第50話 遠慮の先王、短慮の次王
ファムニカ王国・王都の中央に位置する王城にて。
魔物の群れとの防衛戦に乱入し、圧巻の活躍を見せた石野谷たち六人は、自分たちの主君を自称し始めたフラジュとともに、次期国王のエストルーク王子により玉座の間に招かれた。
流石に王の権威の象徴たるこの空間を汚すわけにはいかなかったか、城下町や王城そのものの破損具合に比べると、完璧とも言い切れないが綺麗に保たれていた。
エストルークは玉座に浅く足を組んで座り、六人へ感謝の言葉を告げた。
「まず、ありがとよお前ら! おかげで今日も王国を守れたぜ!」
座り方然り、言葉遣い然り、とても次期国王とは思えないくらいの軽さで。
(若いからってのもあるんだろうけど、まだまだ青いなあの王子……)
梶は胸の内でエストルークをやんわり軽視する一方で、
「おう、どういたまして!」
一味のリーダーである石野谷はノリが軽い同類なので特に気に留めなかった。他の四人も概ね同様である。
もう少し国王としての自覚を持ちなさい。と、執事のルチザはエストルークをたしなめた後、
「私からも貴方がたには感謝いたします。えっと……すみません、お名前をよろしいですか?」
「オッス! 俺、石野谷陽星!」
「俺の名は逢坂雄斗夜。お・と・や。『斗』の上に『雄』が付く……」
「それ言う必要ないよね? で、僕は梶昇太です」
「桐本光ですよ」
「稲田輝明だ!」
「そして俺が大関晴幸です。好きな食べ物はシーザーサラダ」
「石野谷様、逢坂様、梶様、桐本様、稲田様、大関様……ですね? わかりました。皆様、本日は突然の事態ながらご助力いただきありがとうございました」
「「「「「「どういたしまして!!!!!!」」」」」」
と、六人が声を揃えて返事した後、
「あの〜、吾輩へは何かないのですか……?」
誰のおかげでこの六人がここにいるのかわかってるのか。と、フラジュが自分への礼を求めてきた。
梶はそれを脇目で見て、内心蔑む。
(俺たちが活躍した途端に主君を名乗り始めたり、さっきからまた図々しくなりやがって……)
しかしエストルークとルチザは、彼がどういう素性なのかまだ知らないので、素直にフラジュへ感謝した。
「ああ、すみません……貴方も、ありがとうございます」
「ありがとよ! コイツらを貸してくれて!」
「そうそう! それでよいのです!」
「多少は謙遜しろよ」
と、梶は憎さ余ってついにボソッと声に出してツッコんだ。
隣にいる桐本と大関は無言でそれに頷く。
エストルークは玉座から跳ぶように勢い良く立ち上がり、五歩ほど石野谷一味に近寄って尋ねる。
「ところで、お前たちはどうしてこんなオンボロくなっちまった国にわざわざ来たんだ? まさか俺たちの危機を察して舞い降りたとかじゃないよな?」
ここは一味の中で比較的一番礼節のある梶が対応する。
「それなんですけど、逆にどうしてこの国はこんなに危機的状況に……?」
最中、逢坂は梶の胸ぐらを掴んで、
「テメーくらいの頭の持ち主が『質問に質問で返すな』ッ! 『問を出さ』れて『問を返す』のはケアレスミスではすまされねぇーんだぞォォ!」
「わかったわかった! ごめん! 聞きたい気持ちが先行しちゃったんだよ!」
逢坂から開放された後、「あーめんどくせー」と小声でぼやいてから、梶はエストルークに言う。
「僕たちが来たのは『なんとなく』です。それで、こちらも聞きたいことがあるんですけど、失礼かも知れませんが、どうしてこの王国はここまで悲惨なことになっているのですか?」
エストルークは頭の後ろをかきながらぶっきらぼうに返す。
「そりゃ見ての通り魔物の群れとか、邪神獣に襲われたりしてこうなったんだよ」
