第36話 抗戦、支配の勇者
ゲルカッツは、自ら頼んで同行してもらった騎士団長の一人、レイルに尋ねる。
「聞いたなレイル。これではっきりとしただろう」
「はい、はっきりわかりましたゲルカッツ殿。やはり我々は真壁ではなく、王に直接仕えるべき。それこそが天命であると」
「そうだ。では早くその忠誠を形にするぞ」
「承知」
ゲルカッツとレイルの騎士団は主君と飯尾たち四人の周囲に集い、
「緊急で編成した軍故に人数が心もとないが……お許しください、陛下」
五人を護衛するための陣形を作る。
そして、身柄の安全が確保されたミクセス王は、真壁たちへ命じる。
「貴様らの所業は既に、ここにいる勇気ある四人から聞かされておる。故に命ずる、貴様ら全員を国家の秩序を乱した罪で逮捕する。具体的な処罰は以後裁判の後に下す、が、邪神獣討伐などの一部の功績を認めて、命だけは保証する」
真壁は即答する。
「断る」と。
直後、ゲルカッツとレイルの騎士団の兵士、計千人が全員一斉に消し炭になる。
「わ、我の精鋭が……こんな一瞬で!?」
「何たる凄惨な……まるで、神罰が下ったようだ……」
「やはり、余計な謙遜はせずに騎士団長にもこの魔法を掛けるべきだった」
と、真壁は『かの魔法』を起動させた後、つぶやいた。
海野は周囲の人々の【能力示板】をいくつか見て、そのからくりを暴く。
「『念じた瞬間に電流を流して殺す魔法』。騎士団長とか俺ら一年二組を除く、全兵士に――恐らく全国民にも――かけているみたいだ。少しでも気に障れば秒で粛清できるように、か」
「つくづく真壁らしい下衆な魔法だな……! ていうか、それを今発動したってこと……」
「【オリオン・ブレイカー】、Fire!」
真壁配下の矢野は、ミクセス王の眉間へ狙いを定め、強矢を射る。
「危ないっ、陛下ッ!」
三好は咄嗟に短剣で矢を斬り落とし、矢野の殺意からミクセス王を守った。
「飯尾、お前の考えてる通りだ。真壁の奴、お縄にかかることを拒むどころか……」
「これは『事故』として処理する。皆、この場にいる抵抗者全てを討滅しろ」
真壁は配下九人と、自身の兵と死の恐怖で脅迫し隷属させたフラジュの兵、計千人を突撃させる。
その標的は、ミクセス王、ゲルカッツ、レイル、飯尾、海野、内梨、三好のたった七人だ。
「……本気で俺たちを皆殺しにするみたいだな」
「ああ、いくら真壁とはいえど、その辺の良識はあると信じてたんだが……俺が馬鹿だった」
すなわち飯尾と海野の推察が現実になった。
真壁はクラスメートは愚か、王すらも葬り去って自分の道を守り続けるのだと。
「あの獣のように獰猛な大軍を、たった七人――いや、陛下はこの場に立たせるのは危うい故――六人でこれを何とかしなければならんのか……」
「つらいな、ゲルカッツ殿。まさしく神々からの試練のようだ……異教の神々の信奉者方よ、なにか打算はあるだろうか?」
海野は歯噛みして、レイルの質問に答える。
「ない。けれども、このまま逃げ出すことはできない」
続いて飯尾は肩を回しながら、
「そうだよな……どうせ今逃げたって俺たちも国も苦しいままなんだからなぁ!」
三好は二人の言葉にうんうん頷いて、
「だよね、そんな無責任なことできない……自分の決めた道は最後まで歩き切らないと」
内梨は一瞬空を見た後、
「はい、せめて少しでも皆さんの気持ちを『助け』ましょう!」
「海野殿、飯尾殿、三好殿、内梨殿……まさか君たち……」
ゲルカッツとレイルの背後に匿われているミクセス王は、彼らを引き留めようと手を伸ばす。
しかしその手は内梨に優しく押し返された。
「……心配しなくて大丈夫です。私たちは私たちがすべきことをするだけです。だから王様も、すべきことをしてください」
真壁が放った軍勢は神寵覚醒者を始め、全員が魔物の群れにも勝るただならぬ気迫を帯びていた。
だが四人は、一切怯えず、恐れず、慄かず、果敢に立ち向かった。
