表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/129

第43話 農村暮らし陰キャ物語 〜拝啓、俺生きてました〜

二重に遅れてすみません

 かつて、有原たち一年二組は邪神討伐の足がかりとなりうる要害、【トリゲート要塞】の奪還作戦を試みた。


 しかし邪神獣【破滅のイビルノーザ】と【邪悪のテラフドラ】の登場により、戦線は瓦解、一年二組は大敗し、五人のクラスメートを失った。


「ゲホッ、ゲホッ! うえー、全部煤っぽくて気持ち悪い……」


 しかし、その五人の内の一人、畠中はたなかあらたは生きていた。


 彼は友達の槙島と並らんで走って撤退している最中、道脇にあった塔が倒れて、それに二人ともども潰されたと思われていた。自分でもそうだと思っていた。


 しかし、倒れた塔の外壁の、彼に当たるだろう部分が脆くなっており、彼に当たる直前、ちょうど彼がスポっと納まるくらいの穴が出来て、彼は一命を取り留めたのである。

 

 だが、一年二組屈指のビビリである彼は穴にハマる寸前、恐怖のあまり気を失ってしまったため、その事実に気づくことはなかった。

 

 薄暗い空間に居ても気味が悪いし具合も悪いだけなので、とりあえず畠中は塔の折れ口の穴から外へ脱出する。


 畠中が覚えている限りの最新の記憶では、撤退途中、要塞のほとんどはテラフドラの息吹で炎上し、奴が呼び寄せた魔物が要塞中を跋扈していた。

 しかし、今、この要塞内は、ひどく静まり返っていた。まるで自分以外生物がいないかのような。


「……いや、待て、何か聞こえる」


 と、思いきや、要塞の中心部から何かの声が聞こえた。位置が遠く、はっきりと聞こえないが、『見つけた!』、『ありました!』など……まるで何かを探しているようなことを言っていた。


 それに生粋の臆病者である畠中は、『戦の跡地で物色している盗賊』と錯覚し、

「ヒィィィィィィィィ!?」

 この要塞全体に悲鳴を響かせながら、大慌てで、近くの門にかかった簡素な作りの鉄橋を渡って、要塞から脱出した。


「クローツオ様! 今の音は……」


「魔物の鳴き声でしょうか……? 皆さん、警戒してこの邪結晶を回収してください!」


 それから畠中はなにか怪しい物音がしたり、不気味な場所についたり、なんとなく怖い感じがしたものを避けまくった。東西南北もわからないまま、絶えず悲鳴を上げながらあちこちへ逃げまくった。夜が更けてもまた走り回った。


 そして、夜が明けた頃。


「つ、疲れた……」


 ここにきて彼は『疲れ』という概念を思い出し、倒れた。

 