「それはそうですよね……すみません、質問の仕方が下手でした。僕たちはミクセス王国から来た者なのですが、そこでは『ファムニカ王国は無事』と聞いていたんです。今の状況って、どう見ても無事の範疇超えてますが?」
そう梶から問われると、エストルークは苛立ち舌を打った。
「チッ、やっぱりそう伝わってたか……!」
エストルークは振り向き、いつ言葉遣いについて再度注意を行おうか考えていたルチザへ尋ねる。
「なあルチザ、こいつらには教えてやってもいいよな?」
「あ、はい、ここまで来れば仕方ないでしょう。彼らは借りもありますし……」
そしてエストルークとルチザは二人でヒソヒソと相談をしてから、ようやく梶の質問へ正式に答える。
「わかった、教えてやる。この国がこうなった直接の原因はさっきの通り魔物たちのせいだ。けど、間接的は理由は俺の親父が『この国を滅ぼそう』と思ったからだ」
「俺の親父……先代国王がですか?」
「はい、殿下の言い方はあまりよろしくないですが……実際その通りでございます」
と、ルチザは言ってから、六人へここまでの経緯の子細を語る。
*
約半年前、各所で猛威を振るい、二十数余あった国を次々と滅ぼした邪神とその尖兵は、ついにファムニカ王国へ牙を向いた。
幾多の領土が侵され、村や町が潰され、城が崩れ、人が殺される。周辺にあった国と同じことが異例なくここでも起こり、瞬く間にファムニカ王国も滅亡の危機を迎えた。
無論、ファムニカ王国は他の国と同様、邪神たちの魔の手に抗えなかった。
故に、国の憂いを一身に背負ったためか、重い病に伏した賢王レピアークは非情の決断を下した。
「今日を持ってファムニカ王国は滅亡した。皆、何処かへ逃げ隠れてくれ。ただし、まだ続いている国へは行くな。そして、この事実を決して他国に漏らしてはならない」
これが賢王レピアークの最後の勅命であり、最も彼らしい思いやりであった。
余命僅かな国のために、もうこれ以上犠牲を生むわけにはいかない。
この犠牲とは国民はもちろん、他国も含まれている。
もし他国にファムニカの危機を告げれば、自分たちと同様に辛い状況下にもかかわらず、ファムニカを助けに来てしまうだろう。それがレピアークにとって受け入れがたかった。
こうしてファムニカ王国の民たちは、王の人徳に快く従った。
勅命が出されたと同時に王より配布された地図にある国の秘境や、滅亡した他国の地などへと離散した。
しかし賢王の信奉者たちは、亡国となることを飲み込みきれなかった。
だから彼らは、王都などの一部の地域に残存し、国を守り続けていた。
ただし、それでも賢王の最後の勅命を半分だけは守り抜き、この危機も、王の死も、けっして他国へは漏らさなかった。
*
ルチザの話をある程度聞いたところで、梶は尋ねる。
「じゃあ、俺たちが聞いてた『守りきれてる』っていう報告は……先代国王の遺言をを守るための嘘ってことですか?」
「仰るとおりでございます。賢王の遺言を守るために、門前払いするためだけに建造した立派な前哨基地で応対して、王都の現状を悟らせないようにしております。
ここ最近、トリゲート城塞の奪還に成功したというミクセス王国から、頻繁に使者が訪れて、『救助させてほしいと』懇願されていますが……それもそこで拒絶しています」
「全く、まどろこしいったらありゃしねぇ!」
と、ファムニカ王国の最後の柱であるエストルークは天に吠えた後、玉座の背もたれに蹴りを入れた。まるで先立った父親に八つ当たりするかのように。
「殿下……今は客人の前ですよ」
ルチザの静止も虚しく、エストルークは父親への愚痴を叫び続ける。
「親父はあれこれ気にし過ぎなんだよ。俺たちがガキの頃にごっこ遊びくらいの感覚で戦ってる時とか、ちょっと兵隊に挨拶しようと思って訓練場に行ったときとか、何でもかんでも危ない危ないって止めに入って!
