第40話 救済の勇者が目醒める時
ミクセス王国、王都中央の大広場にて。
真壁軍と海野や内梨たちの連合軍が対峙する戦場と化したこの地に、一つの嵐が吹き荒れる。
とても小さな嵐であり、とても激しい嵐だった。
その中心には、無傷の有原祐が立っていた。
嵐が過ぎた後の晴天の如く青い、つむじ風のような巻き癖がついた髪を伸ばし、一回り大きくなって。
これ以上誰も傷つけさせない、誰も悲しませない、誰も苦しめたりしない、そして、誰かを絶対に救うという覚悟を秘めた紅蓮の双眸で、有原は傍で倒れる飯尾を見る。
「祐……お前……ついに……」
有原は自分の周りで吹き荒れる嵐を止めて、
「ああ、そうだよ。ついに、目覚めたんだ」
「そうか、それは、よかったよ……」
有原は飯尾を風に載せて、内梨たちの元へ避難させた後、真壁の方を向いた。
真壁は有原の紅蓮の瞳と、自分の金色の瞳を合わせて、
「私のことを卑怯者と罵りたいのなら、早めの内にしておくべきだ」
「そんなつもりはありませんよ真壁さん。そして、そういう警告をするということは、まだ僕と戦うつもりですか」
「その通りだ」
真壁はコンコンとつま先で地面をつつき合図し、自分の兵士と、配下の【神寵】覚醒者に有原を包囲させる。
「わかりました、でしたら」
有原は恩師グレドの剣を中段で構えて、自分を包囲する兵たちの先にいる真壁へ言った。
「今度こそ、僕はあなたに勝ちます。そして貴方を助けます」
「たかが【神寵】に目覚めたくらいで虚勢を張るな。全軍、今度こそあの反逆者を始末しろ」
そして真壁軍は有原ただ一人へ一斉に襲い掛かる。
「さぁ、我々も有原ごときに気圧されてはなりません! 真壁様たちが有原を倒すまでの間、何としてでも奴らの仲間を近づけさせてはなりません!」
同時に、フラジュ軍はハルベルト軍の行く手を阻み、有原への助太刀を封じた。
「ちっ、意地汚いったらありゃしないよねアイツ……」
だな。と、海野は三好に相槌を打ってから、
「内梨さん、アンタは俺たちがフラジュをどうにかしている間に、飯尾の救護を頼む」
「は、はい!」
と、内梨は海野に返事した後、飯尾に回復魔法と、
「【アルフヘイム・ブレッシング】!」
妖精三体をつけて、四方で回復する。
「妖精さんを全部つけて、私も回復させてるのに治るのが遅い。どうやらダメージが溜まりすぎているみたいで、全快するのに時間がかかりそうですね……」
「す、すまねぇ……またお前らに迷惑かけちまって……」
内梨は飯尾に言い返す。
「迷惑なんてかかってません! 護さんは、祐さんが覚醒するまで守っていましたから!」
海野も言う。
「そうだ飯尾! 今回はお前の向こう見ずなところが出ててよかったからな!」
「そ、そうか……なら、いいか……」
「今、飯尾さんのことしれっと馬鹿にしてなかった?」
と、三好は海野に対するツッコミをつぶやいた。
海野と三好がいるハルベルト軍たちが、フラジュ軍の突破口を開こうとする中、有原は次々と襲い掛かる兵を、殴る、蹴る、剣で叩くなどして、次々と倒した。
その攻撃には有原の思いもあり殺傷性は控えてある。スキルも絡めていない。しかし、有原の繰り出す一連の動作には無駄がなく、洗練されており、兵を無力化するのには完璧であった。
(前よりも自分の身体が思うように動く、これが【神寵】に目覚めるっていうことか!)
