第41話 有原vs真壁
今度こそ勝って、助ける。
有原はその一心で、剣を携え彼女へと駆ける。
「【アイトーン・グレネード】!」
豊本のカボチャ爆弾の爆風を吹き飛ばし、
「【ライフ・サプライズ】!」
小清水の回復魔法を反転化したダメージ魔法を物ともせず、
「【イージス・シールド】」
衛守の光の障壁も斬り払い、
「い、行きなさい貴方たち! 有原を真壁様の元に近づけさせてはなりません!」
鳥飼が放った五体のグリフォンを一瞬で斬り伏せた。
数々の手勢の妨害を楽々と超えた有原は、救うべき敵総大将、真壁の元へ迫る。
「都築、桜庭。連携して奴を潰す」
「了解しました。理津子さん」
「はい、お任せください!」
対する真壁は都築、桜庭と共に有原へ立ち向かう。
「潰させませんよ!」
真壁の一歩先に都築と桜庭が前に出た。
「【トリトーン・バスター】!」
「【デイモス・インパクト】!」
都築は水流を纏わせ、桜庭は加減なしに力を込めて、計三本の槍を有原へ振るう。
「【市杵ノ崩槌】!」
有原は二人に柄頭を突きつけ、収斂した風属性を炸裂させる。二人へ激しい突風を浴びせてよろめかせ、その攻撃を中断させた。
しかし都築と桜庭はすぐさま体勢を立て直し、有原を挟んで槍で連続攻撃を仕掛ける。
だが有原は二人の動きとそれに付随する風から、攻撃全てを見切る。かわし、剣で防御し、二人の僅かな隙を狙い、矢継ぎ早に刀身で面を食らわせ、退かせた。
直後、真壁は有原の背後から槍を全力で振りかぶった。
有原は咄嗟に踵を返し、グレドの剣を真壁の槍へと振り、その一撃を防ぐ。
有原と真壁、二人の勇者はお互いの得物を振るい、一度打ち合う。
その瞬間、風と雷、二人の【勇者】を所以とする属性エネルギーが周囲へ激しく飛び散り、大小差はあれど見る者全てを畏怖させた。
そんな中、有原の腕前によって退かされた都築と桜庭は、この光景を目の当たりにして、ますます士気を高める。
「このまま理津子さんに負担をかけさせてはならない。行こうか、桜庭さん」
「ええ、真壁さんからの御恩に答えなくちゃ……」
そして二人は真壁の元へ加勢すべく駆け出す。
「【イソグサの円環】!」
「【ガルーダ・ストライク】!」
最中、都築と桜庭は、海野と三好に奇襲され、それぞれ別々に真壁と離されてしまった。
海野と三好は、後方の有原へ向けて叫ぶ。
「有原さん! こいつらは俺たちが引き受ける! ずっとお前ばっかにやらせちゃよくないからな!」
「ここはこっちに任せて! アタシは……今度こそやるべきことを果たすから!」
「ありがとう、海野さん三好さん! どうか御無事で!」
こうして海野は都築の、三好は桜庭の相手を引き受け、それぞれの戦いを始めた。
「まさしく、神々の争いだ……」
「実に、壮絶な戦いであるな……」
有原の神寵覚醒から始まった、これまでの大陸における常識を超越した戦いを前に、大広場の端に退避している騎士団長のレイルとゲルカッツは湧き上がる感情を口にする。
これに続いて、二人に護衛されたミクセス王は、
「そして、我々の無力さを激しく痛感させられる……彼らに辛い思いをさせてしまった無力さをな」
と、思慮深い故の悲しみを吐露した。
「だが、我々にはあの神々に至る力は持ち合わせていない……」
「もはや出来ることは、有原殿がこの戦いを終わらせてくることを祈るのみ、か」
「……それが何よりも辛いのだ」
ミクセス王と二人の騎士団長は、有原と真壁の常識を超えた戦いを見守り続ける。
*
有原と真壁が激戦を繰り広げる中、真壁配下の一人、辻は内梨を抹殺すべく、彼女への襲撃を続けていた。
「【タラリア・フライト】」
彼女は空中を駆けまわり、彼女の背後を取り、そこから刀で一閃を繰り出す。
「お願いします! 勝利さん!」