「待て、先走って我々を置き去りにするな!」
その寸前、四人の背後から、ゲルカッツともレイルとも、ミクセス王とも違う、三人よりも遥かに聞き覚えのある声がした。
「その声は……」
「「「「ハルベルトさん!!!!」」」」
「すまない! フラジュの監視を退かすなどしていたため、話を聞きつけてからここまで来るのに時間を食ってしまった! この失態は武働きで返す!」
騎士団長の一人にして、一年二組のまとめ役だった男――ハルベルトは自身の兵二千人を先導し、国王たちと四人の元に駆けつけた。
「は、ハルベルト……気持ちはありがたいが、今は来るな!」
「ああ、なんて不運だ! またあの地獄が広がってしまう!」
「全軍一時停止。まず、これを使う」
真壁はハルベルトの軍勢を見るや否や、さっき二騎士団長の兵を一瞬で全滅させた魔法を起動する。
しかしハルベルトの兵は誰ひとりとして死なず、敵軍に合流した。
「真壁の魔法か? それなら問題ない。私たちはある対策を行っておいた」
国王の療病先の邸宅が海野たちに襲撃されたと聞いてから、ハルベルトは彼らを召喚した責任者として、彼ら――特に海野の考えを瞬時に『真壁打倒のため』と察知した。
故にハルベルトはすみやかにある『準備』を行い、集められるだけの手勢を集めて彼らの下へと向かった。
その『準備』とは、雷属性体制を大幅に上げるポーションを全軍に飲ませることであった。
それは約一ヶ月前のこと。
今はなき騎士団長クローツオは、役職の都合上、有原粛清事件の情報を事細かくしることになった。
そして彼は理解した、真壁への反抗的な態度を取った以上、明日は我が身になると。
なのでクローツオは、かねてより国策で進めていたポーション研究を隠れ蓑に、真壁への対策となる雷属性耐性のポーションの研究開発を進めた。
しかしクローツオとその一団は、予想通り真壁によって冤罪を被せられ処刑され、研究は道半ばで終わった。
だが、この直前、クローツオはかねてからの協力者であり、元の世界の帰還方法を知るために真壁の手が及びにくい存在、ハルベルトに秘密裏に研究成果の途中を手渡した。
ハルベルトはこの研究成果と、彼の遺志を受け継ぎ、真壁への反逆ために爪を研ぎ澄ましていたのだった。
そして今、クローツオの遺志は偶然にも、真壁の思想の具現とも言える粛清魔法をほぼ無力化するという形で、彼らに希望を残したのだった。
「なるほど、それは我々にとって僥倖だ……」
と、周りによって真壁の粛清魔法の存在を聞かされたハルベルトは、天を仰いで自分たちの成果に感謝した。
「ですよねー、もう本当に奇跡ですよね」
と、三好はハルベルトに相槌を打つ。
内梨はこう言う。
「私は必然だと思いますよ……クローツオさんとハルベルトさんのお二人さんが、希望を捨てなかったのですから」
「たとえ理不尽に死ぬとわかってても、俺たちを助けてくれたってわけか……」
飯尾は空を暫し見上げて、そこにいるかもしれないクローツオに感謝の意を示してから、真壁軍へ闘志に満ちた目を向ける。
「じゃあこの戦い、ただ一花咲かせるだけで終わるわけにはいかねぇ! 大勢の人たちがこんなちっぽけな俺たちに、心の底から味方してくれてるんだからな!」
「ああ、絶対勝利を届けてやるぞ、飯尾。さっきヤバすぎると思ってたのが馬鹿みたいに思えてきたっての」
海野は飯尾と同様、闘志に満ち溢れた目で真壁を睨んで言った。
「……やっぱり、ここぞという時は息が合いますね」
そして内梨は二人の奇妙な絆に関心するのだった。
「皆進め。あの魔法は所詮、時短行為に過ぎない。多少の手間はかかるが、実力でも貴方たちを消すのは十分に可能だ」
そして、真壁の軍は再進撃した。
対する飯尾たち反逆者は、
「ではみんな、今度こそ真壁の横暴を止めてやるぞ!」
「「「おーーッッ!!!」」」
気炎万丈の様となり、真壁軍に立ち向かった。
雑兵はハルベルトたちに極力任せるとして、界訪者四人は道を阻む兵を払いながら、真壁たち十人へと向かう。