「見ろ! 入口の前で誰かが倒れてるぞ!」

「相当疲れてるみたいだ……」

「誰か、助けてやれ!」


 その倒れた場所は、都合のいいことにとある農村の入口の手前だった。


 村人たちは親切に彼を村の中へ救助した。


「とりあえず、どこの家で休ませようか?」


「私の家ならいけるけど、どう!?」


「わかった、ありがとうネーナさん!」


 そして夕方頃、

「う〜、ふぁ〜、よく寝たー……」

 畠中は目を覚ますと、見知らぬ民家の、少々作りがガタついている天井と、


「おお、起きたかい、アンタ!」

 いかにも村娘らしい飾り気のない、自分より一回りくらい年のありそうな少女がいた。


「ヒィィィ!? あ、あの、あの、あなた、その、あの、ここ?」


「あらら、ごめん、急に声かけてビックリさせちゃって!」

 と、少女は謝ってから、畠中が今知りたがっているだろうことを話す。


「ここは『ウェスミクスの村』、ミクセス王国王都の遥か西にあるから、まんまでこの名前になったの。で、アタシはネーナ、しがない村娘だよ……で、アンタは誰?」


 畠中は慣れない女性との対面で、人見知りを起こしながら、

「ぼ、僕は……はた、なか、あらたです!」

 と、独特のテンポと緩急をもって答えた。


「へぇ、畠中さんね……で、出身はどこ? なんか装備が王都の兵士っぽいけど……」


「それは……おっと」

 畠中は一瞬、前の世界の住所を答えかけそうになるのを我慢して答える。

「み、み、ミクセス王国の王都です」


「やっぱりそうかい。で、何でアンタがここで行き倒れていたの?」


 シンプルに逃げてきました。と、言えば馬鹿にされてしまう。それを恐れて畠中は口をゴニョゴニョとさせて言った。

「それは……まぁ、はい……です」


「なるほど……さっぱりわかんないね。ま、色々あったってことだよね」


「はい、そうですそうです」

 畠中はここだけははっきりと答えた。


「じゃあ、今日はゆっくりしていってよ。こんな寂れた村だから、ろくなおもてなしはできないけどね」


「わかりました、ありがとうございます!」


 この日の夜、畠中はネーナから思ってたよりも豪華な料理を振る舞ってもらい、久々に満腹になった状態でまたぐっすりと寝た。


 翌日……午前十時頃。


 ネーナは爆睡する畠中をフライパンでつついて、

「あのー、新さん……アンタいつまで寝てるの?」


 畠中の休みの日の起床時間は平均正午頃。なので彼的に、今は起きる時間ではない。


「ムニャムニャ……あと五分」


「それもう十二回も聞いたんだけど、なんならもう『あと一時間』って言ったほうが清々しいでしょ」


「……じゃあ、あと一時間」


「どっちみちふてぶてしいのには変わりないっての!」

 と、ネーナは怒鳴った後、畠中の耳元にあてがったフライパンをお玉でカンカン鳴らす。


 これでようやく目が覚めた畠中は、勢い良く起き上がって、

「わー、もううるせぇなぁ!」

 と、逆ギレした。


「誰に口利いてるのよアンタ!」


 それから畠中は昨晩座った食卓に付いた。

 クワを担いだネーナはそれを見て一言、

「アンタ、そこで何待ってるの?」


「え、朝食……ないの?」


「ああ、アタシは四時間前くらいに食べてたから作ってなかった……じゃなくて! アンタ、何で作って貰う前提でいるの?」


「え、朝食ないの……夕食はあったのに?」


「それは大層お疲れだったし、お客さんだったからよ。けど今日はそれはなし。こちらも懐事情があるんだから。もしかして、まだ具合悪いところとかあるの?」


「あ、それはないです。はい」


「じゃあもう今日は、これ以上迷惑かけないように出ていくのが普通でしょ。え、アンタ、これから一体どうする気でいるの?」


 ミクセス王国の王都に帰ってもきっと真壁や久門にいじめられる。その他の居場所にはつてが無いため、行くことはできない。


 なので、畠中は非常に言いにくそうに、ゴモゴモと答える。

「ずっとここにいよっかなー、って思ってました……」


「やっぱりそう来たか。だったら……」


 数分後。


「おらー! もっとキビキビ動きなさい!」


「ヒィィィ!」


 畠中はネーナに睨まれながら、クワを振って畑を耕していた。


「ここに居たいって言うなら、ちゃんとこの村に貢献しなさい! アンタを思い通りに穀潰しにはさせないからね!」


「ヒィィィ! ごめんなさい! ……うわぁ!」


 畑耕しの最中、畠中は振り上げたクワの重量に負け、思い切り尻もちをついた。


「またそれ!? クワくらいちゃんと使いなさいよ!」


「そ、そんなこと言われても……これ重くないですか!」

 