しかし内梨を守る剣士の鎧――【勝利の剣】が素早く回り込み、辻の刀を得物の剣で打ち返した後、辻に体当たりして突き飛ばした。
このようにして、勝利の剣は主である内梨への奇襲をことごとく防いだ。
しかし辻は延々と内梨に襲い掛かってくる。
「本当に執念の塊みたいな奴だな。真壁の刺客らしい」
と、飯尾は横になって内梨の回復魔法を受けながら、呆れて言った。
「辻さん! もうやめましょうよ……これ以上クラスメート同士殺しあうなんて……!」
勝利の剣と交戦する辻へ、内梨は必死に訴えかけた。
だが辻は応答しない。真壁一派の【暗殺者】の矜持として、彼女は決して任務を諦めず、内梨に襲い掛かった。
そうこうしている内に、勝利の剣の動きが鈍り始めていた。
スキル【神器錬成:勝利の剣】一回分の活動限界が迫ってきている証拠だった。
辻はこれを好機と捉えた。より攻撃の手数を増やし、より勝利の剣の退場を早めようとした。
勝利の剣がかろうじて自分の身を守ってくれる間、内梨は、何度も辻に呼びかけた。
「辻さん! お願いですからやめましょうよ……このままこんなこと続けても、皆さんがより苦しむだけですから……」
辻は攻撃を止めない。
彼女は内梨の言葉を命乞いとも優しさとも思っていない。ただの雑音として処理して、真壁からの命に従い続けた。
最中、飯尾は、至極申し訳ないと思いながら、内梨に叫ぶ。
「内梨、奴を叩け! 気絶させるくらいでいい! でないと、あいつは意識がある限り永遠に戦い続けるぞ!」
「ですが……そうしたら辻さんが、さっきの酒井さんのように……!」
用済みと判断された酒井が、真壁によってさも虫を殺すように始末される。
その酷薄な光景を思い出すだけで、とりわけ善良で人一倍の博愛精神を持つ内梨は、泣き出しそうでしょうがなかった。
しかし飯尾は、そういった内梨の気持を理解した上で言う。
「そんな人のことを機械的に殺そうとする奴なんかに優しくするな! 内梨、そうやって躊躇することこそ奴と真壁の思うツボだ!」
この飯尾の言葉を聞いた内梨は、覚悟した。
今有原が真壁というクラスメートと、本来ならば戦わなくてもいい相手と断腸の思いで戦いに臨んでいる。
ならば自分も友達として、そんな彼の思いに寄り添わなければならない。。
「……わかりました……辻さん、絶対貴方を守りますから……どうか、許してください!」
内梨の意を受け取った勝利の剣は、辻の首筋を剣の面で叩き、彼女を気絶させた。
「【ケートス・レイジ】ッ!」
刹那、辻が倒れた地面から水柱が発生し、彼女は打ち上げられた。
この打ち上げられた時の衝撃で、彼女は絶命した。
*
都築は、【ケートス・レイジ】発動のため地面に叩きつけた槍先を持ち上げて、
「これは理津子さんの意志だ……恨むなら俺でも理津子さんでもなく、自分の不明を恨め」
「ひっどい言い訳だな。内梨さんがあれだけの思いでああしたってのに」
「残念ながら俺たちは一度完全に弓引いた者を尊重することはない」
「言わんでもいいわそんなこと」
そう都築へ言った後、海野は彼へ手をかざし、水の弾丸を乱射する。
「【スコール・ガトリング】」
だが、全ての弾丸は都築に当たる前に明後日の方向へ飛んでいく。
都築はバッシブスキル【エナリオス・ドミニオン】により、敵の攻撃含む水全てを操作できるのだ。
「もう一方がもう一方だったから、しぶしぶこちらを引き受けたんだが……やっぱ辛いな」
「貴様こそ言い訳するな」
「これは言い訳じゃない、愚痴だ」
「どっちみち余計なことをほざくな」
都築は槍を掲げて海野へ襲い掛かる。
自分のジョブは【魔術師】、都築の攻撃を食らえばひとたまりもなくなる。
海野はひたすら走って都築から逃げる。その間海野は一か八かで水魔法を乱射する。
