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第42話 救済と支配の結末

最終盤を勢いよく書き切るため、文字数が10000文字になってしまいました。

お時間にお気をつけてお読みください。

 有原と真壁の戦いは熾烈を極めていた。


 普通ならば決め手となるだろうスキルが幾度と飛び交い、互いに神がかった立ち回りで武器を操り、そして互いの闘志が燃え尽きる気配がない。

 伝説のジョブ【勇者】同士で、【神寵】に覚醒した実力者同士でするに相応しい戦いが、ここに繰り広げられていた。


 そしてこの二人の戦いに、真壁を援護すべき四人の配下は、まるで介入できなくなった。

 爆弾も、回復魔法も、障壁も、魔物も、この激戦においては効果を為さず、不純物にしかならないからだ。


 もやは何もできなくなった四人の視界の中で、真壁は稲妻を帯びた衝撃波を放つ。

「【ブロンテス・インパルス】」


「【市杵いちき崩槌ほうつい】ッ!」

 有原は柄頭を真壁へ突き出し、突風を炸裂させる。


 威力で勝ったのは有原の突風。真壁は槍を正面に構えて衝撃を防ぎつつ、二メートルほど後方へ退かされた。


「【湍津たぎつ疾槍しっそう】ッ!」


 有原は足裏から突風を噴出し、急加速して真壁に迫る。


「もうこれ以上傍観者に徹するのは第三者観に非礼にも程がある。故に参ります、真壁理津子様!」

 配下四人の内、衛守は真壁一派としての使命感故に有原の前に立ちふさがる。


「【メデューサ・バインド】!」

 そう詠唱すると、有原は光で包み込まれ、金縛り状態になった。


「ハァッ!」

 だが僅か数秒後、有原は全身から風を放出し、衛守の金縛りの光を周囲へ四散させた。


「【湍津ノ疾槍】ッ!」

 間髪入れず、有原は足裏から突風を生み出して高速移動を行う。手前にいる衛守を吹き飛ばし、奥にいる真壁へ向かう。

 

 すると真壁は突き飛ばされた衛守をキャッチして、自身に斬りかかろうとした有原に縦のごとく突きつける。


「やってみろ有原。こいつを斬りたけければ……」

 無防備なクラスメートを切ることはできない有原は、振りかけた剣を寸止めする。


 その僅かな隙を突くように、真壁は雷霆の槍の先から、極太の雷光を放つ。

「【ステロペス・パニッシュ】」


「そんな、真壁理津子様ァァァッ!」

 衛守の背後から、彼女もろとも有原を焼き尽くすつもりで。


「ッ……【田霧たきり威盾いじゅん】ッ!」

 命中の寸前、有原は自分を中心に竜巻を作り出す。雷光は竜巻に飲まれて有原の周囲で回転し、Uターンして真壁へ跳ね返った。


 真壁は目の前にある灰を払うがてら、雷霆の槍を両手で回して、自身の雷光を防御した。


 有原は真壁を怒りに満ちた目で睨みつけて、言い放った。

「また、自分の仲間を犠牲にするんですね!?」


 真壁は一切表情を変えずに言い返す。

「これは貴様が無駄な争いを起こした所以の犠牲だ。私が許せないというのなら、すみやかに私を殺すか、貴方が消えろ」

 

 

「【アルゲス・ショット】」

 と、真壁が天へ槍を掲げて詠唱すると、有原に落雷の雨が降り注ぐ。


「【田霧ノ威盾】ッ!」

 有原は周囲に竜巻を展開し、自分に落ちる雷を全てそれに飲み込ませて防御する。


(なにか、強い魔物を作る素体はいませんかしら……!)