度胸がないんだよ度胸が! 王様のくせに自分の国よりも他人を守る方を優先するなんておかしいだろ!」
そしてエストルークは石野谷たちへ指さして、
「なぁ、お前らもそんなことするくらいならさっさと『助けてくれ』って言ったほうが楽だと思わないか!?」
「まぁ、君の気持ちはわからなくもないよ」と、桐本。
「けど、王として色々考えてた部分があるんじゃないか?」と、大関。
「今だったらミクセス王国には、有原級長とか隆景とか、優れた救世主がいるけど、半年前に助けを求めたら共倒れになりそうと考えてもおかしくはないと思いますよ」と、梶。
「お前の父親で救われた命も大勢いるはずなんだ……頭ごなしに『否定』するのは、よくないんじゃあないか?」と、逢坂。
この四人は、エストルークの怒りをある程度汲みつつも、先代国王に同情した。
一方、
「ほんとそれなあ! お前の親父最低だよなあ! もっと自分に自信持ってどんと行けばなんとかなったかもしんないのになあ!」
稲田は単純馬鹿な彼らしく、エストルークにガッツリ共感した。
「だよなだよな! やっぱお前はわかってくれてると思ったぜ稲田! ウェーイ!」
「おーうッ!」
エストルークは稲田と両拳を合わせて意気投合した後、
「もちろん、石野谷も同じだろ!?」
稲田と同じく、自分と同類と思っている石野谷に尋ねた。
その時、石野谷は普段の勢い任せな彼らしくなく、思考にふけっていた。
「おい、だよな! 石野谷!?」
「おおっ! あ、ごめんごめん、考えごとしてました……で、何だっけ?」
「俺と親父、どっちが正しいかって話だ!」
「ああそれね……そりゃあ絶対……」
石野谷は十秒くらい、不自然な間を空けて、
「お前だと思うぜ」
と、返した。
「やぁーっぱりなぁー! 石野谷もそう言うと思ってたぜッ!」
するとエストルークと稲田は共に石野谷の肩を組んで、激しく喜び、騒ぎあった。
それを見て梶は、わざとらしく首を振って理解しがたい雰囲気のジェスチャーをして、一言。
「やっぱアホは見ててつらいな」
「「「まぁまぁ」」」
桐本と逢坂と大関はそれをなだめた。
このように、石野谷とエストルークら三人がバカ騒ぎし、梶とルチザら五人がそれに呆れて困っていた。
そんな中、一人の傷ついた兵士が、慌ただしく玉座の間に入ってくる。
兵士はエストルークを前にしひざまずき、彼へ報告する。
「報告! 調査隊に同行したエスティア姫が……」
「なにィ! それは大変だ!」
エストルークは石野谷と稲田と肩を組むのをやめて、
「お前、そっちの方まで案内しろ!」
「うわーっ!」
報告を最後まで聞かないまま、兵士を引っ張って玉座の間から出ていった。
せっかく楽しくしていたのに、事態があまりにも急変したことと、何がどうなってこうなったのかさっぱりわからず、石野谷と稲田はポカーンとした。
リーダーを待つのもじれったいので、梶は一味を代表してルチザに尋ねる。
「今、エストルーク王子はどういう心理状態だったんですか?」
あくまで長い付き合いとしての考察になりますが。と、ルチザは前置いてから、
「王都から南に『ファムニカ火山』という火山がありまして、そこが邪神獣の住処であるという可能性が出てきて、ただいまそちらに調査隊を送っています。
その中にエストルーク王子の妹、エスティア姫が『国の宿敵を間近に見据えたい』と、わがままを言って同行していたのです。
そして今、こちらの調査隊に属する兵士が、姫が不測の事態を起こしたことを伝えようとする寸前、姫を助けようと気持ちが先行して……」
「ああして細かいことを聞かないで出てったってことですか?」
「はい、恐らくこうかと思います。そして今エストルークは精鋭部隊をかき集めて、一秒でも早く姫を助けに行くつもりかと」
「へぇ、アイツ妹がいたのか……」
石野谷はその事実に多少驚いた後、速やかに仲間たちへ命令する。
「うっし、じゃあ俺たちも行くぞ!」
「あ、やっぱり僕たちも行くんだ?」
「当たり前だろ昇太! 魔物退治は手伝って、お姫様の救出は手伝わないっておかしいだろ! それに……」
「それに?」
石野谷は脳裏に『きょうだい』というワードを浮かべ、一瞬嫌な顔をした後、
「……まだ俺たち、ここに住んでいい許可貰ってないだろ!?」
「なるほど、損得考えてのことね。てっきり僕はもっと義理的なものだと思った」
稲田は頭上で得物の槍を回し、肩慣らしをして言った。
「どっちでもいいからさっさと行こうぜ陽星! でないとアイツ、先に行っちまうかもしれないだろおッ!?」
「だなっ、輝明! じゃあすべこべ言わずさっさと行くぞ!」
「「「「「おーっ!!!!!」」」」」
こうして、石野谷一味は防衛戦を終えてから一時間しか経っていないにもかかわらず、次なる戦場へと向かうのだった。
「行ってくるのでございますよー!」
なお、フラジュは今回も自分が戦力外になることを自覚して王都に残った。
【完】
話末解説
■用語
【ファムニカ王国】
一年二組が転移した時、かろうじて残存している三国の一つ。
君主は賢王と名高い『レピアーク・ファムニカ王』だったが、約半年に崩御したため現在は不在。
次期国王候補に『エストルーク・ファムニカ王子』がいるが、正式な継承はまだしていない。
先代国王が死に際に『滅びゆく国に助けは無駄』と他国に配慮した勅命を出したため、国内の危機が他国に伝わっていなかった。