「【スコール・ガトリング】ッ!」
「それは効かないといっているだろう!」
都築は【エナリオス・ドミニオン】を用い、それを次々と明後日の方向へと弾く。
「次はこちらの番だ、【カリュブディス・スパイラル】」
都築は螺旋回転する水流を槍先に纏わせ、海野へ猛進する。
「【ウェーブ・ライド】!」
海野は足元に波を作り出し、都築に背を向け、波に乗って速度を増して逃げる。だが、この波も都築の水操作により霧散され、その企みは途中で絶たれた。
「さぁ、この騒乱を引き起こした責任を取れ、海野隆景!」
そして都築は海野の背へ、全力で槍を突き出す。
「断る」
海野は自分が出せる最大の力を持ってジャンプし、背面飛びのように都築の槍を紙一重で避けつつ、彼の懐へ飛び込む。
そこから海野は右手を、都築の胴に刻まれた有原から受けたまだ癒えきっていない傷へ向けて、
「【イソグサの円環】」
水で出来た丸のこを目にもとまらぬ速さかつ、至近距離で撃ち、傷口を開かせる。
「がぁっ!?」
槍を手放しよろめき、両手で傷ついた胴を押さえる都築。
海野はかろうじて受け身を取り地面に着地し、微かな頭痛をごまかすように頭をさすりながら、
「【エナリオス・ドミニオン】は『自分への水攻撃を自動的に防ぐスキル』じゃなくて、『水を操作するスキル』だろ……流石にあんな距離でいきなり撃たれたら、かわせなかったか……」
「……貴様ッ!」
「【アクア・スフィア】」
都築の顔面に水の球を命中させて倒してから、海野は『やっぱりな』とつぶやいて、倒れる彼に言い捨てる。
「いや、慢心したのがダメだった。俺がアンタの単純な突きぐらいかわすこととか、色々考えて動かなかったからな。事が終わるまで寝てろ、アンタはこんなところで死ぬのはズルすぎる」
そこから彼はハルベルトの兵への援護に向かった。
*
有原と真壁が再戦をしている中、もう一組、再戦に臨んでいる二人がこの戦場にいた。
三好と桜庭。かつての親友同士である。
「【アロアダイ・コリジョン】ッッ!」
桜庭は両手それぞれで槍を高速回転させて、戦車のごとく三好に突撃する。
その時、桜庭の表情は怒りに満ちていた。
「お前が、お前が余計なことをしなければこんな争いなんて起こらないで、アタシたちはさっさと元の世界に帰れたんだ! 消えろ三好!」
本当ならば海野と都築の相性を考えて、桜庭は海野に任せるのが正解だった。
しかし三好は海野に無理を言って、桜庭の相手を譲ってもらった。
その理由は言うまでもなく、今度こそ自分の意志を貫き通すため。
「わかってる、全部アタシが悪いのはわかってる。奏も紬も奪ったことも、海野さんを突き動かしてこの争いを起こしたのも。あなたが真壁さんに従わなきゃいけなくなったのも、全部アタシが悪いのはわかってる! ……だから!」
三好は両手のひらを突撃する桜庭に向けて、
「アタシが終わらせる! 真壁の手駒になってしまったアンタをね! 【ルドラ・ブラスト】!」
一直線に闇属性エネルギーを放射する。
「だったら貴方が死ねばいいでしょうがぁッ!」
桜庭は両手の槍の回転をさらに早め、正面へ向け、闇属性エネルギーを受け止める。
そしてそれを回転の勢いにより、【クリシュナ・ウィル】を持っていなかった頃のように、逆に三好へ押し返した。
だがその斜線上には既におらず、三好は桜庭の左右にいた。
「さよなら、依央……【アヴァターラ・ブリッツ】!」
桜庭は前に向けた回転する二本の槍を、左右の方へ戻し、
「負けるもんかぁぁッ!」
三好と、三好を模した闇属性エネルギーの両方の急襲を受け止める。
親友二人は互いに得物を押し付け合い、お互いの力と意地をぶつけ合った。
そして、闇属性を纏った刃は、二つの槍を同時にへし折った。
