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第35話 海野の奇策

 ミクセス王国・王都の中心に位置する大広場にて。


 国王を連れてここに来た飯尾、海野、内梨、三好の四人は、真壁が王都を留守にしている間、ここでミクセス王に『真壁を処罰する旨』の勅令を出してもらい、真壁を国の支配層から引きずり落とすつもりだった。


 しかし、海野の想定よりも遥かに早く真壁たちが帰還し、状況は一転。四人は真壁と九人の部下、それとフラジュの軍勢を前にし、危機的状況に陥っていた。


 真壁は例のごとく無機質な声で、四人へ命令する。

「ではまず、陛下をこちらに返しなさい」


 だが四人はそれに応じない。


「おい真壁! テメェ人の心あんのかよ! 自分たちが何をしたかわかって言ってるのかよ!」

 飯尾に至っては真壁に対して怒りをぶつけ始めた。


「国のため、大陸のため、皆のため、正しいことをした」


「どこがだ! アンタのいう正しいことってのは何百何千の犠牲を生みながらやってるもんだ! それのどこが正しいんだ!」


「全国の建設業界の労災件数はおおむね例年一万五千件前後。それでも建設業界は『暮らしを豊かにする存在』として人々に信頼されている。つまりは、正しいことであろうとも犠牲は必然だ」


「けどお前のは本当に必要な犠牲じゃないだろ! たすくも、クローツオさんも、その他大勢の一般人とか兵士とかも、うまいこと手を取り合えば死ぬ必要はなかっただろうが!」


「【アルゲス・ショット】」

 真壁は飯尾に雷を落とす。飯尾は感電し、瞬く間に地に伏せた。


 しかし、彼は持ち前のタフネスですぐに立ち上がる。

「それがよくないんだろうが! 邪魔な人間はゴミ掃除するみたいにすぐ消す。っていういつの時代の権力者がやるようなそれが! それがこの世界の救世主なるなんておかしいだろうが!」


「【アルゲス・ショット】」

 飯尾はまた雷に打たれた。だが今度はがっしりと両足を地につけ受け止め、倒れることはなかった。


「【ライフ・サプライズ】」


 内梨が回復魔法をかけている間、三好は真壁へ楯突く飯尾をなだめる。

「い、飯尾さん……言ってることはごもっともだけど、もっと考えて動きなよ。でないと真壁さんが本気で殺しにくるよ」


「考えて動けってどういうことだよ!?」


「そう言われるとアタシも弱いなぁ……じゃあ、例えば陛下!」


 三好はミクセス王へペコリと一礼して、こう頼んだ。

「お願いします! もうここで『貴様らクビにするぞ!』って言っちゃってください! そうしたら多分、真壁はどうともできなくなりますから!」


 するとミクセス王はうなだれる。

「……わかっておる……わかっておるのだ……だが……」

 

 自分が真壁が罰することを命じれば、真壁は自身の過ちを認めず、周りにいる四人を始末し、命令を改めることを強制するだろう。

 ――真壁は自分を理由にして、さらなる犠牲を生むだろう。

 

 ミクセス王は真壁に対面してようやく、その現実に気づいてしまったのだ。


 だからミクセス王は、四人へ、至極無念そうに、

「……国王として、『正しいこと』と『するべきこと』は常に一緒ではないのだ……」

 こう告げた後、真壁の方へ一歩踏み出した。


 三好はすかさずその前に立ちふさがって、

「まだ早まっちゃダメだって陛下! まだ今のアタシたちでも出来ることがありますって! ねぇ、海野さん! またなんか策を考えてよ!」


 しかし海野は、自分の作戦を破られたショックからか、両手を地面についたまま固まっていた。

「ねぇ、ずっと黙ってないでなんか言ってよ! さっきまであんなにハッスルしてたんだから、もうちょい何かできるでしょ!」


 海野は顔を上げなかった。三好の懇願は通らなかった。


 もはや四人は、瓦解寸前であった。


 それを真壁側に立って眺めているフラジュはクスクスと笑った。

(時勢に合わせて強いものに張り付くことは得でしかありませんな……早いうちに真壁に接近しておいて正解でございました! 最初から見込んだ通り、真壁殿は老いぼれた国王を凌ぐくらい成長してくれましたからねぇ!)


 その時、都築フラジュに問う。

「……何故が面白い、フラジュ」


「だって、面白いことだらけじゃないですか。あんな世の中を見通す力がない連中が、勝手に破滅していく様は格別でございましょう」


「そうか、ならいいとしよう」


「駄目だ」

 という出だしから、真壁はフラジュを叱責する。


「大抵の事故は大きな不幸によって起こるのではなく、些細な油断が火種となって起こる。今の奴らはその火種だ。あれだけ弱く見えようとも、条件が揃えばまだ我々に抵抗できる力を生み出せる可能性もなくはない……だから奴らを笑うな、恐れろ、フラジュ」


「は、はい……」


「都築もだ。貴方は私に次ぐ才能があるが、まだ詰めが甘い。さっきの久門との戦いの時も然り、有原の死体を発見できなかったのもそうだ」


「はっ、肝に命じておきます」


「それでいい」


 真壁の二人への警告が終わってもなお、四人はどうにか国王を足止めしていた。


 もはや四人を待っても仕方ない。と、真壁は判断し、

「ではフラジュ、先の反省をもってして国王をここに連行しろ」


「はい、仰せのままに!」

(しかし、すっかり下僕扱いされてるのは、好ましくないですな……)

 