 鳥飼はこの場に置いてどうやって真壁に貢献しようか考えながら、二人の戦模様を黙って見ていた。


 最中、小清水が恐る恐る彼女へ小声で尋ねてきた。

「ねぇ、鳥飼ちゃん……」


「鳥飼『様』でしょう? どちらが序列が上と思っていますの!?」


 相変わらずの鳥飼らしい些細な叱責ではあるが、小清水は謙虚に『ごめんね』と謝ってから改めて言う。

「あの、鳥飼様……もうここから逃げちゃおうよ」


「え……急にどうしたんですの?」


 小清水に続いて来た豊本は、必死に訴える。

「このままじゃアタシたちも酒井くんとか衛守ちゃんみたいに殺されちゃうよ! 役に立たないから犠牲にされて!」


「桜庭ちゃんや都築さんみたいに、有原くんと以外の子と戦っても勝ち目がないし、ここはもう逃げるしかないよね!?」


「え、ですが……」


 さっきの久門との戦いの中、真壁は『兵に背を向けた者は、敵よりも先に討て』と言い、脱走兵を即座に感電死させた。

 だから、そんなことをすれば自分たちも同じ轍を踏むことは明白だった。


「……ええ、それが最善ですわ!」


 しかし鳥飼は小清水と豊本の提案に乗って、我先にと大広場から南門に通じる大通りを走って逃げ出した。


(真壁理津子め! たかが社長の娘で、人よりちょっと強いからって威張り散らしなさって! 私は貴方の父親よりも会社への実質貢献度の高い役員の娘ですわ! 本来ならば、あんな横柄な親の七光りに従う筋合いはなかったのですよ!)


 やはり鳥飼も、真壁なんかへの忠を捧げるよりも、自分の命のほうが惜しいと考えたのだ。


「うわぁぁぁ!」


 背後からの絶叫に対し、『うるさいですわね!』と鳥飼が怒鳴ろうとした時、その声の主の小清水は黒焦げになって倒れた。


「この裏切り者が」


 当然、小清水の死因は落雷であった。

 案の定、真壁は有原との戦いよりも、背信者への懲罰を優先した。


「……こ、小清水ちゃああん!」


「そんな奴ほっときなさい! 早く逃げますわよ豊本!」

 鳥飼は豊本の手を強引に引っ張って走る。同志の死に泣き叫ぶ豊本とは対照的に、小清水のことは一切気にもとめなかった。


「豊本! 早くあの爆弾を使いなさい! それで真壁の目眩ましを!」


「けど……けど……!」


「いいから早く使いなさい!」


「うん……わかった……【アイトーン・グレネード】!」


 豊本は鳥飼に強要され、背後にカボチャ爆弾を投げつけ、その爆炎で自分たちの後ろ姿を隠す。


「【ステロペス・パニッシュ】」


 しかしその程度のこざかしい目くらましは真壁にはまるで通じなかった。

 彼女は背信者の気配を読んで極太の雷光を放つ。


 そして豊本は瞬く間に消し炭になった。


「……こんの! 邪魔ですわ、豊本!」


「わっ!」


 豊本は鳥飼によって背後に押し飛ばされ、彼女が一瞬雷光に当たる猶予を稼がされたのだ。

 

 そして鳥飼は、脇道に飛び込み、


「きゃあああああ!」

 豊本は、言うまでもなく雷光に直撃して消滅した。


「ぜぇ、ぜぇ……邪魔した貴方が悪いのですわ、この愚図め!」

 

 かくして一命を取り留めた鳥飼は、真壁に見つからないよう、入り組んだ脇道を進んで逃げ続けた。


「……悪いのは全部アンタでしょーが!」


「……え? ぎゃぁっ!?」


 しかしその途中、鳥飼の脳天に重たいものが落ちてきた。


「な、な、なぜ貴方がここに~……!」

 頭に強い衝撃を受けた鳥飼は、視界をチカチカさせながら無駄に優雅に片足で一回転した後、バタリと気絶して倒れた。


「『アイツは真壁一派のNo.3だから、No.2の都築と同様、しっかり罰を受けてもらう必要がある』……って、海野に言われて、先回りして来た」


「ごめんね級長さん。ボクずっと休んでられなかった」

 と、クラウ・ソラスの分厚い刀身を持ち上げ、情けなく倒れた仇敵鳥飼のことを見下しつつ、武藤はつぶやいた。


 一方その頃、大広場にて。


 焼け焦げた大通りから真壁へ。有原はゆっくりと目線を動かした後、真正面の真壁に尋ねる。

「どうして貴方はこんな、こんな……自分の仲間まで、平然と殺せるんですか……?」


 真壁は即答する。

「使えないからだ」


「『使えないから』……一ヶ月前にもそれと似たような言葉を僕にかけていましたけど、それって味方にも当てはめてしまうんですか!? みんなみんな、あれだけ貴方をたくさん助けてくれた人だったはずなのに」