幼少期、父親が育ててくれた剣の腕が、グレドの手ほどきにより極みに至り、【神寵】に覚醒し、今までの有原を締め付けていた常識を突き抜けた。有原はそう感じ、高揚感故にますます動きのキレが増していく。
もはや並の兵では勝てない。そう悟った真壁は、総兵士をフラジュの増援に回し、
「我々は十人、有原は一人……皆、この優位性をもってして奴を今度こそ討ち取れ!」
配下九人を有原に差し向けた。
十人の内、最初に攻撃をしかけたのは都築。
「【トリトーン・バスター】!」
彼は水流を帯びた槍を、有原目掛け思い切り振る。
有原はこれに合わせて剣を振る。
二人はお互いに武器を押しつけあって競り合う。
「流れ弾にご注意を。【イカリオス・バブル】」
そこへ酒井が紫色の水泡を五発、有原の背を狙って撃つ。
それに合わせて都築は、有原との接戦を切り上げて彼と距離を取る。
迫りくる弾丸に対し、有原はそちらへ振り向くことなく、地面を一度強く踏みつける。
「【田霧ノ威盾】」ッ!」
刹那、有原が地に伝えた魔力が風属性エネルギーに変換されて広がり、やがて彼を全方位から守る竜巻の壁となる。
酒井が放った水泡はそれに飲まれ、有原の周囲をぐるぐると回り続ける。
「だったらこれはどうかな! 【アイトーン・グレネード】!」
続いて豊本が、有原を囲う竜巻の中心めがけ、カボチャ爆弾を山なりに投げる。
カボチャ爆弾は竜巻の上部に接触すると、よく吸い込まれ、紫色の水泡と同様に有原の周囲を回り出す。
時間が経ち、カボチャ爆弾は炸裂した。しかしその爆炎は竜巻の勢力にかき消され、有原を傷つけることは決してなかった。
「【アクタイオン・ラピッド】、Fire!」
「【ライフ・サプライズ】!」
この竜巻の防壁を打ち破るべく、矢野は五十本の矢を連射し、小清水は回復魔法を反転したダメージ魔法を放った。
だがどちらも竜巻に飲まれ、標的に届くことなく、有原の周囲を回り続けた。
「ならば数で攻めようか」
と、酒井がさらなる水泡を撃とうとしたその時、竜巻が止む。
刹那、今まで竜巻が取り込んでいた矢や魔法が周囲へと、放った時の倍の勢いで飛散する。
バリアを張る、得物で叩き落とすなどして、真壁たちは有原の反射攻撃を切り抜けた。
しかし一瞬反応が遅れた酒井は、皮肉にも自身の放った水泡五発を直撃してしまい、重傷を負って倒れた。
「ああっ、酒井ちゃん! 待っててね、今助けてあげるから!」
小清水が酒井へ回復魔法を与えようとした矢先、
「【アルゲス・ショット】」
真壁は酒井に雷を落とした。
「な……なんてことするの真か……」
自分を問い詰めようとした小清水へ、真壁は彼女を脅すような目をして冷酷に言う。
「奴に回復魔法を使う時間が無駄だ。あの程度で不覚を取る奴など生きていても役に立たない」
「……でも!」
「口答えする暇があったら周囲へバフ魔法を振り撒け。そしてこれ以上味方を失わないように励め」
「……はい……」
「そんな……せっかくこれまで貢献してきたのに……真壁様……」
そして酒井は仲間の誰からも看取られることなく、ひっそりと息絶えた。
「至近距離でぶち破ってやる! 【アロアダイ・コリジョン】!」
桜庭は伸ばした両腕で二本の槍を車輪めいて回転させ、横合いから有原に突撃する。
「【カリュブディス・スパイラル】」
さらに、反対方向より都築が、螺旋回転する水流を纏わせた槍を突き出して突撃する。桜庭と共に有原を挟み討つ作戦だ。
「【タラリア・フライト】」
その上、辻は宙を駆けて、有原の頭上へ立つ。
「【ユノ・ヴェンジェンス】! さぁ、行きなさい!」
そして、鳥飼はその辺のスズメをグリフォンに変貌させ、辻と共に突撃させる。
これにて有原は真壁の手下四人の一斉攻撃を受けることになった。
