第38話 二勇者の再戦
ミクセス王国の王都中央にある大広場にて。
そこに集っていた真壁軍と、国王を中心とした連合軍は、一ヵ月前に死んだとされた有原の帰還により、唖然、あるいは、驚喜していた。
中でも特に驚いていたのは、紛れもなく飯尾、内梨、海野、三好ら、彼らの仲間だった。
内梨は恐る恐る有原に尋ねる。
「本当に……祐さん、ですよね?」
「うん、有原祐だよ」
と、答えられ、思い切り嬉し泣きをした。
飯尾は確認するために、こう尋ねる。
「本当にそうなのか……好きな漫画は何だ?」
「それは勿論ドラ……」
「ありがとよ祐ーッ!」
飯尾は有原の答えを待たずして、喜び極まり肩を組む。
「いだだだァ! ちょっとこれ加減してないよね!?」
「……」
この奇跡の再会を眺めて、三好は、
(アタシなんかがここに混ざっちゃダメだよね……)
と、遠慮して、ただ近くで微笑んでいた。
「ごめん、手が滑った」
と、言いつつ海野は三好の背中をドンと、有原の前へと押す。
「……あ、ど、どうも級長」
「どうも三好さん。美来と護と一緒に戦ってくれてありがとうございます!」
「あ、うん……どういたしまして」
三好は有原を前にするや否や、普段の勢いの良さはどこへやら、緊張と複雑な心境のためにぎこちなく返事した。
そこから三好は恥ずかしさをなすりつけるように海野の方へ振り向いて、
「てか海野さん! さっきからなんで『知ってましたよ』感出して落ち着き払ってるの!? アンタも嬉しいでしょ」
「うん、そりゃ嬉しいさ。帰ってきてくれてありがとう、有原……けど、既に知ってたんだよね。生きて帰ってくるの」
この海野のカミングアウトに有原含む四人は、さっきのものよりかは遥かに規模が小さいが、それなりに驚かされた。
有原は尋ねる。
「まさか……僕のところにあった邪結晶を探知して知ったとか?」
「うんそう。で、ここに来るって知ったのは、俺の【ルルイエの掌握】で」
飯尾は怒りと喜びが混じったような神妙な顔をして、
「なんで、教えてくれなかったんだよ……まさかこれも『敵を騙すにはまず味方から』って感じで」
「いや、それは生きているとわかってても、果たしてここに帰ってこれるのか、また『抹殺』されるんじゃないかっていう心配があってな……」
そう言った後、海野は真壁軍の方へ目を向ける。
死んだとされた有原の帰還という想定外の事態を受け、真壁から一時停戦の命令が出され、隊列を整え直していた。
「鳥飼! お前、よくも嘘をついたな!」
その最中、都築は、鳥飼を叱責していた。
数日前、真壁は自身が保有していた邪結晶を使い、自分が倒したはずも、久門などの他勢力が倒せるはずもない場所に出現した邪結晶を探知した。
そこから真壁は『これは現在行方不明の有原の手によるもの』と断定し、鳥飼に武藤を与えて抹殺へ行かせた。
そこで鳥飼は有原とグレドの決心の抵抗により任務に失敗し、武藤を置き去りにしたまま有原の前から退散した。
が、鳥飼はこの件を『武藤は失ったが有原は無事倒せた』と報告をした。当然と言えば当然だが、まともな証拠は持ち帰らなかった。
そして今、有原がここに生きて帰ってきたことにより、その報告が虚偽であることが明るみに出てしまったのだ。
しかし、鳥飼は未だに自身の非を認めない。
「ひぃぃぃ、ち、違いますの! 確かに殺しましたわ! けど……そっから先は知らないのです!」
「知らないとは何だ! 仮に本当に知らないとしても、万が一何らかの奇跡が起こって復活しないように。という意義を含めて、理津子さんは『有原の首を持ってこい』と命じたのだから、それをしておくべきだっただろうが」
「それは……それは……」
さっさと答えろ。そう都築が怒鳴ろうとした直前、
「もうよせ都築。こんな奴の説教など後でできる。今は時間が無駄だ」
真壁はそれを制止する。
「はっ、申し訳ございません」
真壁は、歓喜に沸いている仲間に囲まれた有原を狙い、
「【アルゲス・ショット】」
彼の頭上より雷を落とす。
「ッ! ……みんな離れて、【疾槍】ッ!」
有原はそれを瞬時に見切り、足裏から魔力を噴出させ、落雷を避けた。