「貢献とは量ではなく質で評価すべきものだ。奴らは貴様にまるで歯が立たないという点から、明らかにその質で劣っているだろう――だから奴らは使えない」


「使えないから、って人の命を平気で奪っていい訳ないでしょうが!」


 真壁は一切の曇りのない目をして、有原にこう語る。

「そもそも、逆だ。我々は使えない者たちの命を『奪わなければならない』のだ。

 この世の中には二種類の人間がいる。

 一つは、我々のような権力と才能と行動力を持ち、人生を捧げて世を回している『功労者』たち。

 もう一つは、ああいうような、まともな能力も無い故に自ら引き起こした不幸を、さも我々のような評価されて当然の人間が仕組んだと決めつける者。不平不満ばかりいい、人権だの法律だの道徳だの、自身で子細を理解していない言い訳をかいつまんで無駄に大きい声で展開する者。先に道を歩み社会の歯車を必死に回す人の足首をひっ捕まえて、自分は何もしないで泣き言を言うばかりの者。

 ――簡単に言うならば、社会のゴミだ。

 そうした輩が現れるからこそ、我々は非情にならなければならない。奴らに好き勝手させれば、社会はいつか崩壊する。あの無知蒙昧の品々を我々が引率し、社会の腐敗を遅延させなければいけないのだ。

 そもそも……『非情』という言い方がよくないのかもしれない。当然の責務と言う方が適切だ。

 悪いのは全て『無能』だ。奴らが『無能』でいることに甘えているからこそ、奴らは『無能』のままであり続けるのだ。

 だから、我々の行動は決して非道徳的ではない、手放しでほめたたえられるべき『啓蒙』だ。当然の責務だ」


 真壁は一拍休み、有原の瞳を見つめた後、演説を再開する。


十束とつか貴史たかしも社会的廃棄物の一人だ。奴は社会に唾吐き、何の価値もない命で、有原ありはらたくみを始めとする九人の有用な人材を殺した。あのような奴も、もっと早くに『弾圧』しておけば、あんなことにはならなかったのだ。

 ……なぁ、そう思うだろう? 有原ありはらたすく?」


 有原は、父親と、その仇の名前を再び使われたことに少々動揺しながらも、沈黙を続ける。


「答えないか……では質問を変えよう。一ヶ月ぶりにもう一度聞く、貴方は、十束貴史を許せるのか?」


 有原は答える。

「……前と同じだよ、許せる訳、ないじゃないか……けど! だからといって、僕は貴方と同じことはしない!

 確かに、あんな酷いことするような人なんていないのが一番良いよ……けど! だからといってそれを他人が好き勝手『支配する』のは間違っている!

 そういう、人と比べて能力がない人は……ほんの少しだけ力がある僕たちが『救済すべき』なんだ!

 道に迷っている人に手を差し伸べて、ちゃんと正しい方向に歩いて貰って、そしていずれお互いに手を取り合って協力できるようにすれば、誰も無駄に傷つかず、減ることもなく、この世界を動かせるはず……だったら、『助ける』方が良いに決まってるじゃありませんか!」


「その発言こそ役立たずを排除すべき理由なのだ。

 十束貴史という救済する余地のない奴により、有原匠という警察官という相応の訓練を経た者にも関わらず犯罪者一人を無傷で捕らえられなかった奴によって、貴方は、『助ける』という都合のいい亡霊じみた言葉に取りつかれて、一ヵ月前から今日に至るまでの苦難の道を歩まされたではないか。私が言うように人間は二種類に分別して処分する世の中であれば、貴様の人生はせいぜい余計な波風は立たなかった……」


 真壁が語る最中、有原は真剣な眼差しで訴えた。

「人の死を呪いみたいに言うんじゃない! 父さんは僕をこの道に一押ししてくれた! 勝利は僕たちの仲間を守ってくれた! 木曽先生は僕にもう一度戦うチャンスを与えてくれた! グレドさんは僕の過ちに気づかせてくれて乗り越えさせてくれた! みんなみんな、僕を助けてくれた救世主だ!」


 そして有原は周囲にうっすらと旋風を起こしつつ、剣を構え直す。


「だから僕は貴方を『助ける』! 真壁グループを守りたいという一心で周りが見えなくなって、大勢の人の命を足場にしなければいけなくなった貴方を助けてみせる! 大勢の人の命を受け取ってやっと過ちに気づいた僕が、『きっと出来る』っていうことを見せてつけて!」


