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第54話 意志の夜

 これは、石野谷が小学一年生だった頃の失敗談である。


 十二月のある日。石野谷は『夕方、ピアノ教室に通っている一個下の妹を迎えに行く』というお使いを母親に頼まれていた。

 

 しかし石野谷は友達との用事に熱中するあまり、そのことをすっかり忘れてしまった。

 その後、妹は夕暮れ時の寒い帰路を自力で歩いて帰った。道はお兄ちゃんが案内しなければいけないくらい覚えていなかったため、その帰りは夜が更けたころになってしまった。

 そしてその影響で数日にわたって風邪で寝込んでしまった。


 忘れたなんかですませるものか。

 約束を守れないなんて、お兄ちゃんとして失格だ。

 お前が遊んでばっかりだったから、妹は風邪なんか引いたんだ。

 二ヶ月前に役所を襲った人みたいな不審者に会ったらどうするつもりだったんだ。


 などなど、両親は石野谷を徹底的に責め立てた。

 これは完全に自分が悪い。石野谷はそう自分の責任を自覚し、石野谷はひたすら反省し、ひたすら頭を下げた。


 そうして一週間後、ようやく両親にも反省の意が届き、多少は話せるくらいの関係には戻った。


 ここから、石野谷は地獄を見ることになる。


 あの怒られている様を面白がったのか、よほど兄に恨みがあるのか今でもわからないが――妹が、石野谷が少しでも悪いことをすると、『陽星は反省していない』とこの件を持ち出しながら告げ口して、両親に兄を叱らせるようになった。


 石野谷としても、あの一件からもう迷惑はかけないと思っていたため、その度に素直に謝り、そういうことは二度としないようにした。


 しかし、妹の告げ口が繰り返されることで、石野谷は徐々に両親からの信頼を失っていった。

 人によってはどうでもいいと思われるような些細な一挙手一投足ですらも激しく怒鳴られるようになった。


 そうして中学生に上がる頃には、石野谷は家族から愛されなくなった。代わりに妹は両親からすこぶる愛された。


 石野谷が中学生の頃、彼には何度も『高校卒業したら、さっさと今までお世話になった分の代金、働いて返してね。どうせなら中卒でどっかの工事現場で働いてくれれば家計的にありがたいんだけど』と言った。

 だが妹には『大学に行くお金は心配しないでね』と優しく言っていた。


 これが、同じ家族であり、子供であるにも関わらず、陽星と妹の扱いの格差は広がっている証拠だ。


 そして石野谷は早くも家内での居場所を失った。


「けれども、俺はちっとも寂しくなかった」


「どうしてだ?」


「友達がいたからだ」


 幼稚園の頃、詳しい経緯は覚えてないが、とにかくそこで仲良くなった梶。


 小学二年生の頃、女の子たちにモテモテでずるい。と、いじめっ子から、からかわれていたのをかばったところから知り合うようになった桐本。


 小学四年生の頃、同じクラスになり、二年前に桐本をかばった時ぶりに再会して運命を感じ、謎のフィーリングを経て友達になった元いじめっ子の稲田。


 小学六年生の頃、太っていることをからかって『相撲やれば?』と言ってみたところ、本当にそれを始めて、戦績も着々と得たことで一目置いたところから距離が縮まった大関。


 中学二年生の頃、冬のプールでイルカ型の浮き輪を浮かばせて、その上で『白鯨』を読むという奇行をしていたとこから気に入った逢坂。


 この五人がいたことで、たとえ家に居場所がなくても、ちっとも寂しくなかった。むしろこっちのほうが楽しかった。


「さらに、高校入ってから出会った久門さんもすげー出会えてよかったと思ってる」


「久門さん……誰だそれ?」


久門くもん将郷まささとさん。地元じゃ最凶の不良とか呼ばれてた。向こう見ずな俺たちですらしないような悪さも平気でするからな。あの晴幸よりも一回りデカい男だ。しかも、器もスゲーでっかくてさ……」


 同じクラスになってから間もなく、久門は同じ男子陽キャとして、すぐに石野谷に突っかかって来た。

 市内でもその悪事が知れ渡っている不良ということもあり、石野谷は彼のことを警戒し、表面上は仲良くし、内心距離を取った。友達五人にも『まだ関わらないでくれ』と念を押したくらいだ。


 ところが、ものの数日で石野谷は久門と心の底から仲良くなった。


 それは久門の何気ない質問がきっかけだった。


『お前は親と上手くやれてるのか?』


 石野谷は笑い話にするつもりで、先述の失敗談を要点をかいつまんで話した。


 すると久門はこう返した。

『やっぱりな。大抵の親は、「親だから偉い」っていうわけわからん理屈でわがまま言うんだよ。そんなの適当に嫌っとけ。わかり合えない奴は、いつまで経ってもわかり合えないんだからよ。』