自分の罪に向き合い、超えようとする信念と、それをバネにした三好の成長が、その差を分けたのた。
そして桜庭は、三好と分身によって同時に背を斬られ、X字の傷を深々と刻まれた。
「……ありがとう、よすがっち……後は……ガンバ……」
そして桜庭は、真壁に『切り込み隊長』と呼ばれた者として、最後の義理を果たすべく前のめりに倒れた。
三好は一対の短剣を納め、涙を拭ってから、
「……うん、頑張るよ……依央……!」
*
有原の帰還と、彼の【神寵】覚醒。そんな小さな変化から、たちまち戦局は一変した。
その混沌模様は、あれだけ王国内で権威を持っていた真壁配下たちから死者が続々と現れてくるほどだった。
「となると、僕たちがそろそろ動かないとね」
戦場となった大広場から約百メートル離れた建物の屋上にて。
もし真壁が反乱勢力に追い詰められたら、それを討て。
久門の命令を脳裏で復唱しつつ、王都に潜伏している二人組の片割れ、梶昇太はスナイパーライフルを構え、どの要人を狙撃しようか考える。
「普通、真壁と今互角の勝負をしている有原を撃つべきだと思うけど……今はあの人もいるからねぇ……」
時同じく、真壁一派が誇る凄腕の【狙撃手】、矢野が王城の尖塔の中に居た。
矢野はそこから顔を出し、精神を研ぎ澄まし、弓を構えていた。
一キロメートル弱という長距離故に確固たる証拠は無いが、彼女が放つ雰囲気からして、その狙いは有原の頭だった。
彼女は先程の不義理な狙撃を再び実行しようとしているのだ。
「あの人、また有原を狙う気か。僕とアイツ、二人も同じ人を狙撃しなくてていいよね……だからどうしよう、ここはやっぱ隆景にしとこうか……」
梶は隣を向いて、相方に相談してみる。
「陽星、お前は誰を撃った方がいいと思う……!?」
その時、刺客二人組の片割れ、石野谷陽星は斜め上を見つめ、弓を力いっぱい引き絞っていた。
「おい陽星! お前一体どこ狙って……」
「あの一騎打ちの約束破って有原を殺そうとした卑怯なスナイパーに決まってるだろうがァァァッ! 【ピュートーン・ブレイカー】ァァァッ!」
石野谷は弦を手放し、矢を放つ。
その矢は空を切る中で炎に包まれ、その勢いを増して、尖塔一直線に飛んでいった。
「……!? Emergency……!」
炎の矢は矢野が足場にする尖塔の上部に命中する。
その威力によって尖塔は一気にひび割れて崩壊。最上部にいた矢野はなすすべなく地上へと落下していった。
「ようし! やっぱここぞというときは当たるんだよ、俺の矢は!」
「……あーあ、やっちゃったね、陽星」
「うるせぇ! あんな卑怯者なんて殺されて当然だ! ざまあみろ!」
「いやそっちの『殺った』じゃないから、僕たち人殺しする気でここにいたんだから今更なことだし。僕が言いたいのは、今ので僕たちの存在がバレちまうかもしれないってことよ」
あれだけ炎を纏って飛んだ矢が、王城の一尖塔を破壊する。
この場においてそのような派手な行動を行えば、周りからの注目を集めるのは勿論。矢の軌道を逆算して自分たちの位置を誰かに割り出されてしまう。
という事実を、石野谷は梶から十秒遅れて気付いた。
「あ、そっか!? じゃあ俺たち……」
梶は持っていたスナイパーライフルを風見鶏に再変形させ、元の位置に戻してから、
「続行不能につき任務失敗。早いところ王都から引き揚げるよ」
「やっぱりか……ま、いっか。久門さんへの土産話は十分手に入ったし、クソ野郎をぶちのめしてスカッとしたし」
「あんまし人の死を喜ばないほうがいいよ……ま、アイツは死んでも妥当だけど」
「やっぱお前も同感か、昇太」
「まぁね。てなわけでそこんところはありがとうな、陽星」
そして石野谷と梶は急いで王都から逃げていった。
【完】
今回も話末解説はありません。