「ろくな根拠も無く己を聖人君主のように仕立て上げるな……それをしていいのは、真壁グループという社会の大きな歯車を背負い、大勢の人々を幸せにしてきた私の方だ!」


 真壁は目前で雷霆の槍を両手で縦に持ち、

「それでも私に楯突くのなら、王国もろとも身を滅ぼす覚悟をしろ……【ウーラノス・ジェネシス】!」

 自身に宿る神寵【ゼウス】の力を完全に解放する。

 

 髪色は光輝を帯びた金色に染まり、身体に神威の如き雷を纏い、大広場の地に稲妻が駆け巡り、大地が慄くように轟々と揺れる。

 まさしく神が顕現したような様相と化した彼女は、雷霆の槍を後方へ引き、両手より溢れ続ける雷を圧縮充填する。


「そんな覚悟絶対にしない……僕は、僕は、絶対にクラスメートも、この国の人達も、貴方も助けるんだ!」

 

 有原は右足を一歩前に強く踏み出すと同時に、全身を竜巻で包む。

 さらに足裏から突風を噴出し、真壁めがけ突進する。


 二人の間合いが詰まりきったその時、

「【絶対至敗ぜったいしはい】!」

「【天羽々斬虚剣あめのはばきりきょけん】!」

 極大の雷が込められた槍と、唸る竜巻を帯びた剣がぶつかり合う。


 二つの一撃の強さはほぼ互角。二人は互いのスキルの威力により、数メートル後方へ押し飛ばされた。


「この程度で私は終わらない……私は元の世界に帰らなければならないのだ。真壁グループを、社会の無謬たる姿を守らねばならなないのだ!」

 真壁は再び槍を後方へ引き、力と、雷を溜める。

 その規模は先程とは比べ物にならない。雷霆に同等の雷を纏わせ、槍そのものを巨大化させ、本体と外装全てに、【絶対至敗】で込める量の数十倍はくだらないほどの膨大なエネルギーを込めていた。


「祐さん……負けないでください!」

「いっちまえー、祐!」

「お願い……級長!」

「勝ってくれ、有原殿!」


 内梨、海野、三好、ハルベルトを筆頭に、有原の仲間たちが真壁の放つ覇気を押し返すように応援する。


「ありがとう、みんな……」

 重要な局面故に、これだけ感謝の言葉を伝えた後、


「さぁ、次こそ行くよ……真壁さん!」

 有原は呼吸を整え、神経を研ぎ澄ます。剣を構え、右足を一歩前に踏み出し、足裏から突風を噴出。さらに全身の周りに竜巻を展開し、真壁に突撃する。


 有原と真壁、二人の間合いは縮まり、

「【絶対善皇支配ぜったいぜんのうしはい】ッ!」

 真壁はこの世の理すら突き破るほどの量の神雷を帯びた槍を、自分の威信にかけて全身全霊で振るう。

 

 対する有原は、自身が纏っていた竜巻を全て剣に注ぎ、持てる力を全て発揮して振りかざす。

「【八岐殺ノ虚剣やまたごろしのきょけん】ッ!」

 

 そして双勇者の最強奥義は相克する。

 先に優勢を取ったのは真壁。彼女は有原の剣をジリジリと圧していく。


「このまま、貴方を再び、私の大義の道から滅殺する……!」


「……まだだぁぁぁ!」

 と、彼が叫んだ途端、七本の風の剣が虚空から現れ、真壁の雷霆の槍にぶつかる。

 まるで【虚剣】を八発同時に放たれたような威力が雷霆の槍にのしかかり、真壁は一瞬にして劣勢となる。


 忠誠心の賜物故か、真壁の危機に際し、鎖で全身を縛られていた都築が目覚めた。


 直後、都築は全身の鎖を力づくで粉砕し、

「なっ、だいぶ頑丈な物を使ってたはずなのに……!」

「おいこら、変なタイミングで起きないでよ……!」


「邪魔だ!」

 都築は海野と三好を殴り飛ばし、近くにいた兵士から槍を奪って駆け出す。


「待ってください、都築さ……」


「待つものか! どけ!」

 内梨の勝利の剣が立ち塞がったが、都築は槍の一閃でそれをバラバラにする。


「このままお前に理津子さんを倒させるものか! 【オケアノス・エンハンス】!」

 そして都築は全身に水を帯びさせ、自身のステータスを強化し、真壁の元へ向かう。


「させるかぁぁぁッ!」

 しかし、今だ傷が言えきっていない飯尾が、都築を羽交い締めにし食い止める。


「どけ、お前! 俺は理津子さんを守らねばならないのだ!」

 都築はじたばた暴れて飯尾の拘束を振りほどこうとする。


 しかし飯尾は一切動かない。

「だったらどかねぇ! 俺だって祐を守りたいんだからよ!」


「うるさい、どけ!」


「どかねぇ、絶対どかねぇ!」

 