 友達は多かったものの、こう言われるのは意外にも初めてだった。


 自分が抱えていた問題に対して、ただ親しい仲として『お前は悪くない』と言ってくれるのではなく、きっちりと自分に正しい理由を添えて肯定してくれるのは。


 それから石野谷は友達五人と共に、久門や式部たち四人と仲良くするようになった。

 ただ純粋に、久門を限りなく尊敬に近い意味で信頼したのだ。


「自分の息子を守るため、遠い安全な星に息子をたった一人にさせて飛ばした親父もいる。

 自分の息子を最強にするため、それを超える恐れのある子供を親もろとも国から追放した親父もいる。

 息子を自分の復讐のための戦闘マシーンに仕立てようとした親父もいる。

 良し悪しあるけど、やっぱ結局親なんて身勝手なんだよ……だから、すげーいいこと言っててよ、久門さんは」


「確かにそうかもな。その久門さんは、やっぱいい人なのか?」


「あの人は本当にいい人だよ。多少乱暴ではあるけれど、俺たちみたいなのを引っ張ってくれたからな。あの人は、わかり合える人にはとことん優しくしてくれたんだ」


「そうか、久門さんはお前よりもすごい人なのか……で、今そいつは?」


 石野谷はこれ以上悲しい話をしたくないという意味も込めて、首を横に振った。


 エストルークも彼の気持ちを察知して、いくらか関連はありつつも別な話を切り出した。


「わかり合えない奴は、いつまで経ってもわかり合えない。か……当たり前だけど、いいこと言ったな、久門は」


「本当にそうだよ。さっき話した俺の親父と母ちゃんがいい例だよ。何一つ俺を認めようとしないで、ずっとガラクタとか穀潰しとか思ってるんだからさ。いやー、だから今この世界にいれてスゲー楽なんだよ、もうアイツらとどうあがいても出くわさないからな」


「そうだな……そうか、俺の親父も似たようなもんだな」

 

 エストルークはランタンなどで明るく照らされた、壊れかけの王城をチラッと見た後、怒りを声に滲ませながら語る。


「死に際まで俺は何度も言ったよ。『どうして自分の国を見捨ててでも他の国を守ろうとするんだ』って。けれども親父は『ダメだダメだ』と言うばかりで、決して自分の意見を曲げなかった。それで実際他国が助かってるかもしれないけど、だからって自国の滅亡と引き換えにするなんて王として最低だろ」


 石野谷は彼の怒りと悲しみに共感し、視線を訓練場の土へと落とす。

「だよな……お前もお前でうまく言ってないんだな、親と」


 エストルークも同じように下を向いて、しばし沈黙を置いてから、

「けど、だから俺は戦うんだ。親父の考えにも良いところはあるかもしれないが、こっちのほうが皆のためになるって国中に俺の意志を知らしめてやりたいんだ」

 と、訓練場の壁を真っ直ぐに、燃えるような瞳で見つめて言った。


 それをチラリとみた石野谷はよりうつむいて、訓練場の土を見つめてボソッとつぶやく。

「……負けたよ、王子」


「何が?」


 まさかこんな独り言が拾われるとは。石野谷はビクッとして顔を上げて、しばしエストルークを見つめた。

 するとエストルークは『続けてくれ』と言わんばかりに微笑んで来た。

 さっき家庭事情を話せるぐらい腹を割ったというのに、こっちは話さないのは不自然だろう。と、石野谷は観念して、エストルークに今の心境を赤裸々に語った。


「『意志のあるなし』がだ。お前にはれっきとした意志があるだろ? 親父が敷いた安全なレールをへし曲げてでもこの国の運命を変えたいっていうのがさ。けど俺にはそういうのがないんだ」


 エストルークは即刻否定する。

「そんなわけねーだろ! お前はしっかり自分で考えて動いてたじゃねえか! 初めて会った時、俺に代わって魔物退治をしてくれたのも、エスティナ救出に付き合ったのも、石野谷一味のリーダーのお前が意思を持ってやったことじゃないのか!?」


「傍から見ればそうかもしれないけど、俺は違うと思う。だってあれは、黙って見過ごせない状況に従っただけだから」


 石野谷は星空を見上げて追憶する。

「よくよく考えれば俺はずっとそんな感じだった。家族に居場所が無くなっても、俺は何も抵抗できなくて。久門さんの言葉に救われてから、俺はただ久門さんの太鼓持ちになって。その久門さんが死んだ後、俺はただ流れに合わせて仲間を守ることしかできなくて……