「海野さん! 何か今回も策ってあったりしますか!?」
「内梨さん、それ丁度言おうとしてたよ……『速攻で頭の真壁を倒す』、それだけだ。さっきあんな調子のいいこと言っといてアレだが、ハッキリ言って俺たちはまだあの十人には真っ向勝負しても勝てない」
「だよねー、こっち四人しかいないし、しかも神寵持ちは二人しかいないし」
「だとしても俺は諦めないからな! 神寵なくったって『やれる』ってことを証明してやる!」
「そうかい飯尾……じゃあ絶対最後まで戦い抜けよ」
「おう、約束してやる!」
そして四人は真壁たちといよいよ交戦を開始した。
「【アタック・サプライズ】! 【マジック・サプライズ】!」
内梨は全員にバフを振り撒き、準備を整える。
「【ルドラ・ブラスト】!」
三好は闇属性エネルギーを乱射し、戦場を撹乱する。
「【撃砕拳】!!」
その中で飯尾は片っ端から殴り飛ばし、真壁に迫る。
「都築」
「了解」
しかし飯尾の前に都築が立ち塞がる。
「都築ィ! あの時はよくも俺をゴルフボール扱いしてくれたなァ!」
「有原の事件の時か、それはお前が城を出ようとしたのが悪い」
「うるせぇ! 友達守ろうとして何が悪いんだ!」
「【トリトーン・バスター】」
都築は気炎を吐く飯尾の腹部に、水流を帯びた槍を叩きつける。
「……もう、二度と悔しい思いはしないからな!」
飯尾はそれを腹筋に力を込めて堪える。それから飯尾は都築の槍を両手でつかんで押し返し、
「【破砕脚】、【裂空脚】ッ!」
矢継ぎ早にスキルを繰り出し、都築に拳と蹴りと連打をお見舞いする。
しかし都築がそれらをただ槍をあてがうだけで防御し、
「【スキュラ・スタンピード】」
水流を帯びた槍による六連撃を返され、逆に飯尾は両膝を突かされた。
だがこの時既に、飯尾の目論見は達成していた。
この時、飯尾は都築を打撃によって押し、すぐには駆けつけられないくらいほど、真壁との間隔を開けさせたのだ。
この隙に海野は真壁を狙った。
「ありがとよ飯尾! そいつと俺は相性が悪いんでなぁ!」
海野は得物の魔道書を開き、周囲に九つの水の球体を作り上げる、
「とっておきだ……【ヒュドラの喝采】!」
と、彼が詠唱した瞬間、九つの球体それぞれから極太の激流が、真壁一点へ発射される。
その威力は、一つの激流でも山を抉れるようにも見えた。
しかし真壁はその威力に物怖じせず、槍に己が身体が発する雷を限界まで圧縮して充填し、
「【絶対至敗】」
前方めがけ一気に振るい、九つの激流をいともたやすく蒸発させた。
「なっ……俺のとっておきが、こんな簡単に……ガァ!」
そして海野は激しい頭痛に苛まれた。
このスキルは、神寵【クトゥルフ】由来のものでも特に強い分、これ由来の反動もそれ相応に甚大なのだ。
「海野隆景さん、貴方は多くの選択を誤ったようだ……」
「くっそ……もうだめなのかよ……」
真壁が頭を抱えた海野を睨んだ時、この戦いの趨勢は概ね確定しつつあった。
やはり神寵覚醒者十人の壁は高すぎた。
飯尾も、内梨も、三好も、ハルベルトたちも、彼女たちの比類なき力に押し切られ満身創痍となり、もはや全滅するのは時間の問題であった。
「いいですよ真壁殿ー! そのままやってしまいなさい!」
その壊滅的な状況を、戦場となった大広場から離れて見ていたフラジュは、すこぶる喜んでいた。
フラジュとはまた違った場所で、ゲルカッツとレイルに守られ、しっかり安全を確保した状態で戦いを見守っていたミクセス王も、もはや絶望しつつあった。
「やはり、もう勝てないのか……」
「諦めるんじゃねー!」
と、偶然にもミクセス王を激励するように、王都中に轟くのではと思うような叫びを放ってから、飯尾は真壁にドロップキックを繰り出した。
案の定、片手で止められ、あっさりと投げ返されてしまったが。
【完】
今回の話末解説はございません。次回をお楽しみに