 フラジュは親衛隊二十人を伴って国王のもとへ歩む。


「陛下! 忠臣フラジュが参りました! さあ早くこちらへ!」


「……フラジュ。貴様はいったい誰の忠臣だ……」


「そんなのわざわざ言わなくてもわかりましょう! 我輩は……うぎゃあ!?」


 フラジュが踏み出した足の先のすぐ手前に一本の矢が突き刺さる。フラジュは大きく驚き、腰を抜かした。


 この時、大広場にフラジュの軍に比類する、二つの軍隊が集結してきた。


「……その程度で怖気づくか。見損なったぞ、騎士団長筆頭、フラジュ殿」

 と、片方の軍をまとめる男――騎士団長の一人、ゲルカッツは、長弓を構えたまま言った。


「よし、来たな……」

 この時、海野は誰にも悟られないように、地面を向いたまま笑った。


「ああ、なんだ、ゲルカッツ殿でしたか。急に脅かさないでくれませんか……私は大事な務めの真っ最中……」


「誰から与えられた任務だ?」


「陛下のための任務……」


「『誰から与えられた』任務だ!? さっさと答えろフラジュ!」


「そ、それは……真壁殿からです!」


「そうか……ならばますます見損なったぞ、フラジュ! 貴様ほどの人間が、王を脅して傀儡にし、我欲を満たした狼藉者の真壁に忠を尽くすとは!」


 王への忠誠故に激昂するゲルカッツへ、真壁は尋ねる。

「何故そう思う? 私があれほどミクセス王国へ貢献していたのを忘れたのか?」


 ゲルカッツは、真壁への怒りをぶつけるように語気を強めて答えた。

「この現状を見ればわかる! 何故『病床に伏していたはずの陛下が自らの足で平然とお立ちになっている』!?  何故『四人から脱する隙は大いにあると見えるのに、陛下は逃げ出そうとしない』!? 何故『陛下が貴様らの方を向いて怯えている』!?」


「それは、『今日は健康状態が良好だったから』、『奴らの底しれない力を警戒しているから』、『我々がこのように武装して大挙しているから自ずと怯えてしまったから』だ」


「そしてだ真壁! 何故、早く国王を助けない!? それだけ大人数であれば仮にこの四人が大暴れようとも、どうとでもなるだろう! 貴様らの王への義理はその程度なのか!?」


「こちらは貴方以上に考慮すべき事情が山程ある、だからそう簡単に動けないのだ。そういう自分勝手な言いがかりはやめていただきたい」


「そうか、であれば……」


 ゲルカッツはミクセス王に、義憤で燃える双眸を向けて、 

「陛下は真壁の行動に対し、どう思われましたか!?」


「……私は……」


 ミクセス王は、ゲルカッツが見せた忠義によって気付かされた。

 国王として、『正しいこと』と『するべきこと』は常に一緒ではない――さっきの言葉は間違っていた。

 今自分が『するべきこと』は、『正しいこと』。より多くの人を救うために必要な行動であると。


「全てにおいて問題である」

 と、ミクセス王は言い切ってみせた。


 王を真壁の元に連れ戻す途中のところだったフラジュは、あたふたして、

「へ、陛下! そんな冗談はおやめください! さもないと真壁様から……」


「フラジュ、貴様はもう下がれ。これ以上喋っても貴様の主の汚名をさらに汚すだけだ」


「は……そ、そんな……」

 フラジュはミクセス王の、国の長としての意地を真正面から食らい、真壁たちの元へ退散した。


 ようやく立ち上がりながら海野は、彼の情けない後姿を見て思い切り笑っていた。


「やっぱお前も笑うよな。あのフラジュのみっともない姿はよ……」


「それじゃねぇよ飯尾。ようやく俺の作戦が成功したから笑ってるんだ」


 実のところ、海野は真壁が早期に帰還することも、真壁が束を成して自分たちを囲むことも、ミクセス王が真壁に睨まれ何も言えなくなることも、あらかじめ想定していた。

 その上でこの作戦の『補強策』を組み込んでいた。


 上記の不慮の事態を打開する鍵として、海野はゲルカッツに注目した。


 彼は王への忠誠心が並外れて強い。

 もし王の身に危機があった際、真壁に『動くな』と命じられようとも、それを無視して飛び出し、王の元に馳せ参じるに決まっている。


 そうなればゲルカッツは、真壁の不義を認める『証人』と、真壁の軍に多少対抗できる『増援』と、怖気づいたミクセス王の『説得』、これら三役をこなす心強い味方となる。


 と、読んだ海野はミクセス王の療病先の邸宅へ派手に突入し、わざと王の危機が知れ渡るようにした。


 そうしたほうが対面や書面などで依頼するよりも、途中で作戦が漏れる必要もなく、ゲルカッツが来る確率が高められるからである。


「そんなところまで考えていたんですか……やはり海野さんはすごいです!」


「けど、何でそれをアタシたちに教えてくんなかったの? こっちはさっきまでだいぶ絶望してたのに?」


「『敵を騙すにはまず味方から』って言葉があるからだ。あと」

 海野は飯尾をチラッと見て、 

「この中に一挙手一投足から感情がダダ漏れする奴がいるから、そこから余裕が漏れて作戦がバレないように。って理由もあるけどね」


「なるほどな」


「飯尾さん、また軽くディスられてたよ?」


(よし、後は思い通りに話が進んでくれるのを見るだけだ……ざまーみろ、真壁! それと……テメーの小細工を超えてやったぞ、昇太!)


 こうして海野は、真壁一派の社会的抹殺に王手をかけることに成功した。


【完】

■登場人物

【ミクセス王】

 レベル:29

 ジョブ:【魔術師】


 本名『ファルシウス・ミクセス』。

 名前の通りミクセス王国の老王。王に相応しい温和で寛大な人物。

 年齢が年齢のため、前線に立つことはもうなく、王国に善政を敷くことで地盤を作り、邪神討伐に助力している。

 王妃には先立たれているが、王子や姫はちゃんといる。作劇の都合上、今後一切出ることはないが。

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