 傷はまだ癒えきっていない。故に都築が動くたびに全身に激しい痛みが襲い掛かった。

 しかし飯尾はそれを気合で持ちこたえ、都築をここで食い止め続けた。


 そして二人の目の前で、決着の時が訪れた。


「これで、終わりだぁぁぁ!」

 有原は七本の風の剣と、瓢風帯びる恩師の剣で真壁の槍を叩き斬り、そして真壁に目にも止まらぬ速さで、幾重に斬りつけた。


 自身が放つ風属性エネルギーを極限まで意識し、通常の【虚剣】と同等の力を持つ剣を七本練り上げ、自分の剣と連携して相手を切り刻む。

 ――これが、神寵【スサノオ】に覚醒した有原の奥義とも言えるスキル、【八岐殺ノ虚剣】だ。


 そして、真壁はその場で両膝を突いた。

 時同じく、都築も気を失っていた。絶叫する暇さえ無かった、真壁の敗北を目撃したショックがあまりにも重すぎたのだ。


「あ、危なかった……こんな奴行かせたら勝敗変わってたって絶対……」


 真壁は膨大なダメージは負ったものの、間もなく死ぬという程の深刻な傷は受けていない。

 故に彼女は尋ねる。

「何故だ……何故、殺さない……」


 有原は剣を鞘に納めて、答える。

「何度も言っている通りです。僕はずっと貴方を『助ける』つもりでした。こうやって間違いに気づいて、それを超えた人は強い。って教えることで」


 有原は剣を握っていた右手を真壁に差し出して、

「だからまだ僕たちの仲間でいてください。そしていつか、正しく早く、この大陸を救って、みんなで家に帰りましょう」

 と、真壁にお願いした。


 ついさっき自分を打ちのめした人物が、自分へ頼み事をする。その違和感に真壁は呆然とし、回答に躊躇する。


 そして真壁は、

「断る……」

 有原が差し出した手を払った。


「どうして……?」


 すると真壁は呪詛を唱えるように言う。

「貴方などには絶対にこの大陸を救えない……貴方は私たちクラスメートを守ることはできない……貴方の夢など叶うはずがない……絶対に、我々は間違いなどしていない……!」

 その最中、真壁の全身の輝きが強まっていた。


 これを海野は【ルルイエの掌握】を介してでも確認し、この後起こる危機を察知する。

 故に海野は、有原へ至極申し訳なく思いながら、彼へ叫ぶ。


「早く真壁から離れろ有原!」


 突然の海野の声に有原は戸惑った。

 しかし海野の切迫した様子と、真壁の状態から有原は自分がすべきことを察した。

「ッ……【湍津ノ疾槍】!」

 そして有原は至極無念に思いつつ、高速移動して真壁と距離を取る。


「すまない内梨さん、俺に、バフを頼む……」


「は、はい! 【マジック・サプライズ】!」


 その最中、海野は内梨から魔法攻撃力のバフを受け取り、

「間に合え……【アクア・スフィア】!」

 すぐさま海野は緻密に制御した水の球を真壁にぶつけて、彼女の身体を空高く打ち上げる。


 直後、真壁を中心に、ミクセス王国の空を覆い尽くすほどの輝きを放つ、爆発的な放電が起こった。

 それが止んだ時、真壁の姿はもうどこにもなかった。真壁は、ミクセス王国を道連れにすることなく、その身を燃やし尽くしたのだった。


「あ、危なかったな……とりあえず、リベンジ達成おめでとう、有原さん」

 と、海野は言った直後、有原の虚ろな目を見て、


「ごめん、つい口走っちゃった……」

 失言してしまったことを恥じた。



 邪神討伐も道半ばに起こってしまった一年二組内とミクセス王国内の内乱は、有原たちが制した。

 しかしそれに達成感も栄光も、勝利故の喜びは一切無い。


 本来ならば手を取り合えるはずだった大勢の人々を失う。ただその苦い事実と重たい後悔だけが残った。


「ですが! このまま足を止めてはいけません!」

 

 かつて戦場にされてしまった大広場にて。

 そこに集ったミクセス王国の国民へ、有原は演説する。


「特定の誰かに罪をまとめて押し付けて満足するのも、苦しさに耐えかねて忘れようとするのもいけません!