しかし有原はこの苦境に物怖じせず、冷静に対処する。
「【湍津ノ疾槍】ッ!」
有原は両足から突風を噴出して宙へと舞い上がり、まずグリフォンを速やかに最上段からの斬撃で両断する。
刹那、辻は有原の側面を突いて刀で一閃を繰り出した。
有原は身を後ろへ反らすと共に、素早く剣を持ち上げ、辻の刀を
そこから有原は空中で、
「【湍津ノ疾槍】ッ!」
再度足裏から風を噴出し、戦車のごとく勇猛果敢に突撃する桜庭へ急降下する。
「真壁さんのため……斬り刻まれろッッ!」
迫りくる有原へ、桜庭は両手で高速回転させている槍を前へ向け、有原を斬り刻もうとする。
対する有原は手に持つ剣の柄頭に空気を圧縮させて、
「【市杵ノ崩槌】ッ!」
桜庭に向けて突き出す。
刹那、桜庭の全身に凄絶な速度の突風が襲いかかり、彼女は数百メートル先――大広場の端にある建物に叩きつけられた。
「お前の横暴はそこまでだ、有原ッ! これ以上理津子さんへ危害を加えるなぁぁッ!」
有原は踵を返し、水流の螺旋を槍先に纏わせて突撃する都築へ振り向く。
「僕は危害を加えようとしているんじゃない。真壁さんを助けたいんだ! この世の中には、あなたたちの考えだけじゃ叶えられないことがあるって教えて、助けたいんだ!」
「それこそが理津子さんの大義を傷つけるという『危害』を加えているのだ!」
有原は都築の方へ右足を一歩強く踏み出し、全身に竜巻を纏いながら、足裏から突風を放ち、神速の如く都築へ突撃する。
「衛守さん、手筈通りに!」
「了解です都築正義様。【イージス・シールド】、五連!」
衛守は都築の前に飛び出し、有原の前に光の障壁を五枚連続して配置する。
だが有原は止まらなかった。あたかも紙を破るように光の障壁を突破。衛守本人も有原にぶつかり、後方へ吹き飛ばされた。
「そ、想定外……! 私の【イージス・シールド】が破られることなど……!」
「衛守ちゃん! 後はアタシに任せて! 【アイトーン・グレネード】!」
豊本は山のように大量育成した麦を、雨のように有原へ投げる。
だが全て有原に当たる前に、彼の纏う竜巻に飲まれ爆発してしまう。
有原は始めにつけた勢いを落とさず、都築との間合いを詰め切った。
「ならば、俺が奴を破るのみ! 【カリュブディス・スパイラル】ッ!」
目前に迫った有原めがけ、都築は水流の螺旋を帯びた槍を渾身の力で突き出す。
すると槍の水流の螺旋は、有原が纏う竜巻により霧散する。槍の突きそのものも反らされた。
刹那、有原は全身を固めていた竜巻を剣へと集め、轟々と唸る暴風の刃を作り出し、
「【天羽々斬虚剣】ッ!」
都築を袈裟斬りし、彼の胴体に深い傷を傷を作る。
「お……のれ……!」
都築は胴体を左手で押さえ、右手で握った槍を杖にして片膝を突き、有原を下から睨む。
「ごめんなさい都築さん。ですが安心してください、ちゃんと時間をかければ回復できるくらいに止めましたから……」
そして有原は、配下八人の戦闘を静観していた真壁に視線を向ける。
直後、有原は尋ねる。
「これで次こそは、僕のことを見直してくれますか?」
真壁は――彼女にしては珍しく、数秒間を置いて答える。
「少なくとも同じ土俵に上がったことは認めよう。だが、それだけだ」
真壁は右手を真横に伸ばして、
「【神器錬成:ケラウノス】」
降り落ちた雷霆を掴み、槍の形に作り変える。
それをすぐさま、天に向けて、
「【アルゲス・ショット】」
有原の頭上より雷を落とす。
「【田霧ノ威盾】」
だが彼は竜巻の障壁を周囲に作り、落雷を跳ね除けた。
「本当に私を助けたいか。たとえ私が是が非でも改心しないとしても戦うか。そうなのか、有原?」
「はい。そちらも、仲間が何人も負けたのに、まだ、続けるつもりなんですね」
