第49話 新天地の出会い
ファムニカ王国の王都にて。
そこの象徴たる白い大門の変わり果てた姿を目の当たりにした後、石野谷一味とフラジュは門をくぐる。
そこから一行は、ところどころが欠けた城壁の中にある、大半の建物が損壊しているほど荒れ果てた街を歩く。
門の外から見た限りだと人気はなかったが、少し中心へ行くと、兵士たちが物資運搬や施設の復旧作業などで慌ただしく動いていた。
「よかった、国そのものは滅亡していないみたいだ……」
と、石野谷はほっとした。
さらに一行は王都の中心に位置する王城を目指す。
王城も荒廃の例外とはならず、四つある尖塔の内二つが折れて無くなっていた。
「けどよ、これ『国として』成立してるのか?」
「ひょっとしたら遷都したって可能性もあったりして……」
という逢坂と梶のやり取りを聞いて、稲田は思い立って近くを通りかかった兵士に、いきなり問いかけた。
「わりぃ、ここ王都?」
「は、はい……ここはファムニカ王国の王都です。今は見ての通りボロボロですが、一応国王も……はい」
「あざっす……だってよ?」
フラジュは首を傾げたまま、
「そうか。しかし、どうしてここまでになっているのでございましょうか……?」
桐本はフラジュへ言う。
「それは普通に邪神の勢力に襲われたからじゃないかな?」
「それは流石にわかってますとも。吾輩は聞いていたことと違うから不可解と思っているのであります。ミクセス王国にいた頃、ファムニカ王国からは何度も『無事に国を守れている』と報告を受けていたのだ。だが実態は見ての通り……この差は一体なんなのだ?」
大関は言う。
「貴方が国外追放になってからこうなったのではないか?」
その時、梶はそれを否定する。
「それはないと思うな。この各地の破壊の痕跡はざっと見て一ヵ月くらい前のものだ。フラジュがお役御免になったのはそんな前じゃないだろ?」
「そうですな、吾輩が……まだ一週間も経ってないですからな。とにかく、ここは国王に助けを求めるついでに、聞いてみるのが一番でしょう」
「ちなみに再確認なんですけども、本当にファムニカ王との少なからずの繋がりがあるんですよね?」
と、石野谷が尋ねると、フラジュは数秒ほどの間を空けて、
「ああ、あるとも……」
「なんか急に自信がなくなってません?」
数分後。一行は王城の手前までやってきた。
フラジュは代表として、門を守る衛兵に、国王との謁見の許可を願った。だが……
「大変申し訳ございません。ただいま陛下は近親者と側近ではない者とは面会を拒否しているのです」
お断りであった。
「そんな……吾輩はフラジュでありますよ! 国王と古くから血が繋がっている縁の持ち主でありますよ!?」
「ですがそれは『遠い縁戚』であり、近親者と側近ではないので……申し訳ございませんが無理です。もしお伝えしたいことがありましたら手紙などを介せば可能ですので」
「わ、わかりました……」
すっかり落ち込んでトボトボと戻ってくるフラジュを見て、六人はそろって同じことを考える。
((((((やっぱりダメだったか……))))))
「……というわけで貴様ら、王に一筆書くとしますか」
石野谷たち六人はフラジュに返事をせず、ただ彼を白い目で見つめる。
始めから期待していなかったとは言えども、ここまでこいつが無力だったことに呆れ果てていたのだ。
「本当大丈夫ですか、フラジュさん?」
「僕の感想ですけど、この調子でここに住めますかね?」
「そ、そんなに不安にならないでくれますか!? えーっと……」
「石野谷です」
「梶です」
「石野谷殿! 梶殿! 吾輩を何だと思っておるのだ?」
「ちなみに言っておくけど、もうオメーは『騎士団長』の称号は使えないからな?」
この逢坂の警告が災いし、フラジュはしばらく黙り込んでから、
「とにかく……吾輩を信用するのですよ!」
「「「「「「根拠を言えよ根拠を!!!!!!」」」」」」
と、六人が奇跡的にハモって怒鳴った。
その時、王城の尖塔の一つから鐘が鳴り響く。
「敵襲、敵襲ー! 魔物の群れを西方に確認ー! 全兵士は出撃の準備を!」
直後、王城の警護などに就いている者などの一部を除き、王都にいる兵士のほとんどは仕事を中断して、西部へと急行し始めた。
同時に、
「放せッ! 俺も戦わせろッ!」
「いけません殿下! 貴方は明日の王としてしばらくは……」
「いいから放せッ!」
王城の正門の扉の向こうが、喧騒とし始めた。
なんだなんだと言いながら六人はそちらの方に目を向けるとすぐに、
「どけぇッ! 俺が邪神の雑兵をぶちのめしてくるッ!」
正門の扉が勢いよく開き、石野谷たちと同じくらいの年のいかにも血気盛んそうな軽鎧姿の少年が、兵士を押し飛ばしながら城の外へと出てきた。
少し遅れて燕尾服を着た初老の男が城外へ出て、周囲の人へこう願う。
「誰か! 殿下を取り押さえてください!」
「任しとけ!」
と、大関はすぐにその男の頼みを引き受け、少年の前に立ち、蹲踞の姿勢を取りつつ片手を地面に着ける。
そこから立ち上がると同時に瞬発的に勢いづけて、少年に突撃する。
