第45話 邪神獣を追って
ヒデンソル王国北東部。ミクセス王国との国境付近の森にて。
「お前らーッ! 本気で走れーッ!」
久門と九人の仲間たちは、コウモリを追っていた。
無論、ただのコウモリではない。目測約三百メートル上空を、彼らの走る速さの二十倍ものスピードで飛行する素早さ。羽の先から先まで二十メートルはあるほどの巨体。それを併せ持つコウモリだ。
またの名を、邪神獣の一角、【堕落のジェナフォ】という。
久門一味たちはそジェナフォを倒すため、森を走って奴を追った。
しかしジェナフォの飛行速度があまりにも速く、彼らはどんどん大きく距離を広げられてしまった。
「ダメだ! あの野郎マジで追いつけねぇ!」
と、すぐ右後ろで走っていた式部の弱音に、久門は間髪を入れず怒る。
「馬鹿野郎! 追いつかなくてどうするんだ!」
石野谷も式部に同調して、
「けどアイツ、クソ速すぎるっスよ!? あれは流石に無理じゃないっスか!?」
うるせぇ。と、久門は自分の右腕と左腕に怒鳴る。
「じゃあもう置き去りにするっきゃないな……【ホルアクティ・ライジング】!」
久門は背中から炎の翼を生やし、ぶつかった木々を割り箸のようにたやすく折るほどの勢いで飛翔する。仲間たちを地上に残したまま、久門はジェナフォを追って飛んでいった。
「うおおお! 墜落させてやらぁ!」
しかし、ジェナフォの飛行速度はあまりにも異次元であり、見失わないように追うことはできるが、それ以上には届かない。
「だったら魔法で撃ち落としてやらぁ! 【シュー・エクスプロージョン】!」
久門は虚空から爆炎を引き起こす。だが射程がまるで足りない。
久門の魔法は破壊力に特化しているが、射程に関してはそれほどでもないのだ。
「くっそ……だったら!」
久門は一転して仲間九人の元へ引き返し、
「……ごめん、俺だけじゃ無理だわ。お前らどうしたらいいと思う?」
彼は頭をかき、すっかりお手上げの様子で仲間に聞いた。
「「結局ダメなんかい!!」」
と、式部と石野谷は思わずツッコんだ。
ここで久門一味のブレーン役こと梶がやって来て、三人へ解説をする。
「コウモリは元々高速飛行可能な動物ですからね、それの邪神獣となれば、戦闘機クラスの速さも出ちゃうんですよ」
「そうか。じゃあ梶ならどう奴を追いつめるんだ?」
「シンプルに『挟み撃ち』にしますかね」
梶が話した作戦は本当にシンプルであった。
二手に分かれて片方はジェナフォを追い、もう片方は逃げるジェナフォを待ち構える。
「そんな簡単なのでいいのか? アイツ、前に進むと一緒に高度上げてやがったんだぞ?」
「それに関しても僕に考えがありますんで」
数時間後。
日が沈みかけ、辺りが暗くなってきたころ、久門たち住人はヒデンソル王国のとある町へとやってきた。
位置的には辺境と思われるが、人気も多く、それなりに発展している町だった。
「ここならどっちの準備も果たせるだろうな」
ジェナフォと交戦するためには、奴の超スピードに追いつく必要と、奴を久門や逢坂などの飛行能力持ち以外でも戦える高度にまで降下させる必要がある。
前者は追い込み作戦でどうにかなるとして、梶は後者の条件を整えるべく、『人がいる町や村などをよく狙う』という邪神獣の共通の行動原理を利用することにした。
一方がその襲撃地点となりうる場所へジェナフォを追い込み、もう一方が襲撃地点とする場所で待ち構える。
さしもの奴でも村を襲撃する時は高度を落とすと予測し、その内に翼などを負傷させれば優位に持ち込める。と、梶は考えた。
そのため、久門たちは今晩この町で一泊するがてら、ジェナフォの居場所や、被害が出ている場所の傾向など、情報を集めたりしようとしていた。
「あ、言うまでもないですけど、その作戦を決行するときは民間人を避難させたりとか、ゴーストタウンを使ったりするつもりですからね、僕は」
「だな。ミクセス王国ならまだしも、知らん国の奴らに後ろ指さされると面倒だからな。ま、最悪全員ぶん殴ればそれでいいけど」
久門と梶の会話を盗み聞きしていた石野谷は嘆いた。
「よしてくださいっスよ久門さん……」
こういった雑談を交わしながら、久門一味は町を練り歩き、宿を探す。
その途中、辺りの賑わいがぷつりとなくなり、町が静かになった。
賑わいに代わるように聞こえてくるのは、乱れなく、規律正しく鳴る大勢の足音だ。
この町に、三百人もの兵隊が一糸乱れず行進してきた。
その最前列では、きらびやかな白銀の鎧を纏い、ひげを律儀に整えた、いかにも権力者らしい風体の男がいた。
男は己を見るやいなや沈黙し始めた町人たちへ高らかに言い放つ。
「平伏せよ! 北東護候、ネイサン・エクリプスのお通りである!」