「真壁グループの未来のため、社会のためだ。当然続ける。それと……仲間が負けたのはどちらだ?」
真壁はつま先で地面をコンコンとつつく。刹那、
「おい美来! 後ろ!」
「え……ひっ!?」
飯尾を回復していた内梨の背後に、辻が【ハデスズ・ヘルム】による透明化を解除して現れ、二人めがけ刀を振り下ろす。
二人は全力で地面を転がって遠くへ離れた後、虚空に剣を振りかざした辻の姿を見た。
だがすぐさま、辻は内梨の首を取るべく駆ける。
「下がってろ、美来! アイツは俺が……!」
飯尾はジョブが【祈祷師】故に、戦闘に弱い内梨を守るべく、拳を構えた。
「がぁ……!?」
だが、さっき真壁たちから受けた傷がまだ治り切っておらず、すぐに前のめりに倒れた。
「飯尾さん!?」
その間に、辻は飯尾を踏み越えて、内梨との間合いを刀の長さほどに詰めていた。
「そんな……せっかく有原さんが、助けてくれたのに……!」
有原の苦労を全て水の泡に帰すことを詫ながら、内梨は観念して目をつむる。その時、
(まだ諦めないで、美来さん)
と、どこからともなく、優しい声が聞こえた。
「貴方は……!」
(強くて勇敢で、とても優しい君を守る。ただそれだけの存在だよ……だから安心して、勇気を持って僕の名前を呼んで……)
「わかりました……」
そして内梨はこの場で新たに会得したスキルを詠唱する。
「【神器錬成:勝利の剣】!」
直後、柔らかい赤い光を湛えた、彼女の身長を遥かに上回る、剣を手にした鎧が現れる。
鎧は辻の一太刀を自分の剣で受け止め、彼女を押し退けた。
「貴方は……勝利……」
(勝利の剣だよ。【フレイ】の神寵に目覚めた君が呼び出せる神器さ……さぁ、僕がいる間に、護くんを回復してあげて)
「……はい! 勝利さん!」
内梨は目に熱いものを滲ませつつ、飯尾の回復を再開する。
有原は、その内梨の姿を見届けてホッとした後、真壁へ向き直す。
「僕の仲間はまだ戦っているんです……僕が貴方を助けるって信じて! だから、僕は貴方に勝つまで、この剣を納める気はありません!」
「……わかった」
真壁は両脇に視線を向け、内梨と交戦中の辻を除く部下六人がいるのを確認する。
真壁は右隣にいる都築に尋ねる。
「まだ戦えるか?」
都築は、小清水の回復魔法でも癒えきらない傷の痛みを堪えて、無理くり真顔を保ちながら、
「ご心配なく。理津子さんは俺が守ります……」
「それでこそ貴様だ、都築」
そして真壁は、雷霆の槍を構えつつ、有原を睨みながら叫ぶ。
「これから先は一切の失態を犯すな。獅子搏兎の危害で有原を討て」
直後、真壁の部下六人は堂々と返事し、有原へ再び立ち向かう。
「何度でもかかってこい……僕は何度でも、みんなを助けてみせる!」
有原と真壁、二人の【勇者】の真の最終決戦がついに幕を開ける。
【完】
話末解説
■登場人物
【内梨 美来】
レベル:30
ジョブ:【祈祷師】
神寵:【フレイ】
スキル:【アルフヘイム・ブレッシング】、【神器錬成:勝利の剣】など
有原の幼馴染の少女。
とても内気で、些細なことを言うことすら無駄に遠慮してしまう。けれどもここぞという時は勇気を振り絞って行動してくれる。
ジョブ【祈祷師】らしく回復・補助魔法を得意とし、仲間四人を後ろから優しくサポートする。
神寵【フレイ】に覚醒してからは、スキル【アルフヘイム・ブレッシング】で妖精三体(現在の場合)を召喚し、これらと協力してより大勢、より多量の回復が出来るようになった。
また、一定量の回復を行うと、スキル【神器錬成:勝利の剣】が使用可能になり、鎧の剣士を召喚して、自身の護衛と援軍も可能になった。
牛丼屋では絶対豚丼を頼む。つゆだくで。
フレイとは、北欧神話の豊穣の神。