 僕たちはこの、大勢の人たちの諍いや恨みや怒りが織りなす過ちを超えて、強くならないといけないのです!

 そして僕たちは結束を固めて、邪神を討伐し、彼らの死が少しでも救われるように頑張りましょう!

 そのために、僕たち界放者は、皆さんを助けます! だからどうか……ハルベルト騎士団副騎士団長、有原ありはらたすくを今後ともよろしくおねがいします!」


 自分の演説に多少の拙さを感じつつ、有原はこう言い切って、国民たちへ頭を下げた。


 刹那、このミクセス王国中に、有原が導く未来へ期待する国民たちの拍手と喝采が響き渡った。


「ありがとうございます、皆さん!」


 数分後、有原は、『騎士団長フラジュの国外追放』などの報告を伝えに行くミクセス王と入れ替わる形で、大広場付近の建物内にある控え室に戻ってきた。


 すると上司のハルベルトと、五人の仲間が拍手を送った。


「おつかれさん、祐」と、飯尾。


「さっきの演説よかったですよ、祐さん」と、内梨。


「ま、リハーサル不足感は否めなかったけどね」と、飯尾。


「しょうがないでしょ、急に組み込まれたスケジュールなんだから、ね、級長?」と、三好。


「けど、終わりよかったから全てよしでいいよね! ナイス有原さん!」と、武藤は言った。


「そ、そうかなぁ……とにかくみんな、どういたしまして!」

 

 有原が仲間五人に礼を言った直後、ハルベルトが彼に寄ってきた。


「有原殿。今一度確認したいのだが、本当に私の副騎士団長のままでいいのか? 今なら騎士団長の空きがあるのだが……」


「いいんですハルベルトさん、僕たちはあくまで邪神討伐に協力してるっていう体でここにいますから。一戦闘部隊のままでいさせてください」


「そうか……陛下も期待しているのだが、それでも構わないのか?」


 有原は縦に首を振ってから、周りをキョロキョロ見て、照れくさそうに、

「それに……仲間のみんなとなるべく離れたくないので……はい」


「……そうか、ではそう伝えておくとする。きっと陛下『がた』もお喜びになるだろう」


 そしてハルベルトは、有原が佩いている剣を一瞥して、

「……今回はありがとうございます」

 有原だけでなく別の誰かにも言うように、遠くを見て呟いた。


 そして仲間四人が有原の元に、揃ってニタニタしながら集結してきた。

「全く、お前はつくづく良いこと言うじゃんか!」

「流石です、祐さん!」

「んじゃ、これからもよろしくね! 級長!」

「ボクめちゃくちゃ頑張るからね! 有原さん!」


「うん、僕からもよろしくね! みんな!」


 有原と苦難を乗り越えた仲間たちの、邪神との戦いはまだまだ続いている。

 だからこそ、有原はこの仲間たちに囲まれている幸せを噛み締めて、笑った。

 これが先立って自分たちの行く末を見ているクラスメートたちの不安を吹き飛ばしてくれると信じて。


「……おい海野。お前なんで窓の方見てこっちこないんだ? 今正午前だから黄昏るにはまだ早いぜ?」


「黄昏るのに時刻が黄昏であることは関係ないだろ。ちょっと考えごとしてるだけだ……」


 海野が見ていたのは国民が集う大広場――の上空。

 一昨日、彼はここに違和感があったことを覚えていた。


「あそこを通って城の尖塔を破壊した矢……あれこそが真壁がチラって言ってた『久門からの刺客二人組』の攻撃だろう。アイツら、一体何を企んでいやがったんだ……?」



 一方その頃、ミクセス王国の辺境にある廃村にて。


「……ていうわけで、こいつに変な火が付いたせいで、真壁の危機を救うミッションは失敗しました」


「ほんと、さーせんでした」

 

 石野谷と梶は、土下座していた。

 