この男――ネイサンの一言で、彼の隊列を目にしている町民全員は、すぐさま道の脇により、その場に両膝と頭を地面につけ、ひれ伏した。
「……何だあのおっさん?」
「さあ、俺に聞かれても……」
「こっちもそんな感想しか出てこないっスから……」
しかし、彼が誰なのかを全く知らない久門一味は、道の脇に移ることも平伏すこともしなかった。
これにネイサンは当然の如く激怒した。
「おいそこの無礼者! 北東護候、ネイサン・エクリプスのお通りである! 故にすみやかに敬意を示すのである!」
久門はネイサンへとつかつか歩きつつ、こう尋ねる。
「何でだ? 何でお前みたいな初対面のおっさんに頭下げなきゃいけないんだよ」
ネイサンは両手を後ろに回して、胸を張った状態で答える。
「それは北東護候、ネイサン・エクリプスであるからであ……」
「そればっか言うんじゃねぇッ!」
最中、久門はネイサンの鼻に拳を当て、彼が腰を反らす方向へと殴り、地面に打ち付けた。
これにネイサンの臣下や兵士、周囲の町民は騒然とした。
一方、久門の仲間九人は、リーダーの性格を十分に理解しているため、それほど驚きはしない。
「いよっ! それでこそ久門さんだ!」
「あんま見栄えが良くないけど……ああされて当然だな」
むしろ相手の悪さもあって、喜んでいたくらいだ。
「俺は『テメェの気分を損ねてはいけない』とかの法律があるのか、って意味で聞いてるんだよ。なのにテメェは自分の肩書と名前ばっか名乗って……まともに受け答えしろ! どうしても俺たちを土下座させたきゃ理屈を言え!」
久門が怒鳴り散らす中、ネイサンは起き上がり、片膝を突いてしゃがんだ体勢を取っていた。
そのままネイサンは血を流す鼻を、部下から差し出された立派な生糸を使ったハンカチで押さえつつ答える。
「それは……私が北東護候……」
「……もういい、わかった。つまりお前が『偉い』からってことだな……じゃあなおさらだ!」
久門はネイサンに迫り、彼の頭をサッカーボールのように蹴り、後方の隊列の三割を巻き込むほど飛ばした。
「無駄な権力持ってる奴とか、屁理屈だけは立派な弱虫とか、俺には嫌いなものが山程あるんだがよ……お前はだいたいそれだ! 地位を笠に着るばかりでそれらしい理由を言わずに偉そうにするんじゃねぇッ! 本当に俺たちのことを平伏させたいのなら、地位に見合う力を見せてみろ! それが出来ないんだったら何も言えなくなるまでぶちのめすぞッ!」
「こ……この狼藉者が! よくも私にこのような傷を……」
「んなもんお抱えの腕の良い【祈祷師】にでも見てもらえ! 俺はそういう自分の立場の弱さに甘えて他人を責めて利益をかすめ取ろうとする奴も嫌いだ!」
主君が二回も暴力を与えられて、ようやくネイサンの臣下たちは久門を危険人物と判断し、恐る恐る弓を構えた。
そしてネイサンの顔色を何度も伺ってから、計五本の矢を放つ。
それを久門は背中に担いだ大剣をまるで重さがないように軽々と振るって、あっさりと弾き返した。
「力づくでやるっていうなら、こちらは容赦しないぞ……」
と、久門が言うと同時に、後ろの仲間九人が臨戦態勢で彼の元へ集い、ネイサンたちを威圧する。
するとネイサンは傷を押さえながら、久門たちを睨みつけ、
「……覚えておくのである! この町の訪問が終わり次第、貴様らのことは中央に伝えるのである!」
町にある、普通の民家の五倍の面積あるだろう、ひときわ大きい建物……王国高官用の迎賓館へと退散した。
同時に、町民たちも久門の無法さに恐れ慄き、自分も巻き添えにならないようにとすみやかに帰宅しだした。
「……結局人頼みかよ。」
と、久門はつぶやいた後、踵を返して呼びかける。
「おい、梶はどこにいる!?」
「ここにいます」
と、振り返った久門の真正面にいた梶は答えた。
「何だここか。ちっさいからわかんなかったぜ」
「ははは、すいませんねチビで」
梶に一つ頼みごとをする。
「あのコウモリ邪神獣の誘導先、この町にしてくれないか?」
その久門のお願いを聞いた途端、梶はゲェっと本音を漏らす。
「人が多い町のほうが食いつきやすいのは確かなんですけど……わざわざ後始末がめんどくさそうなここにするんですか? なんかちゃんとした理由があれば考えようはありますけど……」
久門は二カっと笑って答える。
「ムカついたからだ。特に奴にな」
「であればいいでしょう」
すると梶は即答し、
「「オイオイマジかよ、これは大変そうだ」」
式部と石野谷は、嬉しさと不安さと、お互いに真逆な感情を表情に漏らしてハモって言った。
【完】
話末解説
■用語
【ヒデンソル王国】
一年二組が転移した時、かろうじて残存している三国の一つ。
君主はヒデンソル王。
国王が直接統治する中央以外の地域は、『護候』という高官が代わって治めている。




