第51話 姫を連れ戻せ
石野谷一味、エストルーク王子、それとルチザと百数人の王国兵たちは、一夜を越して、ファムニカ王国・王都から南にあるファムニカ火山にやってきた。
北側――つまり一行に向いている側に大きな洞窟が空いていることを除いては、地肌は灰を被った黒であり、頂上からは絶えず噴煙し続けるという、至って普通の火山だ。
ルチザは洞窟の出入口となる穴を指さして、石野谷一味に説明する。
「あの正面に見えます出入口の口径がここ最近急激に広がっておりまして、それで『巨大な何かが通っているのでは?』と国内の学者たちが推察して、姫を同行させられた調査隊が派遣されたのです」
そう聞いた梶は、その洞窟を凝視して、
「確かに、あれは天然の削れ方じゃない。何かによって無理くり広げられた感じです……」
「そんな穴が出来るまでの過程とかどうでもいいだろッ!」
と、エストルークは怒鳴り、周りを黙らせる。
「今は早くエスティアを助けることが重要だ! そう、早くにだッ!」
そしてエストルークは、妹を助けたい気持ち以外の思考の一切を頭の隅に追いやり、仲間たちを置きざりにして洞窟に突入した。
「ああこら殿下! 一人で行かないでください!」
「うっしゃあああ! 俺も行くぜえええ!」
一歩遅れて、相変わらずせっかちな稲田もエストルークに続いた。
「一人じゃなかったね」
と、二人の無鉄砲の背中を見て、桐本はつぶやいた。
短慮な殿下に心底困り果てているルチザに、石野谷は言う。
「俺たちもさっさと入っちまいましょうよ、ルチザさん」
「本当はもっと慎重に行きたかったのですが……そうですね」
そして残りの一行も二人を追って洞窟に突入する。
すると入口から五十メートルほど進んだところに、二人はいた。
「【撃砕拳】!」
「【アドラ破砕脚】!」
案の定、道中には魔物が湧いていたので、それと交戦していたのだ。
稲田は界訪者として、【神寵】として、言わずもがな鎧袖一触に魔物を薙ぎ倒す。
その一方でエストルークもそれに追随するように、次々と魔物を殴り倒している。
「もう十五体目か! 思ってたよりやるなあエストルーク王子!」
「そっちこそ三十体も倒しやがって! 待ってろ、今追っついてやるからな!」
「流石に入ってすぐ絶体絶命ってことはないか。よかったよかった」
「その『よかった』は姫さんを助けた時にまでとっとくべきだと思うぜェ〜、晴幸?」
「雄斗夜の言うとおり、感心してないでお前らも戦え! 突入したからには姫を助けることを最優先にしろ!」
「おう、バッチシやってやるぜ昇太!」
無事エストルークと稲田と合流した一行は、気が早い二人への厳重注意を済ませた後、梶の指揮の元、魔物を排除しつつ、姫に危機があったという洞窟の深部へと進んでいく。
邪神獣の住処と噂されている場所にふさわしく、道中で出くわした魔物たちは相応に強かった。しかし、石野谷一味の六人とエストルークたちはもっと強く、まるで足止めにならなかった。
こうして一行は一時間も経たない内に、トントン拍子で深部にたどり着く。
そこで、一同に姫の緊急事態を伝えた兵士は言った。
「ここです、ここで姫が……」
「なるほど、パッと見何も無さげだけど……」
「空間の形状がいくらなんでも意味ありげすぎるんだよな……」
辿りついた場所は、ものすごく噛み砕いて言うならば、『闘技場』だった。
頭上は半円形の岩肌に閉ざされ、地面は半径がおおよそ五百メートルくらいの丸い平地で、辺が溶岩に囲まれている。
外周の壁は一行がくぐったものを含む高さ五十メートルくらいの穴が四つ空いており、そこからそれぞれ平地へ橋めいた岩が繋がっている……という、いかにもこの後、何か大物と戦わされる雰囲気がある空間だった。
エストルークはいち早く円形の平地に足をつけて、四方八方へ叫ぶ。
「エスティナー! エスティナー! お兄ちゃんが来たぞー! いるなら返事しろー!」
しかし返事はすぐに帰って来ず、エストルークはひたすら叫び続ける。
すると稲田は彼の助けになるべく、
「姫えええ! 姫えええ! 稲田輝明が来たぞおおお! いるなら返事しろおおお!」
同じように叫んだ。