 かれこれ十数年、俺は周りの空気を読むことで精一杯になって、もう二度と間違えたくなくて……そもそもな話、自分の意志ってなんぞやって感じになってんだよ俺は……」


 その最中に、石野谷が目から一筋の光を漏らしたことを、エストルークは見逃せなかった。

 だから彼は即刻言ってやった。


「確かにそうかもしんないな!」


「だよな、ハハハ、やっぱ王子もそう思……」


「けど、俺にとってお前はこの国とエスティナの救世主だろうが!」


 このエストルークの懇願を受けた石野谷は、まるで自分が何もできなかったように沈み込んでいたことに気づき、そして恥じた。


「そう、だよな……ごめん王子、まるで何もできなかった奴みたいグズっちまって……」


「わかりゃあいいんだよわかりゃあ!」


 エストルークは微笑みながら、石野谷に右拳を見せて言う。

「かくいう俺も俺で、まだ『王』とは認められていない半端者だ。だから、これからお互い、得るべきものを得るために頑張ろうぜ!」


「ああ、俺も絶対やるさ。百パー自分の意志でデカいことを成し遂げるってな!」

 と、石野谷はエストルークの右拳に軽く、自分の右拳を合わせた。



「おいおい、昇太……俺を移動手段に使うんじゃあない。わりと『効いている』んだぞ」


「さっき音楽隊に迷惑かけた罰だ。これくら我慢しろ雄斗夜」


 逢坂は自前の能力で飛びつつ、梶を訓練場の方へと運んでいた。

 逢坂は今、梶の命令で移動手段としてこき扱われていた。


「大体よォ〜、昇太お前、自分の【神寵】の能力で機械とか作れるんだろ? それで『車』とか『バイク』とか作ってしまえばいいんじゃあないか?」


「できるはできるけどやりたくないんだよ。そういうのをしていくとだんだんみんなが僕の機械を羨ましがって、『あれ作れこれ作れ』と言い出して、最終的にみんな機械に頼ってだらけていくからね。そうするとやがてこの世界の文明にも悪影響を及ぼすかもしれないからね」


「なるほど……『金言』みたいじゃあないか」


「あと、僕の作る機械は能力の性質と僕自身の性格上、『バカ重くてバカ使いにくい』のばっかになるからね……じゃあ雄斗夜、今俺に感心した分、もっと飛ばせ」


「YES! YES! YES!」


 そして梶と逢坂の二人は、雑談を続ける石野谷とエストルークの前に着陸する。


「うわっ、ビックリした……梶と逢坂か」

「何だよ昇太、雄斗夜!? わざわざここまで来くるなんて、俺になんか用でもあるのか?」


「そうらしいぜ、陽星。じゃあ言ってやれ、昇太」


「ああ、おい陽星。それとエストルーク王子。あなたたち、今向こうでやってる祝祭のメインキャストは誰なのかわかってますか?」


 エストルークは答える。

「それはエスティナとお前ら石野谷たちだろ!」


「……ああ、まぁ、『メイン』の解釈次第ではそうですね……すみません、言葉選びが下手でした。この祝祭の中心オブ中心の人物は誰かわかってますか?」


「ああそれか、だったら俺と……」


「俺だよな、昇太」


「そう。その二人が祭りほっといて、訓練場で勝手に遊ばないでくださいよ。ちゃんとと表に出て祝ってくれる人と顔合わせてください。この後演説もあるんですから」


「わかってるよ梶。俺たちもそろそろ行こうと思ってたし、演説も忘れてないし」

 と、石野谷は言った後、梶と逢坂に続いて祝祭の会場に戻っていく。


「あ、ちなみにだが、移動手段は『徒歩』だぜ。陽星」


「そんなことわかってるよ、雄斗夜。お前が人を三人も運べると思ってないからな。あ、ちなみにだけど昇太、俺の演説の原稿とか考えてたりする?」


「たりしない。自分でなんとかしろ」


「えー、俺色々戦いまくって疲れてるのにー」


「そのうちの三割くらいは王子とやり合ったからだろうが」


 このように石野谷はわかり合える友達二人と仲良くして、会場に戻っていく。

 エストルークは三人の邪魔をしないようにと、ちょっと後ろからそれに続く。


(国民の規範となるのが王の努めだ、だったら不安だらけの石野谷一人も導けないようじゃ、俺は王失格だろうな……)

 その最中、エストルークはある決意を固めつつあった。


 そしてそれは、数分後に行われた自分の演説で発表した。


「俺は決めたぞ! ようやく隣国にこの国の本当の現状を、良いことも悪いことも包み隠さず伝えるとな!」


【完】

今回の話末解説はございません

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