「邪魔だデブ!」
しかし少年は、大関との接触の寸前、地面を思い切り蹴って高くジャンプし、彼を軽々と跳び越した。
その様子を見て桐本は驚く。
「ええっ、あの大関の突進をギリギリでかわせちゃうの!?」
そして少年は危うげなく三点着地し、西へと向かっていく。
その直前、
「はい残念!」
少年は素早く回り込んだ石野谷の蹴りを、思い切り腹部に食らってしまい、
「く、くそぉ……」
その場で倒れてしまった。
石野谷はポカーンとした様子の兵士たちへ向いて、気持ち深めに会釈する。
「わりー、止め方指定されてなかったから結構乱暴にやっちまった」
すると兵士たちは石野谷にパチパチと小さく拍手を送った。
さらに、自分たちに少年の静止を求めた燕尾服の男は、
「どなたか存じ上げませんがありがとうございます、殿下の無茶を止めてくださって……」
と、心から感謝した。
その時、少年はゆっくり立ち上がろうとする。
「無茶……じゃ、ねえよ……正しいことだろ……安全な場所で口だけ動かしてるだけの奴が次期国王の器に務まるわけないだろ……だから、俺にも戦わせ、ろ……」
しかしボディーへの衝撃がじわじわ効いてきたためか、思うように立ち上げていなかった。
そんな少年の前で石野谷はしゃがんで、
「さっきは蹴ってすまなかったな」
「謝るんだったら最初っから止めるな……」
「けどあの兵士の皆さんたちにものっぴきならない事情があるらしいんだから、お前をこうしてもやむを得ないだろ」
少年は石の谷を見上げて怒鳴る。
「のっぴきならない事情だったらこっちにもあるっての……! この国を守らなきゃあいけないってのがな……!」
石野谷は少しばかり動揺した。
この少年が放った覇気と、その真剣な眼差し。あれだけして外に出て魔物と戦う――国を守る理由が本当にあり、自分はそれを無下にしてしまったのでは。と、石野谷は罪悪感を覚えた。
なので石野谷はすみやかに覚悟を決めた。
「……じゃあさ、代わりに俺たちがお前の代わりに戦ってやるってのはどうだ」
少年は目をパチクリさせて言った。
「なっ、お前らが……? 魔物だぞ、いけんのかよ?」
「へっちゃらだっつーの。お前をこうして伸びさせられてるのがいい証拠だろ」
「た、確かに……」
「納得するのかい」
と、梶は小声でツッコんだ。
そして少年は多少躊躇した後、
「……そんなに言うなら、行っちまえ……ただ、ぜってー勝てよ」
と、石野谷に後を託して、立ち上がるのをやめた。
そして石野谷は仲間たちを見渡して、
「っていうわけで! 今から西行くぞお前ら!」
逢坂は聞く。
「そんな『行き当たりばったり』でいいのかね……お前? その先に何か『得たいもの』があるのか?」
「久しぶりの『腕慣らし』のためだ」
「あの人の詫びじゃないのかよ」
「ここはカッコつけさせてくれよ、梶。ま、とにかく西へ急ぐぞ、お前ら!」
「「「「「おう!!!!!」」」」」
そして石野谷一味は西へと駆けた。
「頑張って来るのですよー」
なお、フラジュは戦力にならないと自覚しているため、その場に残った。
「ところで少年。貴方は一体何者ですか? 吾輩ですら入れなかった城内から出てきた以上、ただものではないことはわかりますが……」
フラジュの問いを受けて、少年は名乗る。
「……エストルーク・ファムニカ……」
これに燕尾服の男は補足する。
「今は亡き先代の王、レピアーク・ファムニカ様のご子息の一人であり、その後継者でございます」
「つまり……この少年が次期国王でございますか!?」
「はい、ちなみに私はルチザ・メテル。ファムニカ王家に一族で代々仕えております執事でございます」
*
ファムニカ王国・王都から数キロ離れた西の荒原にて。
兵士たちはこの逆境から逃れようとせず、勇猛果敢に戦っていた。
それは母国への忠誠心故か、護国のための火事場の馬鹿力のためか、はたまた祖国が滅亡間近となりヤケクソになっているのかはわからない。
唯一確定していることは、それでもなお、ファムニカ王国の防衛軍は魔物の群れ相手に苦戦を強いられていたことだった。
やはり邪神の影響を受けた魔物たちは、ただただ強力であり、並の兵士では敵わないのだ。
――そう、並の兵士ならば。
「もう、駄目か……」
「どれだけ頑張っても手が届かない……!」
「今日こそがこの国の命日かよ……」
「まだ諦めるんじゃねー! 【ダフネ・バースト】!」
防衛軍の最前線のすぐ手前にいる魔物が、燃え盛る矢が突き刺さる。
その矢は魔物を貫き、その勢いのまま地面に突き刺さる。
そしてその地点から火柱が立ち、五十体ほどの魔物が一瞬で炭になる。
「す、すごい、あれだけの魔物がすぐに……」
「な、なんだこの技は!?」
「一体、誰がこんなことを……!?」
敵を前によそ見するのはよくないということを忘れて、ファムニカ王国の兵たちは一斉に、声がする後ろへと振り向く。
そこにいたのは、不思議な雰囲気を持った六人の少年たち……
「オッス! 俺、陽星! 助けに来たぞ、みんな!」
言うまでもなく、石野谷一味である。
(こんな少年たちが、あんなことを……?)