有原の巧みな回避を見て、真壁は悔しがりも驚きもせず、淡々とつぶやく。
「奇跡などと騒ぐことじゃない。惨敗した人間がのこのこ帰ってきた。それだけだ」
有原たち目の前で五人が身構える中、真壁は後ろで待機している配下たちへ命ずる。
「貴方たちは離れていなさい。ここからは私一人で有原と戦う」
真っ先に都築が言い返す。
「ですが、それでは理津子さんが有原以外の奴らから集中攻撃を……」
「結構だ」
続けて鳥飼が別な思惑を持ちつつ尋ねる。
「しかし、それは『慢心』ではございませんか!? 先ほどフラジュと都築に『慢心するな』と言っていた貴方がそんなことをしていいのですか!?」
真壁は躊躇なく淡々と答える。
「これは慢心のためではない、責務のためにする『儀式』だ。
今、我々に抵抗する愚か者たちの心の支えとなっている有原を、一切の横槍なく、正々堂々私一人で倒すことで、完膚なきまでに敗北したことを知らしめる。
そうして今後一切、我々へ反発が出来ないようにするための『儀式』だ」
「なるほど、では、俺たちはそれに従います」
「……わかりましたわ。ご武運をお祈りいたします」
自らの意向に従い部下たちが大広場の端へと移動し始める中、真壁は有原たちへ、
「というわけで、これからは私一人で戦う。では、早速始めさせてもらう」
と、言って、槍を構えた。
すると有原は堂々と真壁に向き合って、
「わかりました……でしたら僕も一人で戦います!」
親友として、飯尾と内梨は慌てて、
「待て待て! わざわざそんなことしなくてもいいだろ!」
「そうです、私たちと戦いましょうよ!」
と、有原の無茶を止めにかかった。
けれども有原は首を横に振って、
「みんなの気持ちはよくわかるよ。けど……これ以上、みんなも真壁さん側のみんなも傷つけたくない。それに、僕は真壁さんに勝つためにここまで来たんだ。だから、お願い、ここは僕一人で戦わせてほしい」
三好は有原の覚悟に満ちた目と、彼の黒いままのくせ毛を交互に見て、
「けど、有原級長、アンタまだ【神寵】に目覚めてないじゃん……それでいけるの?」
「いける。だいたい一ヶ月間、僕はこの日のために修行してきたんだから。さっきの雷をかわしたのもその成果だよ」
海野は、遠くにいる、いつでも動けるように待機している真壁軍を見て、有原に助言する。
「一対一で戦うと見せかけて、騙し討ちしてくる可能性もなくはないんだよ」
「大丈夫。もしそうなっても、僕はもう二度と負けないから」
「そうか。じゃあ最悪そうなるまで、俺は動かないでおくよ」
「ありがとう、海野さん、他のみんなも、それでいいかな?」
いち早く有原の無茶を止めようとした親友の飯尾と内梨だったが、肯定するのもまた早かった。
「そういうことなら、俺はもう止められないよ」
「私、信じてますから……有原さんなら勝てるって!」
少し遅れて、三好は縁の薄さもあって照れくさそうに、応援する。
「……頑張ってよ、級長」
「はい、頑張ります」
こうして四人とハルベルトの軍も、大広場の端まで移動した。
既に大広場の端へ避難していたミクセス王はゲルカッツとレイルに命じ、広場に組み込まれた機構を使い、噴水を地中に沈めて収納した。
この機構は王の演説など、国民の過半数が来ることを想定した大規模な集会を行うことを想定したものだ。
そして今回の用途は『決闘場』であった。有原と真壁は大広場中央で二十メートルほどの間合いを空けて向き合う。
「本当に一対一でいいんですね……?」
「また危機に陥り安易に仲間を呼ぶなよ、有原。さもなくばお前はまた大恥を晒すことになる」
「わかってますよ。真壁さん」
真壁は踵を返して味方の方を向いて、
「貴方たちもだ! 先の通り、この決闘は敵の愚かな戦意を粉砕するための儀式! 助太刀するなどして決してこの儀式と私の顔に泥を塗ってはならない!」
「「「はい!」」」
と、真壁軍は威勢よく返事した。
さらに真壁は明後日の方向へ向いてこう叫ぶ。
「それと、両軍のどちらにも属さない人間も、当然乱入してはならない! 特に、久門一味の二人! 貴方たちがここに潜伏していることは既に知れている!」