 彼らの前には久門が石柱に座っていた。


 この廃村は現在、久門一派が仮の拠点となっている。

 

 石野谷と梶は、ミクセス王国・王都から遥々ここ帰ってきて、持ち帰った土産話――有原対真壁の一部始終を報告していた。

 もちろん、その切れ目が自分たちのせいで最悪になったことを含めて、事実を隠すことなく恐る恐る話した。


 それを聞き終えた時、久門は頬杖を突きながら尋ねる。

「……なぁ、もう一度聞くが、級長はやっとこさ【神寵】に覚醒したんだな?」


「はい、間違いないっス。髪色がブルーになって、天然パーマがスーパー天然パーマになってましたんで」


「そこよりももっと言うべき特徴あるだろ陽星……繰り返しになりますが、真壁配下の神寵覚醒者をバッタバッタと倒してました。今のところ確固たる情報は流れてませんけど、多分真壁はもう死んだと思います。『お前の剣では、死なん!』的な感じで」


「ふーん、なるほどな……ありがとよ」


「「どういたしまして」」

 

 二人は礼を返してからしばらくして、


「「あれ??」」

 と、二人は土下座をやめてお互いの顔を見合った。


 任務失敗のため久門から鉄拳制裁が下ると思っていたのに、それが来ないからだ。


 二人が顔を上げた時、久門はクスクス笑っていた。

 それが彼らしい豪快な笑いに変わったのは、すぐだった。


「やればできんじゃんかよ有原級長! これは真壁をぶちのめすよりも面白いことになりそうだぜ! ハハハハハハッ!」


「よ、よかったラッキー、怒られなくて済んだぜ」


「いやぁ、やっぱ僕みたいな陰キャにはわからないなぁ、久門兄さんのポジティブ思考は」


 テンションが上がってきた久門は座っていた石柱の上に立ち、堂々と叫ぶ。


「待ってろ有原! 次の餌食はテメェだ! 俺の準備が出来るまで、真壁ごときに勝ったくらいで調子乗ってポックリいくんじゃねぇぞ! ハハハハハッ!」


 久門と彼らの悪友たちの旅路も、まだまだ続く……


【完】

話末解説(※大変お待たせしました)


■登場人物

真壁まかべ 理津子りつこ

 レベル:83

 ジョブ:【勇者】

 神寵:【ゼウス】

 スキル:【絶対至敗】、【絶対善皇至敗】など


 某市に所在する大手建設会社『真壁グループ』の社長令嬢。一年二組の実質的支配者の一人。

 苛烈なほど合理主義者であり、何事も『結果』、特に『真壁グループにとっての有益』を優先している。感情や弱さを全否定し、目的のためなら配下でさえも犠牲にして成し遂げる。

 得物の槍と雷属性魔法で敵を圧倒し、堅実に勝利を引き寄せる。

 神寵【ゼウス】に覚醒してからは雷属性スキルの威力は驚異的に強化された。特に【絶対至敗】は対象以外にも被害を及ぼしてしまうほどの威力を誇る。

 ゼウスとは、ギリシャ神話の天空神、雷神、そして至高神にして全知全能の神。オリュンポス十二神の筆頭。


有原ありはら たすく

 レベル:63

 ジョブ:【勇者】

 神寵:【スサノオ】

 スキル:【天羽々斬虚剣】、【八岐殺ノ虚剣】など

 

 一年二組の学級委員を務める少年。警察官の父親の『誰かを助ける人になってくれ』という約束を守るため、恩師グレドから教わった『過ちを超える』という信念をもって奮闘している。

 どれだけ悪人であろうとも、決して進んで殺すことはしない。

 ジョブ【勇者】として、光属性を帯びた剣撃や魔法で遠近両用の攻撃を使い、臨機応変に対応する。

 さらにグレドから教わった防御、回避、崩しの三スキルを、神寵【スサノオ】で生み出す強大な勢力を誇る風で強化し、ますます対応力に磨きがかかった。

 元の世界に帰れたら、母親にただいまを言ってから、『80〜90年代に全子供を熱狂させた某バトル漫画』のゲームのDLC追加シナリオをダウンロードしたい。

 スサノオ(素戔嗚命スサノオノミコト)とは、日本神話に登場する嵐神(※諸説あり)。八岐大蛇を討伐した説話が有名。

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