(なんだ、夢でも見ているのか?)
(チビとかデブとか混じってるけど、本当に大丈夫かこれ?)
この突然現れた六人組の存在に、兵士たちが戸惑う中、
「さぁ、御託はこれくらいにして、さっさと俺たちの力を見せてやろうぜ、お前ら!」
と、石野谷がリーダーとして号令した途端、
「よっしゃあああ! まかせとけえええ!」
相変わらず直情的な稲田は、興奮のあまり抜け駆けして、兵士の間を強引に過ぎ去り、魔物の群れに飛び込む。
「一気に終わらせてやるぜえええ! 【アドラ旋刈脚】!」
そこで稲田は約三メートルの大槍を地面に突き刺し、それを両手で持って軸にして、鉄棒を回るように高速回転する。高熱を帯びた足を連続してぶち当て、辺りの魔物を次々と蹴り飛ばした。
「やはりすごいよな、輝明の勇ましい戦いぶりは……すぐ出しゃばらず、俺らとタイミングを合わせてくれればいいんだが」
「そんなこと言うならお前もさっさと行って、そっちから歩調を合わせれば? 晴幸」
「だな、昇太……【金竜昇進】!」
大関は光の如き速さで、回転する稲田の攻撃範囲に入らないくらいまで近くに来て、目に入った魔物を次々と張り手や投げ技で打ちのめした。
二人の活躍に負けじと、桐本と逢坂も魔物の群れに突入する。
「【神器錬成:天叢雲剣】」
桐本は幻想的な光を湛えた刀で、魔物を縫うように次々と切り結び、
「オラオラオラオラオラーッ!」
逢坂は魔物の上空を飛び回り、絨毯爆撃めいて火炎をばらまいた。
その間、後援系のジョブの二人も二人で奮闘していた。
「僕はどっちかっていうとバフ魔法のほうが得意だから、あまり期待しないでくれよ……【ライフ・サプライズ】」
梶は傷ついた兵士にとっては十分すぎる効力の回復魔法をかけて、
「【ピュートーン・ブレイカー】! よっし、また当たった!」
石野谷は後方から魔物を狙撃し、仲間を援護していた。
狙った魔物ではなく、その近くの魔物にまぐれで当たる感じではあるが。
こうして六人は個々の能力を生かして奮戦し、魔物の群れを全滅させた。
「「「す、すげぇ、神がかってる……」」」
ここまでの三十分間、兵士たちはただただ呆気にとられるばかりであった。
「フン、もう俺たちにとっては魔物はもう『雑魚』だぜ……」
と、逢坂は自分に酔う。
「ああ、俺はもっと暴れたかったなああ!」
と、稲田は不満を叫ぶ。
「こらこら、周りにはあの魔物に苦戦した人たちがいるんだから、もっと空気読んでよ」
と、桐本は前の二人に注意する。
「しかしながら、俺たちは相当強くなったな……」
と、大関はしみじみ思う。
「今回の決断はほんと良かったね、陽星。壊滅する前にこの軍を助けられて」
と、梶はリーダーの手腕を褒める。
そしてリーダー石野谷は、仲間たちを元気よく労った。
「よっし、今回もよくやったなお前ら!」
この時、周りにいた兵士たちは彼らの健闘を称えて、ささやかながら拍手を送った。
そして、王都の防壁の上より。
「いやはや、何とも素晴らしい戦いぶりでしたね。殿下」
「ああ、まさか俺たちを散々苦しめたあの魔物たちを、たった六人で掃除するなんてな……すげぇや」
石野谷一味の戦いぶりを眺めていたエストルークは、執事ともども感動されていた。
「ね、すごいでしょう! このとおり、吾輩の部下はとっても優秀なのでありますよ! ……あのー、聞いています?」
その感動具合は、人の褌で相撲を取るようなフラジュの言葉が届かなくなるくらいだった。
【完】
話末解説(※石野谷一味の解説はもっと頃合いのいいときにします)
■詳細説明
【同ジョブでの性能差】
例えば、内梨と梶は、同じ【祈祷師】であるが、前者はどちらかというと回復魔法を、後者はどちらかというとバフ魔法を得意とする。
例えば、都築と桐本は、同じ【戦士】であるが、前者は槍を得意とし、後者は剣(刀)を得意とする。
例えば、海野と槙島は、同じ【魔術師】であるが、前者は水属性魔法を、後者は氷属性魔法を得意とする。
といったように、この大陸では同じジョブを持つものでも、得意・不得意などの差が現れる。
有原、真壁、久門など、ジョブ【勇者】の者たちの得意武器・得意属性が違うのもこのためである。