 畠中が口答えした直後、ネーナは畠中が手放したクワを片手で掴んで、バトンのように横でクルクル回す。


「どこがよ? アンタが力無いだけじゃないの?」


「そ、そんな……」


「てなわけで、はい」


 畠中はネーナからクワを受け取った途端、彼は思いきりよろめき、そしてまた尻もちをついた。


 畠中は生まれてこのかた、ずっとインドアな遊びばかりしており、まともな運動をしたことがない。

 部活も中学は吹奏楽部で、高校は『顧問の小言を聞きたくない』と言い訳して美術部に所属している。


 なので彼は極端に運動能力がない。もちろん腕力だってありゃしない。普通のクワを持つのも一苦労なのである。


「……はあ、こんなこともできないとここじゃ暮らせないよ。なんせここは農村だからね」


 畠中は畑に座ったまま、ネーナから目を背けながら、一つ尋ねる。

「……あのー、ちなみになんですけど、なんか、農業向けのスキルとか魔法とかないんですか? なんか、えっと、こう……畑を一瞬で耕したり、水撒きしたり……」

 

 彼のインドアな遊びの中には、陰キャらしい偏りをした『読書』がある。

 その中で読み漁った本には、こういった異世界なら高確率で農業向けのスキルがあったので、ひょっとしたらここにもあると思って尋ねた次第だ。


 しかしネーナはあっさり現実を突きつける。

「そんな都合のいいものはないよ。特に、魔法を使って育てた作物はありえないくらい不味くなるからね」


「ええ、そ、そんな……!」


「だからなまけず頑張るしかないの。ほら、さっさと畑耕しなさい。お昼からは別な仕事があるんだから」


「は、はひー!」


 それから畠中はひーひー言いつつ、何度もコケて土で汚れつつ、決められたノルマの畑を耕し終えた。


 昼食のパンを食べている最中、

「やればできんじゃん。ま、今日は初めてってことでノルマ甘めにしたから、当然だけどね」


「そ、そんなこと言わないでくださいよ……」

 と、ネーナに厳しいことを言われ、畠中はパンの味が不味くなったように感じた。


 その時、村の入口に、いくつもの荷物を積んだ馬車が五台やってきた。


「お、今日はこの時間にか……ちょっと行ってくるね」


 ネーナが入口に停まった馬車の元から戻ってきた時、彼女は香辛料や布などの生活品を抱えてきた。


「あの馬車はなんですか?」


「あれは、ここから南西にある『ヒデンソル王国』からの商隊だよ。今は邪神とかで世の中が大変になってるから、各地の村々を応援するためにいろんな品物を安く売ってるの。こんな辺鄙な村にまで足を運んでくれてありがたいったらありゃしないよ」


「結局お金取るんですね……」


「あちらもあちらでタダじゃ動けないんでしょ。ま、ある一品を除いては破格の値段だからどのみち助かるんだけどね」


「そのある一品って……」


 ネーナは一瞬顔をしかめてから答える。

「『ヒデンソル王国の市民権』。アイツらに百万ゴールド支払えば、衣食住を保証された上で国に住める権利だよ」


 百万ゴールド……それさえ支払えれば、ヒデンソル王国で何も怖がることなく暮らせる。

 その夢を妄想し、畠中はわかりやすくニタニタした。


「なんか胡散臭い話だと思うけどね……アタシの親父とお袋は、アタシの言い分に耳を貸さないで、家の高いもの全部売って行っちまったけど」


 ネーナは自分のパンを食べきってから、

「アンタも気持ち悪い笑い方してないで、早く食べなさい! 次の仕事があるんだから!」


「はい! わかりました!」

 

 この農村は不思議なことに魔物が寄り付かないため、ミクセス王国とヒデンソル王国で活動する魔物狩りや傭兵たちが、食料を求めて頻繁に立ち寄ってくる。


「じゃあ悪いけど、アタシはアンタが耕し損ねた畑をなんとかしなきゃいけないから、店番よろしく!」


 畠中の午後の仕事は、ネーナの家に併設された八百屋の店番であった。


「えっ、何で俺が接客業を……」

 自分でも少なからずコミュニケーション能力の無さを自覚している畠中は、それを拒否しようとした。


 しかしネーナは機転を利かせて言う。

「ただし、売上の一割を小遣いにしていいからね」


「わかりました!」


 こうして、ヒデンソル王国に住むことを夢見て、畠中は店番に励むと決めた。


 まず畠中は、値札すべての桁数を増やそうと……


「あ、もちろんわかってると思うけど、値段はいじらないでよ」


「……は、はい、わかってますから、はい!」


 店を開けてからというものの、思ったより人が来ず、畠中は暇になり、品物を見つめていた。


(キャベツ、スイカ、サツマイモ、ミカン……季節感バラバラだなぁ。なんでこんなとこだけ異世界ファンタジーなんだよ)


