途端に呪殺されていた。
エスティナは行き場のない怒りをぶつけるように、兵士を地面に叩きつける。
そして彼女は廊下の壁にもたれ掛かり、
「チッ……この野郎ォォォォォォォ!」
斬られ、光を失った右目を右手で押さえながら、止めどない怒りを絶叫した。
【完】
今回の話末解説はございません
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