直後、有原軍と真壁軍はそれぞれざわめいた。
大広場中央から約百メートル離れた位置にある、五階建ての建物の屋根にて。
「ええっ!? どうして!?」
自分たちの存在がバレている。その事実を真壁の警告により知った石野谷は、ひどく動揺していた。
一方相方の、梶はまったく気に留めず、屋根についていた鉄製の風見鶏をもぎ取る。
「知らないね。けど、あの様子じゃ場所はわかってないらしいし、有原たちに集中してるから、捕まえる気もなさそうだ。要するにハッタリだろう。てなわけで任務は続行だ……」
「そうなのー? まぁ、昇太がそう言うなら多分それでいっか」
「【エトナ・クリエイション】」
梶は両手に高熱を帯びさせ、もぎ取った風見鶏をガシガシと加工する。
そして出来上がったスナイパーライフルを構え、梶はいつでも有原を狙撃できるようにする。
「よし、俺も」
と、言って石野谷は梶の隣で得物の弓を構えた。
「えっ、お前狙撃やるの?」
「あったりまえだろ【狙撃手】なんだから」
「百発一中の腕前なのに?」
「うるさいなぁ……確かに俺は命中率低いけど、勢いで乗り切るタイプなんだよ勢いで。しかも俺だってやるって時は絶対やるんだから……」
「はいはい、じゃあくれぐれも誤射って僕たちの居場所がバレないようにしてくれよ」
「へいへい」
いざとなれば有原の狙撃を目論む石野谷と梶。
王国の安寧を個々の思いで祈るミクセス王と騎士団長たち。
主の常勝を望む真壁軍と、有原の逆転を願う友人たち。
様々な思惑を抱えた人たちに見守られながら、有原と真壁は、お互いの志をかけて、決闘を開始する。
「【ステロペス・パニッシュ】」
先制攻撃を仕掛けたのは真壁。有原に槍を突き出し、一筋の雷光を打ち出す。
「【威盾】ッ!」
有原は地面を強く踏み、その先の地面から魔力を噴出させ、魔力の壁を作る。
先程よりも本気を出したのか、この雷光は自分が駆けつけた時のようにすんなりと反れてはくれず、魔力の壁を突き破るギリギリで左に曲がった。
それを確認するや否や、有原は右前へと駆けて真壁に近づく。
「【アルゲス・ショット】」
真壁は有原の通る地点を予測し、矢継ぎ早に雷を落とす。
有原は巧みなステップで左右へ動き、これを常に紙一重で避けつつ真壁へ迫る。
「【アルゲス・ショット】」
だが、一つの雷が完全に有原の頭近くまで迫っていた。
「【疾槍】ッ!」
ここで有原は足裏から魔力を噴出し、落雷を回避すると同時に、突然に真壁との間合いを詰めた。
だがこれは真壁は読めていた。
有原が自分の手前に到達した刹那、
「【ブロンテス・インパルス】」
槍を握っていない左手のひらを有原に向けて、そこから雷鳴を帯びた衝撃波を放つ。
「【崩槌】ッ!」
有原は手に持つ柄頭に魔力の塊を作り出し、真壁へそれを突き出し、衝撃を発する。衝撃波の威力は大幅に軽減され、有原は二歩ほど後ろに下がるのみで済んだ。
この間、真壁は右手を後ろに回して、槍に雷を圧縮充填していた。
自身の衝撃がほぼ相殺されたのを見てすぐに、真壁は左手でも槍を握り、雷の充填を早めそして、
「【絶対至敗】」
有原めがけ、雷を纏う槍を力一杯振りかぶる。
自身を敗北に至らせたこの大技だが、有原は一切臆さず、一歩踏み込む。
「【威盾】ッ!」
そして有原は自分の眼前に魔力の壁を作る。
この【絶対至敗】は単なる魔法とは威力が別格であり、【威盾】は近距離攻撃の防御には向かない技――真壁の槍は紙を破るようにあっさりと魔力の壁を破った。
だが、威力は削がれている。
「【ブレイブリー・スラッシュ】ッ!」
かつての過ちを乗り越える。そして今度こそ誰かを助ける。
有原はその決意を胸に、過去の敗因を目の前にしても臆さず、光を帯びた剣で真壁の槍へ斬りかかる。
刹那、真壁の槍の刃から柄の二割くらいの部分が宙を舞う。そしてそこに充填された雷が爆発的に放電し、跡形もなくなった。
「……!?」
「……わかりましたか真壁さん。これが僕の新たな覚悟です」
【完】
今回の話末解説もございません。
それとここ最近テンポが悪くなってしまい、大変申し訳ございません。