 その時、初めてのお客さん――やけに慌てている老人の男がやってきた。

 老人は棚にある大玉スイカを指さして、

「すまん! このスイカを一つくれんか!」


「じゃあ千ゴールドください」

 畠中が無愛想に代金を求めると、老人は懐なりポケットなり、探せるところは全て探し始めた。


 そして、老人は重大なことを思い出して、

「すまん、金はまた今度にしてくれんか? 今は報酬を受け取る前じゃから持ち合わせがないんでのう……」


 畠中は金欲しさに毅然とした態度で老人に強く言う。

「ダメだ、今払え」


 すると老人は手を合わせてペコペコ頭を下げて、

「本当にすまん! 連れが今腹ペコペコ喉カラカラで死にかけておるんじゃ! だから頼む、今回は大目に……」


「ダメだ! 今払え!」


「えー、なんて強情な店員じゃのう……だったら」

 

 老人は、

「お主の持ち物を勝手に使ってしまうが、今は仕方ないから許してくれ……」

 と、小声でつぶやいた後、


「この剣と交換でダメかのう?」

 刃がほとんど折れてなくなっている剣を見せて、そうお願いした。


「ダメに決まってるだろ! 金がないんだったらさっさとどっか行け!」


「そ、そんな……」


「いいから行けこのクソジジイ!」


「こらー! クソジジイは無いでしょう!」


 畠中の怒鳴り声を聞きつけ、ネーナは店に戻ってきて、

「ぼへぶぅっ!」

 畠中に鉄拳をお見舞いした。


「ごめんなさいウチの馬鹿が失礼な態度をとって……スイカですね、今回は特別にこの剣との交換で大丈夫です」


「おお、ありがとうお嬢さん……よかった、これで助かるぞ……」


 老人は胸を撫で下ろし、スイカを脇に抱えて、入口に止めた自分の荷車の方へかけていった。


「あれだけ深刻な感じの人に対する態度じゃないでしょ今の! もっと融通利かせて仕事しなさいよ!」


 その間、ネーナは畠中へきつく説教し、


「ヒィィィ……ご、ごめんなさい〜!」

 畠中はその迫力に負けて、大泣きしながら謝り続けた。


 こうなるのなら、いっそ槙島と一緒に死んだほうがマシだったかもしれない。

 畠中はこんなことを考え出すほど、この先の農村ぐらしに絶望した。


【完】




 数日前。


 自分に覆いかぶさった塔の外壁の瓦礫をどかし、隣で気絶している畠中をそうとも知らずにまたいで、塔の折れた口へとヨロヨロと歩き、外の光を浴びる。


 今日は雲ひとつない晴天だった。


 あちこちから魔物のうめき声がする中、彼は空を睨んだ。

 

 あの完璧な青色の空と、燦々と燃える太陽から、自身が憎悪する二人の人間を彷彿したからだ。


「真壁、久門……お前らのせいで、俺は……俺は……」

 そして槙島は空へ、魂の底から怒りを吠えた。


【完】

話末解説


■用語

【ウェスミクス村】

 ミクセス王国・王都から遥か西にある農村。

 何故か魔物が来ない特性と、立地の良さを利用し、魔物狩りや傭兵たちへの商売が盛んになっている。


■登場人物

【ネーナ】

 レベル:5

 ジョブ:【格闘家】(気づいていない)


 ウェスミクス村のしがない村娘。気が強い。

 ダメダメな性格の居候、畠中に手を焼いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