それに桐本はニタつきながらツッコむ。
「お姫様からしたら『稲田輝明って誰』? ってなるんじゃないかな?」
エストルークと稲田の声が空間内に響く中、残りの一行も平地にやってくる。
直後、梶はあの報告をした兵士に尋ねた。
「すみません、色々あって質問するのが遅れたんですけど、姫は何があってこうなったのか詳しく教えてくれませんか?」
「ああ、こちらこそ先に伝えられずすみません。我々がここに到着した時に、巨大なカラスが現れて……ッ!?」
この時、四人が通った穴の向かいにある穴から、短気二人の掛け声をかき消すほど大きく、そして威圧的な雄叫びが空間に轟く。
「ごめんなさい、説明はまたまた今度でお願いします。お前ら構えろ! この覇気、百パーセント邪神獣だぞッ!」
そう梶が警戒を促し、一同が臨戦態勢を取ってすぐ、一つ一つに勇ましさを感じる足音が向こうから、徐々に大きさを増して鳴り続ける。
そして一行の前に、全身が灰色のしなやかな体毛に覆われた、全長五十メートルはくだらないほど巨大なライオンが、一行の前に現れる。
「ルチザさん、コ、コイツは……」
「こ、これは……【絶望のシシリュエオス】! 我らがファムニカ王国に隣接していた四国を滅ぼしたとされる邪神獣です! 王都をあのような姿にしたのもこやつの仕業でございます! その時は……」
「シシリュエオス! あの時のリベンジをさせて貰うぞ!」
かつてシシリュエオスを王都から追い払った二人の勇士の片割れ、エストルークは真っ先にそれへ立ち向かう。
「食らえ! 【裂空脚】!」
エストルークは勢い良く飛び上がり、シシリュエオスの下顎を狙う。
シシリュエオスは右前足の裏をエストルークへ向けて、まずエストルークの蹴りの勢いを殺す。
「なっ反応できただと!? 前はこれをモロで食らってキャンキャン吠えて逃げ出したのに……!」
そして素早く、シシリュエオスはエストルークを潰すべく、右前足を一気に地面へ振る。
「【金竜昇進】!」
そこで大関が目にも止まらぬ速さでエストルークの隣に移動し、平手を突き出し、シシリュエオスの右前足を横へ反らした。
「油断しないでくださいよ王子。こんなことで死んでしまえば国は大変なことになりますから」
「うるせぇ……」
と、言いかけた途端、エストルークはさっきのシシリュエオスの力を――前回と比べて驚異的に強くなった力を思い出し、
「とは、今回は言えないな……すまん、助けてくれて」
流石に大関に謝った。
「わかればいい……さて、次はあちらか」
「【アドラ裂空脚】!」
稲田は全長三メートルもの大槍を地面に突き立て、棒高跳びの要領で勢いづけ、右足に高熱を蓄積しながらシシリュエオスへ跳び蹴りを繰り出す。
シシリュエオスは左前足を振りこれを受け止める。
稲田の攻撃力の高さと、彼の右足から伝わる高熱により、シシリュエオスの前足は大幅に押された。しかしシシリュエオスは気合で押し返す。
稲田は三点着地してすぐに、シシリュエオスを見上げにらみつける。
「こいつう、とんでもないパワーしてやがるぞおお!?」
エストルーク、大関、稲田……一行が誇るパワーファイター三人が力負けするという状況を目の当たりにし、梶は考える。
(あのシシリュエオスも相当なパワータイプのキャラってことか。だったら、ここは僕が活躍する時だな……よし)
そして彼は素早く指示を出す。
「三人とも、まず一回下がれ! 俺にいい考えがある!」
三人はこれに素直に従い、梶のいる残り一行の元へと再集合する。
そこから梶は簡潔にこれから行う策を皆に伝える。
「じゃあ、手筈どおりに頼むよ」
「「「「「「おう!!!!!!」」」」」」
まず初めに出撃したのは稲田だった。
「さあああ! 行くぞおおお!」
彼はいつもながら勇ましく、誰よりも早くシシリュエオスへと突撃する。
それを迎撃すべく、シシリュエオスは右前足を彼めがけ叩きつける。
そう来るとわかっていたと言わんばかりに、稲田は邪神獣相手には意味のないドヤ顔をしつつ後方へ跳んで、叩きつけを回避する。
シシリュエオスの右前足が誰もいない地面にクレーターをつくってすぐに、
「今だ! 一斉に放て!」
石野谷を隊長とする、遠距離攻撃が得意なジョブの兵士で編成された、五十人の射撃部隊がその右前足に飛び道具を多数おみまいする(なお、肝心の隊長の矢は当たっていない)。
シシリュエオスはこれ以上の負傷を避けるべく、右前足を後方へ下げる。
その時、相対的に前に出た左前足に、神器【天叢雲剣】を携えた桐本が率いる、近距離攻撃を得意とするジョブの兵士五十人の突撃部隊が迫り、そこを次々と斬りつける。
シシリュエオスは牽制のため、地ならしを起こそうと、少し左前足を上げる。
「今だ! 一斉に放て!」
そこで再び射撃部隊が一斉に矢や魔法を放ち、左前足をさらにダメージを与える(この時も石野谷の矢は当たらなかった)。
シシリュエオスは右前足以上に傷ついてしまった左前足を引っ込める。
そうなれば次はこの右前足を攻撃してくるだろう――いくら邪神獣とてそのくらいは学習している。
なのでシシリュエオスは今だに見せていなかった行動パターンを使う。
全身のバネを利用して飛び上がり、両後足でサマーソルトキックを繰り出した。
だがこれも梶は予め読めていた。
「やっぱりな。あのライオン、前足に筋肉が集中してるとかじゃないから、多分後足も使えると思ってたよ。そしてその対策も用意しておいてよかったよ……行け、雄斗夜!」
「あいよ! 待っていたぜその技をよォーッ!」
逢坂は宙を飛び、こちらに向いたシシリュエオスの懐へと果敢に迫り、
「オラオラオラオラオラオラァーッ!」
火の玉の五月雨を容赦なく浴びせた。
この勢いに負けて、サマーソルトキックは誰にも命中すること無く中断され、シシリュエオスは背中を地面に激しく打ち付けた。
「今だ輝明、光、雄斗夜! 思い切り叩いてやれ!」
「あいよお昇太!」
「任せてよ昇太!」
シシリュエオスが無防備となった今、前衛の者たちは一気に畳み掛ける。
しかしそれはシシリュエオスが許さない。奴は身体を半回転させて四足で立ち直す。
するとすぐに、右前足を軸に両足で周囲の兵たちを薙ぎ払う。
しかしこれも梶は読めていた。
「お前には気合があるのもわかってるんだよ。じゃあこれ食らって行け! 【アタック・ミラクル】!」
梶は大関に攻撃力増強のバフ魔法を与え、
「任せろ昇太! 【金竜昇進】ッ!」
大関は目にも止まらぬ速さでシシリュエオスの右後足に接近し、
「【金竜急襲】ッ!」
炎を帯びた右手の掌底を全力でぶつける。
これでシシリュエオスの薙ぎ払いが一瞬停止したうちに、
「サンキュー大関ッ! 仕上げは俺がやってやるぜぇッ!」
エストルークがシシリュエオスへ全速力で駆けて、
「食らえッ! 【裂空脚】!」
勢い良く飛び上がり、敵の下顎めがけて飛び蹴りを繰り出した。
「俺も手伝うぜ、エストルーク王子! 【ピュートーン・ブレイカー】ァァァッ!」
それに合わせて石野谷も猛火を帯びた矢を一本射る。
普段の命中率は悪いが、やる時にはやると自称する【狙撃手】石野谷――この時は無事、矢はシシリュエオスの下顎へ向かっていた。
「「いっけぇぇぇぇッッ!!」」
二人の攻撃は、奇跡的なシンクロを起こしてシシリュエオスの下顎に同時に命中した。
こうしてシシリュエオスはたてがみが炎上する中、蹴りの衝撃で怯み、ついに横に倒れた。
全ての攻撃を最善の手で潰し、シシリュエオスの取れる手段を減らしていき、大きすぎる隙が生じる大振りな攻撃を使わせ、そこを一気に叩く。
仲間たち五人と、エストルークの得意分野を把握して『無茶させる』――これが梶の作戦だった。
「「「「「「「よ、よ、よっしゃあああ!」」」」」」」
直後、この火山内の空間の天井めがけ、石野谷一味と王子らファムニカ王国の闘士たちは拳を突き上げ、大歓声を轟かせた。
刹那、その頭上に怪しげな黒紫色の羽を持つ、普通のそれの十倍の巨体を誇るカラスが現れる。
「……おっと、危うく忘れるところだった。そういえばいたな、カラスさんよ」
【完】
話末解説
■詳細説明
【バフ・回復魔法の強さ順】
バフ・回復魔法は、【〇〇・ギフト】を最も初歩のスキルとして
【〇〇・ギフト】 → 【〇〇・サプライズ】 → 【〇〇・ミラクル】 → ???
の順で強くなっていく。




